0 悪役令嬢は断罪されましょう
ある時は、リリー・マリアとして主人公をいじめ国外追放。ある時は、カリーナ・ヴァロアとして国家転覆を謀り処刑。バッドエンドになった回数を数え上げればきりがない。そもそも、悪役令嬢が幸せになるエンドなど存在しない。役の名が変わっても、悪役令嬢である限りそこから逃れることはできない。
そして今も、悪役令嬢の断罪イベントが進んでいる。
「リリアンヌ・ドローズ。よくもここにその顔を出せたものだな」
魔法学園卒業式のパーティー会場に、エスコート無しで現れたリリアンヌを見て王子が声を荒げた。ざわざわと他の参加者の間にざわめきが走る。
「あら殿下。婚約者である私を放っておいて、そんな下賤な女といらっしゃるなんて。お遊びが過ぎるんじゃございませんか?」
パラりと扇子を広げ、口元を隠す。冷え冷えとした口調が緊迫した空気を作り出した。リリアンヌは怒り心頭に発しており、眼光は蛇も射殺せそうだ。
(これで19回目の悪役令嬢が終わるわね。これでもうドジっ子天才少女と絡まないですむと思うと、せいせいするわ)
だが、その脳内は実にあっけらかんとしていた。
「誰が貴様のような女と共に歩くか。彼女に対する暴言に嫌がらせ、殺人未遂……貴様の悪行は全て明らかになっている!」
王子に侮蔑のこもった眼差しを向けられ、糾弾される。リリアンヌの表情は屈辱に歪み忌々しいとヒロインを睨んでいるが、脳内は冷めきっていた。
(この話長かったわ~。ヒロインさん、ルート迷ってたものね)
この強制イベントはオートで進んでいるため、何を考えていようとも問題はない。その他は自由に動けるイージーモードだ。最初は唐突に自由を奪われる体や、待ち受ける悲惨な結末に絶望もしたが、五人目になる頃には恋のキューピット役だと悟った。悪役令嬢を十もこなすころには役柄に愛着もわくし、悪役令嬢のプロだと誇りに思うようになった。
「全てその女の妄言ですわ! 皆さまも騙されているのですわ!」
「黙れ! この悪女が!」
ヒロインの前に王子が、その周りを他の攻略キャラが守るように立っていて、一斉にこちらへ怒気のこもった視線を投げつけていた。
(すごい。逆ハーレムエンドを達成したわ)
攻略キャラの全員を惚れさせるのは容易ではない。情報収集を頑張ったのねと、内心拍手を送りながら最期の時を待つ。すると、王子がこちらを指さして言い放った。
「リリアンヌ・ドローズ! これだけの悪行を許してなどおけない! 婚約を破棄し、お前は一生修道院でその罪を償え!」
「そんな! 公爵令嬢である私を、そんなところに送れるとお思いですの!? お父様が黙っていませんわ!」
キッと王子を睨みつけ、父親の存在をちらつかせる。父はこの国の宰相で、その権力を使って色々とヒロインたちを妨害した。オートモードの悪役令嬢はまだまだ強気だが、この先の展開はすでに読めている。
主人公の右を固めていた眼鏡キャラが、その眼鏡を光らせて口角を上げる。王子の親友で、生徒会長だ。ゆくゆくはこの国の宰相になると踏んでいる。どのゲームにも一人はいる冷血眼鏡キャラ。
「あの宰相は職権乱用に横領と、目に余ったから更迭した。爵位剥奪まではできなかったが、今後領地から出ることはできん」
止めの一撃だ。
「そんな!」
リリアンヌは絶望のあまり膝をつき、恐怖にがたがたと震える。権力を嵩に好き放題してきた嫌な悪役令嬢が、その権力を失い地に落ちる。痛快なラストだ。
(次は、どんな悪役かしら)
頭の中で次の役に思いを馳せていたら、徐々に意識が薄れてきた。このゲームはここでハッピーエンドらしい。
「貴様の人生は終わりだ。リリアンヌ!」
攻略キャラたちの声が重なった。ヒロインを守るように囲んで立つ姿は、さながら騎士。ゲームのタイトルが『私の騎士になってください! 魔法が織りなす奇跡の学園物語』なだけある。
もう彼らの姿は見えない。
(次も魔法がある世界がいいわね。さらに料理がおいしければ文句なし)
リリアンヌは次の役に期待しながら意識を手放した。ここでリリアンヌは終わり、新しい誰かが始まる……。
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