第23話 盗賊たちに襲われて
「よ、よし……いくぞ――」
ギルネ様が何かを小さく呟かれた後、馬車の中でバランスを崩して僕にもたれかかった。
「お、おっと~、す、す、すまん、ティム! 馬車の揺れで、もたれかかってしまった!」
「大丈夫ですよ、ギルネ様。良かったら僕に掴まって居て下さい。僕は男らしいのでどんなに揺れても倒れませんよ!」
「そ、そうか! じゃあ、悪いがお言葉に甘えて……」
僕は後ろ手でしっかりと馬車の壁を掴んで胸を張った。
ギルネ様にメイド服姿を見られてしまったんだ、男らしいところを見せて少しずつ挽回していかないと。
「ティムは柔らかいなぁ、いい匂いもする……ここが天国か……」
「スキルの"柔軟剤"を服に使っていますからね。道のりは長いので眠っても良いですよ」
ギルネ様も僕の腕に頭を擦り付けて安心してくださっているようだ。
至福の表情でもたれかかっている。
「おい、ティム。ちょうど半分くらいまできたが、ここらで休むか?」
馬を操作しながら、ロックはギルネ様を起こさないように小声で操縦席から荷台にいる僕に呼びかけた。
「僕はまだ大丈夫です。他の商人さんたちに聞いてください」
「このクッションのおかげでみんな全然大丈夫だそうだ。馬も平気そうだからこのまま一気にリンハール王国まで――おいっ、伏せろ!」
ロックが叫んだ瞬間、空から氷の矢が降り注いだ。
手綱が切られ、馬たちが逃げ出してしまう。
「盗賊の襲撃か!? くそっ、馬車が転倒するぞ! 外に飛び出して転がれ!」
ロックがキャラバン全体に向けてそう叫ぶ前にギルネ様は僕を抱きかかえて外に飛び出していた。
降り注ぐ氷の矢の第二波をギルネ様は魔法結界で防ぐ。
ロックや他の商人達もクッションを腰に巻いたまま猛スピードで走る馬車から飛び出した。
「すまん、油断していた! ロック達は無事か!?」
僕を抱きかかえたまま、着地→減速までを行ったギルネ様は馬車から落ちて転がったロック達の安否を心配する。
「な、なんじゃこりゃ……クッションが変形した」
ロックは全身が白い布に包まれて地面に転がっていた。
僕とギルネ様は安堵のため息を漏らす。
「『D・S・C』のセーフティ機能です。万が一、落車してしまったら危ないと思って、衝撃が加わると猫を被って全身を守ってくれるようになってます」
「これで商人達は氷の矢が直接当たっていない限りは無事だろう。先に盗賊どもに応戦するぞ!」
ギルネ様は僕をお姫様のように抱っこしたまま襲いかかってきた盗賊たちを睨みつける。
こ、これじゃ全然男らしくない……。
「あの、ギルネ様……ありがとうございます。そろそろ下ろしてもらえると……」
「ティム、私から離れるのは危険だ。ティムには自衛能力がない。このまま盗賊たちを撃退しよう」
「いや、あの……と、とても恥ずかしいのですが……」
僕の意見は聞いてもらえず、ギルネ様は僕に身体を密着させる。
あ、当たってます……。
「ちぃ! あえて小さなキャラバンを魔法攻撃で狙ったが、まさかそっちにも魔法を使える奴が乗ってるとはなぁ!」
「だが、馬はもういない! 逃げられねぇぜ!」
「積荷を置いて、どっかに消えな!」
盗賊たちは周りを取り囲んで威嚇してきた。
「ふん、消えた方が良いのはお前たちの方だ! 私の魔法で痛い目をみるぞ?」
ギルネ様がそう言って指を鳴らすと、空から周囲に雷が落ちた。
その様子を見て盗賊たちはたじろぐ。
「お、おい……詠唱なしで雷落としたぞ」
「こいつ、かなり高レベルな魔道士なんじゃ……」
「ええい! 怯むな! 魔道士は近づいてしまえば問題ない!」
「速さを活かせ! あの女に素早く接近して攻撃するんだ!」
盗賊の頭領の指示に従って盗賊達は僕を抱えたままのギルネ様に駆け寄ってきた。
「ふむ、考えたな。確かに私はノロマだ、魔道士なんてみんなそんなものだろう」
ギルネ様はナイフを構えて走り寄ってくる盗賊たちに不敵に笑いかけた。
「だが、『今の私』は速いぞ? なんたってティムの服を着てるからな」
そして、盗賊たちのナイフを躱す。
「あっはっはっ! 遅い遅い、アクビが出てしまいそうだ! そんなの当たるか!」
「ぎ、ギルネ様……息が! 息が苦しいです……!」
ギルネ様は超スピードでナイフを躱し続けながら抱きかかえる僕の顔をご自身の"胸元"に押し付けていた。
僕の頭部をナイフの攻撃から守るため。
安全の為なんだろうけど……これは……少しまずい……
攻撃は当たらないけれど、別のモノが直撃してしまって……
凄く……柔らかくて……良い匂いで……
「――っ!? ティム!? 鼻から凄い出血をしてるぞ!? 顔も真っ赤だ、大丈夫か!?」
「ぎ、ギルネ様……本当にごめんなさい……僕は最低な男です……」
僕の異変に気づいたギルネ様は顔色を青くした。
「くそっ! どんな手段を使ったのか知らないが、お前らよくもティムをっ!」
ギルネ様が怒って片手を上げると、空に巨大な魔法陣が現れた。
魔法陣はバチバチと音を立てて魔力を伴っている。
「ひ、ひぇぇ~! こいつ、めちゃくちゃだ!」
「に、逃げるぞ! 撤退だ!」
魔法陣を見て、圧倒的な力の差を感じ取った盗賊達は急いで逃げて行ってしまった。
「ふんっ、二度と私達に近寄るなよ! それよりティムだ! 鼻から血がいっぱい出てる! だ、大丈夫か!? 今、ヒールをしてやるからな!」
「だ、大丈夫です……そして本当に申し訳ございません……」
ギルネ様は頭の中が下心に染まった最悪で最低な僕にヒールをかけてくださった。





