06,黒騎士の生き方
このペースが順調かどうか。
実際にどうなのかはわからないが、順調だと思う事が重要。
限界を越える絶対条件は、限界を意識しない事だ。
限界に到達したと自覚した時、人間は本能的自衛として無理やりにでも肉体を休ませようとする。
脳が疲労感に支配され、思考すらも惑わせる。
理性的意思の如何に関わらず、本能的生理がどうにかして体を休ませる方向に持っていこうとするのだ。
頑張って勉強しないといけないとわかっていても、「もう夜も遅いしそろそろ眠くなるなぁ」などとちらりとでも認識してしまえば、途端に欠伸が出るように。
意識した時、人の体はそれを現実として受け止める。
その意識した事象に対応しようとしてしまう。
だから、それを逆手に取ってこそ。
人として、人の体のシステムを有効に活用せよ、と。
シェルバン家の英才教育にて習った。
限界は決めない。ただひたすらに進め。
無茶苦茶な試験だとしても、無理難題であるとは定義しない。
……ああ、シオもシュガーミリーも、思っていたよりは大丈夫そうだな。
二人とも庶民で、第一印象的にも様々な不安もあったが……しっかり、先の約束を守ってくれている。
焦らず、慌てず、一定のペースを決して乱さず、無駄口で体力を使う事もなく、風に対してディズの陰に隠れる形で俺に付いて来ている。
……気を引き締めろ、俺。
庶民がこれだけ立派にできているのだ。
貴族である俺が、何をどうしくじれるものか。
霊力の消費効率を落とさないようにディズの維持に意識を割きつつ、登頂ペースにも細心の注意を払いながら、進み続ける。
それだけではない。獣にも警戒しないとな。
季節のある冬山なら、大概の獣は冬眠してくれるだろうが……ここは常冬の山。
普通に考えて、この極寒に適応した獣がいるはずだ。
冬に適応した熊なんぞにでも出くわしたら厳しい。ディズならあっさり勝てるだろうが、霊力消費が加速してしまうのが非常に厳しい。
幸運にも、ここまで獣の痕跡はひとつも発見していない。
……む……風向きが、また変わったか。
不安定な気流、それなりの高所まで登ってきた証だな……ディズ。
「ヴォフフ」
俺の思考に応えるように、ディズがスライド移動。風向きの変化に対応してくれた。
うむ、霊獣の指揮も、少しずつだがコツを掴めてきたな。
声で指示を出すより、心で念じる方がスムーズに伝わる。
霊獣は声ではなく思念に集中して操る方が効率的、と言う事だ。
騎士としての教本には載っていなかった事だが……あの教本、基本「座して学ぶよりも動いて学べ」と言う色合いが強かったからな。あえて載せていなかったのかも知れない。
「……ッ、はぁ……!」
! 今の苦し気な息遣いは……シオか。
肩越しに少しだけ振り向いて確認する。
可愛い顔が苦嘆で歪んでいる。白息の色も薄い……体温と外気温の差が詰まってきている証拠、不味い兆候だ。
シュガーミリーも、シオほどではないが厳しい色が見て取れる。
二人とも、急速に疲労が表に滲んできたな。
流石に、疲れを意識してしまったか。
……まぁ、仕方ないだろう。
片や兵士の訓練を受けたとは言え庶民。
片や騎士になるための修行をしてきただろうとは言え庶民。
貴族たる俺レベルのメンタルコントロールスキルを求めるのも酷な話か。
どの道、どこかしらで休憩を挟む必要が生じる事は想定していた。騎士として極地環境適応訓練もこなしてきた俺やシュガーミリーはともかく、シオには高山病のリスクもあるしな。
むしろ、二人とも、俺の想定を越えて努めてくれたと言える。
一旦、登頂作業を中断。休憩に適した地形を探す方に意識を持っていこう。
少し先の方へ視線を投げてみる。
地味に降り続ける雪のせいで未だに山頂は見える気がしない。
辺りを見回す。
少し、拓けてきたな……いや、かなり、か。
スタート地点を思い出して比べてみれば寂しいものだ。
針葉樹はほとんどなく、傾斜のある雪原状態。
ほら、振り返ってみれば一目瞭然。
道理で、風除けのためにディズを動かす忙しさが増したはずだ。
木々が減ると言う事は自然の遮蔽物が減ると言う事。風も吹き抜けやすくなる訳だからな…………………………待て。
ちょっと、待て。
いくら何でも、急激に拓け過ぎではないか?
進む事に集中していたせいで気付かなかったが、明らかに異様だ、この差は。
まるで、ここら一帯から先だけ、ローラーをかけたかのように拓け切っているではないか。
……何故? まさか……いや、早合点するな。
今、俺は多少、そう、少しばかり、寒さと登頂の疲労でほんの僅かにだろうが思考力が低下しているはずだ。
冷静に、そして慎重に、頭を回せ。
――流石に、そこまで……そこまで、北方の連中が非道に徹するか?
……だが、「この可能性」を裏付ける事実を、俺は既に実感していた。
先にも少しだけ思考した事だが――俺たちは、この山に入ってから……獣の類をまだ一度も見ていない。
季節のある冬山ならともかく、常冬の山だぞ? 普通に考えれば、適応した獣がそれなりにいるはずだ。
だのに、俺たちはその類の痕跡すら見ていない。
……あのクーミンとか言う女が、俺たちの身の安全を考えてわざと獣のいない方面に落としてくれた?
そんな心優しい気遣いができるなら、こんな試験に加担するものか。
もしも、クーミンが「意図的に獣がいない・または少ない方面を試験会場とした」と仮定するなら。
その理由は確実に、優しさ由来のものではなく、むしろその逆のはずだ。
獣がいない方が「結果」として過酷になる……はずがない。
そう、そんな理由ではない。
順序が逆だ。おそらく、獣がいないと言う現象の方が「結果」。
ある「結果」として、獣がいないのだ。
そう考えれば、納得がいくし、答えも浮き彫りになる。
…………ああ、こんなにも寒いと言うのに、汗が背中を舐める感触がした。悪寒だ。
思い出してしまった。俺のこの最悪の推測を裏付ける、決定的な証言を。
――『雪山で生きる者とそうでない者。その差をよく考えてみると良い』
北方駐屯部隊の首領ガローレン卿からのヒントだと言って、クーミンが発した言葉。
山で生きる者は、知っているはずだ。
山の中で、生き物が生きていける場所を。
逆に言えば――生き物が生きていけない場所も知っている。
――高い頻度で変わる風向き。
高地特有の不安定な気流の証左。天候は急変するだろう。
――急激に拓けた傾斜の雪原。
木々はおろか、洞窟がありそうな崖面や丘など到底見当たらない。
「……は、はは、はははは……」
「……? し、しぇる、ばん、卿……?」
「急に立ち止まって、何を、笑ってるんスかぁ……? って言うか、顔色がすごい事になってませんッスか……?」
ははは、成程。ああ、うん。とことんまで非道だ、北方の連中は。
軽装準備不足での登山となれば、体力消費を抑えながら登る事に意識の大部分を持って行かれるのは当然。
そう言う状況に仕向けた上で、「熱心に真っ直ぐ進めば『こんな順路』に辿り着く」、そんなポイントを試験開始地点に選定したのか。
ああ、まんまと嵌められたとも。
自分で自分が情けなくなるほどに、綺麗に、嵌められた。
――貴族にあるまじき言葉だと思うが、言わせてくれ。
「クソッタレが……!」
突発的に悪天候化してもおかしくない高地環境。辺りに遮蔽物はまったくない。
強烈な吹雪が発生してもおかしくはなく、それをしのぐ術などなきに等しい。
それが今、俺たちのいる場所の状態だ!
――そして、運命を呪いたくなるほどの不運を見た。
前方……山頂の方角。
降雪に、先ほどまではなかった明らかな角度が生まれている。
雪が風に薙がれているのだ。つまりは――吹雪の前兆。
吹雪は、高地から徐々に吹き降ろしてくる。このままいけば――直に、ここに吹雪がくる!
……まさか、クーミンが霊術で誘発したのではなかろうか。
そんな邪推をしてしまう程度には、最悪のタイミングだ……!
「木が生えている所まで引き返せッ! 全力でだ!」
体力の配分だとか、考えている場合ではない!
吹雪に捕まれば、雪の激流で視界を、風の乱流に叩かれ続ける衝撃で平衡感覚を潰され……傾斜や方向すらもわからなくなる! 凍てつく突風を浴びながら延々とぐるぐる回り歩く事になりかねない!
そうなれば、待っているのは凍死か衰弱死の二択だ……!
「ぇ……いきなり何を……」
「急げ! 説明する間も惜しい! 早く!」
この辺りももう風が強まってきた。想像以上に足の速い吹雪だ。一刻の猶予もない。
「走れ!」
◆
……俺は今、どうなっている?
思い出せ、一体、何がどうして、俺はこんな不愉快なほどに寒い中、雪に埋もれて倒れているんだ?
…………ああ、そうだ。
俺は黒騎士に認定されて、北方へと放逐された。
その北方で待っていたのは、事前準備なしに雪山を登頂せよと言う無茶苦茶な試験。
そして未熟にも、その試験に仕組まれた悪辣な罠を見落とし――俺は、俺たちは、吹雪に捕まったんだ。
どうにか脱しようとはしたが間に合わず、吹雪に追いつかれてしまい、すぐにディズに穴を掘らせて即席壕を作ろうとした。
壕に三人で身をよせてディズに蓋をさせれば多少はしのげると考えた。
しかし、それも間に合わなかった。
吹雪が強烈過ぎた。まるで無数の拳に横から殴られているような酷い感触だった。
ディズにシオとシュガーミリーを守らせ、俺は背を丸めて耐えようとしたが……秒も持たずに吹き飛ばされたのだ。
……そして、意識を失ったのか……。
俺が完全に雪に埋まる前に、吹雪は過ぎ去ったかおさまったかしたらしい。
降雪すらも途切れており、風もない……辺りは完全な静寂に包まれていた。
忙しなく転変する、高地の不安定な天候に救われたか。
不幸中の幸いだな。
……だが、状況は、最悪だ。
「が……ッ…!」
全身が痛む。打撲の感触だ。騎士になるための修行で何度も味わった鈍痛。
吹雪で全身を丁寧に殴られ続けた結果……当然か。
それでも、立つ。立ち上がる。
思いっきり息を吐くが……ほとんど、色がない。体温が不味い段階まで低下している証だ。
……ああ、だろうよ。もう、寒いと言う感覚にゲシュタルト崩壊を起こしてきた。
手足がまだちゃんとついているかどうかも、視認しなければ定かでない。
とりあえず、立ち上がろうとして無事視点が高くなったと言う事は、足は無事だ。
両手もきっちりあるな。指もぎこちないが動く……動かしている感触はないが。
ともかく動ける。
ならば、シオたちを探さなければ……しかし、辺りを見渡しても、どこまでも雪景色が広がるばかり。
「……ディズ……!」
声と思念の両方で呼びかけるが、返答はない。
……当然だな。一度、意識が完全にトんだんだ。霊獣も消滅するに決まっている。
「……ムルハ……ディモ……イ……マガツ、トゥルナハ……! 来い、ディズ……!」
霊言を詠唱し、ディズを再召喚する。
……だが、
「うー!」
「…………」
俺の詠唱に応えた咆哮は、実に頼りなく迫力に欠けるものだった。
……再召喚できたディズは、掌に乗せられる大きさだったのだ。
霊力が足りないか……!?
だが、今は召喚で来ただけ幸いとしよう。
「ディズ……!」
おそらくは雪に埋まってしまったのだろうシオと、シュガーミリーを……探してくれ!
「うぅぉおおん!」
小さなディズが吠えて駆け出した……かと思えば、すぐに止まり、小さな前足で足元の雪をタシタシと叩き始めた。
「……そ、こ、なの、か……!?」
「うぉん!」
自信満々な返応。
ディズには先ほど、かなり離れた場所からシュガーミリーの事を嗅ぎ付けた実績がある。疑うべくもないだろう。
急げ……! 完全に雪に埋まっている……!
感覚の死んだ両腕をヤケクソに動かして、ディズが示したポイントを掘る。
すぐに、見覚えのある庶民くさい防寒具の端が見えた――シュガーミリーのものだ……!
化石の発掘ではあるまいし、丁寧に周りの雪をどかす必要もない。
包み隠されているとは言え埋まり具合は浅い、引っ張り出せるはずだ……!
ぬぐぅ、ぉおおお……な、中々、重いな……!?
いくら現状コンディションが最悪とは言え、俺は騎士としての修行を乗り越えたんだぞ……その腕力でも手こずるとか……!?
えぇい、年頃の小娘がッ! それを差し置いたって仮にも騎士が! ウエイトコントロールには気を……、……!
……前言を撤回しよう。
早とちりで侮蔑した事も、心から謝ろう。
そして何より、褒めてやる。
「……やるでは……ないか……!」
シュガーミリーは完全に気絶している。
だが、その腕は――しっかりと、シオを抱きしめ、覆いかぶさるように守っていたのだ。
重いはずだ、二人分の体重だものな。
俺ですら秒と持たずに吹き飛ばされたあの強烈な吹雪の中――シュガーミリーは騎士として、シオを守る行動を取り、意識を失ってもなおそれを続けている!
ノブリス・オブリージュ、わかっているではないか。
シュガーミリーは騎士としてやるべき事を、やった。
ああ、完璧だとも。庶民のくせに……ああ、ああ! 褒め称えずにいられるものか!
……だが、感動している場合ではない。
二人とも息はあるが……俺と同じだ。吐く息に色がない。血色も信じがたいほどに悪い。
短時間とは言え雪に埋まっていたせいだろう、頭髪までもが一部凍結している。
「……ぐ……ぉい……! 見て、いるんだ、ろう……!?」
精一杯に声を振り絞って、晴れ渡った空へと叫ぶ。
独り言のつもりはない……どこぞで見ているだろう試験官、クーミンに対しての語りかけだ。
棄権はいつでも受け付けると言っていた以上、どこからか見ているはずだ。
「こ、の二人は……! もう、無理、だ! 棄権として、回収、しろ……!」
勝手を言って、シュガーミリーには悪いが……ここから彼女が回復して登頂を再開できるとは思えない。シオも同様。
俺はまだいける、ああ、いけるともさ。
俺の場合、棄権=死だからな。
命を投げたりするものか。
だから、シオとシュガーミリーだけを回収させて………………おい。
「……クーミン・ミンタン……? ぉい……何故、何の……反応も、ない……!?」
……どういう事だ……?
語りかけてからしばらく待っても、何の音沙汰もない。
…………まさか…………棄権は本人の申請しか受け付けないだとか、事務の虫みたいな事を言いだすつもりではないだろうな……?
バカげている。
シオとシュガーミリーのこの状態では、あとは死を待つのみだ。
この試験の主旨は理解している……不合格者の命をあえて奪う必要性はないだろう?
だのに、現状この二人を棄権扱いにする事を躊躇う理由がどこにあると……!?
「おい……! 何の、悪ふざけだ……!? 聞いて、いる、はずだろう……!?」
……まさか……聞いて、いない……?
そんなバカな。有り得ない。受験者が死にかねない試験を実施しておいて、その管理をおざなりにするなど。
では、何故……?
やはり、棄権は本人からの申請でなければ受け付けないと?
ふざけているのか!?
ッ……不味い、このままでは……シオもシュガーミリーも……!
……ひとつだけ、方法はある。
だが……しかし……それは……!
俺は……そんな……ッ……ぐ……!
「……す、る……俺、は、棄権……する……だから、早く、助けに……来い……!」
棄権すれば、懲戒解雇扱い。俺は、恥さらしとして殺されるだろう。
この申請は、まさしく自殺。
――自ら死を選ぶなど、美徳にはほど遠い。
人の命は尊いのだ。己のものであろうとそれを放棄するなど、その尊厳への冒涜に他ならない。美徳に成り得るはずがない。
だが、今は……例え美徳でないとしても。愚かだ恥だと死後も人々に罵られ嗤われる行為だと弁えた上でも。
ここで俺は、死を選ぼう。
……ノブリス・オブリージュ?
バカを言うな。これは真逆だ。
自他を問わず命を放棄する選択など、人としてやってはいけない事の究極なのだから。
……そう、自他を、問わないのだ。
俺が選べる選択肢はふたつ。
自らの死でこの二人を救うか。
この二人の死を容認して、己の生を掴みにいくか。
どちらを選ぼうと……俺にはもう、誰かしらの命を放棄する未来しか残されていない。
人としての尊厳を誇って生きていける未来は、断たれた。
なら、せめて……最期の選択は、ノブリス・オブリージュとか、堅苦しい事は言うまい。
どうせもう、人としての尊厳など失ってしまうのだ。拘泥してどうする。
人として、貴族として、騎士としての責務などすべて忘れて、己の気が向くままに選ぼうと思った。
……思い返してみれば、貴族に生まれた俺に我がままな振る舞いなど、許されるはずがなかったな。
これは……人生で初めての、我がままだ。
――俺は、恩を返したい。
腐り果て、人としての底に堕ちかけた俺を踏みとどまらせてくれた、立派な兵士に。
この絶望的な状況で、一時とは言えその勇姿で俺を感動させてくれた、立派な騎士に。
ありがとう。素晴らしい。気分が良くなった。最期の思い出として、充分だ。
君たちは、生きてくれ。これからもたくさんの人を、喜ばせると良い。
そう、言いたい。
――………………だのに、応える声はなかった。
何も、なかった。
「…………はは」
…………バカだな。俺は。
わかり切っていた事ではないか。
弁えていたはずの事ではないか。
シオとシュガーミリーと言う例外的存在のおかげで、忘れる事ができていただけ。
……俺は、黒騎士なんだ。
あんなにも愛を浴びせてくれた家族にすら途端に見放される。それが黒騎士だ。
出立の日……もう二度と会えなくなるだろう父に、餞別の言葉ひとつすらもらえない分際が、黒騎士だ。
俺なんかの我がままが、誰かに受け入れられるはずがないだろう。
俺なんかが、誰かに救われる訳がないだろう。
俺を黒騎士ではなくただのミッソ・シェルバンとして接するシオとシュガーミリーが奇特なだけで、これが本来の在るべき現実だ。
わかり切っていた、弁えていた、実に当然の事ではないか。
「はははは……ははははははははッ!!」
ああ、そうだ!
これが黒騎士だ!
誰にも愛されない、誰にも救われない!
忌み嫌われるだけの騎士!
疎まれ続けるだけの存在!
人間として最低限に与えられるべきものすら与えられない!
人間としての権利は認められ肯定されているはずだのに、事実上、不当に否定され続ける!
誰も「死ね」とは言わないが、「生きて欲しい」とは決して思われていない……!
……そうだ。黒騎士は、己の力で生きていく他に道がないんだ……!
己の力で、すべてを切り開くしかない!
皆に嫌われながら、露骨に拒絶されながら、暗に否定されながら!
それでも人間としての尊厳を自らで主張して、不当な侵害を跳ね除ける!
例え孤独に在ろうとも、命の尊厳を守り抜く……!
それが黒騎士のやり方か!
それが黒騎士らしさか!
であれば――ノブリス・オブリージュッ!!
黒騎士のやるべき事は、弁えた!
後は、得るだけだ!
雪を掴む、握り潰す。感触はない。肉体は限界を迎えている。
いつの間にか、ディズは消えていた。霊力ももう尽きたのだろう。
救いは望めず、およそ希望と呼べるものは尽き果てた。
だからなんだ。
自分の力で、立ち上がる。
まずは、防寒コートを脱ぐ。
もう、寒さなど感じない。そんなまともな神経、とっくに狂い切って機能しなくなった。
脱いだコートを使い、シオを包む。
シュガーミリーには悪いが、騎士としての修行を越えてきた彼女より、シオの方が脆弱だろうからな。
シオを包み終え、片腕で抱え上げる。もう片方で、シュガーミリーも抱え上げる。
重い? キツい? はは、もう何も感じないさ。なら、やれる。
「……やって、やるさ……!」
後悔し猛省しろ、北方の怠けた鬼畜どもが。
貴様らは今、その怠慢故に俺と言う忌々しい黒騎士を死なせる機会を逃した。
もう俺は、尊厳を捨てる事はない。
ノブリス・オブリージュの精神を放す事はもう有り得ない。
俺は、自分も、誰かも、死なせない。
命の尊厳を冒涜する事は、もうない。
何故か? 切り開くと決めたッ!
黒騎士だからな、俺は!
ヤケクソ? ああ、勿論! ヤケクソだとも!
だが、捨て鉢になるつもりは毛頭ない! それは、俺向きではない!
俺向きのヤケクソは――上を向いて、開き直る事だッ!!
「いぃぃくぞぉぉおおおおおおクゥゥソォォォがァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
目指す、上を――山頂を!
俺もシオもシュガーミリーも、全員が生き残り、命の尊厳を守り抜く。
黒騎士として、ノブリス・オブリージュを貫き通すのだ!