3 情報収集をしましょう
昼過ぎになり、祖父に呼ばれて一つの部屋に入った。そこは図書室で、壁を埋め尽くす本棚、真ん中にテーブルが一組置いてあり、黒板もある。
祖父の隣には、すらりとした美青年が立っていた。濃い藍色の髪はさらりと艶があり、凛々しい顔立ちである。彼が家庭教師なのだろう。厳しい女性ではなかった。
エリーナは身にしみついた正式な礼を取って挨拶をする。
「お初にお目にかかります。エリーナ・ローゼンディアナです」
「美しい挨拶をありがとうございます。私は、ラウルでございます。お嬢様の家庭教師を務めることになりました」
彼は優しい笑顔を見せて膝をつき、エリーナと視線を合わせた。目が合ったとたん、少し見開かれる。
「きれいな瞳の色ですね。それに、髪も美しい」
何人ものイケメン攻略キャラを見てきたが、これはなかなかと唸りそうになる美貌であり、女性への賛辞も心得ている。年は十七で、貴族の中では十分大人として扱われる年齢だ。
(悪役令嬢の家庭教師だった彼が、ゆくゆくは主人公と恋に落ちて、それを邪魔する。うん、ありね)
これは攻略対象と見てもいいだろう。
「ラウルは住み込みで働いてもらうが、迷惑をかけないようにするんだよ」
彼を評しながら今後の展開を想像していると、祖父がエリーナの頭を撫でてから出ていった。住み込みということは、遠方の人なのかもしれない。
「お嬢様、私のことは気軽にラウルとお呼びください」
「あら、ラウル先生。なら、貴方もエリーって呼んでね」
エリーナは少しでも傲慢そうに見えるよう、胸を張った。彼は嬉しそうに目を細め、はいと頷くと授業の準備を始める。
用意された椅子に座り、情報収集をするぞと意気込んでノートを開けた。
彼は分厚い本を取り出し、授業が始まった。
まず学んだのは、この国の歴史だ。重要な情報なので、聞き洩らさずにメモを取る。ラウルは世界地図を指しながら教えてくれる。
「この国は、ラルフレア王国といい、ミカルディア大陸の東に位置する国です。西をアスタリア王国、南をニールゲル王国と接しています。隣国との仲は良く、相互に留学制度を設けていますよ」
世界には他にも多数の国があるが、交流があるのはこの二か国ぐらいだそうだ。この国は建国してから五百年が経っており、いくつかの内戦と戦争を潜り抜けて今も栄華を誇っている。
「最も新しい内戦が八年前にあり、前王が崩御され従弟に当たる現王が即位されました。公爵家と軍部のクーデターだと言われています」
「クーデター……」
乙女ゲームの世界にしては、穏やかではない。前に一度だけ後宮の悪役令嬢をしたことがあったと思い出し、後宮は無いのかと聞いたら無いと返ってきた。
(これで、後宮版悪役令嬢の線は無くなったわ)
後宮は女性の密度が高い分嫌がらせのレベルが格段に上がり、さらに政治も絡んでくるから正直面倒なのだ。
エリーナは内心よかったと、ほっとしつつラウルの話に耳を傾ける。
そして話は、ローゼンディアナ家のことに入った。いくつかの内戦と深い関わりがあり、王都の近くに領地を持つことから「王家の門番」と呼ばれた時代もあったらしい。そこから察せる通り武闘派で、いい例がいまだに筋骨隆々の祖父だ。
「ディバルト様は二つ前の内乱で武勲をあげ、王の近衛騎士まで勤め上げたんです。剣の腕もさることながら人格者として知られており、とても素晴らしい方なんですよ」
と、ラウルは誇らしげに言った。
ならば、エリーナは戦える悪役令嬢にならなければいけないのかというと、そうでもないらしい。ラウルによれば、学ぶ中に剣術はないが、学びたければ教えてもらえるだろうと。
(剣の修行はしんどいから、無しでいいわ)
魔法があるなら楽しみもあるが、剣だけの修行は気が遠くなる。
「貴族の子女はどのような教育を受けるの?」
「そうですね。たいてい六、七歳から家庭教師による基本的な知識の教授と礼儀作法の修練が始まります。エリー様は、六歳から礼儀作法とダンスを習っておられましたよね」
「そうね……おもしろくないけど」
「十六歳で社交界デビューとなりますが、それまでにも非公式でお茶会に招かれることはあります。ですから、礼儀作法は大切ですよ。そして、同じ年に王立ミスティア学園に入学します」
「学園があるのね」
そこでは貴族と平民が分け隔てなく三年間学び合うそうだ。重要だからもう一度言う。学園があるのだ。
(これは明らかに、学園ものの乙女ゲームね。ずいぶん前置きが長いけど、そこでヒロインと会うに違いないわ)
それこそ乙女ゲームのテンプレというもの。ならば、主人公に会うまでに悪役令嬢を磨かなければならない。そう心に決めたところで、授業は終わった。
そして、ラウルを歓迎するささやかな食事も終わった夜。授業の内容を思い返し、復習を終えたエリーナはノートをぱたりと閉じる。
新しいノートを出し、勢い込んで目標と大きく書いた。その続きに、力強い字で今回の目標を記す。
『主人公をいじめ、悪役令嬢として華々しく散る!』
(私には十何回と悪役令嬢を演じた意地とプライドがある。それにかけて、シナリオが無くてもやり遂げてみせるわ!)




