司馬師の最期
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魏延は城内に居る姜維に伝令を送って晋軍が接近している事と可能なら将兵の一部を率いて北側に回り込んで敵の背後を突くように伝えた。
「司馬師率いる晋軍をこの地で完膚無きまで叩き潰す。一人たりとも逃さぬ心構えで迎え撃て。」
魏延は集まった将兵に檄を飛ばした。
普段の魏延なら生存する事を第一に考えて行動するようにと伝えるが今回は敵の殲滅を宣言したので将兵も魏延の意気込みを感じ取った。
「敵は北へ追い立てろ。東にだけは行かせるな。」
東へ逃げられると後々厄介になるので魏延はその点を強調して将兵に伝えた。
魏延は指示を伝えると馬に跨がり自ら先頭に立ち軍を北に進めた。
◇◇◇◇◇
城から数里北に進んだ所で蜀晋両軍は激突した。
当初は双方互角の戦いを見せたが、晋陽と中山を落として意気盛んの蜀軍と連敗続きの晋軍では士気の差が大きく、短時間で蜀軍が優勢になり始めた。
魏延の狙いは司馬師だったが深追いする事なく眼前の敵を斬り伏せつつ軍を指揮して徐々に近づいた。
「連敗続きでは士気の維持も難しいな。」
魏延は晋軍の士気が低い事に気付いていたがそこに付け込まなくても押し気味に戦いを進めているので敢えて手を打たなかった。
また蜀軍の将兵も漢中において徹底した訓練で鍛え上げられた精鋭が揃っており、魏延の指示で縦横無尽に走り回り晋軍を混乱状態へと陥らせていった。
「申し上げます。姜維将軍が開戦より少し前に城を出られました。」
「これで司馬師の命運も尽きるだろう。」
魏延は伝令の言伝を聞くと一瞬だがほくそ笑んだ。
しかし次の瞬間には戦場でしか見せない厳しい表情に戻っていた。
◇◇◇◇◇
司馬師は打つ手が次々と破られてしまうので焦り始めた。
大将が焦りを顔に出せば将兵に伝播して士気の低下が免れないので表面上は平静を保っていた。
「数の上では我々が上回っている。眼前の敵を倒す事だけに集中せよ!」
晋軍の将兵は司馬師の檄に応えるものの蜀軍の攻勢が勢いを増してくる中で負けを意識し始めた。
負けは一度意識してしまえば簡単に振り解けず、周りに伝わるのが早いという始末の悪いものになる。
「大変です。我軍の後方に蜀軍が現れました!」
「馬鹿な!」
司馬師は唖然とした表情で後方を振り返った。
そこには蜀の旗印と姜維の旗印が揺らめいていた。
◇◇◇◇◇
そこからは一方的になった。
晋軍の統制は一瞬で瓦解して将兵は散り散りになりながら逃亡を始めた。
魏延と姜維はそれを逃さず全滅させる勢いで武器を振るい敵兵をなぎ倒していった。
大将の奮戦を見た蜀軍兵士は益々勢い付いて晋軍を蹴散らし縦横無尽に走り回った。
「血路を切り開け!」
司馬師は剣を振るいながら将兵を督励していた。
しかし蜀軍に挟撃されているので攻撃はおろか守備すらままならない状況である。
血路を切り開いて退却する事はもはや不可能であった。
「何故だ?こんな事になったのは何故だ!」
司馬師は自分が死地に置かれた状況だとようやく悟り、叫び声を上げたが時すでに遅く蜀軍に周囲を包囲されつつあった。
晋軍は瓦解しているため、中には逃亡を企てる者も居たが、司馬師を守る兵士は司馬懿子飼いの者で揃えていたので逃げようとせず最期の時まで司馬師を守ろうと戦っていた。
「将軍に指一本触れさせるな。」
「蜀の奴等を一人でも多く道連れにしてやれ。」
司馬師の周りに居る兵士の鬼気迫る勢いに蜀軍は攻撃に躊躇して膠着状態になった。
◇◇◇◇◇
魏延は伝令から司馬師に近付けないと報告を受けたが、無理に攻めさせて無駄な犠牲を増やすつもりは無かった。
魏延は伝令を近くに呼ぶと腰に提げている弓を叩いた。
伝令は大きく頷くとその場から立ち去った。
しばらくすると司馬師等を包囲していた兵士はその輪を徐々に拡げて距離を取り始めた。
距離を取った兵士の背後には魏延の指示で多数の弓兵が配置された。
魏延は準備が整ったのを確認すると方天戟を振り降ろした。
「放て!」
弓兵が放った矢は弧を描くように空から一斉に晋軍兵士の頭上に降り注いだ。
魏延は無言のまま何度も合図を送り、弓兵も断続的に矢を放った。
◇◇◇◇◇
包囲されていた晋軍は司馬師以下全滅した。
多くの者が全身矢が刺さっており凄惨を極める状態であった。
司馬師も同じく多数の矢が刺さっていたが肩口が真っ赤に染まっていたので張郃から受けた傷が開いており最後は立っているのがやっとだと思わせるような状態だった。
魏延は馬から降りて司馬師の亡骸に近づくと静かに手を合わせた。
「前世とは逆の結果になったが、一歩間違えれば私が再び同じようになったかもしれん。」
魏延は立ち上がると兵士を呼び寄せた。
「晋軍将兵の亡骸は全員丁重に葬るように。」
「承知致しました。」
今回の戦いで数万居た晋軍のうち生き延びて薊方面に逃げた者は千にも満たなかった。