20 庭園で会いましょう
学園までは徒歩で通学している。サリーとともに歩き、門のところまで見送られるのだ。十分しかかからないのだから一人で行けるとクリスに訴えても、危ないからと必ず付き添いがつく。帰りも同様だ。これでは、放課後に王都を散策しておいしいプリンを探すこともできない。サリーと一緒なら行けるのだが、こういうのは一人でワクワクしながら進むのが楽しいのだ。
同じクラスの女の子たちからロマンス小説やプリンの情報を集め、買い物リストはすでにできている。あとは実行するのみなのに、サリーとクリスの目を潜り抜けるのは不可能だった。
(クリスは喜んでついてくるけど、ドレスを作ることになるから嫌なのよね……)
王都をよく知るクリスにおいしいプリンの店や、質のいいロマンス小説がそろう書店に連れていってもらったが、最後にはオートクチュールの店に入ることになる。そこは腕のいいマダムでなかなか予約が取れないのだが、クリスはマダムと懇意にしており融通を効かせてもらっていた。
エリーナとて年頃の女の子だ。ドレスは嫌いじゃない。流行りのドレスを見るのは楽しいし、それに靴やアクセサリーを合わせてコーディネートするのも好きだ。だがクローゼットにはクリスから贈られたドレスが詰まっており、新たに衣裳部屋を設える話が上がっているのだ。さすがに自重してほしい。
そんなことを考えながら、エリーナはぼんやりと庭園で昼休みを過ごしていた。学園に庭園はいくつかあるが、ここは建物の裏にあり人はあまり来ない穴場なのだ。エリーナとして集団の中での生活をしたことがなく、いままでの経験があっても少し疲れる。そのため、時々庭園で気分転換をしていた。
「エリー様」
意識を春の陽気に溶かしていると、突然名前を呼ばれエリーナの肩が飛び跳ねた。早鐘を打つ心臓を宥めつつ、そろっと振り向いて目を丸くした。
「ラウル先生!」
思いがけない人物に驚き、立ち上がって駆け寄る。
「制服もよくお似合いですね。学園でエリー様のお姿が見れて嬉しいです」
藍色の髪が光に透け、海のように深い色に輝く。いつものように優しく微笑んだラウルの胸には、教員であることを示す記章があった。それに目を留めたエリーナは、ラウルの顔と記章を交互に見る。
「ここの先生なの!?」
「えぇ。この春から歴史を教えることになりました」
「なんで教えてくれなかったの。お祝いしたかったのに」
むくれて唇を尖らすエリーナに、ラウルは申し訳ありませんと嬉しそうに目を細める。
「驚いてほしくて、秘密にしていました」
「驚いたわよ。満足?」
「えぇ。とても」
学園の教員に着任するに先立ってクリスには伝えてあったが、内緒にしておこうよと意地悪っぽく笑われたのだ。
「でも残念ね。私歴史学は専攻しないわ……」
いくつかの科目は選択ができ、歴史はラウルから学んだため別の物を専攻したのだ。クリスが別の科目を推奨していたのも理由の一つである。
「別に構いませんよ。エリー様が知りたい時は、いつでも教えますから」
暖かな日差しもあいまって、その笑顔が眩しくエリーナは目を細めた。さすがは攻略キャラである。
(ラウルも学園に来たなら、ヒロインもいるはず……。これからはラウルの周りも見ないといけないわね)
これで攻略キャラが2人、たいていあと2,3人はいるはずだ。
「ラウル先生がいるなら安心だわ。それと、かわいいご令嬢がいたら教えるのよ。手引きしてあげるから」
ヒロインの情報を得ようとするエリーナに対し、ラウルは少し目を見開いてから噴き出した。
「生徒にそんなことしませんよ。それに、エリー様より可愛い子はいません」
「お世辞はいいから、教えてね」
「えぇ。私はエリー様のものですからね。ちゃんと許可をもらいに来ますよ」
「……まだ根に持ってる」
子どもの戯言なのにとあきれ顔のエリーナに、忘れられませんよと愛おしそうに微笑むラウル。花が咲き乱れる庭園で向かい合う二人は絵になる光景で、そこに予鈴が鳴り響いた。
「また家に遊びに来てもいいわよ」
「えぇ、近いうちに行きますよ。何か困ったことがあったら、いつでも頼ってくださいね」
「はい。では、また」
そう言って校舎の方へと歩き出したエリーナはふと振り向いた。ざわっと木の葉がこすれる音がした気がしたからだ。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもないわ」
強い風が吹き、木の葉がさわさわと揺れる。エリーナのアメジスト色の瞳がラウルに向けられ、ラウルに続いて校舎へと戻っていった。




