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13,思わぬ提案


「ヴォフフ! ヴォフ! ヴォフフフ!」


 ……まぁ、効率的ではあるから、良いのだが。


 俺は何故、立ち上がるのもしんどい重体で、朝っぱらから積雪の中庭に出ているのだろう。

 俺は何故、腕を軽く振るだけで貴族にあるまじきレベルの変顔になるくらい痛む重体で、ディズが拾ってくるフリスビーを受け取っては投げ受け取っては投げを繰り返しているのだろう。


 ……一応、これは訓練だ。

 霊獣を召喚してその維持に集中しつつ、別の行動にも意識を割く……と言う、騎士の基礎訓練。


 ディズを召喚して維持しながら、ディズが拾ってくるフリスビーを受け取って投げる。


 ついでに、ディズに構ってやる事で妙な不安を払拭してやると言う意義もある。


 一石二鳥。効率的。悪くはない事なのだがな。


 ……寒いし痛い。


 ある程度は回復が進んで包帯が薄くなった事で着衣できるようになったが……。

 北方はただでさえ極寒。ここはその北方における有人区域で最も高い場所である。

 霊術加工の防寒具で身を固めてもひたすら寒い。


 そして言うまでもなく、腕を振ると全身がビキビキ言う。

 一投ごとに車椅子の背もたれに全力で身を預けてぜーぜー言いながら体力の回復に努めないとそう遠くない内に死ぬ。


「……よくやるよ……」


 傍らで白い息を吐き散らすハサビ先生の呆れた視線も痛い。

 申し訳ない……。しかし何だかんだ文句を言いつつ、患者の要望は基本的に叶えてくれる人だな……有り難い。

 そして本当に申し訳ない。非難がましい視線が痛い。


「はぁ、はぁ……そう言えば、妙に広いですよね、この中庭……」


 刺さる視線に耐えかねたので、ふと思った疑問を投げかけてみた。


 全盛サイズのディズが走り回っても充分に余裕がある広大さ。

 一〇〇〇人規模の集会だって開催できるだろう。

 台形の大山、その山頂領域すべてを要塞化したこの基地敷地において、おそらくは三割以上の面積がこの中庭に割かれているのではないだろうか。


 更に疑問なのが……広いだけなら、まだしも。

 これだけの広さでありながら、庭木や庭園の類は一切ない。

 今は降っていないが、今朝までの降雪で一面の雪原と化している。


「【決闘場】を兼ねてるからさ。立地上、ここは基地の外に設置しようとするとかなり離れてしまうからね」


 ああ、成程。言われてみれば、確かに。


 騎士の決闘は霊獣を駆り、強力な霊術の撃ち合いになる性質上、広大な戦闘スペースが必要なのだ。

 故に、それ専用の巨大施設が必要だった。それが決闘場。

 昔は今よりも高い頻度で騎士同士の決闘が行われていたため、騎士団の基地には決闘場が併設される事が多かったらしい。


 ……昨今では使われる機会が激減したため、公営運動場のような扱いになっている所も多いと聞くが。


 で、北方駐屯基地が建設されたのは当然、今からは遥か昔。

 決闘場の併設はプランに入っていたが、山頂の防衛要塞と言う立地上、併設と言う訳にはいかず。

 いっそ内部にぶち込んでしまえ、と中庭のスペースを決闘場として広く取った訳か。


 ……つまり、俺とガローレン卿の決闘も、ここでやる訳だな。


 一石二鳥が一石三鳥になったな。

 ここで走り回る事にディズを慣らせば、本番での動きに……って、おぉう……他所事に思考を割き過ぎたか。


「ヴフ!」


 フリスビーをくわえて帰ってきたディズは、少し大き目の大型犬サイズにまで縮んでしまっていた。

 ……ほんと、霊力の扱いは難しいな……少し気を抜いただけで、一気にごっそりと減ってしまう。


 歴戦の騎士の中には数日間に渡り霊獣と共に戦い続ける事ができる者もいるそうだが……俺がその領域に至れるのはいつになる事やら。


 ともかく、午前の訓練はここらで一区切りだな。

 ディズへの霊力供給を打ち切り、召喚状態を解除……、


「おやおやおや、見ていたぞ! 思っていたよりも、元気にしているじゃあないか!」


 ッ! この無駄に快活で馴れ馴れしい声は……!


「げぇッ……! ガローレン卿!」

「お前のお姉ちゃんだ!」


 ガローレン卿だ。

 野生の自称お姉ちゃんが、見ているだけならば気分が良くなる部類の良い笑顔でずんずんと積雪を蹴散らし、こちらに近づいてくる。

 相変わらず、女傑と言った端正にして厳めしい風貌だのに、快活に笑う人だな。

 中身がまともであれば、そのギャップはきっとトキメキ値がとても高い事だったろうに。現実は狂ってる。悲しい事だ。


「ハサビ先生、逃げましょう」

「いや、気持ちはすごくわかるけども。一応上司だし、興奮さえさせなければそれなりにまともな人だから……かろうじて」


 嘘だと決めつけたいが、北方での歴が長いハサビ先生が言うならきっとその通りなのだろう……仕方ない、ハサビ先生を信じよう。


「……ガローレン卿、おはようございます」

「頑なにお姉ちゃんと呼ばないな! だがまぁ良い、それでこそ踏み甲斐もある! そして遅ればせたが、おはよう!」


 豪快に笑うガローレン卿の口から、白い息がぶわぁっと広がった。

 ……目に見えて肺活量が人並み外れているな。やはり二ツ星騎士――魔徒を瞬殺できる領域の人間は、身体機能ひとつを取っても尋常ではないのだろう。


 ってか、痛ッ、痛いッ。

 バシバシと人の頭を叩いて……!?

 俺は一応まだ形式上は貴様より上身分の貴族で、しかも重症人だぞ!?

 その頭をバシバシ!? 一体、俺を何だと思って……ああ、弟だと思われているんだったか。

 おのれ狂人め……! だが狂っているとしても人。シェルバン家の名を背負う者として、ここは嗜めるべきだろう……無駄だとは思うが。


「ガローレン卿……部下相手とは言え、少しは自他の身のほどを弁えるべきでは?」

「一理ある。だがしかし! そんな事を言っていては姉弟愛は育まれない! だろ!?」

「悍ましいものを育むな」


 おっと、つい敬語が。


「お? 何だ? 今すっごーく生意気な事を言ったのはこの口か? お? その口を動かす頭はこれか?」

「な、え、何をぐぁああああああ……!?」


 ッ、げ、しょ、正気かこの女……!?

 この重症人にヘッドロックだと……!?

 ぐあああああしかも容赦がッ、容赦と言う配慮が足りていないィィィィ……!?

 メギメギって、メギメギって頭蓋から聞いた事のない音がァァァァーーーーッ!?

 ……ッ……待て、俺の頬に当たっているこの妙に柔い感触は……まさか、騎士服の厚手の布地ですら隠しきれない御立派ボディの――乳――ッ!?

 あ、ヤバい、今は『あれ』もそこそこ重体だから『臨戦態勢』になるだけでもかなり痛だだだだだぅごぉぉぉ……!?


 ――……貴族とて男の子は素直ォォォォォ……ッ!


「ちょ、やめ! ストップ、ストップですよ、隊長! あんた、重症患者になんて事をしてんですか!?」

「庭でフリスビーを投げる程度には回復しているんだろ? 多少のスキンシップは大丈夫さ。姉弟だもの」

「姉弟じゃあないし、大体ね、無理をして一投ごとに命削ってフリスビー投げてんですよ、この脳みそ沸いてるバカ貴族は!」


 ちょ、ハサビ先生、本音が漏れてる。


「まったく、我が弟ながら小うるさい奴め。だからモテない」

「その辺は非常にデリケートな問題なんで可能最大限に配慮して、極力は触れないようにしてもらえます? ってずっと言ってますよね?」


 ハサビ先生と慣れた調子のやり取りをしながら、ガローレン卿は俺を解放した。

 ……助かったような、惜しかったような……。重症人としての自衛本能と男の子としての衝動的欲求が激しくせめぎ合っている気がする。


 えぇい、ノブリス・オブリージュ……!

 自制しろミッソ・シェルバン、こんな女の乳に心を奪われるなァァァ……!


「シェルバン卿、……シェルバン卿? 何か親友の敵討ちに向かう途中みたいな険しい形相になってるけど、大丈夫かい……?」

「……ど、どうにか……俺は、勝ちました……」

「何に……? いや、それより、急いで部屋に戻ろう。オレの判断ミスだよ。この女の傍にいるのは危険だ」

「おい弟、いくら親しき姉弟でも失礼な物言いだぞ」


 いや、妥当だろうが。


「と言うか、待て待て。本当に逃げようとするんじゃあない。じゃれ合いはこれくらいにして、本題に入ろう」


 ……本題?


「見た所、ある程度は動けるようになったんだろう? であれば、そろそろ働いてもらわないと、と思ってな」


 働く……と言うと……。


「はぁ!? 何を言ってるんですか!? 先にも言いましたけど、フリスビー投げるだけでも命懸けでやってんですよ、この貴族は!」

「無論、配慮はする。アタシにもそれくらいの常識はある」


 常識がある? 貴様に?

 はんッ……すごいな。これほどまでに信じられない言葉がこの世にあるとは。


「どうせ、今やっているのは『騎士の基礎訓練』だろ? アタシとの決闘に向けてか? 甲斐甲斐しいな。今すぐ踏みしだきたい所だ。誘っているのか? まったく、イケない弟だな、お前は。お姉ちゃんは気が狂いそうだぞ」


 当然ながらバレバレか。まぁ、隠す事でもないが。

 ……あと、もう突っ込まないからな。


「ともかく、そう言う事ならば丁度良い。その基礎訓練と仕事を兼ねさせてやる……と言っているんだ」


 そう言って、ガローレン卿は何を企む様子でもなく、気前の良い姉貴分のように笑ったのだった。


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