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11,騎士の戦い方を覚えよう


 ――俺とガローレン卿の決闘、その日取りは、一〇日後に正式決定した。


「さて、この一〇日で、どこまで治せるか……」

「問題は、そこだけじゃあないよ?」

「はい?」


 ベッドの上で痛みに震える拳を眺めていると、ハサビ先生が溜息まじりに呆れた様子。


「話を聞く限り、お前さん、勝つにしろ負けるにしろ『家名に泥を塗らない程度の勝負はしなきゃあならない』んだろ?」

「ええ、まぁ……」


 貴族同士の決闘、「勝敗に家の誇りを賭ける決闘」などの場合は、話は死んでも負けられない究極の殺し合いに発展するが……今回は「個人的な諍いを発端とする決闘」だからな。

 しかも、相手は二ツ星騎士。

 上身分だとしても、俺は無星。

 騎士の持つ星は、国王を筆頭とする中枢王貴族が認めた「騎士の能力や資質を示す指標」だ。

 それも、星一つが持つ価値はとてつもなく強大であるときた。

 その上で星二つと言う歴然とした差を考慮すれば……いくらシェルバン家出身の俺でも「勝って当たり前だ」なんて話には成り得ない。


 まぁ多少は「情けない」だの「無様だ」だのと囁かれるだろうが……極端に「恥晒しめ!」と世間様からバッシングを受ける事態にはならない訳だ。

 どちらかと言えば「やはり星を持つ騎士は違うな……」と、ガローレン卿や星に関する評価が上がるパターンだろう。


 つまり俺に取って、正味、勝敗は重要ではない。

 重要なのは、「家名に恥じない立ち回りを演じられるかどうか」に尽きる。


 よって、俺がやるべき事はそこだ。

 シェルバン家の者として無星なりに、二ツ星騎士を相手に善戦する事。


 確かに難しい話ではあるが、目がない訳ではない。


 新人騎士とは言え、俺は最高貴族シェルバン家水準で鍛えられてきた分際だ。

 いくら二ツ星騎士であっても、相手は所詮、中流貴族ガローレン出身。

 勝てる道理はなくとも、善戦するだけならどうにかなるはず……。


「お前さん、あの女を少し過小評価してないかい? 狂ってても二ツ星の銀騎士だよ? 何であの女が星を二つももらってるか、知ってる?」

「さ、さぁ……?」

「デタラメに強いのさ。……【魔徒】の生き残りを瞬殺できる程度には」

「……!?」


 魔徒と言えば……伝承の時代、魔神に仕えた連中か?

 シュガーミリーの先祖である魔女王アリスターンのように、魔神に見初められ力を与えられた魔の化身たち。

 即ち、魔徒とは――「伝承に登場する悪者」、と言う事だ。精霊や霊獣がまだ人の世に跋扈し、ファンタジックな日常が繰り広げられていた時代の大戦争に参戦していた怪物。


 ――それを、瞬殺したと……!?


「と言うか……魔徒が、今この時代に……!?」


 シュガーミリーのように魔徒の子孫だと言うのなら、魔族と言う表現を使うはずだ。

 そこをわざわざ魔徒と言っているのだから、伝承の時代から生き抜いてきたそのものと言う事なのだろう。

 訊かずともそれくらいは推測できた。


 だが……信じ難いにもほどがある。


 魔徒は精霊や霊獣のような霊物ではなく、あくまで人間由来の生物だ。だのに、一〇〇〇年以上も前の時代から生き抜いていると言う事。

 そして、それほどの規格外生物を瞬殺できる怪物じみた人間がいると言う事。

 ……極め付けに、その怪物じみた人間が、俺の決闘相手であると言う事……。


 以上三点が、信じ難いと言うか、二点目と三点目は誰かしらに全力で否定して欲しいと言うか。


「信じられない気持ちはよくわかる。でも事実だよ。……余り声を大にして良い話じゃあないけどね。この基地は何度か魔徒の襲撃を受けてるんだ」


 ……! 山の向こうには魔物のホットスポットだけでなく、魔徒残党のアジトもあると言う事か……!?


「前隊長時代は退けるだけで手一杯だったらしいけど……あの女は魔徒を一体、仕留めた。それも単独、かつ瞬殺で」


 騎士が腕章に飾る星は、国益に大きく貢献した証。

 ああ、魔徒の生き残りを仕留めたとなれば、星のひとつやふたつはもらえるだろう。


「そんな女傑と、病み上がりの新人騎士が、まともな戦いをできると?」

「…………………………」


 無茶だ。


 あの女の雰囲気、あれは手加減とか知らない人間のもの。

 戦闘となれば、確実に初手から全開で来るタイプで間違いない。


 伝承の中でも最前線で大暴れする怪物を瞬殺できる火力を保有――それを即座にぶっ放してくる……?

 そんなの、俺も瞬殺されるに決まっている……!

 まともな勝負になるはずがない……!


 場合によっては、「いくら相手が相手だとしても恥晒しの誹りを猛烈に受けかねない」――そんなあまりにも酷い醜態を晒す可能性も……!?


 ま、まずいぞ、それは……!?


「……と言う訳で、今はとりあえず、ベッドの上で体を休ませながらでもできる特訓をしようか」

「……へ?」


 ……特訓?


「お前さんはオレの患者だからね。せっかく治したのに処刑なんてされたらたまったものじゃあない。オレは、無駄な仕事はしたくないんだ」

「は、ハサビ先生……!」


 嘘、なにこの男前……本当に庶民?

 え? と言うか……ほんとに?

 黒騎士の俺を治療してくれたりちょこちょこ頼みを聞いてくれたりしているだけでももう、こちらとしては信じ難いほどの親切の権化めいて見えると言うのに……まだ親切を重ねてくる……だと……!?


 どうしよう、シオとは別のベクトルで惚れ込んでしまいそうだ。


 ……どうして俺の好意のツボを押してくるのは男ばかりなんだ。そう言う方向に目覚めさせる気か?


「……と言っても、余り期待はしないでくれよ? オレ、騎士になってからすぐに医療部になっちゃったから」

「お願い、します!」


 人として、生きるために全力を尽くすのは当然。

 黒騎士の俺でもすがれるものがあるならば、有り難くすがらせてもらう!


「じゃあとにかく、まずは基礎練だね。騎士の戦術基礎をどれだけ詰めたってあの女に対抗できる訳じゃあないけど、基礎がなってないんじゃあ殊更どうしようもない。焦りは禁物さ」

「騎士の戦術基礎……と言うと、『霊獣の維持時間と霊術の使用回数を増やす』、ですか?」

「そ。まずは、霊獣を召喚してその維持をしつつ別の作業を行い『霊獣の維持に関する思考』と『別の作業を行う思考』を同時に走らせる事に慣れる所から始めるんだ」


 成程……理に適っているな。

 霊獣の維持は集中力が要る。

 集中が散れば散っただけ、乱れれば乱れただけ、維持にかかる霊力量が増す……つまり、燃費が悪くなる。

 だが、実戦となれば、霊獣を召喚しながら戦闘行動にも大きく意識を割かざるを得ない。


 故に、騎士は『霊獣の維持』と『戦闘行動』の二つの思考に集中する能力が必要不可欠。

 その能力を獲得するための訓練として、単純明快かつ唯一無二の手法が、今ハサビ先生が挙げたものだと。


 更に言えば、この訓練で恒常的に霊力を消費し続ける事で、肉体の霊力精製機能を刺激、高める事もできるだろう。

 基礎霊力量の向上も見込めると言う訳だ。


 霊獣に割く霊力が減り、素の霊力の量が増えれば――自然、霊術を使える回数は激増する。


 まさしく、騎士として基礎の基礎たる訓練と言える。


 …………だがしかし、


「『別の作業を行う思考』は体を動かさず余所事の思案思索に耽るだけでも充分だし、霊力を使い切ったって過剰消費オーバーブートでも起こさない限りは肉体的に負荷が生じる事はない。今の君でもできる最適な訓練だろう?」

「……………………」

「ん? あれ? 何か、納得いかない?」

「……いえ、おそらく俺の霊獣の場合……」


 ……いや、待て。

 雪山登山で、俺はディズの扱いにかなり手慣れた。

 つまり、今の俺なら……奴を完璧に操れるはず!


「早速やってみます! ムルハ・ディモ・イ・マガツトゥルナハ!」


 さぁ来い、ディズ!


「ヴォッフ!」


 よし来たな、ディズ!

 とにかく、まずはスティだ!

 俺の言う事を聞け! さぁ聞け!

 ……ちょっと待て聞け! スティだディィィィズ!

 俺のスティを聞けェェェェェちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおこんのバカオオカミがァァァーーーーッ!!


「ヴォフフ! ヴォフフ! ヴォッフファオン!」


 ――…………この後、俺が絶え間ない激痛の余り意識を失ってしばらく、霊力の供給が絶たれてディズが消滅するまで。

 ディズは熱く激しくべろんべろんと、俺を舐め倒し続けていたと言う。



 

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