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31,黒騎士の御仕事


 ――すべてに、片が付いた。

 確認されていた魔徒残党は殲滅完了。


 北方駐屯基地はこれから、惰性のように湧き出してくる魔物の雑兵が山を越えないように粛々と日々の業務にあたるだけでいい。


 北方における長年の悲願が果たされた。

 そして、ヴルターリア王国を脅かすであろう芽も摘めた。

 同僚の胸の内で燻り続けていた復讐の炎も、無事、焼き尽くすべき薪を焼き尽くして消火に至った。


 最高の結果だろう。

 ああ、そうだろうさ。


 俺と言う立役者の存在は、世間様には伏せられているがな!


「小僧が。いつまで膨れておるのじゃ? 褒美がなかったのがそこまで不服か?」

「……………………」


 自室にて、ベッドで不貞寝していると、当然のように顕現し続けている霊卿セントゼンゼロイが呆れたように問いかけてきた。


 ――ええ、そうですよーだ。不服ですよーだ。


 そりゃあ、まぁ?

 正確に言えば、俺だけの手柄ではないですよ?


 魔徒殲滅の作戦を立案したのは霊卿セントゼンゼロイ。

 詰めの三手に参加したのはガローレン卿と霊卿セントゼンゼロイとクーミン。


 俺がした事と言えば、せいぜい、この身を餌に魔徒を釣った事と、霊卿セントゼンゼロイが顕現する道を拓き、彼女が術を行使するために必要な霊力を提供した程度だ。


 ……「せいぜい」「程度」とは言うが……充分、立役者の一人なのでは?


 だのに、王都から表彰――星の叙勲を受けたのは、ガローレン卿とクーミンだけ?

 これでガローレン卿は三ツ星の騎士、クーミンは史上初の星持ち霊術師。


 ………………俺は?


 やるべき事をやったら、得るべきものを得られるべきでは?

 酷くない? いやもう、多分と言うか絶対、黒騎士だからと差別されての事だよこれ。黒騎士に地位や名誉なんて意地でも与えてやるもんかと言う王都連中の策謀だよこれ。

 黒騎士が不当な扱いを受けるのは仕方ない、そう割り切ってはいるが、納得にはほど遠い。

 だから、こんな理不尽、全力で腐ってやるぅ……。


 良いじゃん、少し不貞寝するくらい。仕事はしますよ。やるべき事はやりますよ。人前では騎士らしく振舞いますよ。

 だから今はもう負の海に沈ませてくださいよ。俺だってたまにはイジけないとやってられませんよ。


「やれやれ。ほんと、人間はくだらん事に拘泥するのう」

「……霊卿セントゼンゼロイ、良いんですか? 貴方様の活躍も、なかった事にされてるんですよ?」

「別に、どうとも思わんな。妾の御前において無礼を働くような痴れ者であれば即座に喰い殺すが、妾の知らん所での沙汰にまで逐一目くじらを立てるほど、妾は狭量でも暇でもない。ぶっちゃけ、妾と無関係の人間有象無象が何をどう評価するかなぞ、どーでもいいのじゃ」

「……そんなものですか?」

「逆に訊くが、遥か足元で蟻虫どもがキィキィと汝の事をとやかく言っていたとする。汝はその矮小な鳴き声に対し、いちいち地に伏してまで聞き耳を立て、内容を精査し場合によっては咎め、一匹一匹きっちり踏み潰していくのか?」


 ……要するに、自分の知らない所で起きる万事、まさしく知った事ではない、と。

 遠くや陰で悪口を叩くなら好きにすればいい。わざわざ聞きに行こうとも思わん。聞こえたら殺すがな。……と言う感じか。


「うぬ。まぁ、そんな所よ。故に、此度の妾の働きをどこぞの有象無象が評価するしないとか、妾は興味ないし其方の好きにすればよかろ、程度なもんじゃ」


 本当、精霊様の器は大きい事で……。


「じゃが、これはあくまで妾の知らぬ者たちに対しての話じゃぞ。小僧、汝は隙を見つけたらば都度、此度の妾の働きを讃えよ。さもなくば無礼ぞ?」


 ……このやり取り、何度目ですか。


「何度でもじゃ。妾は足りる事なぞ知らぬ。さぁ褒めれ、さぁ讃えれ。他の誰でもない、汝の務めじゃ。妾を召喚せし果報者よ」


 ……まぁ、良いんですけどね?

 今回の事は、感謝してもしたりない。

 俺の力では、あの魔徒クズどもを倒すなんて到底無理だった。貴族として絶対に許してはいけない命の冒涜者を、倒す事は叶わなかった。

 だが、霊卿セントゼンゼロイが俺に召喚されてくれたおかげで、それを果たせたのだ。


 謝礼代わりに褒め讃えろと言うのであれば、いくらでも、本心から真心を込めてそうさせていただこう。


霊卿セントゼンゼロイ。伝承に決して違わない……どころか、それすらも悠にしのぐ荘厳にして聖高な威容。無上の武威のみならず、更には見事な知略までもを有する貴方様の活躍、感服の極みです。本当に、お疲れ様でした!」

「ぬふふふ。うぬ、うぬうぬ。それで良い。好いぞ、小僧。どれ、世間の有象無象の代わりに妾が褒美を取らせてやろう。そこに座り直せ」

「……? はぁ……?」


 とりあえず、言われた通り、身を起こしてベッドの上に座ると――ふよふよと浮いていた霊卿セントゼンゼロイが、ちょこんと言う音が聞こえそうな軽さで、俺の膝に乗っかった。


「しばしの間、妾の椅子にしてやろう。なお、その間、褒め讃えながら妾の頭を撫でる権利もくれてやる。恐れ多かろうが、妾の粋な計らいを前に遠慮する事こそ不敬と知れ。うやうやしく甘受せよ」

「……まぁ、確かに、奇跡的な体験ではありますね」


 精霊様を膝に乗せ、頭を撫でるだなんて、おそらく現代を生きている者では誰も経験してはいないだろう。


「じゃろう。そうじゃろう。ぬふふ。曲がったへそもすぐさまピーンと伸びる褒美じゃろ? 人間の小僧の機嫌取りなど、妾の手にかかれば造作もない!」


 ええ、まったく。

 シオとは方向が違いますが、霊卿セントゼンゼロイも癒し系ですね。

 こう、普段は生意気なくせにこちらが落ち込んでいると滅茶苦茶心配してくれる子猫的な? そんな「普段は偉そうだのに、いざと言う時は極限までデレてくれる小動物系」と言いますか――っと、不味い、こんな事を考えている事を知られたら、お叱りが…………にこやかに笑いながら、鼻唄を口ずさんでいらっしゃる。

 どうやら、上機嫌過ぎて俺の心の声から意識が逸れているらしい。


「……霊卿セントゼンゼロイは色んな意味で可愛いですね」

「うぬ! 可愛く格好よく美麗にして端麗、勇猛をも備え、そして何より高潔! 妾ほど精霊の品格を体現する精霊はそうはおらぬぞ!」


 はいはい、まったくもってその通りだと思いますよ――ん? 誰かがドアをノックして……。


お姉ちゃん(アタシ)だ!!」

「ガローレン卿、入室許可をした覚えはありませんが?」


 ドアを勢いよく開け放ったのは、星が三つになった腕章を嵌めた銀騎士、パイシス・ガローレン。

 ……と言うか、鍵はかけていたはずなのだが、怪力め。平然と破壊してドアを開けたのか。


弟妹オモウトもいるぞ!」

「ほぁわわわ……が、ガローレン卿、今、バキャって……絶対、鍵ごと壊した音が……あ、しぇ、シェルバン卿! おはようございます!」

「ああ、おはよう。シオ」


 朝からガローレン卿に捕まっているのか。災難だな。……俺も。


「ぬ。なんじゃ。今、小僧は妾から褒美を受け取るので忙しい。用件はあとにせよ」

「これは失礼をいたしました、霊卿セントゼンゼロイ。ただの伝達ですので、すぐに済みます。どうか、ほんの少しお時間を」

「……まぁ、此度の働きを考慮すれば、汝の我が儘を聞いてやる道理も多少はある。良かろう」

「ありがたく」


 ぺこり、とガローレン卿がうやうやしくお辞儀をする。


 ――しかし、伝達?

 隊長自ら部下の元に出向くとは……まさか、何らかの特務か?


「その顔、大体の予想はついているな。流石はアタシの弟! さぁ喜べ! お姉ちゃんと一緒に南の島へ家族旅行だぞ!!」

「そうだ、ハサビ先生を呼ぼう」

「おっと、アタシは正常だぞ?」


 いいや今の貴様はお姉ちゃん(ハードクレイジー)モードだ。

 至急、ハサビ先生を盾にして俺とシオの身の安全を確保する必要がある。


「やれやれ、皆まで言わないとわからないのか? ワガママな弟め。お前のその可愛らしいおねだりに応えて言い直そう――ミッソ・シェルバン、アタシと共に、南方駐屯基地へ短期出向だ」

「……出向? ……って、南方!?」


 南方駐屯基地は確か、大陸南部の離島群の中心島に設置されていたはずだ。


 ……大陸を縦断した上で海も渡る事になるぞ、その出向!?

 短期出向? 仮に最高品質の霊獣馬車を使ったとして、片道だけでもひと月以上はかかると思うのですが!?


「南方での任期予定は半年ほどだな」


 ……俺、北方での任期、まだひと月ちょいなんですが……。


「その間、アタシの代行はクーミンが、お前の穴埋めは王都から派遣される手はずだ。心配無用」

「い、いや、そもそも何故、俺とガローレン卿……あ」


 ……この取り合わせには、共通点が二つある。

 ひとつ、貴族であること(上流と中流の差はあるが)。

 そしてもうひとつは……。


「北方の魔徒残党が片付いた以上、次は南方のを、と言う事だろうな」

「……南方にも、魔徒の残党がいるのか……」


 ……そう、俺とガローレン卿は、二人とも単騎戦力で魔徒を撃破できるのだ(俺の場合は単騎戦力と言うか、俺が召喚できる霊卿セントゼンゼロイが、だが)。


「ま、そう言う事だろうな。霊卿セントゼンゼロイからの褒美を受け終わったら、すぐに荷物をまとめてアタシの執務室に来い」

「……はぁ、承知しました」


 何と急な……いや、まぁ、魔徒の殲滅は急ぐべき事案だが。


 ……霊卿セントゼンゼロイも、


「なんと、まだドラグの因子が……これは、妾たちが出向くしかないな! のう、小僧!」


 乗り気充分、と言った御様子。


 ……ああ、うん。まぁ、不服ではないさ。

 必要とあれば国土を西へ東へ南へ北へ、駆け回るのも騎士のやるべき事だ。

 ノブリス・オブリージュ、俺は、やるべき事は必ずやり遂げるとも。


「……ん? で、何故、シオも一緒に?」


 何やら、シオも小さくまとまっているが荷物を持っているような……。


「ん? ああ、弟妹オモウト本人たっての希望でな。此度の出向、補助員として同行してもらう事になった」

「は、はひ! シオ・コンフェット、頑張り、まひゅ! …………ぁの……御迷惑、でしょうか?」

「いいや欠片ほども全然まったく微塵も迷惑ではないぞ」


 むしろよく希望してくれた。

 おかげで、この狂った自称お姉ちゃんと二人旅をせずに済む。


 しかし……。


「君の方こそ、良いのか?(こんな奴と出向なんて、地獄だぞ?)」

「あ、はい……その……僕は、……見て、いたいので」

「何をだ?」

「それは……その……ぃ、色々と……えへへ……」


 可愛いか。

 何を照れ恥らっているのかは知らないが、可愛いか。




 いや、ほんと、可愛いなおい。




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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かった!主人公もその周りもとてもキャラが良かったです。 嫁が一回切りしか出番がなかったのが残念ですw
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