第21話 この宿屋に宿泊のお礼を
大柄な宿屋の主人がカウンターで口を開く。
「一泊、1500ソルだよ」
「は、はいっ! 用意しますのでちょっと待ってください!」
宿屋の受付で僕は財布を開いた。
財布の中にはまだ十分お金があるはずだ。
「ティム、ごめんな。私は着の身着のまま飛び出してきてしまったから」
「大丈夫です! お金はまだ少しだけありますから、ご心配はされないでください!」
ギルネ様が申し訳無さそうに僕に謝る。
その様子を宿屋の主人は不思議そうに見ていた。
「なんだぁ? あんたら、もしかして『駆け落ち』ってやつかい?」
宿屋のご主人がニヤニヤした表情で僕たち2人に話しかけてきた。
「綺麗なお嬢ちゃんはやっぱりどこかの御令嬢かい? 坊やはお屋敷の使用人とかかな? それで、着の身着のまま飛び出して来たと! くぅ~、坊や、可愛い顔してやるじゃないか!」
宿屋の主人は一人で盛り上がると、僕の肩を叩いた。
ギルネ様は「か、駆け落ち……私とティムが……」と呟いて顔を赤くしている。
「お代なんかいらねぇ! もしも、そのお屋敷の手が届かない所まで2人で逃げてぇならこの紹介状を東の門にいる行商人のリーダーに見せな! このクリス様の紹介なら隣のリンハール王国まで乗せてってくれるぜ!」
「い、いえ……そういうわけでは……」
「な~に、ガキのくせに遠慮なんかいらねぇさ! 坊や、このお嬢ちゃんを幸せにするんだぞ!」
男らしくガハハと笑うご主人に無理やり紹介状を渡されて僕とギルネ様は宿屋を追い出されてしまった。
「ぎ、ギルネ様……何だか誤解されてしまいましたね」
「駆け落ち……ティムが私と駆け落ち……」
「ギルネ様? 大丈夫ですか?」
何だかボーっとしてしまっているギルネ様に僕は呼びかける。
「へっ!? あぁ、大丈夫だぞ! それにしても、紹介状までもらってしまったな!」
「はい、コレがあれば東の門にいる行商人の馬車から隣のリンハール王国まで乗せていってくれるそうです」
「ふむ、私はお屋敷の御令嬢というわけではないが、ギルドの奴らがティムの有能さに気がついて追ってこないとも限らないしな……この帝国を出てゆくのは良い手段かもしれん」
「あはは、ありがとうございます。ご高名なギルネ様のお顔を知っている人もいるかもしれませんしね……」
「私はあまり外に出なかったし、絵画や像なども作らせなかったが、確かにあり得るな。よ、よし……ティム、駆け落ちを……しよう」
「……? すみません、ギルネ様。最後の方がお声が小さくて良く聞こえませんでした」
こうして、僕たちは2人でこの帝国の東門へと歩き出した。
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「お、お父さん! 大変だよ! こっち来て!」
「おうどうした、我が看板娘よ。駆け落ちしたい相手でも見つかったか~? 父さんは今からそいつを殺すぞ~」
宿屋の主人、クリスは気の抜けた返事で愛する娘の元へと向かった。
「さ、さっきのカップルさん達が泊まった部屋が……」
「な、なんじゃこりゃあ……」
クリスは自身の目を疑った。
年季が入り、薄汚れていた部屋がピカピカに清掃されていた。
ガラスの窓は鏡面のように輝きを放ち、純白のカーテンが風に揺れる。
窓枠も漆が塗られて新品のようだ。
ボロボロだったベッドは新調されて、王室で使うかのような天蓋の付きのベッドになっている。
布団もシルクのような素晴らしい肌触りの一品だ。
「うちの安宿が一晩にしてロイヤルスイートルームじゃねぇか……」
「き、共有キッチンもピカピカになってて、調理器具も新しくなってたよ。しかも全部、とんでもない業物みたい……」
「あ、ありゃ、座敷わらしのカップルだったのか?」
狐につままれたような表情で親子は顔を見合わせた。
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「今頃、あの宿屋はビックリしている事だろうな」
「で、ですが勝手にあそこまでやってしまって良かったのでしょうか? 一応、古い家具は綺麗にして隣の空室に置いておきましたが……」
「ティムの"洗浄"、"工作"、"裁縫"スキルで部屋をリノベーションして、"料理"スキルで生成した調理器具も置いてきたからな。喜ぶ事はあっても悲しむ事はないだろう」
「偶然とはいえ、宿屋代をタダにしてもらった上に紹介状までいただきましたからね、喜んでもらえていると嬉しいのですが」
「うむ、良い事をすると、普通は良い事が返ってくるものなのだ。ティムはあのギルドに慣れすぎてしまったかもしれないがな」
ギルネ様と2人、話をしながら行商人達が集まる東の門へと向かう。





