長年抱えてた「後悔」が滅茶苦茶にされて、おまホント俺のシリアス返せよッてな話。
就活怖い、人間関係面倒い、異世界転生してベリーイージーモードで楽したい、弟ががが……っ!
物静かな病室。
患者への精神的な影響を考慮しているためなのか、室内は全体的に明るい色彩で調えられている。
さらには、誰によってかカーテンがきちんと開かれ柔らかい暖かな日の光が入ってくる。
にもかかわらず、俺の抱えている心情のせいかどうにも薄暗く感じてしまう。
「なーに悲壮な顔してんだよ。
やっぱあれか。”私を見捨てた”こと、いまさら後悔してるって感じか?」
病室の現・主にして目的の人物が──扉の開閉音か足音かで──俺に気づいたようで、声をかけてきた。
俺の兄であるその男は、見ていたスマホを片手に持ったまま顔をこちらに向ける。
また、ネット小説でも読んでいたのだろう。本人曰く、それが“生き甲斐”らしいから──。
心を読んだかってくらい的を射た言葉と、次いで浮かんだ思考に……本当、胸が痛い。
……俺には、将来のヴィジョンというものがない。
夢なんて壮大な希望どころか、大まかな職種すら浮かんでこない。通っている高校でさえ、両親や塾の先生が推めたところになんとなくの気持ちで受験しただけ。
対して兄は病気の発覚まで大学に通い、就職のため資格取得にも精を出していた。俺とは違う、兄は未来に正面から臨んでいた人だった。
「俺が、俺から臓器提供を断ったんだ。だから気にする必要はない。
なによりもう遅い。あ〜、あれだ。末期だ末期。知ってんだろ?」
先の『見捨てた』というのは、兄なりの冗談。心臓に悪いことに、兄は自虐のネタを扱うことに躊躇はない人だ。
それでも。言葉にされようがされまいが、どうしたって暗鬱とした感情が浮上する。助けなかった……助けさせてもらえなかった罪悪感に苛まれてしまう。
「クスリが効いてるのか、ただ鈍いのか。幸い痛みはない。
だからこうしてラノベは読めるしアニメだって観れる。犬も猫も、狐の動画だっていつもみたく再生できる。ほら、問題ないだろ」
問題がない……?
あるに、決まってる。
「鎮痛薬のせいに決まってるだろ。バカ兄貴」
なのに、この人は。
「──だよな〜。私に【薬物耐性】なんて能力、ある訳ないわなぁ……嗚呼、異世界転生したい。
ん、いまならワンチャンあるんじゃ…………」
なんて、アホなことを平然と吐きやがる。
「……どこまで。どこまで馬鹿なんだよ兄さんは」
冷静じゃない、平静とはあまりに程遠い。
だから、口から溢れてしまう。
「おや。いきなり罵倒か?
ま、お前より成績悪いのは確かだ。お前が行く大学はきっと、私より上のランクだろうな」
それは……事実だ。
俺ら兄弟でどちらが優秀かと聞かれれば、親戚は皆、口を揃えて『俺』を出すだろう。
試験で獲得した順位や平均点、偏差値、それに内申点。学力を比較できる、あらゆる数値において俺は兄を上回っているのだから。
それに、背も抜かした。
身体能力だって、運動部故か文化部出身の兄を凌駕する。
冷徹で、合理的な判断をするならば、確かに正解かもしれない。
でも、だからって……!
「……変に秀才ぶって流すなよ」
なんで、自分から死にに行く──
「怒れよ、苛ついてんだろ」
なんで、俺に助けさせない──
「ふざけんな」
無駄に合理的な論理かためて、勝手に自分のなかで結論づけて、納得して。
「この、愚兄が……っ!」
生きるのを、諦めてんじゃねぇ……っ!
そんな心からの叫びは、
「……悪いな。私は──もう疲れたんだわ」
あっさり、流された。
「就職活動すらしてない私が言うと、誰かに反感を持たれそうだが。未来への不安から逃げられる免罪符を手に入れたんだ。
流されたって……。いや、お前には正直に言おう。──逃げたって、良いじゃないか」
兄と交わした会話。
「家族には迷惑をかける? 知ってるさ。
これは、自分勝手な“ワガママ”だって」
この会話だけ、今でも鮮明に残っている。
…………………………………………
……………………
…………
夜も遅い時間。大学が自宅から結構遠いところにあることもあって、どれだけ早く帰ろうと毎度毎度“いい時間”になってしまう。
いくら交通網が発達し、大学へのアクセスが充実していおうが時間はかかる。また、時間割の都合上、高校と比べて授業が終わるのも遅く、講義の選択次第ではもっとだ。
一人暮らしする選択は、浮上して早々、懐事情から撃墜された。
仮に近くの物件に住めていたなら、こんなにも遅くはならなかったろう。
「ただいま」
帰宅を伝え、特に目的もなくリビングへ直行。
大学で要る資料とかが入ったカバンは、玄関に置いたままだ。今は必要ない。
「──────」
結局、高校は成績優秀で卒業した。
兄の言葉の残滓のせいか、親や恩師の推薦か。はたまた、ただの甘えか。ともかく俺は、就職するではなく大学への進学を選んだ。
──兄が告げた通りに、俺は優秀だった。
高校も……今の大学だって、兄の母校のレベルを遥かに超える。
それがどこか、兄の手のひらで踊らされているかのようで。
なにもかも、兄の想像の内のようで。
自分が情けないのか、どうなのか。
腹立たしい。なぜか、苛立ちを覚える。
なにより────虚しい
そんな、酷い有様だったためか。俺は人の気配にまったく気付けなかった。
「ただい──ぁ」
父か。はたまた、母か。
「──こんな時間まで夜遊びとは。
俺が留守にしてる間に自慢の弟様はグレてしまわれたか」
現実は、そのどちらでもなかった。
明らかに日本人ではない風貌の男がいつの間にか目の前に座っており、俺をまるで見知ったように揶揄う。
「誰だ、アンタ……」
いまの俺は、哀れなくらいに動揺している。そう、断言できる。
俺のことを“弟”などという人間は、一人しかいない。
なによりその人物は、もうこの世にはいないのだ。
そもそも、俺は他人様の家に堂々と在る男のことを知らない。
その筈が──ダブって見えるのだ。兄に。
行儀悪く机に腰かけるだけでは飽き足らず本来座るべき椅子に足を置き、さらには足まで組む有様──その行儀の悪い仕草が兄の姿と重なる。
冷静に思い返せば、お遊び隠す気が一切感じられない言動は確かに兄が俺を弄り倒すときのものと符合、してしまう……。
「──異世界転生して、ついでに世界を越えて帰って来たぜ(笑)」
……もう、なんというか。
シリアス全開で生きてた今迄を、全部が全部まるで鼻で笑われたかのようで。
「このっ、クソ兄貴が。俺のシリアスを返しやがれっての」
自分でも嬉しいのか腹立たしいのか分からなくなって、なにもかもがどーでもよくなってしまう。
「はっ、シリアス? なにそれ美味いの??
その点、シリアルってすげぇよな。だって、最後までチョコたっぷ──」
──本当、兄には勝てそうにない。
このような文に読者様の貴重なお時間を割いていただけたこと、大変嬉しく存じます。
[ 前書き参照 ]という、抱えきれるけど抱えたくない鬱憤といいますか、現実の問題から逃避して何もかもを楽観的に捉え、感覚に任せ美化して、なんとな〜くいい感じにしたナニカでした。