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04,生き残れ、北方の試練


「ひとつ、霊獣の召喚は許可します。ふたつ、霊獣への騎乗は不可。みっつ、霊装の装着・霊術の使用も不可。それ以外に特別、取り決めはありません」

「……待て。おい待て、ミンタン隊長補佐官、いや、もういい。クーミン、貴様この野郎」


 今の所業で礼節を尽くしてやる義理も吹き飛んだ。


 雪に突き刺さった頭を引き抜いて、辺りを確認する。

 シオは幸い、どこも雪に埋まっていないようだが、事態が飲み込めずに混乱しているのか、「!? !? !?」とワソワソキョロキョロと慌ただしい。


 ――……俺とシオは、空高く吹き飛ばされ、そしてここに落ちてきたのだ。

 どうやら、山中まで吹き飛ばされたらしい。辺りは雪原ではなく針葉樹に囲まれている。


 誰に吹き飛ばされたか?

 今、俺たちの頭上でふよふよ浮かんでいる眼鏡女――クーミン・ミンタンだ。

 下手人め、涼しい無表情をしてからに。俺は一応貴族だぞ、そしてシオはその護衛だ。


「どういう了見だ、貴様……!」

「説明したでしょう。聞いていなかったんですか?」


 ああ、さっきから何やら淡々と喋っていたのは知っているが……。


「頭を雪に埋めたまま、まともに聞こえる訳がないだろう!?」

「ああ、道理ですね、それは」


 納得したように手で槌を打つクーミン。

 ふてぶてしく憎たらしい……! 下りてこい! 貴族流の成敗術、お説教と拳骨をしてやる!


「ではもう一度、最初から――まずは、ガローレン隊長殿からの伝言です」


 ガローレン……聞き覚えがある家名だな。

 ……確か、中枢の中流貴族のひとつ。

 北方でのガローレンと言うと……まさか、銀騎士パイシス・ガローレンか?

 大層な女傑、騎士種別人気トップ五には食い込む銀の騎士でありながら、性格に難があり北方に左遷されてしまったのだと……貴族界隈で派手に噂になった時期がある。

 その「難」と言うのは……少々、と言うか聞く限りかなり、部下に厳しい御仁だと。

 例えば、「自分より上身分の貴族出身騎士を教育的指導と称して踏んだ」とか色々。


「――『北方駐屯基地は地獄の底である。ここでやっていけるのは一握りの豪傑のみ。軟弱なメンタル雑魚野郎は不要』」

「地獄の底……だと……?」

「北方駐屯基地が、何故にこんな登るに過酷な山の頂上にあるか、知っていますか?」

「……いや」


 博識なつもりではあるが……そもそも北方駐屯基地が山の上に構えられていると言う事も知らなかった。

 無意味であるとは思えないが……はて、想像ができないな。


「この山の向こうは、【魔物マモノ】の発生ポイントです」


 ……!? 魔物……だと……!?


「それも、並大抵ではなく。こんな極寒の地だのにホットスポットと言うに相応しい」

「……!」

「王都でぬくぬくと、毎朝邸宅に届けられる数枚の紙束で世界情勢を知った気になる……中枢の貴族様は想像もしていませんでしたか?」


 魔物――英雄ソイソウスによって討たれた魔神が、この世界に残していった負の遺産。

 伝承の時代から、人間だけでなくあらゆる生命に害を為す悪性存在。


 魔物は毒霧か何かのように、どこからか発生すると言う。

 魔神の怨念は凄まじく、発生ポイントの浄化はほぼ不可能。ポイントは基本的に周辺区域ごと完全封鎖し、経年で発生が収まるのを待つしかない。

 度々、溢れかえった魔物の処理に軍隊や騎士団が駆り出されているとは聞いている。


「幸い、この山の向こうは無人区域。三方は海に面し、有人区域へ至るにはこの山を越えてこちら側に来る以外に路はありません」

「……成程……山頂の駐屯基地は、防衛要塞か」


 北方にも魔物の発生ポイントはあると聞いてはいたが……そんな情勢だったとは。


「ご理解いただけましたか? 他所の駐屯部隊とは事情が違います。ここでは、魔物の駆除が平常業務ですので」

「ひっ……!?」

「………………」


 シオが青ざめるのも当然。

 俺だって、想像しただけで気分が悪くなる。

 貴族でなければ、シオと同じく表情に出して「げぇッ」とげんなりしていた所だ。


 ――博物館で魔物の実寸大模型を見た事がある。

 あれは、何の例えでもなく――怪物だ。

 汚く濁った瞳が何十と浮かぶ巨大な眼球。

 成人を一口でぺろりと飲み込めそうな大口に歪な牙の羅列。

 爪や触手に塗れた無数の手足。

 嫌悪感の塊と言われても納得できるヘドロのような表皮。


 あんなものと日常的に戦う。

 騎士や霊術師が徒党を組めばまぁ倒せない事はないと言うか、割と楽勝だろうが……あんなグロテスクなものと毎日対面しなければならないとは……。

 ああ、確かに、地獄の底かも知れないな、それ。


「故に、北方駐屯部隊では騎士団本隊の承認のもと、独自規定での入隊試験を実施しています。地獄の底に落ちても耐えられるかを測るべく、まずは地獄を見ていただく。と言う訳です」


 魔物と毎日対面できるだけの精神力があるかどうかを測るため、か。


「……それが、俺たちを吹き飛ばした事と何か関係があると?」

「はい。ここが試験のスタート地点です」


 なぁ、移動させるにしても、もっとやり方がないだろうか?

 ……しかし、こんな雪と針葉樹と傾斜しかない場所で、一体、どんな試験を受けさせる気だ……?


「試験内容は単純。時間に制限は設けません。基地まで自力で辿り着いてください」


 …………は?


「基地と言うと……山頂だな?」

「はい」

「……登れと? この雪の大山を? ろくな装備も、指針もなしに?」

「はい」


 あっさりと。


「それと三点、事前に通達事項を。ひとつ、霊獣の召喚は許可します。ふたつ、霊獣への騎乗は不可。みっつ、霊装の装着・霊術の使用も不可。それ以外に特別、取り決めはありません」

「……この試験、達成できなかった場合は?」

「騎士団内規『適正不合』を適用。懲戒解雇です」

「無茶苦茶だ!」


 適正不合は本来、品行不良――法に触れたり上官命令を無視した者に適用されるものだろう!?

 理不尽にもほどがあるのでは!?


「先に言いました。本隊――つまり、総団長殿および司令参謀殿の承認はいただいております」

「んなッ……」

「まぁ、これは死ぬかも知れない非常に厳しい試験です。しかも乗り越えたとして待っているのは、精神攻撃めいた見た目の怪物たちと戯れるエブリディ。腐ったニンジンを目の前に吊るされて走らされる馬が如き状況ですね。ええ、嫌ならば申告してください。棄権はいつでも受け付けますよ。ベリコの町まで送って差し上げます」


 ッ……まずい、これはまずいぞ……!


 死ぬのが嫌なら棄権は受け付ける? バカを言うな!

 棄権すれば当然に試験は不合格、先に言った通りの免職処置だろう!?

 ソイソウスの末裔である俺が適正不合で懲戒解雇なんてされたら……「シェルバン家、ひいては救世の英雄(ソイソウス)の名誉を著しく毀損した」と、王令で処刑される可能性がある……と言うか、ほぼそうなる!

 なにせ俺は黒騎士だ……いざと言う時に、庇ってくれる者がいない! つつがなくスムーズに処刑されるに決まっている!


 ぐ、ぐおおおおお……まさかここに来て、最高貴族と言う立場がまさしく命取りになるとは……!?


 こ、これは……や、やるしか、ない……!

 この試験、達成しなければ――俺は死ぬ!


「では、最後にひとつ。ガローレン隊長殿からせめてもの優しさ(ヒント)を。『雪山で生きる者とそうでない者。その差をよく考えてみると良い』。以上です」


 それだけ言って、クーミンは山頂の方へと飛び去って行った。



   ◆



 救世の英雄ソイソウスには、ダインズと言う霊獣の相方バディがいたらしい。

 それにあやかって、俺は自身の霊獣、このやたら大きな黒オオカミにディズと名付ける事にした。


「よーし、ディズ。俺の言う事をよく聞けへぶぶぶぶぶ」

「ほあああああ!? シェルバン卿がすごい勢いで顔を舐められてるーッ!? ちょ、ぁ、あの、オオカミさん……しょ、そんな激しくしたらシェルバン卿の息が……息が……!」

「ヴフフ! ヴルフフゥ!」


 ……ああ、薄らと、こうなる事はわかっていたとも。

 このバカオオカミ、召喚する度にべろんべろんと巨大で極厚な舌を使って容赦なく舐めまわしてくる。

 俺はキャンディか何かか?


「ちょま、とま、止まれディズ! スティ! ステェェェーィッ! ぐあああチクショォォオオ! 相変わらずのすごい力だッ!」

「ヴフフフフ」


 上機嫌そうに鳴いてくれる。今貴様が舐めている俺の顔にどれだけ青筋が浮かんでいるのか、その舌で感じないかこんのバカオオカミがッ!


 ………………最終的には雪に押し倒されて舐められ続けること数分間。

 ようやく、満足したディズから解放された。


「……獣臭い……」


 貴族でもげんなりしちゃう。


「し、シェルバン卿、こちらのタオルを……って臭ッ! …あ、いえぁ、あの、も、申し訳ありませんッ!」

「構わない……事実だ……タオルありがとう……」

「ヴォッフ」


 こんのオオカミ風情が……!

 いつか必ずぎゃふんと言わせてやるからな……!


「し、しかし、ぁの、シェルバン卿……何故、いきなり霊獣を召喚されたのですか……?」

「この試験、俺は落ちる訳にはいかない。君なら事情は大体わかるだろう?」

「は、はひ……シェルバン卿は御家柄……懲戒解雇なんて事に、な、なってしまったら……」


 はわわほぁぁ……と青ざめて戦慄するシオ。リアクションがいちいち可愛い。


「そうだ。俺は退けない。であれば、全力全霊で臨む他にない……!」


 使えるカードは全部切っていくさ。


「ディズはこの通り、何故か中々俺の思い通りには動いてくれないが、最低限、俺には付いて来てくれる」


 ……本来、霊獣と言うのは召喚者に対して好意的で協力的なはずなのだがな。


 基本的に霊獣召喚は霊獣側に主権があり、高次元世界で退屈を持て余している霊獣が暇潰しに力を貸しに来てくれる……と言う構造だ。

 霊獣は「この人間の為す事に興味がある・協力してやってもいい」と判断して、こちらに来る訳だ。

 それだのに非協力的だったり、ワガママな振る舞いで召喚者の為す事を邪魔するなんて、筋が滅茶苦茶だろう。普通は有り得ない。


 まぁ、今はその辺りの謎は置いといて……。


「ディズのこの巨体にもふもふの毛皮……風除けには充分、抱き寄せれば暖にもなる」


 幸い、今の所、風量は大したものではない。

 しかし、風は風、侮ってはいけないのだ。


 どれだけ微弱だろうと、風は着実にこちらの体力を削ぎ取っていく。

 何より、この極寒の地に吹く風は――寒い。嫌になるほどに。


 風を受ける事で、人体は実際の外気温以下の温度を体感する。

 風を受けるか否かで、寒さによる精神面の摩耗に大きな差が出るのだ。

 長丁場が推測されるこの登山において、ディズが持つ意味は非常に大きい。


「な、なるほど……」

「乗れれば最高だったが……騎乗は禁止と言っていたからな」


 霊獣を駆れば、いくらこの大山でもすぐに登り切れたろうに……まったく、厄介な条件を出してくれた。


 ……少し、あらためて確認してみる。

 俺の衣類はごく一般的なブランド物の冬服の上から防寒霊術仕様のコートを着ているのみ。なお、この霊術的防寒を以てしても普通に寒い。

 所持しているのは、形式上の餞別として渡された金の小塊と、装飾こそは派手だが特別性はない剣がひと振り。


 ……この軽装で、徒歩での大山登り。

 立派な自殺行為だな。しかし、登らなければどうせ死ぬ。


 餞別を換金して、装備を整えたい所だが……下手に下山したら棄権と取られかねない。

 クーミンがわざわざ俺を吹き飛ばしたのは、下山してロープウェイを使ったり、地元民から安全経路を訊き出すのを防ぐためと言うのもあるだろうからな。

 大体、北方の連中がこの理不尽な試験を行う理由は「弱者を弾くため」だ。

 万全の装備を整えなきゃ冬山を登るなんてむりむりむりやだやだやだい……なんてゴネるような奴が、連中のお気に召すとは思えない。


「……やってやる……やってやるさ……」


 黒騎士である俺に、この試験を棄権すると言う選択肢はない。

 つまり、黒騎士である俺に取って、これはクリアしなければならない試練。

 俺が俺として、やるべき事。


 ――ノブリス・オブリージュ。


 やるべき事をやって、得るべきものを、得る!

 現地点からでは見える気配すらない遠く山頂を睨み付け、宣言する。


「俺はこの試験をクリアして、生き残ってみせる!」

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