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16,黒騎士VS銀騎士《前篇》


 ――ついに、この日が来てしまった。


 王立騎士団北方駐屯部隊隊長にして二ツ星の銀騎士、パイシス・ガローレンとの決闘。

 名目上は「上司おねえちゃん部下おとうとの関係をハッキリとさせるべく、互いの実力を測り合うために行う決闘」として処理されているが、実際は何の因果かよくわからない狂気の沙汰。


 決闘場を兼ねた広大な中庭にて、パイシスを待つ。

 ……やれやれ……ただでさえ霊術加工の防寒具を着ていても寒いのに、中々降雪が強めだな。

 決闘日和とはいかない……いや、これは俺に有利に働く可能性もある。前向きに受け止めて良いコンディションだ。


 にしても、遅いな、ガローレン卿……。

 寒さを紛らわす意味も込めて、あたりを見回してみる。


 ……何だろうな、俺の背後に佇んでいる、あの巨大なスノーマンは。

 王都の英雄ソイソウス像並に大きい。成人男性の三倍はデカい。

 昨日の朝まではあんなものはなかったはずだが……一夜であれを作った何者かがいるのか。

 スノーマン自体は北方の伝統民芸だし、珍しくもないが……あれは異様だな。

 やはり北方駐屯基地に左遷されるような奴は変わり者だらけか。


 異様なスノーマンから目を背けると、中庭に面した分厚い複層ガラスが嵌められた防寒窓の向こう、こちらを見守る人たちと目が合った。

 シオとハサビ先生、アホみたいに手をぶんぶん振ってるシュガーミリーに、あと知らない顔がいくつか……腕章をしているのもいるな。見物客ギャラリーか。


 む、ハサビ先生の隣に、蒼空色の霊術師腕章をはめた眼鏡の女性――クーミンが来たな。

 クーミンがフリーになった、と言う事は……。


「待たせたな、弟……ではなく、今はこう呼ぼう……シェルバン卿」

「寒さで滅入らせる作戦ですか? ガローレン卿」


 来たな、パイシス・ガロー……――……一瞬、息を呑んでしまった。


 パイシス・ガローレン……元々、端麗な容姿であるとは思っていた。

 銀雪色の髪と白肌の肌理きめの細やかさは一目瞭然の美麗。

 鋭い顔つきも、厳めしくはあるが決して女性的な美しさを損ねない程度のもの。

 そんな卿の容姿において、唯一残念な出来だったのが、雑に束ねた髪型だった。

 だが、今の卿は、丁寧に三つ編みにした髪をサイドできっちりまとめてある。いわゆる団子巻シニヨンだな。


 髪型のひとつと侮れない、気品は毛先のひとつ爪先のひとつに左右される。

 知ってはいたつもりだが、実際、ここまで雰囲気が変容するものか。


 女傑――ああ、何度でもそう呼びたくなる姿だ、パイシス・ガローレン。


 ……ほんともう、これで中身がまともだったならと誰もが惜しみ涙する事だろう……。


「無粋な勘ぐりをするな。女性の準備には時間がかかるものだ。具体的に言うと、真面目に髪を結い整えるとか久しぶり過ぎてやり方を忘れていたし、妹も心得がなかった」


 まぁ、クーミンは庶民の出で、かつショートヘアだからな。あの事務っけからして洒落に気を使うタイプでもない。心得がなくてもおかしくはないだろう。


 しかし、頭の先まで正装できたか……どうにもこの決闘、あんなハチャメチャな勢いで申し込んでおきながら、ガローレン卿としては相当に気合の入った一戦のようだ。

 ……これだから狂人は……! 付き合い切れん……が、忌々しい事に、付き合い切るしかない。


「では、早速だが始めようか。雪が強くなってきている。吹雪に成りかねない天候だ」

「……そうですね」


 ――切り替えろ。

 互いに霊装を纏い、霊獣を召喚したその瞬間から、決闘は始まる。


 そうなれば、相手が相手。

 一呼吸分の隙で、即座に踏み潰される。


「ムルハ・ディモ・イ・マガツトゥルナハ。我が霊格は漆黒。万象を呑む無尽の暗闇」


 まずは刺々しい黒鎧――霊装を纏う。


「来い、ディズ!」


 そして、傍らに巨大な黒オオカミ、ディズを召喚。


「ヴォッフ!」


 吠え声とその表情でわかる。ディズもやる気充分だな。

 喜んでいる時とは違う、ゆったりとした尻尾の振り方……人間で言えば首や指の骨を慣らすような、やる気の漲りや昂ぶりの表れだろう。


「見栄えの良い霊装、それに良い気勢の霊獣だ。流石は我が弟」


 心底から感心した様子の声で言いながら、パイシスが笑った。

 ……思わず、ゾクッとしてしまう。

 いつも見ていた、快活な笑顔ではない。

 今ガローレン卿が浮かべているのは、上質な獲物を見つけた狩人のような笑みだ。


「シャン・ベルム・ヴィ・ヒエラノエル。我が霊格は銀煌ぎんぎら。綿々として塗り潰す不滅の雪華ゆきばな


 霊言の詠唱――ガローレン卿の全身に、銀色の光が纏わりつき、霊装化。


 霊装は精霊より与えられる恩寵ギフト

 男女によって、その様相はがらりと違う。


 男性に与えられる霊装は、厳めしい全身鎧アーマー

 女性に与えられる霊装は、煌びやかな麗衣装ドレス


 ガローレン卿も例に漏れず。

 その身を包んだのは、銀雪色の輝きを放つ荘厳なドレス。剣の意匠が施された妙に攻撃的なティアラやイアリングが実に卿らしい。

 そして卿を包み込むように、その周囲には透き通った氷のショールが滞空していた。

 鎧に比べれば軽装になるドレス姿の防御面を補うのが、あのショールだ。


 ――ガローレン卿の元の容姿が良いのも相まって……思わず、見惚れそうになる。

 俺のそんな視線を理解した上で、ガローレン卿は「フフン」と勝ち誇ったように鼻を鳴らした。業腹。


 ……だが、そんな事に気を割いている場合ではない。

 霊装の着衣が済んだと言う事は、次は霊獣を呼ぶだろう。

 いよいよクーミンから聞いた『あれ』のお出ましだ。


「さぁ、来るんだ。シャルベット」


 ――そんなの、アリなのか?


 クーミンから話を聞いた時、最初に出た感想が、それだった。

 いざ、現実として目の前にして、ああ、思う。と言うか、思わずとも口から出る。


「――こんなの、アリか……!?」


 ガローレン卿の足元から生えるように出現し、そのまま卿を乗せ、天高くまで運んでいく銀色の塔。


 ……いや、塔ではない。


 形が、人だ。


「ブルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 それの咆哮の衝撃で、暴風が巻き起こり、降雪も積雪も巻き込んで短期的小規模の吹雪を巻き起こす。


 ……ああ、もう、規模が違うだろう、こんなの。


 これが、パイシス・ガローレンの霊獣。

 ……え? それって霊獣のカテゴリなの? と問いたくなる……伝承の時代、精霊が生み出し使役したと言う代物。


 ――霊物巨兵ゴーレムッ!


 冗談ではない。一体、成人男性何人分だ?

 あの異様な巨大スノーマンですら踏み潰されてしまうぞ、あんな巨体。


 広大な決闘場であったはずの中庭が、非常に狭く感じる。

 それもそうだろう。あのゴーレムなら、五歩もあればこの中庭の端から端まで辿り着ける。


「どうだ? シャルベットは勇ましいだろう?」


 遥か上空、ゴーレムの肩に乗ったガローレン卿が問いかけてきた。


「自慢の妹だ」


 ……めすなのか、これ。

 ゴーレムの容姿はまるでデッサンに用いる木人形に雑な顔を付けて少し太ましくしたようなもので、性的な要素を読み取れるフォルムがないからわからなかった。


 と言うか、まぁ、正直どうでもいい。


 積雪を蹴りつけ、ディズの背に騎乗する。


「ヴォォウ!」


 いよいよだね! とディズが咆哮。

 よし、多少は心配したが、ゴーレムに気圧されている様子はない。杞憂で何より。


 ――ノブリス・オブリージュ。


 相手がどれだけ巨大で強大であろうと!

 俺は俺として、ディズと共に相応に戦い抜いてみせるとも!


「意気や良し」


 遥か高みから俺を見下ろして、ガローレン卿がまた笑った。

 先ほどの、狩人のような笑み。更に物騒な色が濃くなっている。


 予想はしていたが、加減や手心が期待できる人相ではないな、アレは。


「さぁ、宣言通り踏んでやるぞ! 弟ォ!」

「ブルルブァッ!」


 巨大な銀雪のゴーレムが、その足をゆっくりと振り上げた。

 ゆっくりに見えるのは巨体故、実際は相当な速度で動いているだろう。

 その勢いで踏み潰されれば、潰れるどころか赤い汁になるまで磨り潰される。


「中流貴族相手に、そう易々と踏まれてたまるかッ! ――いくぞ、ディズ!」

「ヴァォン!」


 ――決闘、開始だッ!


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