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23/31

23,急転直下


「俺様の名はァ! モルヒネイドォ! 名を名乗れや、テメェら全員よォ!」


 最初に現れた半裸の男――モルヒネイドと言うらしい魔徒が、荒々しく叫ぶ。

 ……モルヒネイド……英雄と魔神の戦いを謳う伝承には登場しない名前だな。


「何を悠長な事を言ってるなのですか。頭モッヒーなのですか? あ、そうなのですね」

「……モルヒネイド、悪いが、今は貴公の流儀に合わせている場合ではない。あの程度の『足止め』がそう長くもつとも思えん故な」

「んだとォ!? おいおいおい! いくら何でもそりゃああいつらがカワイソウだろォ!? 名前も教え合ってねェ、そんな赤の他人に殺されるなんざ、よォ!?」


 ……あれが、魔徒。

 チンピラと、目がチカチカするドレスの幼女と、和国からの旅行者にしか見えないが……。


「えぇと……あの人たちは……なんなんスかね?」

「な、なんか、今すごく物騒な事を言っていた気がしゅ、するんですけど……!? もしかして、あれが、昨晩の事前ミーティングで話にでた、ま、まま、魔徒なのでは……!?」

「……シオ、ディズの陰に入れ」

「へ……?」

「早くしろ!」

「ぁ、ひゃ、ひゃい!」


 怒鳴ってしまってすまない。

 だが、今は俺も余裕がないんだ……!


 先ほどの黒い閃光は――俺が授かった祝福とは系統が違ったものの、闇の霊術に違いない。

 そしてここは魔境、無人地区、ここにいるのは魔物か魔徒しか有り得ない。


 状況を整理するに、あの三人……いや、あの三体が魔徒でなければなんなのか。


 だとすれば――危険だ。

 クーミンとコレグス、シュガーミリーに対処を相談、する暇があるなどと楽観はしない。


 今、やるべき事は、異常事態を基地に知らせ、身の安全を確保するために尽力する事。


 合わせた訳ではないが、俺とコレグスが動いたのはほぼ同時だった。


 コレグスはベルトから即座に信号弾の筒を引き抜いて、空へと向ける。

 俺も、霊装の腰部を一部開放して、信号弾の筒を――


「――魔撃マギル遠鳴無間分断トオナキノワカレウタ


 んなッ……!?


「……………………!?」


 今、何が……!?

 手に取った途端に、信号弾の筒が……真っ二つに!?


「我が黒き刃紋が輝き届く場所、これ即ちすべて拙者が必殺を誇る間合い。ただ撫で分かつ程度ならば、ご覧の様。些末の苦労すらもなし」


 ま、まさか……あの和服の女が、斬ったのか……!?


 ――いつの間にか、和服の女は腰から剣を抜いていた。

 真っ黒に輝く片刃の剣だ。……先ほど降り注いだ黒い閃光に似た淡い光を纏っている。


 ……あの剣を媒介に、目にも止まらぬ速さの霊術攻撃を放った……と……!?


「拙者は間抜けではない。今まで、手前らの事は常に観察してきた。稀の行動ではあったが、手前らがその筒で根城の者どもと連絡を取る事は知っているのだ。であれば当然、この機において絶対に許さんよ。一応の策は弄したが、あの銀騎士にこの場所を知られては面倒故な」


 ……ッ……既に、コレグスの信号弾も切断されていて使い物にならない。

 シオとクーミンのものも同様、シュガーミリーのも腰部の霊装ごと斬り裂かれていた。


「ふん……兜越しでもわかるぞ。そう恐い顔をするな、黒き騎士よ」

「……!」

「本来であれば、拙者は今の一手にて貴公以外の全員、首を刎ねてしまう事もできたのだぞ? これは温情と知れ」

「あァん!? そんな事したら俺様が許さねェぞテメェ! まだ名前を聞いてねェ!」

「あー、もう。うっさいなのですよモッヒー。交渉事はテッちんに任すのが一番なのですから黙って雪でも食べてなさいなのです」


 思考を走らせろ。

 この場合、すべき事は――ディズ! 上を向け!


「ヴォウ!」

極禍撃マガツガル!」


 信号弾を使えないのなら、代わりを打ち上げれば良いだけの事!

 ただの禍撃マガツなら流れ弾だと思われかねないが、特大の極禍撃マガツガルを上空に向けてぶっ放せば、何かしらのメッセージだと捉えてくれるはずだ!

 特に、ガローレン卿は精神に深刻な奇病を患ってはいるが頭の切れる女傑。あの人なら、この一発で「信号弾を封じられた異常事態における苦肉の策」だと言う所まで気付いてく――


「あはッ、わかりやっすいなのです。――魔撃マギルおかしな包装紙(パティエドール)!」


 ッ!? 何だ、上空に、あれは……黒い光が薄く広がって、幕に!?

 パティエドール……聞いた事のない霊言だが、防御術式の類か!?


 くッ、何にしても展開が早過ぎる……魔徒、やはり規格外か……!

 後出しで完全に対応された、向こうの方が断然速いッ!


 ディズに撃たせた極禍撃マガツガルは、黒い光の幕と衝突――直後、幕に包み込まれ、


「……!?」


 ……消えた……!?

 あれだけ巨大な幕が!?


 ……いや、違う、一瞬で指先に乗せれそうなサイズの球体、まるで飴玉キャンディのような大きさにまで収縮して、あの目に厳しいドレスの幼女の元に……。


「あはッ! 闇の霊術で作るお菓子はやっぱり良い感じなのです。あー……ん!」


 食べ……!?


 ……極禍撃マガツガルを包み込んだ黒い球体を、幼女は満面の笑みで口に放り込んだ。

 幼女は「んー!」と極上のスイーツでも平らげたかのような喜びのリアクション。ボリボリと音を鳴らして、咀嚼し始める。


「……何でも、ありか!?」


 これが、魔徒の霊術……!?


「今の術……やっぱり……あいつは……!」


 ん? どうしたクーミン?

 動揺は痛いほどわかるが、顔が怖すぎるぞ。まるで殺人鬼のような形相になっている。


「あいつはァ! ――極吹撃ブルムガル集束放射レンズバーンッ!!」


 ちょッ、わぶッ!?

 余波だけでディズごと煽られるほどの突風ブルム……!?


 いきなり何を……いや、ナイスか!?

 魔徒の連中、完全に俺たちを舐め腐って構えが隙だらけだ。

 クーミンの強烈な一撃が直撃すれば、あの三体を仕留めるまではいかずともダメージは与えられるはず。


 連中がそのダメージに構っている内に、今度こそ救難信号代わりの極禍撃マガツガルを打ち上げられれば……――


 ――即座に、己の想定がどれだけ甘いかを思い知らされた。


「やる気充分なのは悪かねェがァ……まずは名乗れつってんだろォがァァァ!」


 叫びながら前に出たのは、モルヒネイドと名乗っていた荒くれ男。


 男はその拳を高らかと振り上げて、クーミンが放った突風を――殴った!?


 当然、男の拳は木端微塵に爆裂四散した……が、それだけ。

 クーミンの強烈な一撃は、男の拳と相撃つように、掻き消されてしまった……!?


 じょ、冗談にも限度があるだろう!?

 今、あの男、霊術の類を一切使用していなかった、素の拳だぞ!?

 それで、ガルを冠する霊術を、撃ち破った……!?


 ッ……いや、待て、悲観ばかりするな、事実を前向きに捉えろ。

 今のは、ガル級の術を当てさえすれば魔徒の肉体を欠損させる事ができると言う証左だ。

 つまり、連中は特異で特殊な霊術を扱うが、肉体的には少し頑強な程度。

 ならば、ガル級の術を何発か撃てる俺と、更に撃てるだろうクーミンならばどうにか戦いようがあると言う事だ!

 風聞ほど、魔徒は常軌を逸した怪物ではない!


 救援信号を出せない絶望の渦中だったが、俄然、希望が見えて来たぞ……!


「ったくよォ。さては礼儀知らずだな、テメェら」


 む、バカを言うな。

 この俺が礼儀を知らない、わ、け、が……、は?


 ――……治って、いく?

 男の腕、四散したはずの手首から先が、じゅうじゅうと勢い良く蒸気を吹き上げながら……再生、している……!?

 五秒と経たない内に、男の拳は元通りになっていた。


 ……ちょっと待て、待て待て待て……!?

 一体、俺がさっきから何回語尾に「!?」を付けていると思っている!?

 さっきから何なんだ!? 脳みそが茹で上がりそうだぞ!? 意味がわからないッ!!


 ……俺は一体……今、何と対峙しているんだ……!?


「こいつァ……教育、必要だよなァ!? つまりゃあヤキ入れ決定だァ! 拳骨をくれてやんぞォ!」

「まぁ待て、モルヒネイド。向こうも突然の事で混乱が酷いとみえる。ここは一度、少しばかり冷静になる時を融通してやるのも――ッ、待て! 正気か!? やめ、モルヒネイ――」

魔撃マギル極光鉄拳アムドアウラァァァァ!」


 真っ直ぐにクーミンを睨みつけた荒くれ男(モルヒネイド)が、再生した拳に闇の光を纏って――不味いッ!



   ◆



 ――王立騎士団北方駐屯基地。


 山頂全域に巨大な城壁を築いた対魔物想定の防衛要塞。

 そんな基地内部に、甲高いアラートが鳴り響いていた。


「……ふざけたタイミングだ」


 魔境側の城壁上から眼下を見下ろし、北方駐屯部隊隊長、女傑パイシス・ガローレンは不機嫌そうに舌を鳴らして、白い息を吐き捨てた。


 彼女の足元に広がっている光景は――グロテスクな大津波。魔物の大群勢が、大挙して押し寄せていた。


 魔境の連中が、ついに痺れを切らして北方駐屯基地の攻略に乗り出した――違う。


「魔徒がいない……これは、陽動だ」


 魔物の大群が現れただけならば、魔物を先陣とした波状攻撃と言う線もあったが……。

 それならば、本哨戒に出たミッソたちから何の信号も上がっていないのはおかしい。


 哨戒任務に慣れていないミッソたち新人だけならまだしも、索敵に長けたクーミンとコレグスが、これだけの大群が登頂しているのを察知し損ねるはずがない。


 だのに、現状として。

 魔物の大群は一切の前触れなく、北方駐屯基地の城壁目前にまで迫っている。

 城壁上の簡易哨戒が視認するまで、察知できなかったのだ。


 導き出される答えは――本哨戒に出た部隊が、信号を出せない状態に陥っている。


 ミッソは任務に不慣れな新人だとしても、戦闘能力は極めて高い事を、パイシスは身を以て知っている。

 故に、あの小隊がただの魔物にかかずってそんな状態に成り得るはずがないと確信していた。


 つまり、ミッソたちは今、魔徒と接触している可能性が高い。


「魔徒め……そこまで必死か」


 魔徒がミッソとシュガーミリーに接触を図る……まったく想定していなかった訳ではない。

 だから、執務室に籠りながらも、信号弾が上がればすぐさま出撃できる準備はしていた。


 しかし……まさか、どれほどの実力かもまだ把握していない黒騎士ミッソ同胞の末裔(シュガーミリー)を、ここまで大規模な作戦を仕掛けてまで奪いに来るとは!

 これまでひそひそと息を潜めていた連中。動くにしても、もっと慎重に動くだろうと踏んでいたのだが……。


 ――例え藁だったとしても、全力ですがるつもりか?


 魔徒どもは、パイシスが想定していた以上に追い込まれていたようだ。

 彼女の予想を遥かに越えて、形振り構わない性急な手を打ってきた。


 ――何故、そうも焦る? お前たちには無限に等しい時間があるはずでは?


 魔徒は霊物に等しい領域にまで達した人間だ。その寿命も、霊物同様……ない、と言われている。

 であれば、パイシスが生きている間は無難に流して、パイシスが老いさらばえた頃に満を持して仕掛けて来れば良い話。

 実際、そのつもりで今まで潜伏に徹していたのではないのか?


 ――風聞は間違いで、奴らにも寿命があり、それが近い?

 ――何かしら、時間に制限のある企てをしている?

 ――……単純に、考えなし?


 ふと、パイシスの脳裏をよぎるのは数年前に遭遇した魔徒四体の様相。

 パイシス自身が仕留めた一体を除き、残った三体はと言えば、


 妙に格式ばったような言動・態度でありながら、なんだかんだ何事も後手後手に回っていた要領の悪そうな女武士。

 全力で人を小バカにした様子だったのに、仲間が一体やられた途端に酷く狼狽して半泣きになっていた小物くさい女児。

 ……ずっと高笑いして、そのまま高笑いしながら帰って行った、脳みその軽量化が深刻そうな荒くれ男。


 ――……これは……最後者(考えなし)の可能性もあるか……?


 頭が痛い。

 そんな連中を、最大の敵として、日々どう対処していくべきかと柄でもなく大真面目に頭を捻っていたと言うのか?


 ――バカバカしい。……だが、流石は魔神の眷属。性格の悪さは一級品だ。クソッタレめ。


 この魔物の大群……対処は容易だ。パイシスならば。

 しかし、パイシスが抜ければ、おそらく苦戦は必至。下手を打てば基地が陥落する危険性もある。


 パイシスは、天秤にかけなければならない。


 ミッソたちの哨戒部隊の救援に向かうか、基地を守るか。


 この場合、普通に考えて、基地の防衛を優先すべきだ。

 ここが落ちれば、北方全域の市民が魔物の脅威に晒される事になるのだから。


 これは、パイシス一人のために講じられた、実に壮大な足止め!


「……ふん、身のほどは弁えているぞ。弟よ。改めて言われるまでもない」


 妄想内の愛くるしいミッソに言葉を返して、パイシスは口角を裂き上げた。


「この魔物どもを速やかに殲滅し、お前たちの元にも間に合えば良いのだろう!? お姉ちゃん、頑張るぞぉッ!!」



   ◆



 ――……どうやら、意識が飛んでいた、ようだ。

 何故? 身に覚えがない……意識が飛ぶ直前の記憶が、混濁している。


 あと、めちゃくちゃ寒い。

 ここは屋外か……何で、俺は屋外で寝ているんだ? 死ぬ気か?

 いや、例え夢遊病の類を発病したとしても、俺が自殺を選ぶ事は有り得ない。

 何がどうなっている?


 ……何が起きたのかを思い出すよりも先に、とにかく、目を開けて、起きて、現状を確認しなければだな……、……?

 瞼が何かで弱く接着されている――何だ、これは……乾いた糊……?


 ッぁ……が……!?

 ぁ、頭が、痛い……? 皮膚が裂けている感覚がある。

 ……まさか、頭部からの流血が落ちて、瞼の上を横断した状態で固まっている……と言うか、凍っているのか……?


 手を動かして……ぐ、重い……雪に埋まっている!?

 えぇい、力づくで腕を引き抜いて、強めに顔を拭う。


 すると、瞼を固めていたものはあっさりと砕けて剥がれた。


 目を開けてみると、まず映ったのは騎士制服の白い袖。俺の腕だな。

 今拭ったものは――やはり、血糊が凍結したものだったか。赤い破片がくっついている。


「……ぐぅ……何が、起き、た……!?」


 半身が雪に埋もれてしまっている。

 雪の中から這い出しながら辺りを確認しよう。、


 ここは……どう考えても、北方駐屯基地の敷地内ではないな。

 樹木が生い茂っている……傾斜はない……平地だ。

 基地内部に森林域はない。つまり、山の麓か?

 いやしかし……はて? 山の麓に、こんな深い森なんてあっただろうか?


 …………ああ、あったな。向こう側――魔境の方には。

 薄らと、黒い霧のようなものが立ち込めている……この不気味な雰囲気。

 城壁上から見下ろしたあの森に間違いなさそうだ。


 ここは、魔境側の麓にある樹海。


 ……何故、俺はそんな場所にひとりで……!?


 ッ、ぁ、ああ、そうだ……ぼんやりとだが、思い出してきた。


 俺は、今日、初めて本格的な哨戒任務に参加して――魔徒に遭遇した。

 魔徒の一体……モルヒネイドと名乗っていたか?


 奴が突然、闇の光を拳に纏って、凄まじい速度でクーミンに殴りかかったのだ。

 どうにか反応できた俺は、クーミンとモルヒネイドの間に飛び込んで極禍撃マガツガル高密度障壁ボルドヴィリアを展開した……が、やはり魔徒は規格外か。

 一瞬の押し合いすらもなく、俺が展開した闇の盾は食い破られ、俺は闇の閃光に呑まれた。


 そこで意識を失ったのだろう。


 ……しかし、麓までは相当距離があったはずだが……。


「む…………ああ、成程。そういう事か……本当、俺は運が良いのやら、悪いのやら……」


 とにかく何かヒントはないか? と後方を振り向き、そこに広がっていた光景のおかげで、大体の展開は察せた。


 ――雪崩が、起きたのか。


 おそらく、モルヒネイドの一撃は俺を吹き飛ばしてもなお、凄まじい余波を残していたのだろう。

 それが、山面に積もっていた膨大な雪を振動させ、急激な崩壊をもたらした。


 俺は、その雪崩に流されて、ここまできたのだろう。


 俺の背後には、雪の濁流に蹂躙されたらしい木々が散乱していたのだ。


「……となると……シオたちも、雪崩に……!?」


 姿は見当たらない……雪に埋まってしまったか!?

 ディズを再召喚して探――


「きょろきょろと、この期にて他人の心配とは大物よな」

「ッ」


 ……い、今の、妙に格式ばった女性の声は……。


 我ながら、首が固い。

 まるで錆びついた機械人形のように、ぎぎぎと鈍い動きでしか振り向けない。

 ……現実から目を背けたいと言う願望と、現実と向き合い早急に対策を練らねばだろうと言う理性が全力で衝突しているせいだ。人これを葛藤と言う。


 結局は、振り向いて確認した訳だが……そこには……、


「クハハハハ! いやァ、悪ィ悪ィ、ついつい力を入れ過ぎちまったぜェ。生きててくれてありがとよォ、黒騎士ィ! これで名前が聞けらァ」

「……まったく、猛省しろ。だがまぁ、都合よく分断できたのは、怪我の功名と言うものよ」


 モルヒネイドと、女武士の魔徒がいた。



   ◆



 ――魔境側山面、中腹地点。


「……御無事ですか?」

「ぅ、うッス……ビックリし過ぎて、霊力は使い切っちゃったスけど……」

「…………………………」


 クーミン、シュガーミリー、コレグスの三名は互いに無事を確認し合っていた。


 モルヒネイドが引き起こした雪崩のせいで一時は散り散りになっていたものの、どうにか魔物や魔徒に見つかる事なく合流する事ができたのだ。


 ……しかし、


「………………最悪の展開(やなぐぁー)よ」

「……はい。シェルバン卿とシオさん、お二人の気配がまったくない」


 コレグスは限界まで五感を研ぎ澄まし、クーミンも風の霊術で索敵網を展開したが……ミッソとシオを補足できない。

 どうやら二人とも、かなり遠くまで流されてしまったらしい。


 ……現状は……最悪だ。


「ッ……私は……また、感情に流されて失態を……!」


 ――あそこで、魔徒に仕掛けるべきではなかった。

 クーミンは鉄面皮をぐしゃりと歪め、苦悶の表情を浮かべる。


 クーミンは知っていた。まともな攻撃で、魔徒を殺す事など不可能だと。

 だのに、激情に駆られた。


 ……【奴】を視認して、理性が吹っ飛んだ。


 激情に任せて攻撃を放ち、反撃を受けてしまった。


 あそこは仕掛けるのではなく、逃げるために手を尽くすべきだったのに。

 暴走してそれを誤り、その結果がこれだ。


「私は……どこまで………………ッ、コレグス、さん?」


 俯きかけたクーミンの肩を押さえたのは、コレグスの無骨な手。


「……呑気のんくぁー真似みーはあとにしれ。今は他にやん事があんさよ」


 自分を責めている場合か、シャキッとしろ――と言う事だろう。


「……はい……!」


 今やるべき事を鮮明クリアにすべく。

 クーミンは眼鏡の位置と襟を直し、自らのみぞおちをポンポンと軽く撫で叩く。

 ……大切な人が考えてくれた、冷静になるためのルーティーンだ。


「まずは――」

「――きゃは! みぃーっけなのです!」


 不意に響いたのは、元気で幼い、女の子の声。

 極寒の雪山には到底、似つかわしくない声だ。


 だが、幻聴ではない。


 その声の主は、確かな実体として、そこに存在している。


 ――「可愛らしい」よりも「目に悪い」と言う印象が先に来るほどにカラフルなロリータドレスに身を包んだ魔徒……の幼女。


「……………………!」

「ッス!?」

「……な……!?」

「あぁ~……やっぱりなのですぅ」


 クーミンが目を剥き、唖然とする様を見て、幼女は笑――いや、嗤った。小さな子供が浮かべるはずなどない、邪悪な表情で、人間らしからぬ牙を剥いて。


「……お前、は……」

「さっきもぉ、なぁ~んか見覚えあるなーって思ってたなのですよねー。お久しぶりなのですぅ。えーとぉ……クーミンちゃーん……でしたっけぇ?」


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