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12,貴様だってノブリス・オブリージュ


「霊獣のクセが強すぎる、思い通りに動いてくれない時が多い。そんな場合はどうすればいいのか……ッスか?」


 気合と根性でかなり治りましたッス! なので今度はこちらからお見舞いをば!

 そんなバカげた声と共に車椅子で病室に乗り込んできた赤毛の庶民少女シュガーミリー。


 ……一応、落ちこぼれ呼ばわりは避け難い灰色とは言え、彼女も騎士。霊獣を従える者。

 ここはひとつ、相談してみる事にした……のだが、


「うぅ~ん……シェルバン卿の力になりたい気持ちはモリモリ大山脈なんスが……」

「やはり、わからないか?」

「……申し訳ないッス……」

「いや、君が謝る必要はない」


 ハサビ先生にも相談したが、同じ結論だった。


 ――「霊獣が非協力的だった事なんて一度もないから……わからないなぁ」。


 ……そうだ、その通りなのだ。


 霊獣召喚の基本システムは「精霊の祝福を通して、その精霊が縁を持っている霊獣に呼びかけ、応じてくれる者が召喚される」と言うもの。

 どの霊獣が召喚に応じるかは騎士や精霊に決定権はなく、霊獣側に委ねられている。

 呼びかけられた霊獣が「この人間になら手を貸してやっても良い」「この人間の生涯は苛烈そうだから、間近で眺めていて飽きなそうだ」等と思った時、霊獣召喚が成立する。


 霊獣は誰に強制されるでもなく、自らの意思で、自らの興味の赴くまま、召喚者を選別するのだ。


 つまり召喚に応じてくれると言う事は、その霊獣は「召喚者に対して非常に好意的で協力的」であるはず。

 そうでなければ、召喚に応じる理由も意味もない。

 それだのに召喚者の意図を放置して好き放題するなんて、まずないだろう。


 故に、はっきり言ってディズは異様だ。

 満足すれば言う事を聞いてくれるが……満足するまではひたすら好き放題。

 俺を舐め回し、しゃぶり回し、押し倒して舐めしゃぶり倒し、酷い時には頭をくわえて振り回す。


 逐一、奴が満足するまで付き合わなければ騎乗もままならないなんて……騎士として致命的欠陥である。

 ガローレン卿に対して善戦する云々の前に「シェルバン家の男が霊獣をまともに使役する事もままならないなんて……!」と処刑やむなしレベルの恥晒し認定をされかねない。

 俺の問題ではなくディズ側の問題だと思うのだが、世間様はそこまで知った事ではない。


 ……まったく……度し難い霊獣だ。

 所詮は、闇の精霊が仲介するような輩と言う事か……。


「えぇと……霊獣の事では力になれそうもないッスが! 自分は自分なりにシェルバン卿に奉仕させていただく所存ッス!」

「奉仕?」


 何故に?

 ただの庶民と貴族の関係性ならば、奉仕を受けるのはまぁ当然だが……君は俺の同僚だろうに。

 せいぜい身分差を弁えた節度と敬意ある接し方を心がける程度で、充分相応のはずだ。


「自分はシェルバン卿に大恩があるッスから!」

「恩……? ああ、試験の時の事か」


 俺が君を助けたのは、貴族として――人として当然の事である。

 が、それを「当然の事だもの」と流さず、ちゃんと恩義を感じるのが人としての当然。


 うむ。言われてみれば「恩返しとして奉仕する」と言う君の言い分は実に真っ当だな。

 であればその奉仕の心、受け尽くすのが俺の義務。


 だがしかし……、


「ここには剥いてもらうリンゴもないし、俺の容態的に素人の手であれこれ看病されるのは断固として遠慮したい」

「にゅぐ……ごもっともッス……! だとすると、自分は一体どうすれば!? 何か、何かシェルバン卿の役に立てる事はないッスか!? シェルバン卿の役に立ち、できれば最高に喜んでもらえるような事は!?」

「そうだな……」


 しばらく物思いに耽りたいのでその間、賑やかしに歌でも歌っていてくれ……と言いかけたが、彼女もそれなりに重傷だしな。長丁場で歌を披露させるのは酷か。

 何をしてもらうにも、まずはシュガーミリーが回復しない事には始まらないだろう。

 ここはひとまず……、


「今、俺から君に頼む事があるとすれば……自室に戻ってしっかり療養していて欲しい、と言った所かな」

「! ……そ、それはまさか……『君が一刻も早く元気になってくれるのが最高に喜ばしいんだぜ。だから頼む、ゆっくり休んで欲しいんだぜ』的な事ッスか……!?」

「ん? ああ、そうだな。まぁ、そんな所だ」


 最高に喜ばしい、と言うのはいささか誇張だが……大まかには「君がさっさと回復してくれた方が、何かと頼みやすいので助かる」と言うニュアンスで合っている。


「ッ~……」


 ……何を真っ赤になっているんだ?

 リンゴがないとは言ったが、リンゴみたいになれと言った記憶はないぞ。

 ……まさか傷が化膿して発熱しているとかではないだろうな?


「おい? 大丈夫か?」

「ゃッ、まッそ、そ……そりゃあ、大丈夫ッスよぉッ! 心配には及ばないッス! シェルバン卿が望むのであれば! 自分は明日にでも完治してみせるッスからァァァ!!」


 まるで蒸気機関車だな。

 車椅子でよくもそこまで、と感心してしまうような速度で、シュガーミリーが病室を飛び出していってしまった。


 まぁ、あの様子なら彼女の言葉通り、心配する種もあるまい。

 宣言通りに明日には全快しているのではないか、とすら思える勢いだった。


 さて……では、思考を、今抱える最大の問題に戻すとしよう。


 ディズをどうにかして従順な標準的霊獣に矯正しなければ、俺に未来はない。


 かなり深刻な話だ、これは。


「……一体、何がしたいんだ……あのバカオオカミは……」


 ――バカの行動に理屈はない?

 確かに、偶発的行動ならばその可能性もあるだろう。


 だがしかし、ディズのあれは一貫的行動だ。

 召喚すれば、ディズは必ず俺を押し倒して舐めしゃぶり倒す。


 理由なき習慣が定着する事は有り得ない。

 一見して理を推し量れないのは、知見と思索が不足しているだけだ。

 知見が足りない以上、思索と称してどれだけ想像を膨らませても妄想の域を出ない。無意味だ。問題解決に向けてやるべき事はそんな事ではない。


 つまり、俺が今、やるべき事は――見て、知る事。


 ……ディズの観察。


 …………奴は、口内も唾液も非常に臭い。

 これが獣臭だと言われれば戦慄しつつも納得はできる生臭さ。


 そして、奴のべろんべろんは、正直痛い。

 肉厚で巨大な舌が勢いよく舐めずってくるあれは最早一種の打撃に等しい。

 舐める際には獅子が獲物を狩るように前足で押さえつけてマウントしようとするのもかなり重い。


 今の俺の重体で、あれを一身に受けるのは自殺……いや、しかし、俺が意識を失えばディズは消える。ディズのべろんべろんで殺される所まで行くことはまずない。


 であるならば、多少の痛みは我慢して……我慢……ああ、背に腹は……代えられないッ!

 俺は、やるべき事をやるためならばいくらでも歯を食いしばってきた!

 そう、俺はいつだってそうしてきたんだ!


 ――ノブリス・オブリージュ!(前向きなヤケクソ)


「ムルハ・ディモ・イ・マガツトゥルナハッ!」


 来い、ディズ!


「ヴォフ!」


 来たな! そしてやはりかこのバカオオカミがッ!

 ぐあああああああ痛いッ!? づぁ、こんの……少しは加減を覚えろぉぉぉ……!


 ぐ、ぅ、意識を、散らすな……!

 意識を集中して、観察、するんだぁぁぁ……!


「ヴァフフ! ヴフ! ヴォフフフ!」


 くそう、何がそんなに楽しいんだこのバカオオカミが……って、ん?


 ……楽しそう、か? これ。

 鳴き声と飛びついてくる勢いだけで「楽しそうにしてからに」と判断していたが……よくよく観察してみると、違和感がある。


 オオカミとは言え、ディズは霊獣だ。

 普通の獣とは違い、人間とのコミュニケーションを図るためか表情筋がそれなりに発達している。


 だがしかし、今のディズは……表情筋に動きがない。真顔、だ。

 そして、イヌ科の感情表現ツールの代表格でもある尻尾も……押し倒された視界から確認できる限り、動いていないようだ。


「でぃぶ、へぶぶ、へぶぶえぶぶぶぶぶ」


 貴様、楽しくてやっている訳ではないのか?

 と声にして訊きたかったのだが、舌と唾液のラッシュのせいでまともに喋らせてもらえない。


 ……待て、楽しくてやっている訳でないなら、これは一体、何のつもりだ?

 趣味嗜好でないなら、何をそんな必死にべろんべろんと……――必死?


 そうだ、この雰囲気は……必死だ。

 ディズは真面目に、必死懸命に、俺を押し倒して舐めている。


 何故? どうして、まるで必死にすがりつくようにそんな嫌がらせをするんだ?

 一体誰が幸せになると言うんだその努力。


 ……いや、違う。

 まさか……嫌がらせと言う解釈が、そもそもの間違い……なのか?


 ディズはまさか――ああ、そう言う事か。

 この推察ならば、納得がいく。


 実に、バカらしい。


 ――貴様が下手したてに出る必要が、どこにあると言うんだ?


「……ヴォ……?」


 声は封じられているので、思念で、伝えた。

 どうやら、それなりに意識に刺さる事を伝えられたらしい。ディズの舌が止まる。


 ――ディズは……嫌だったのだろう。召喚者に嫌われ、距離を取られる事が。

 闇の精霊に近しい霊獣――精霊界隈での扱いは知れるし、いざ召喚されて人間界にきても、召喚者の態度は容易に想像できる。

 ……きっと、俺のような人間に、何度も出会ったのだろう。

 黒騎士になってしまった落胆でささくれた心で、ディズに強く当たる者に、きっと、何度も、何度も出会ってきたのだろう。


 ……それでもなお召喚に応じるのは、それほどまでに人間が好きだからか?

 召喚者に必要以上に執拗にすり寄るのは、どうにかして好かれようと必死で、それが空回っていたからか?

 心中で貶した時、怒って噛み付いてきたり唾を吐いたのは、「これだけやってもダメなのかよ……」と不貞腐れてか?


 ――バカバカしい。


「身のほどを弁えろ、ディズ。貴様は霊獣だろうが。霊物としての矜持はないのか?」


 霊獣は、騎士に力を貸してくれる存在だ。

 状態で言えば尻に敷かれるのだとしても、騎士の下僕ではない。

 騎士は力を求め、霊獣は刺激を求めて。互いの求めるものが一致して、騎士は霊獣に騎乗できる。

 騎士と霊獣の関係は、対等な協力者だ。


「霊獣ならば、堂々と構えろ」

「ヴゥ……」


 でも、嫌われたくない……とか、言っているんだろうな。


「バカが……よく考えてもみろ」


 基本的に、霊獣が騎士に力を貸すのは、己の娯楽が主目的のはずだろう?


「霊獣を突き放すなどと言う愚策に出る愚かな騎士に好かれる意義がどこにある? そんな奴に付き合っても、時間の浪費になる事は確実だ。いくら不老の霊物と言えど、時間の無駄は不愉快なもののはずだろう?」


 騎士に取って、霊獣は生命線だ。

 騎士としての象徴的な意味でも、戦力的な意味でも。

 大体、切り捨てられるものなら……この俺がわざわざ頭を捻ってまで貴様を制御しようなどと思う事もない。


 霊獣の重要性、価値も理解できず、不快感のみを優先して騎士としての能力を塵箱に捨てる……そんなの愚の骨頂、その極みだ。


 ただでさえ黒騎士となれば世間的な価値は皆無。人生お先真っ黒。

 騎士団内ではかろうじて最低限、戦力としての価値は担保されるだろうが……その価値も自ら捨てる?


 そんな大バカに未来さきはない。

 つまり、娯楽目的の霊獣様が無理をしてまで寄り添う意義などない。


「貴様は堂々と構えて良い。貴様の身のほどを理解している騎士ならば、今の俺のように向こうの方から貴様に寄って来る」


 ……考えてみれば、ここまで酷い擦れ違いもないな。思わず、笑ってしまいたくなるほどだ。


 俺は貴様の方からすり寄って来なくとも、貴様を嫌って召喚しなくなる、なんて事はしない。

 黒騎士になってしまった以上、黒騎士としてやるべき事はやると決めた。

 黒き霊獣を駆る事は、黒騎士の必然。それを忌避する理由など、本来は存在しない。

 ……ただ、召喚する度に唾液ででろんでろんにされるから「あまり召喚したくないな……」とは、正直、思っていた。


 貴様が突き放されたくないと必死になった行動の結果が、俺を貴様から遠ざける唯一にして最大の原因。


 こんなの、笑うしかないだろう。お互い。


「ディズ。……そう言えば、ハッキリと言った事はなかったな。俺が貴様に与えたその名前はな、英雄ソイソウス相棒バディだった霊獣、ダインズにあやかった名だ」


 ――切り捨てるほどに忌々しい存在のために、そんな縁起の良い名をわざわざ考えると思うのか?

 これから何度も呼ぶ事になるだろうから、と、俺は貴様に良い名前を付けたんだよ、ディズ。


「……ヴォフ!」


 ふん、ようやく、理解したようだな。

 口角を上げて、尻尾をぶんぶんと振り回しながら――





 ――後にハサビ先生から聞いた話だが。

 ベッドを破壊する勢いで飛びかかってきたディズのせいで、俺は半日近く生死の境を彷徨っていたそうだ。


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