第20話 一方その頃、ギルドでは
「じゃあ、早速ティムが作ったこの冒険者の服一式を着させてもら――」
ギルネ様は言いかけて、ピタリと止まった。
「ティ、ティム……大切な質問なんだが……」
「は、はいっ! 何でしょう?」
「その、ティムは冒険者達の服を全て作っていたんだよな? って事は女の冒険者も、もちろん居たわけで――」
ギルネ様は恐る恐るといった様子で僕に目を向けた。
「女性冒険者の下着なんかも作っていたりしたのか……?」
「そ、それが――」
ギルネ様の質問に僕は目を伏せて答えた。
「すみません、僕は自分で見たり触ったりした経験のある衣服であれば似たような物を作る事が出来るのですが……。女性の下着は見たことも無くて……冒険者の皆さんには各自で購入をお願いしていました」
己の無力さにうなだれる。
僕は情けない事に女性の下着を見ることになったような経験がない。
頭を踏みつけられた時とかは見えてしまわないように下を向いていたし……。
「なので……すみません。僕は下着をお作りする事が出来ないんです」
「そ、そうかっ! いや、良かった! ティム、謝らなくて良いぞ! 私だって男性の下着なんか見たことがないからな! うんうん、仕方がない事なんだ!」
「"洗浄"で綺麗にはしていますが、新しい物に替えたいですよね……。もちろん、必要な費用だと思いますので、遠慮せずにお店でご購入ください!」
「しばらくは別に大丈夫だ! ティムのおかげで清潔は保たれる訳だしな! と、ところで全然関係ない話なんだが……ティムは何色が好きなんだ?」
「い、色ですか!? えっと……紫ですかね?」
僕は突然の質問に思わずギルネ様の髪の色を答えてしまった。
内心で大きく慌てたけど、ギルネ様は気がついておられないご様子だった。
「紫か、ふむ、覚えておこう……では、着替えさせてもらうよ」
「は、はい! 着替えが終わりましたら、お呼び下さい!」
僕は部屋を出ると、扉の前でギルネ様の着替えが終わるのを待った。
「…………」
意図せず聞き耳を立ててしまう自分に嫌気が差し、耳をふさぐ。
この扉一枚隔てた向こう側ではギルネ様が……。
(羊が1匹、羊が2匹、羊が3匹……)
羊を数えて煩悩を打ち倒す。
ギルネ様は僕が冒険者になるために協力してくださっている。
とてもお優しくて、高貴で清純なお方だ。
それなのに僕は今、変な事を考えてしまっている……本当に最低だ。
僕は自分のどうしよもなさにため息を吐いた。
~~冒険者ギルド、『ギルネリーゼ』~~
ニーアはギルド長の執務室で書類を眺めていた。
目の前には幹部のナターリアが立っている。
「うん、雑用は大量に増やせば問題はない。幸いあの小娘が高難易度クエストで今まで稼いできた大金もある。あの馬鹿たちは食事すらまともに買えなくて困っている頃だろう、実に愉快だな」
「だが、ニーア……様、あのティムとかいう雑用はどうでも良いがギルネ様を追い出しても良かったのか? ギルネ様の魔法術式は世界で一人しか使えない特別な――」
「ナターリア、まだあの小娘への忠誠心が残っているのか。あと、敬語を覚えろ」
ニーアは呆れたような表情で書類を机の上に広げた。
「この資料を見てくれ。我がギルドの冒険者達は非常に優秀だ、正直ただのゴロツキにしか見えないような冒険者や飲んだくれにしか見えないような奴も……おっと、ガナッシュの悪口はやめておこう」
「……これは! クエスト達成率が90%近い!? 評判では聞いていたが、うちのギルドはここまで優秀な冒険者達が揃っていたのか!?」
ニーアはナターリアの反応に満足そうに頷いた。
「人数が多ければ、冒険者の質が悪くなる。そんな定説を覆したのが我がギルドだ、それだけじゃない、こっちの資料も見てみろ。ここ2年間の死傷者数の推移だ」
「負傷者数は――たったの13!? う、嘘だろ!? 死者にいたっては0じゃないか!」
「そう、ウチのギルドの冒険者はLVが低い奴まで全員が超優秀だ。低ランクの冒険者達に興味など無かったが、先月、これらの資料を見てから考えが変わってな。このギルドはあの小娘なしでも十分過ぎる程に上手く機能するよ」
ニーアの話にナターリアからもついに笑みがこぼれた。
「冒険者達は今朝も血気盛んにクエストに向かって行ったよ。Cランククエストの火吹き龍の討伐なんかもウチではシルバーランクの冒険者が無傷で成し遂げてしまうからな」
「素晴らしい。それにしても……本当に優秀な冒険者が揃ったんだな」
「入団試験の採用担当の目利きが相当に良いんだろう。どれどれ、誰が担当しているんだ……?」
"冒険者ギルド『ギルネリーゼ』
入団試験、ギルド員採用担当
ガナッシュ=ボードウィン"
「…………」
「…………」
二人は思わず目をこすってもう一度見た。
間違いなく、そこには酒飲みガナッシュの名前がある。
「……ひ、人は見かけによらないものだな」
「ま、まぁ、ティムも雑用係としては優秀だったようですからね。やはり"剣聖"と呼ばれるだけあって相手の実力はかなりの精度で見極められるのでしょう」
~~一方、宿屋では~~
「ギルネ様、とってもお似合いですよ!」
「凄い凄い! 体が羽みたいに軽いぞ!」
冒険者服に身を包んだギルネ様がはしゃぎながら部屋を走り回っている。
良かった、地味な服だけどご満足いただけたようだ。
「では、冒険に行きましょうか!」
「うむ、まずは採集クエストから始めようか! 討伐クエストはまだ危ないからな!」
「お恥ずかしい話ですが……僕はまだまだ戦闘能力がありませんからね……」
剣、槍、斧、杖、盾、僕の全てのスキル評価は最低ランクだ。
雑用の合間や寝る前に毎日鍛錬しているんだけど、ちっとも上昇しない。
「良いのだ、私と共に少しずつ強くなっていこう。う~ん、ところで……」
ギルネ様は小首をかしげて僕に聞いてきた。
「ウチの入団試験は実力試験もあったはずだが、ティムはその時は上手くいったのか? こうして合格して入団していたわけだし……」
「え、えっと……実は……」
僕はギルドに入団できた"裏話"をする事にした。
「採用の試験官がガナッシュ様だったのですが。その……ガナッシュ様は酷い二日酔いだったようで僕が試験で剣を振るっている間も抱えたバケツに吐かれていました……」
「…………」
ギルネ様は呆れるというか、もう全ての感情を失ったような瞳で虚空を見つめた。
「僕の実力試験を全く見ていなかったので、最終的にガナッシュ様がコインを上に弾いて、『表だったら合格』という事に――」
「…………」
ギルネ様は心が壊れてしまったかのような光のない瞳で僕の話を聞いている。
まさか、自分のギルドの冒険者採用がそんな有様だとは思っていなかったのだろう。
「僕は緊張しながら表がでる事を祈りました。フラフラの状態でコインをキャッチしたガナッシュ様は『視界が歪んで何も見えん、どっちが出てる?』と聞いてきたので僕はガナッシュ様の手の上のコインを見て答えました『裏です……』と」
「……っえ!?」
意外な結末にギルネ様は驚かれた。
そう、僕は残念ながらコイントスで表を出す事が出来なかったのだ。
「そうしたら、ガナッシュ様が『じゃあ、お前自身は裏がないから表だな。合格』と呟かれてギルドに入団させていただきました。未だによく意味が分かっていないのですが……僕も念願の合格だったのでつい喜んでしまって……」
「め、めちゃくちゃじゃないか、あの男は……」
ギルネ様はガナッシュ様への怒りの為か、身体を震わせていた。
「ま、まぁその適当な採用試験のおかげでティムと会う事が出来たんだ。ガナッシュの勤務態度は全て水に流してむしろ感謝するくらいの気持ちだがな」
「よ、良かったです。そういうわけで、僕にとってもガナッシュ様は恩人なんです……普通じゃ絶対にこのギルドには入れませんでしたから……」
「う~ん、他の冒険者達もきっと適当に採用したんだろうなぁ。あいつが採用官に立候補したのはやっぱりサボれるからか……という事は、我がギルドの冒険者達は実力ではなく適当に集めた烏合の衆……」
ギルド入団の"裏話"をギルネ様は頭を痛めるように聞いていた。
しかし、顔を上げて晴れやかな表情で微笑む。
「まぁだが、私もガナッシュと同じだ。例え世界中が、君自身までもが自分は裏だと思っていても私はティムは表だといつも信じているからな」





