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20/31

20,愉快な仲間たち


「……昨日は、みっともない所を見せてしまったな。すまない。そして本当にありがとう」


 丸一日かけて、一昨日の夜に見たあの悪夢の記憶を消去し、俺はどうにか精神的平和を取り戻す事に成功した。

 その間、献身的に膝を貸してくれた上に絶えず励ましの言葉をかけてくれていたシオに、それはもう深々と頭を下げる。


「ほぁッ、い、ぃえ、シェルバン卿だって、つ、辛い事はたくさんあるでしょうし……僕なんかが協力できるのであれば、こ、今後もぜひ、尽力させ、させてください!」


 良い子か。わかってはいたが。


「朝から元気だね。メンタルも無事に回復したのかい?」


 ドアを開けて入ってきたのは、白衣を纏った中年騎士。

 北方医療部部長医師を務める緑騎士のおじさん、ハサビ先生だ。


「おはようございます、先生」

「ん。おはよう。んじゃ、早速。手早くさっさと軽ーく検診するから、ベッドに腰掛けてくれる?」

「はい」

「あ、じゃあ、僕はクーミンさんに呼ばれているので、行きますね」

「ああ、また後でな」


 言葉通り迅速に始まったハサビ先生の診察に身を任せながら、わたわたと少し急ぎ気味に去っていくシオを見送る。

 急ぎ足になるだけでもいちいち可愛い。


「ふむふむ、うん、大丈夫だね。オッケーオッケー」


 ハサビ先生はしきりに頷きながら、腋に挟んでいたバインダーを手に取ると、


「今更な気もするけど……まぁ、手続きはきちんとね」


 そう言って、ハサビ先生はバインダーに挟んだ書類にサラサラと何かを記入し、ベッドに腰掛けていた俺に差し出してきた。

 それは、所見だった。

 内容を簡略化すれば、以下のようになる。


 ――「二三日間の療養により、騎士サーミッソ・シェルバンが健全な状態へ回復し、騎士として通常職務へ復帰できる状態である事を認める」。


「一応、君に下されている『医療部棟・特別治療施設にて療養を目的とした待機命令』の成果報告および解除申請に必要な書類。担当医の正式な所見。……誰かさんがおとなしく療養してくれていたかは、別としてね、手続きとして必要だから作ったよ」

「そ、その節は本当にお世話になりました」


 ガローレン卿との決闘に向けて、ハサビ先生にはたくさんのお願いを聞いてもらった。

 いくら御礼を言っても足りないくらいだ。


「はいはい。どうも。感謝の気持ちがあるのなら、もうオレの仕事を増やさないように、体にはくれぐれも気を付けてくれ」

「承知しました」


 俺だって可能であれば怪我や病気はしたくない。

 言われなくたって自身の健康管理には気を使うつもりではあったが、改めて深く、事の重要性を胸に刻もう。

 健康第一、人間は体が資本。


「んじゃ、はい。患者じゃなくなった人はさっさと病室から出ていく」


 しっしっ、と雑にあしらうようなハサビ先生の動作。

 逆らう理由もないので、おとなしくベッドから腰をあげ、退室――しようとして、気付いた。


「ん? どうしたのさ? 急に立ち止まって……忘れ物?」

「……いえ、忘れたと言うより、知らないと言いますか」

「?」


 考えてみれば、そうだ。

 俺、今までずっとこの病室で生活していたから……、


「俺の部屋……って、どこなんですかね?」



   ◆



 ハサビ先生に教えられ、向かうは居住棟の一階。

 そこにある、居住区管理部のオフィス。

 居住区管理部とは、北方駐屯基地所属団員の居住する居住棟の管理・運営をしている部門だそうで。

 そこで問い合わせれば、俺に割り振られた部屋もわかるだろうとの事。


 居住棟に入ると、早速居住区管理部の受付が眼前にあったので、デスクの上に置いてあった呼び鈴を鳴らす。


 ……少し、緊張するな。

 初対面の人に会う事が、ではない。そんな事で貴族は緊張なんてしない。


 ――シオやシュガーミリー、ハサビ先生にガローレン卿にクーミンと……ここまで、俺の事を黒騎士だと知った上でも「正直腕章の色とかどうでもいいや」と言わんばかりに人並扱いで接してくれる人ばかりだったが……今後出会う人もそうであるとは限らない。

 疎まれるのは黒騎士の宿業、仕方のない事だが……それでも、やはり「自分を酷く拒絶するかも知れない相手」に会うのは、精神的に身構えてしまうものだ。


 願わくば、受付担当の方が理解ある人だと嬉しいのだが……。


「はいはーい……お呼びですかぁ……?」


 ……ハサビ先生も中々に無気力風と言うか、ダウナー系な声ではあるが、それの遥か上をいくテンション低めの声。

 その声と共に現れたのは、髪を整えると言う概念が死滅した世界に生れ落ちてしまったらしい寝癖でぐしゃぐしゃ頭の女性。

 目の下にはタトゥーとして刷り込んだのではないかと思えるほどに濃い隈が。


「……出会い頭に不躾ですが、体と気加減は大丈夫ですか?」

「そうですねぇ……胸周りの脂肪のせいで慢性的に肩と首がだるいですがぁ……それ以外は特にこれと言ってぇ?」


 えへへよいしょぉ……と覇気なく笑いながら、女性は受付デスクの卓上にその豊満な胸を置いた。


 ……堪えろ俺。

 初対面の女性の胸を凝視するなどノブオブ案件だ。

 おさまりたまえ、俺の中の男子。


「そう言えばぁ……あなた、見ない顔ですねぇ……? 新人さん……?」

「…………ッ、あ、はい。先日(と言ってももう二〇日以上は経っているが)配属されました、ミッソ・シェルバンと申します」

「シェルバン……? どこかで聞いたよぉなぁ……そうでもないよぉなぁ……?」


 ぽやんぽやんと女性が何度か首を傾げる度に、卓上に乗せられた豊満なブツがたぷんたぷんと波打っている。

 意地でも俺の視線を釘づけにするつもりか……!? 負けないぞ……!


「あぁ……そうだぁ……随分前に新入居者登録した時に見た名前だぁ……思い出せたぁ……やったぁ……」

「そ、そうですか。それは何より……」

「あ、申し遅れましたぁ……わたし、居住区管理部所属、カフィン・ポルフェですぅ……居住者の皆さんの様々なサポートをしてますのでぇ……何か困ったら気軽に御相談をぉ……今後、よろしくお願いしますぅ」


 ぺこり、とスムーズに頭を下げたカフィンさんであったが、頭を持ち上げる動作はまるで錆びた機械のようにギギギ…と言う軋みが聞こえそうな重さだった。


「……こちらこそ、よろしくお願いします」


 ……何と言うか、色々と残念な人なのかな。うん。

 俺の黒い腕章に反応しないのは、黒騎士にも理解があるからとかではなく、単純に気付いていないだけのように見える。

 そして仮に気付いたとしても、「あぁ……腕章が黒ーいぃ……珍しぃ……」くらいのリアクションで終わりそうな感がある。


「でぇ……本日はぁ……何の御用件ですかぁ……?」

「はい。実は、俺の部屋がどこなのかを訊かせていただきたく」

「自分のおうちがわからなくなっちゃったんですかぁ……? それは大変ですよねぇ……わたしもよくありますぅ……」


 いや、違うし、よくあっちゃダメなやつだそれ。

 でも、もう何と言うか……そう言う手合いの人なんだろうなと言う納得が強すぎて、突っ込む気になれない。


「えぇとぉ……シェルバンさんのおうちはぁ……あ、リストは事務室あっちだぁ……取ってきますねぇ……」


 にへら、とやや不気味に笑い、カフィンさんはゆらりと立ち上がって、のそのそした歩みで受付の奥へと去って行った。


「……………………」


 ……何か、北方ここに来てから変…奇特な人との遭遇率が跳ね上がったなぁ……。



   ◆



 カフィンさんから俺に割り振られた部屋の番号を無事に聞き終え、早速部屋へと向かう。

 場所は居住棟四階の角部屋だ。

 良い場所を振ってもらったと思う。

 角部屋と言えば見晴らしの良さが売りだろう?

 北方の雪景色は綺麗だからな。それもこんな大山の上から眺められるなら、絶景と呼び得るかも知れない。……まぁ、天気が良い日(結構希少)に限る話だが。


「……ん?」


 二階から三階へと続く階段の踊り場で、壁に背を預けて立つ人影を見つけた。

 男性だ。妙に肌が白く、乳白に近い白髪に、薄いグレーの瞳……北方先住民アルビィヌ族の形質だな。エキゾチックな感じだ。

 騎士団の制服を着ているが、腕章はない。騎士団に配属された兵士か事務員か。体格が良いので、おそらくは兵士だろう。


 ……あ、そう言えば……ああ、見覚えがある。

 先日、ガローレン卿との決闘の時、シオたちに混ざって見物していたギャラリーのひとりだ。


「…………………………」


 兵士は何を言うでもなく、壁にもたれたまま軽く会釈をしてきた。

 ……何と言うか、目力が強いな。エキゾチックなグレーの瞳も相まって、少し気圧されてしまう。

 だが俺は貴族だ。少々威圧的な会釈だろうと、堂々と返すさ。


「おはよう。俺はミッソ・シェルバン。同僚として、これからどうぞよろしく」


 睨むまではいかない程度に力を込めて、兵士の目を見つめ返す。


「…………………………」


 すると、兵士は何を思ったか、少しだけ目を細め、


「……コレグス・ウティナ」


 ……ん? えぇと……ああ、今のは、彼の名前、だろうか。

 ウティナ……聞いた覚えのない名、と言う事は庶民、貴族だとしても下流だな。


 ま、今、俺と彼は同じ部隊に所属する同僚として接している。

 外での振る舞いならばともかく、内々での交流ならば、身分差は余り気にする所でもあるまい。


「コレグスか。強そうな名前だ。よろしく」

「………………………………」


 コレグスは一度だけコクリと頷き、じーっと俺を見るばかりで、何も喋らない。

 ず、随分と寡黙な男のようだな……。


 ……ふむ、この態度は……無礼と判定すべきか否か。

 事情と状況を考えると、判断が難しいな。


 北方先住民アルビィヌは狩猟を糧に過酷な大自然を生き抜いてきた少数民族だ。

 故に警戒心が強く、観察を重んじる。慎重な性格の者が多いと聞く。


 声を出す、と言うのは、サバイバルでは自殺行為になりやすいだろう。

 鳥も鳴かねば撃たれまい、などと言う言葉もあるくらいだからな。


 見た所、コレグスは純血のようだし、その血の性質上、口数の少なさを尊ぶ価値観を持っている可能性もある。

 言葉ではなく視線や動作で意思を伝える事が彼に取ってモストでベター、なのだとすれば……口数少なく、相手の動きをじっくりとよく見るのは自然の事。

 彼は今のやり取りの中で、彼なりに礼節を尽くした対応をしていたのかも知れない。

 それを頭ごなしに「無礼だ」と叱責するのは、文化の違いを無視する酷い理不尽だろう。


 そして先にも言ったが、今、俺とコレグスは同じ部隊に所属する同僚と言う立場で接している。

 これが貴族である俺とそれより身分下であるコレグスと言う構図ならば「この場においては俺が勝手を知る礼儀に合わせてもらうぞ」と要求する筋もあるが、それは違うのだ。


 ……うむ、そうだな。であれば、特に何も言うまい。


 では、ここはひとまず、言葉ではなくジェスチャーで好意的な印象を伝えよう。

 と言う訳で、コレグスに対して軽くウインクをして、


「………………!」


 部屋へと向かう歩みを再開する。


 ……ん? 何だ? コレグスが……ついてきている?

 いや、違うか。単に彼も部屋に戻るだけだろう。


 …………いや、近い。近い近い近い近くないか?

 物理的な威圧感がすごいぞ? ちょ、ちょっと速足で引き離……む、向こうも速度を上げた……だと……!?


 これは――明らかに、非常に露骨に……俺を追跡している……!?


 な、何故……うわ、眼力すごッ。

 何故? 何故そんな訝しむような目で俺を見ている? 何故しきりに小首を傾げながら速足で俺にぴったりとついてくる……!?

 首を傾げたいのはこちらなんだが!? 恐ッ!


 ……って、お?

 急にコレグスが立ち止まったな。よくわからんが気が済ん……あれは、腰を落として……今にも全力疾走をしようとしているように見え――うん、あの目は知っているぞ。

 先日の決闘の際、ガローレン卿がしていた目と同じだ。


 ――狩人が、獲物を見据える目。


 俺が本能的に全力で逃走を開始したのと、コレグスが全力で走り出したのはほぼ同時だった。


「な、な、なななな何故ぇぇぇぇーーーーーーッ!?」

「………………………………」


 訳がわからない! 何故俺はコレグスに追われている!?

 えぇい! 一体俺の何が奴の気に障ったと言うんだ!?


 と言うか、すごいな!?

 騎士として鍛えてきた俺の全力疾走に追随していると言うか、徐々に距離を詰めてきているだと……!?

 たかが兵士が一体どれほどの身体能力を!?

 極地狩猟民アルビィヌ由来の身体能力か!?

 あと走り方も凄まじいな!? 舌を垂らせばすぐに床を舐めれそうな極低姿勢での走行……積雪や茂みに隠れながら獲物に接近するための走法か! 理に適っているな狩猟民ッ!


 ぐッ……とにかく、追われている理由は不明だが、絶対に捕まりたくない!

 誰かに捕まるとろくな目に遭わないと、削除したはずの一昨日いつか悪夢メモリーが俺に語りかけてくる!

 特に「メイド服を着た女性団に捕まったら最後おわりだ」と本能が叫んでいる! 今はまったく関係のない事だが!


 絶対に逃げ切る! あてはある!

 階段を駆け上がり、四階へ。そして廊下を全力で走り、一番奥の部屋を目指す!


 更に、


「ムルハ・ディモ・イ・マガツトゥルナハ! 頼むぞディズ!」

「ヴォウ?」


 急に呼び出してすまないな、ディズ……足止めだ!

 巨大な黒オオカミ、ディズを俺の背後、廊下のど真ん中に召喚して道を塞いでやる!


「…………………………」


 ――んなッ……!?

 ば、バカな……今のは何の幻覚だ!?

 こ、コレグスが今、壁を走ってそのまま天井まで登り……何事もなかったかのようにディズの頭上を通過した!?


 嘘だろ貴様!? 俺でもそんな芸当はできないぞ!?

 どうなっているんだ、アルビィヌの身体能力ッ!?


 だ、だが! ほんの少し時間を稼げたおかげで、間に合った!


 俺の部屋だ!

 キーを差し込み、開錠!

 部屋に滑り込み、ドアを閉めて閉錠ロック


「……ふ、ふぅ……」


 ……ああ、まったく……何がどうして……。

 えぇい……とにかく落ち着くために、何か穏やかな事に思考を割こう。


 ……そうだな、部屋、俺の部屋。内装を確認しよう。


 うむ、まぁ、何と言うか……しょぼいな。

 当然だが、実家時代の俺の部屋とは比べるべくもない狭さだ。

 部屋の五分の一ほどがベッドで潰されている。

 寝て着替える用途だけの部屋、と言った印象だな。

 公務員住宅の一種と言えど、地方の寮なんてこんなものか。元より期待はしていない。


 期待している事と言えば、うむ、眺望だ。

 さぁ、ベランダに出て早速景色を眺め――スタッ?

 ……ベランダに、何か、大きなものが、落下して……あ、あれは……!


「……………………」

「こ、コレグスッ!?」


 なッ、まさか……上層階のベランダから降りてきたのか!?

 なにその執念!? こわ――ひぃ!? 窓が蹴破られたァ!? 寒ッ!?


「な、ななななななななななななななななな……!?」


 も、もうまともに声にならない……!

 ぃ、一体、何が貴様をそこまで……!?


「…………………………ん……」


 コレグスは何を思ったか、俺に近寄ると、肩をポンと叩き。


「……わんの勝ちやさ。久しぶりでうむしかったんに。また、遊ぼう(あしぼー)な」


 ふふ、と笑って、コレグスは踵を返し、ベランダから上へとよじ登って帰って行った。


「……………………………………は?」




 ――……後に知った事だが。


 アルビィヌの子供たちの間では、ウインクは「俺と全力で遊ぼうぜ!」と言うお誘いの合図らしい。

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