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15,緑のおじさん、仕事の流儀


 ハサビ・ホンネリ―は、いわゆる無気力風の中年だ。

 あくまで無気力、風。口ではなんだかんだボヤきつつ、やるべき事はしっかりやるし、やった方が良い事もとりあえずやっておく。


 要するに、だらだらしている風でそうでもない普通に気の利く真面目なおじさんである。


 今も、廊下を歩きながら眉をひそめてにらめっこしているバインダーに挟まっているのは、医療消耗品の在庫管理シートだ。


「あー……毎度の事だけど、消費期限が近いものが多いなー……」


 北方に所属する屈強な連中はそうそう怪我なんてしないし、しても医務室に来ないで自力ツバで治すような輩ばかり。

 珍しく医務室を使う奴が現れても、そいつは確実に重傷か重症。

 一般的な医薬品はほとんど出番がなく、まさしく腐る。


「整腸剤とか、最後に処方したのはいつだったっけ……いや、北方ここに来てから開封した記憶がないな……」


 また医薬品が大量廃棄になったら、流石に今度こそ医療関係予算が減らされかねないなー……とハサビは溜息。


 実際、こんな調子で北方の医療部門はいつだって閑古鳥が鳴いているから、ハサビ以外の人員が配置されない。

 医者として配置されているはずのハサビが消耗品の在庫管理だなんて事務作業をしているのもそのため。

 北方の医療部門には看護師や薬剤師どころか補助の事務員すらいない。

 おかげで、先日の重体患者が一気に三人も運び込まれてきた時、ハサビは一人で数日間、夜を徹して働き詰める羽目になった。


 大元の予算配分や人員配置は本隊が采配の主導権を握っているため、パイシスや北方の総務会計に談判しても無駄。

 まさか「普段は閑古鳥が住み着いている医療部門の予算維持のために他部門の予算を削って回してくれ」だなんて頼めるはずもなし。


「みーんな一斉に適度な体調不良を起こしたりとかしないかな……ってのは、本末転倒だね」


 医者が暇なのは良い事。医薬品が日の目を見ないのも良い事だ。

 しかし、それが続くと、いざと言う時のための備えに影響が出てしまう可能性がある。

 ジレンマにもほどがある。

 頭が痛くなる話だ。


 ――ああ、丁度いい。期限切れ寸前リストには頭痛薬もたくさんあるね。用法用量を考えなければ飲み放題だ。


 などと自嘲気味に笑いながら、ハサビは立ち止まり、病室のドアを開ける。


「……まーた、いないし」


 この病室にて療養中はずの貴族様ミッソは、今日も隊長補佐官殿と共に、簡易哨戒任務を兼ねた特訓に出かけているらしい。


 決闘はいよいよ明日。

 焦る気持ちもわかるけど……前日くらいは全力で体を休める方が良いと思うんだけどなぁ、とハサビは呆れる。

 こちらもこちらで頭痛の種だ。


「別に嫌がらせで休め休めと言ってる訳じゃあないのになー……」


 ――ああ、子供のしつけに手を焼く親の気持ちってこんなんなのかなー…………独身で知りたくなかった……。


 ま、何をどうボヤこうと、いない人間の診察はできない。

 特訓場所は『向こう側』城壁上だとわかっているので、ハサビは他二名の入院患者を診察してからそちらに向かうと決めた。


「ほんと、こっちに比べて……彼は北方唯一の良心だよ……」


 バインダーで自分の肩をとんとん叩きながら、ハサビが思い浮かべているのはシオ・コンフェット。

 この隣の病室で療養中の、北方配属になった新人兵士くんだ。

 一応性別的には男性なのだが、下手な美少女より顔が可愛い。性別の迷宮の擬人化。

 加えて非常に素直で健気な性格であり、ハサビの言う事を素直に聞き入れてくれる。


 北方の屈強で我の強い連中、無茶ばかりするミッソ、別段ワガママとかは言わないのに妙に元気過ぎて扱いにくいシュガーミリーらと比べると、別の生き物なのではないかと疑えるほどに良い子。

 シオを診察する事は、ハサビに取ってセラピーに近いものになりつつあった。……どちらが治療されているのやら。

 

 ともあれ、今日もハサビは癒しを求めてシオの病室へ向かい、ドアを開けた。


「…………あれ?」


 ――……いない?


 そう、いない。シオがいない。ベッドが空だ。


 そんなバカな。あんな素直な子が、主治医にことわりもなく外出などするはずがない。

 と言うか、二〇日近くも経ってそれなりに回復してきたとは言え、まだまともに動き回れる状態ではない。


「……隊長か!?」


 この基地で起きる不可思議な事件の元凶は大体、パイシスだ。


「どこへ拉致った……!? 何のために……!? いや、無駄だ!」


 例の病気が発動していた場合、あの女の思考をトレースする事など常人には不可能。

 であれば、


「リベル・セシル・オ・ウディムフレジア。我が霊格は翡翠。生を擁する揺り篭の森――来てくれ、ブルラデシュ!」


 霊言の詠唱、霊獣の召喚である。

 ハサビの霊獣、ブルラデシュは蛇型の霊獣。

 エメラルドのように透き通る翡翠の鱗で覆われた大蛇――なのだが、今回、ハサビはブルラデシュを普通の蛇サイズでミニマム召喚した。


「みきゅっ」


 ハサビの腕に巻き付いた小さな翡翠蛇ブルラデシュが「お呼びかい?」と鳴く。


「ああ、追って欲しい人物がいる」


 普通の蛇ですら優秀な熱源探知器官と臭気知覚を誇る。

 ブルラデシュは蛇の霊獣、それらの能力も非常に高い。

 流石にイヌ科の霊獣には劣るが、それでも人探しにはもってこいの霊獣だ。


「これ以上、あの女にオレの仕事を増やされてたまるもんか!」


 何かする前に、止める!



   ◆



 ――「む? 弟よ、アタシは今日はまだ何もしていないぞ? なに、シオ・コンフェット? ああ、我が弟妹オモウトなら確かにさっき会ったぞ。妹と一緒に中庭へ行くと言っていた」


 正気パイシスの証言は信用できる。

 と言う訳で、ハサビはその言葉を信じ、中庭に向かった。


 そして、中庭の隅っこにて、二つの人影、その背中を発見する。

 防寒具をもこもこに着込んで、二人揃って何やらしゃがみ込んでもそもそと小さく動いていた。


「……お前さんたちは一体、何をしてるんだい?」

「ほぁぁぁああああッ!?」

「おほぃ!?」


 ハサビが声をかけると、二つの人影――シオとシュガーミリーはビクビクビクゥン!! と反応して悲鳴をあげながら飛び上がった。

 シュガーミリーの方は、傍らで急に悲鳴をあげたシオにビックリした、と言う感じだ。


「ひゃ、は、ハサビ先生……?」


 また変な声出しちゃった……と若干頬を赤らめながらハァハァと小刻みに白い息を吐き、涙目でこちらを見るシオ。老若男女をイケない気分にさせかねない表情である。

 シュガーミリーはと言うと、驚いた拍子に変なところに力が入って傷跡が痛んだらしく「ぴゃあああああああッ!? ぴにゃああああああああ!!」とやかましく絶叫しながら雪の上に転がって身もだえしていた。まるで無様な芋虫だ。


「まったく……主治医の許可を取らずに外出とは感心しないな」

「はぅ……も、申し訳ありません……」

「ッ~……、ぃ、いや、シオちゃんは悪くないんス……自分、自分が、無理やり連れだしちゃった感じで……!」


 ふにゅおおおぉぉ……と未だに痛みに悶えながらも、シュガーミリーがシオを弁護する。


「お前さんもまだまだ重体でしょうに……ほんと、一体何を……、! それは……」


 シオとシュガーミリーが中庭の隅っこでもそもそやって拵えていたのは、雪玉を重ねて作った簡易人形。

 北方の伝統的な儀式的積物トーテムタワー、スノーマンだ。


「ぁ、あの……僕、その、シェルバン卿から、教えていただいた事があって……スノーマンは、雪害から大切な誰かを守ってもらうための儀式的触媒だって……」

「じ、自分がそれを又聞きして、『それなら明日のシェルバン卿の無事を祈って一緒に作ろうッス!』と言った次第ッス……ガローレン卿は銀騎士なので、雪害除けは有効かと……ふひぃ、治まってきたッス……」

「……ぼ、僕は……シェルバン卿に、助けられてばかりで……何も、本当に何も、できていないので……せめて、これくらいの願掛けは……その……」

「成程ねぇ……」


 シオが無断で病室を出るなんて、よほどの事だろうとは予想していた。

 実際、その通りだろう。


 シオ、それとシュガーミリーに取って、ミッソ・シェルバンは命の恩人だ。

 その恩人が明日、雪の精霊の祝福を受けた銀騎士パイシスと言う怪物と決闘をする。

 心配せずにいられるはずがない。


 恩人の無事を祈願するためなら、多少の重体を引きずってでも、できる事はやりたい……その意志はよくわかる。


「……でも、作り過ぎじゃないかな?」


 一体や二体なら可愛らしいものを……シオとシュガーミリーは二人で既に七体を仕上げており、手元の雪玉からしてまだまだ作ろうとしていた様子。


「ぁ、でも……多くて、損はないって……」

「自分が提案したッス! モリモリバリバリ作ろうッス!」

「いや、量より質にしようよ、この手のは」


 スノーマンは雪の精霊と交信する媒体。

 こんな小まめ頻繁に着信されては、雪の精霊もノイローゼになってしまうのではないだろうか。


「ご、ごもっともです……」

「むぅ、企画の趣旨が間違っていたようッスね……ここは一丁、ドデカいスノーマンを一体作る方向に切り替えるッス!」

「……まだやる気なのかい……」


 つくづく呆れた、とハサビは白く濁った溜息を吐き散らす。


「わかった。オレも手伝うよ。これ以上、外に長居されて風邪でもひかれたら仕事が増えるし」

「ぇ、あ……ほ、本当ですか……!?」

「健常者の助っ人! 頼もしいッスー!」

「自分らが重傷人って自覚はあるようで安心だよ、まったく……」


 ハサビとしても、明日の決闘でミッソが大怪我してしまうと困る。仕事が増えるから。


 ――誰だって、面倒は嫌だろう?


 ハサビだって、そう思う。


 だから、誰にも病気や怪我をして欲しくない。

 みんな、健やかで、できれば笑って生きていれば、それが最善。

 そのためになるなら、やるべき事も、やっておいた方が良い事も、やっておく。


 それが、ハサビ流だ。


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