4 悪役令嬢を勉強しましょう
ラウルの授業は分かりやすい。歴史を始め、地理、数学、ラルフレア文学と、その知識は幅広かった。
並行してダンス、礼儀作法に裁縫が加わった。こちらは、前からお世話になっている老婦人が教えてくれている。
今までの経験をもとにすれば簡単なもので、老婦人は上達具合に目を丸くしていた。
そして、慌ただしく一か月が過ぎた頃。エリーナは致命的な欠点に気づいてしまった。それは、退屈しのぎに図書室にあった、子ども向けの小説を読んでいた時だった。
ストーリーは心優しい少女が、母を亡くし継母や義理の姉に苛められるが、最後は王子様と結ばれるというもの。
その継母と姉の性格が悪いことと言ったら……お手本にしなくてはいけない。
主人公に浴びせた罵詈雑言は、子供向けにしては過激で、エリーナは愕然とした。
(私、今までのボキャブラリーを無くしてるわ!)
今までは淀みなく、使用人にも主人公にも嫌味が言えたのに、今は言葉がつっかえる。今までオートモードだったため、セリフを覚えていないのだ。
本来であれば、家庭教師であるラウルに嫌がらせをしなくてはならないのだが、授業がおもしろく、遊びにもつきあってくれる彼に、まだこれといった成果をあげられていない。
(これは、勉強しなくてはいけないわね)
勉強の合間に図書室で見つけたロマンス小説を読み漁る。これらのストーリーには、恋の障壁として悪役令嬢がいることが多いのだ。気に入ったセリフと、シチュエーションはノートに書き留めておく。
だが、三か月もすると屋敷中のロマンス小説を読みつくしてしまい、祖父や使用人に頼んで買ってきてもらっても、満足のいく内容ではないことが多い。
(やっぱり、本は自分で選ばないと)
エリーナは、悪役令嬢が主人公をぼろ雑巾のごとく苛め抜く話が読みたいのだ。
決めたら行動あるのみ。領地の本屋に連れて行ってもらえないか大人に頼む。
「おじい様、町の本屋に行きたいの。だめ?」
キラキラと純粋な目を祖父に向ける。上目遣いで可愛さを二割り増しにした。
「だめだ。サリーに頼めばいいだろう」
だが、祖父も、使用人も、ラウルも首を縦に振らなかった。皆口をそろえて危ないから駄目だというのだ。
それでも粘り強く交渉すること三か月。エリーナが役に入って半年が経った頃、ラウルの授業は経済の話となり、祖父から領地見学を兼ねた外出許可が出た。
「おじい様ありがとう!」
念願の本屋巡りに、エリーナは祖父に抱き着いて喜んだ。ちゃっかりお小遣いもおねだりし、軍資金を手に入れる。
(これで、悪役令嬢の教科書を買うのよ!)
そんな意気込みが溢れてしまっているのか、出発の準備を整えたエリーナをラウルは生暖かい目で見ていた。




