第19話 ティムの雑用スキル。裁縫スキル、"仕立て"
「ティム、大丈夫か!? ほら、飛び込んでこい! 顔を埋めるなら布団ではなく私に――」
「だ、大丈夫ですっ! 落ち着いてきました……」
数分ほど羞恥に悶えた後、僕は何とかベッドから起き上がる事ができた。
最悪の黒歴史を作り出してしまった。
少なくとも、ギルネ様には絶対に見られたくなかったあの格好。
それも、初対面があの姿だったなんて……。
きっと僕は何度でもこのことを不意に思い出しては枕に顔を埋める事になるだろう。
ギルネ様にいつかもっと僕の男らしい所をみせて、挽回をしなくては。
「ギルネ様、ギルドの事をお話いただきありがとうございました。ギルネ様がそれで良いのであれば、僕が復讐心に駆られる必要もありません」
「うむ。二人でゆっくりと立派な冒険者になって、ついでにあのギルドの奴らを見返してやろう」
「はい! では、出発はお昼からにしましょうか!」
「そうだな。じゃあ、それまでの時間だが……」
ギルネ様はご自身の人差し指同士を顔の前でくっつけてもじもじし始めた。
また、僕に何かお願いをしたいのだろうか。
「ティム……その、服を綺麗にしてもらった手前。申し訳ないんだが」
「はい! 何でしょう?」
「私の新しい服を作ってもらえないか?」
「ぼ、僕がギルネ様のお洋服を!? 良いのでしょうか?」
「も、もちろんだ! 何なら頼み込むまである!」
確かに、ギルネ様が今着ている服は冒険向きじゃない。
胸元のリボンが特徴的で、白を基調とした、とても綺麗なドレスだ。
薬草採集というとても簡単なクエストを受けるだけの予定だったせいだろう。
ギルネ様に似合っていてとても素敵だが、これから冒険に出るには向かないのかもしれない。
「分かりました、では僭越ながらギルネ様の冒険用の服を作らせていただきます」
「よ、よし! じゃあまずは私の身体の寸法を測ろう! い、いい、今、上着を脱ぐから――」
「いえ、僕は服の上から見ただけで体のサイズが全て分かりますので大丈夫です!」
「そ、そうか……ティムのスキルは凄いな……」
なぜか残念そうな表情でギルネ様は洋服のボタンにかけた手を下ろした。
僕は"採寸"を発動してサイズを目視で測る。
後は"仕立て"をして洋服を作っていくだけだ。
お昼まではあと1時間くらいだろうか、丁寧に作りたいが時間をかけすぎても申し訳ない。
「……ギルネ様、完成まで30分ほどいただけますか?」
「分かった! そばで見ていても良いか?」
「もちろんです!」
ちょうどよさそうな時間を設定し、僕は"裁縫スキル"で布と縫い針、糸などを出すと早速縫い始めた。
ギルネ様が『動きやすい』ように、それでいて『丈夫』に。
ギルネ様は十分過ぎる程に美しいから、シンプルなデザインの洋服で良いだろう。
心を込めてお作りする。
「……出来ましたっ!」
「おぉっ! 今回は料理の時とは違ってかろうじてティムの手元が見えていたな! 何をしているかは全く分からなかったが!」
30分後、僕はギルネ様の衣服を一式作り出した。
ギルネ様の髪色に合わせた色調に、凜とした雰囲気を際立たせる腰下のマント。
胸元は苦しくならないよう開放的にしつつ首元までを布で覆う。
動きやすくズボンではなくミニスカートとニーソックスにしたけど、僕の作った服は全身を守ってくれるから素肌が出ている部分も保護してくれるはずだ。
ギルネ様は完成した服を見ながら僕にパチパチと拍手を送ってくださっている。
「コレを……ティムが私の為に……」
「拙作ですが、ご満足いただけると嬉しいです!」
「す、凄いな! これを冒険者1000人に作っていたのか?」
「いえ! 流石に1人に30分はかけていられないので、実は衣服は"仮縫い"の状態でお渡ししていたんです。それならすぐに作れますので」
「"仮縫い"だとどうなるんだ?」
「一日で糸が解れて壊れてしまいます。冒険者のみなさんは、一人一人が日替わりで様々なクエストを受けておられましたので、クエストの受注表を見て、その度にクエストに合った服を毎朝作ってお渡ししていました!」
僕の説明に深く納得したようにギルネ様は頷いた。
そして、ギルネ様は僕が作った服を嬉しそうに掲げる。
「じ、じゃあ! ティムは私の服を普段よりも時間をかけて作ってくれたという事だな! 嬉しいぞ!」
「はい! 出来るだけ良い物をお渡ししたくて……といってもあくまで僕の力量でですが」
「この服を少し詳しく見させてもらって良いか?」
「はい、お恥ずかしいですが。も、もちろん、僕に気を使わずにギルネ様は別の買った服を着ていただいて結構ですよっ!?」
「ティム、もう少し自信を持ってくれ。では、失礼"鑑定"」
ギルネ様は鑑定スキルを使って僕の洋服を見始めたようだ。
そして、一言一言呟き始めた。
「装備名『冒険者の服』、ギルネリーゼ専用装備、物理耐性+++、魔法耐性+++、素早さに大幅プラス補正、魅力に微量のプラス補正、付加:劣化無効、汚染無効、オールカバー(耐性効果は体全体に適応される)……う、うん。もう十分だな、とても強力な装備だ」
予想していたギルネ様のお世辞に僕は照れたように頭をかく。
「あはは、ギルネ様、僕はもう落ち込んでませんからそんなに褒めてくださらなくても大丈夫ですよ」
残念ながら装備の知識がない僕ではギルネ様が呟いた鑑定結果の意味は良く分からない。
それでもやっぱり、ギルネ様に褒められるのはいつでも嬉しい。
こういう所が女々しいのかな……。
「私が変装してギルドの冒険者達を見ていた時もこの"鑑定"を使ったんだがな。火吹き龍と戦う冒険者の服には"火炎耐性"、ポイズントード討伐に向かう冒険者の服には"毒耐性"など、ティムが冒険者のクエスト成功を祈ってそれぞれに洋服を作っている事が分かったよ」
「ギルネ様……!」
ギルネ様の言葉に、僕は救われた気がした。
自分の頑張りを見抜いてくれている。
これほど嬉しい事があるだろうか。
「ぼ、僕にできるのはそれくらいですから……」
「だが、それはティムにしか出来ない事だ。"鑑定"を使えないギルド員達は自分の力のみでクエストを達成したと得意げになっていたが……。いや、そもそも『洋服を鑑定しよう』なんて思いもしないか」
嬉しさで声が少し震えてしまった。
つい、涙を流しそうになってしまう。
だめだ、僕は男らしくならなくちゃ。
どんなに嬉しくても涙なんか流しちゃダメだ。
僕が男らしくあろうと苦戦していると、ギルネ様は呟いた。
「それにしても……う~む。ティムの"仮縫い"で作られた装備は一日しか保たない。今日からギルド員達は全員ティムの装備や食事もなしでクエストに出る事になるのか……」
ギルネ様は少しだけ悲しげな目で窓の外を見た。
「あのギルドは、1週間すら保たないかもしれないな……」





