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25,Zebul-Quaff-Ver.All


 ――ひんやりと、する。

 だが、ほんの一瞬前までの寒さとは、比べるまでもなく温かい。


 ……これは……のっぺりとした、床?

 傷一つない、繋ぎ目もない、塵ひとつ転がっていない。

 こんな床を作る技術が存在するのかと、混乱より先に感心してしまう床だ。


 ――……いや、床よりも……何が、どうなっている!?


 一瞬だけ遅れてきた、混乱。


 俺は、積雪に足を取られる魔の樹海で、二体の魔徒と対峙していて――そうだ、突然、樹皮に出現した霊言を唱えたんだ。


 そしたら、急に――


「足労じゃったな。まぁ、妾ほどの者と会うとなれば、なんじの方から足を運ぶのは当然の事じゃがな。一応な?」


 ……頭の上から降ってきた、妙に偉そうな……幼い気な声。

 声色こそは幼いが、その口調は堂々としたもので、異様なほどに年季を感じる。


 一体、何者だ?

 顔を上げて、確認を――げぁッ……!?

 なん、だ……!? 頭が……いや、全身が、重い……!?

 床に、引っ張られるような……ッ、まるで、重力が強くなった、そんな感触だ……!


 そう言えば、聞いた覚えがあるぞ……!

 確か、雷の霊術の応用。相手とその足場に磁界を発生させて引き合わせ、地面にへばり付かせる形で拘束する術があると……それか……!?


「汝、戯れが過ぎるじゃろう? わらわの許可もなしに頭を上げるとか、流石の妾もビビり倒すわ。不敬者め」


 ぐ……誰だか知らないが、ふざけた事を……!


「き、さま……自らが何者かも明かさず、敬えなどと……理不尽、だろうが……!」


 敬意を示せと言うならば、自らが敬意を払われて然るべき存在だとまずは示せ!

 それが筋だろうが! それをせずに敬意だけ求める輩なぞ、理がない! 尊敬できるはずのない蛮族だ!

 そうではないとなおも敬意を求めるならば、とっとと筋を通せ!


「むッ……むむ。うぬ。生意気にも、一理ある。確かに、汝は妾が何者かも知らぬ。妾が教えておらぬのだから、知りようがない。それでは敬えるはずがないと吠えるのも道理」


 ッ、ぶはッ、あ……!

 俺を地面に吸いつけていた術式が、解けた……。


「では、その貧相な目と貧相な耳で知れ。まず、我が尊姿。うやうやしく拝むが良い。妾と視線を交わらせる栄誉を与えようぞ」


 つくづく偉そうに……。

 一体、どこのどいつだ。顔を上げて、その姿を確認する。


 玉座の如く高く築かれた椅子に座していたのは……一言で言えば、声色に矛盾しない少女だな。俺の腰に頭が届くかも怪しい、小さな女児だ。

 しかし、異様だな……まず、目が三つある。本来の両眼に加え、額の皮膚を縦に裂くように、第三の目があるのだ。そして三つの目に浮かぶ瞳の色は――まるで満天の星空。無数の輝きが散った黒い瞳。

 その三つ目と美しい瞳だけでも、充分に特異で特殊。

 だが、少女は髪も異様だった。

 少女の身の丈すらも越える長さの、ウェーブがかった黒髪。

 毛量もとんでもない……少女はどうやら全裸のようなのだが、その肢体を服の代わりに覆い隠してしまえる長さと量だ。

 何と言うか、髪の毛に溺れてしまっているような状態だ、あの子。……気持ちワルッ……。


「おい、超絶不敬な事を考えたじゃろ今。わかるからな?」


 凄まじい毛量の隙間から出した手で玉座の手すりに頬杖を突きながら、少女はやれやれと言わんばかりの溜息。


「まったく……聞いておののけ。妾の名はゼンゼロイ。流石に我が尊名は知っているじゃろう? 人間よ」


 ――……は?


 ……ゼンゼロイ? ゼンゼロイ……だと?

 まさか、【闇喰いの覇王ゼブル・カーフ・ヴァオウ】の異名を持つ、あのゼンゼロイか?

 

 それは――英雄ソイソウスとその相方バディであるダインズに力を与え、彼らの師として救世の大冒険を支えたと言う――偉大な精霊の名だぞ?

 何の精霊かは文献がなく、伝承でも明言されていないが、考古学者連中の研究成果により「雷の精霊である」と言うのが通説。

 その最大の根拠は伝承の一節にて「ゼンゼロイは、紫電を纏う光々(こうごう)しき竜へと姿を変える」と伝えられている事。


「ぬはははは! なんじゃそら。妾が雷の精霊? んな訳がなかろう。まぁ確かに多少の因縁はあるが、冗談でもない」


 ……ッ、読心……!?


「当然。先ほどからやっとるじゃろうが」

「どうしてそんな事ができる……!?」

「素っ頓狂な。汝がその身深くに宿した祝福、誰が与えたものだと思っておる? 胸の内程度、耳を立てるまでもなく伝わってくるに決まっておるじゃろう」


 その言いぶり、まさか、俺を祝福したのは――


「ぬふふ。妾じゃ」


 うっわ、凄まじいドヤ顔。

 ん? だが待て、俺に祝福を与えたとなると……。


「闇の精霊……!?」

「うぬ。そうじゃが。今気付いたのか? 見た目でわかりそうなもんじゃがのう?」


 確かに、黒いし、なんだか性格が悪そうだし、闇の精霊みはすごい。

 しかし……精霊……こんな、ちんちくりんが……霊物の長、精霊だと?


「ちんちくりんて。不敬過ぎてもう逆に面白いんじゃが? ぬははははは! ……ふぅ。余りにも無知が過ぎる故、教えてやろう。よいか? 妾たち精霊が華奢なのではない。汝ら人間が無粋にぶくぶくでかでかと膨れておるだけじゃ。精霊の御姿を真似て進化しておきながら、結局の所、繁殖に必要な機能を確保するために身体を肥大化させざるを得なかった。それが人間の姿。汝らのその体躯こそ、憐憫に値する無様じゃよ。弁えよ」


 物分りの悪い子供を教え諭すような上から説教だった。

 ……だがしかし、しっかりと理は通っている。

 霊物は自然発生的に生まれ落ち、更に不老不死だと言う。つまり精霊には繁殖の必要性がない。

 繁殖のための身体機能をすべて省けば――人間で言えば、第二次性徴前、小児の肉体尺度スケールで充分完結できる。


「ふむ、まぁ、物分りはそこそこか。好ましいのう」


 ――俺がいつの間にか迷い込んだこの不思議な空間。明らかに常人ではない少女の様相。

 何より、あの外見でありながら、妙に尊大な態度が板についているように感じる。


 これらの要素を整理した上で、「この少女が精霊なのだ」と考えると、しっくりくる。ジグソーパズルが完成したような感触を覚える。


 と言う事は、そうなのだろう。


 なら――


「申し訳ありませんでした、霊卿セントゼンゼロイ。知らぬ事だったとは言え、先ほどから度重ねて無礼を……己の無知を、深く恥じるばかりです」

「うぬ。よろしい。許すぞ。敬虔な小僧に対して、妾は寛大である」


 霊卿セントゼンゼロイはそう言って、満足気に頷いた。


 ――……しかし……あらためて、驚きがすごいな。

 まさか、あの英雄ソイソウスの師とすらされる大精霊ゼンゼロイが闇の精霊だったとは。

 これを世に公表すれば、黒騎士の評価も覆るのでは?

 …………いや、ないか。「黒騎士がイカれている。らしい事だ」と鼻で笑われて終わればまだ良い。下手すれば「妄言で英雄を侮辱するとは何事か」と処刑宣告ものだ。


「よそごとを考えている場合か? 汝、このままだとドラグの孫らに手も足も出ずに負けるぞ」

「……?」


 ……ドラグの、孫?


「ぬ? ……ああ、そうか。そうじゃな。汝らはアレを『闇の精霊』としか知らんのか。ドラグ――汝らが魔神と呼ぶ愚か者を生んだ、精霊の恥じゃ」

「!」


 魔神を生んだ者の孫――つまりは、魔神の申し子とも言える配下、魔徒の事か。

 と言うか、今更ながら……俺、ほんの少し前まで魔徒に追い詰められていたよな?


「安心せい。この場所は夢とうつつの狭間。物質体では到達できない精神星域イマジナリアストラント。霊物でも限られた者しか開けぬ超越空間ファンタジアバース。凡俗な時間の概念なぞとは当然、隔絶した世界よ。――話を戻す。ドラグの孫、妾としても見過ごせぬ。精霊、それも同じく闇の精霊として、ドラグの因子は根絶やしにしなければ腹の虫がおさまらぬ」


 ……相当、忌み嫌っているようだな。

 まぁ、それもそうか。ドラグとやらが魔神を生み出したせいで精霊たちも散々な目に遭っている事は伝承で聞き及んでいる。


 特に、ドラグと同じ闇の精霊でひとくくりにされるゼンゼロイには、腹に据えかねるものが山ほどあるのだろう。


「うぬ。そうとも。まったくもって業腹の極み。もはや煮汁の一滴すら残っておらぬほどに、妾のはらわたは煮えくり尽くしてなお煮え続けておるのじゃ。故に遥か昔、妾はドラグを喰い殺した。奴の因子も、あの魔女王アリスターンとか呼ばれていた憐れな小娘とその侍従以外はすべて平らげたつもりじゃった」


 しかし、残っていた、と。


「誠に遺憾。妾は今すぐにでも人の世におりて輩を喰い尽くしたい。じゃが、【アトロイの約定】が厄介じゃ。流石の妾でも、独力ではあれを越える事は叶わぬ」


 ――アトロイの約定。


 ……かつて、伝承の時代の末期。

 聖地アトロイで、ある戦争が勃発した。


 アトロイ戦争――世界史上、今もなお、最長にして最大にして最悪の大戦争だ。

 精霊や霊獣などの霊物ですら幾百と命を落とし、人類は絶滅の危機にまで瀕した大惨禍。

 きっかけは、やはり、闇の精霊の威を借りた黒騎士だった。


 アトロイ戦争の後、その惨憺たる結果を悔いた精霊たちが、この世界と交わした約束。

 この世界はあらゆる霊物を拒み、霊物側からはこの世界に干渉できなくする――【呪い】。


 伝承の時代の終わりにして、人の歴史の始まりを象徴するもの。


 それが、アトロイの約定だ。


 故に、現代において精霊から祝福を得るには、アトロイの約定を特例的に一部制限緩和するための非常に大掛かりな儀式が要る。

 祝福を受けた後も、祝福を利用して霊術を撃つための霊力エネルギー、霊獣がこの世界で活動するための召喚体うつわ、それらは人間こちらが用意・負担する必要がある。


 ――裏を返せば――人間こちらが相応の用意を整えれば、精霊だって召喚できる……!?


「本当、物分りが良くて好い……さぁ、許可を与えてやるぞ、小僧ソイソウスの末裔よ」


 ゼンゼロイが、笑みを濃くした。

 殺意を溌剌はつらつとさせた邪悪そのものだのに、あどけなく無邪気な子供の笑顔。

 見ていると感性と視覚の矛盾で頭がおかしくなりそうな、そんな笑顔。


「妾を、呼べ」



   ◆



「――ヴァオウ・ディム・ド・マガツベルケイオ! 其様は深淵の暗黒――奈落の具現たる宵闇の化身!!」


 全身を刺すような寒さの中、自分の声が聞こえた。


 意識が、現実に戻されたのだ。


 そして、俺の傍ら、空間を捻じ曲げて顕現するのは――


「ぬはは! うぬ、うぬうぬうぬうぬ! 久々じゃのう、このどうしようもなく薄汚い空気! これぞ下界って感じじゃなァおい!」


 ――変なアッパーテンションの精霊少女、霊卿セントゼンゼロイ。


「変な言うなし」


 そして相変わらず、こちらの心は筒抜けと。


「……ん?」


 と言うか……妙だな。

 精霊を召喚・維持するなんて、霊獣の比ではない霊力を消費するに違いないと思ったのだが……思っていたほど、霊力が減った感覚がない?


「ぬふふ。そこは妾の甲斐性と言うものよ。何から何まで人間如きに用意してもらうなぞ、妾の意地が許さぬ」


 それは……つまり、自力で召喚体を維持する霊力を賄っていると……?

 いや、アトロイの約定は?


「確かに、ゼロから独力で約定を突破するのは流石に難しい事じゃったが、汝が道さえ切り拓けばあとはこちらのもの! 精霊、特に妾を侮るなよ! 妾が誇る膨大無比な霊力に物を言わせて力技ァ! 精霊界の本体わらわから無理矢理人間界(こちら)召喚体わらわに霊力の供給ラインを押し開いたのじゃ!」


 ……無数の精霊が結託して世界に対してかけた呪いを単身で踏み倒すとか、そんなのありか。


「ありじゃ。……と、堂々喝破したい所じゃが……無理くりの荒業故に、大変遺憾ながら酷く拙くか細い霊力ラインよな。まぁ、召喚体うつわを維持する程度の霊力は自前で賄えよう」


 それだけだとしても、霊卿セントゼンゼロイがバカげて規格外すごいと言う事に違いはないだろう。

 実に、頼もしい事だ。

 俺が負担するのは、霊術を撃つための霊力リソースだけで良いと。


「んお? 何だァ? さっきのオオカミじゃあなくて妙なガキんちょを召喚しやがったぞ、ミッソの野郎」


 ……魔徒モルヒネイド――随分気安く、俺の名を口にしてくれるな。


「……、ッ……!? 待て、モルヒネイド!」

「あァん? ンだよ?」


 どうやら、女武士の方は俺の傍らで当然のように重力を振り切って浮遊する霊卿セントゼンゼロイが何者なのか、薄らと感じ取ったらしい。

 女武士は明らかに狼狽するような表情で、こちらにずんずんと進むモルヒネイドの肩を掴み止めた。


「……ガキんちょぉァ? ……ドラグの残りカス如きが妾を愚弄するとは……とことんまで業腹ものじゃのう汝ゴルァッ!!」

霊卿セントゼンゼロイ、あの、心中はお察しいたしますが、霊物らしくもう少し気品を……」

「黙れ小僧! 汝は黙って霊言を唱えておれば良いのじゃ!」


 黙って唱えろとはこれいかに。


こまかしいわ小僧ォッ! ぶつくさ言わずにそのみみっちい霊力をすべて回せ! 我が渾身の一撃にて、喰らい尽くしてくれるわァァァ!!」


 づッ……が……!?

 何だ……!? 霊力が、吸われる……!?

 どこまで型破りだ……!? 俺はまだ霊言を詠唱していないのに、術を発動しようとしているのか……!?


 ッ……ダメだ、制御なんて……とてもできない……!

 当然だが、ディズとはまったく勝手が違う……抑え込もうとすれば、体が悲鳴を上げる……! 手綱を握ろうとした指を引き千切られるような感覚だ……!


 ――……ああ、そうだな……人間おれごときが精霊様あなたを御そうなど、思い上がりか。


 ノブリス・オブリージュ、身のほどを弁えるならば!


「ぐッ……霊卿セントゼンゼロイ! あとは、よろしくお願いしますッ!」

「当然じゃァァァァ!!」


 俺はただ脳裏に浮かんだ霊言を、霊卿セントゼンゼロイが命じるままに、全身全霊で叫び上げるだけだ!!


「――究極禍撃マガツシュベル呑地啜天ジオゼブルガァァァーーー!!」


 ――――ゼンゼロイは、通説では雷の精霊だった。

 伝承の一節にて「ゼンゼロイは、紫電を纏う光々(こうごう)しき竜へと姿を変える」と記されていたためだ。


 ああ、確かに、光々しいな……禍々しいほどに。

 

 詠唱と共に、霊卿セントゼンゼロイが変貌したのは、天を覆い尽くさんばかりに巨大な長竜。

 闇の波動、その豪流を超高密度で圧縮造形し、黒き竜の姿を模したのだ。


 超圧縮された闇の豪流は、まるで積乱雲――いや、それ以上の激烈さで雷電を巻き起こし、凄まじく帯電している。

 その竜身に纏う猛烈な紫電の迸りが、苛烈な輝きを放っているのだ。


 ……伝承の一節に誤りはないが、ああ、うん。

 もっと書くべき要素があったのではないだろうか、伝承の記録者様よ。


「ヴァオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!」


 意気軒昂か、竜と化した霊卿セントゼンゼロイが大口を裂き開いて、世界を揺らすように咆哮する。

 この一声だけで山を崩してしまいそう……と言うか、実際、どこかそう遠くない場所で雪崩が起きる音がした。


『さぁ小僧、気合を入れろ』

「!」


 脳内に直接響く霊卿セントゼンゼロイの声。

 祝福を介して語りかけているらしい。


『我が渾身の奥義、ここからが本領ぞ。――汝の矮小なその霊力すべて、妾に貪り喰われるものと覚悟せよ』


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