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01,俺は白騎士(予定)


 雷の精霊に祝福された金騎士。

 光の精霊に祝福された白騎士。

 炎の精霊に祝福された赤騎士。

 水の精霊に祝福された青騎士。

 雪の精霊に祝福された銀騎士。


 騎士として得られる力はまさしく十人十色だが、人気どころは大体この五騎士だろう。

 どの騎士になりたいか? と子供に訊けば、答えは大体このいずれか。

 どの騎士が頼りになるか? と大人に訊いても、答えは大体このいずれか。


 逆に、一番の不人気と言えば――満場一致で黒騎士に違いあるまい。

 不気味で不吉、ろくでなしの代名詞。それが黒騎士だ。

 血反吐にまみれ、臓器の位置関係までおかしくなるような苛烈な修行に耐え抜き、果てにようやく精霊の祝福を受け入れられるだけの頑強な肉体を手に入れたと言うのに……一体何の因果か、闇の精霊なんぞに祝福されてしまった哀れな騎士。


 儀式によって精霊を身に降ろし、祝福の具現たる霊装を起動した時、黒い輝きを纏ってしまったら――その絶望感は、いかほどのものか。


 ――まぁ、俺には関係のない話だが。


 俺を誰だと思っている?

 俺の名はミッソ・シェルバン。若さたぎる逞しき満一八歳。

 そう、最高貴族シェルバン家の若獅子的嫡男だ。

 魔神マジンを討ち破った救世の英雄ソイソウスの血を引く直系御三家が一角、その正統後継者!

 代々、光の精霊にご愛顧いただいている我がシェルバン家……俺は生まれながらに勝ち馬に乗っているのだ。


 先祖代々から精霊の祝福に耐えられるように鍛え上げてきた遺伝子で構成された我が肉体……おかげで祝福を受け入れるための修行も大して苦にはならず。

 そして得るだろう称号は、いつの時代も世論調査において金騎士と一位二位を争う人気最強格、白騎士である事はほぼ間違いない。


 果たして、俺ほどの勝ち組がこの世にどれだけいるのだろうか?

 ああ、まったく、厳かな儀式の最中だと言うのにほくそ笑んでしまいそうになる……!

 しかし我慢だ。

 圧倒的な輝かしさを約束された我が生涯を思えば仕方のない事だと理解してもらえるだろうが、シェルバン家の人間として礼節は重んじねばならない。


 尊き者よ、尊く在れノブリス・オブリージュ

 当然、人とは皆すべて尊き者ではあるが、その尊さにも大小・強弱・優劣、即ち序列がある。

 故に、人はそれぞれが己の身のほどを弁え、それぞれの尊さに見合う振る舞いをしなければならない。


 俺は最高の貴族・シェルバン家の嫡男、ミッソ・シェルバン。

 即ち、スーパーウルトラプレシャスナイスガイ、ミッソ・シェルバン。


 だから我慢、そう我慢だ我慢。

 堪えろ、笑うな……まだ笑うな。


 ……思えば、俺は本当にもうなんて幸運なのだろう。

 ここまでくると俺以外の全人類に申し訳がないほどだ。すまない、全人類。

 いやぁ、いっそ一人称を「俺様」に変えてしまおうかと思ってしまう程度には俺もう超最高? って言うか?


 おっと、変なテンションになってしまった。


 落ち着け。落ち着け。


 今の俺の何もかもが上手くいく美味過ぎる環境は、先祖様方が貴族として代々と積み上げてきたものの上にある。その事を失念してはいけない。


 そう、先にも言ったさ、ノブリス・オブリージュ。

 貴族であるならば貴族らしく、優雅で風雅で尊大かつ完璧に振る舞わねばならないのだ。

 その面倒に見合うだけの美味い汁を吸わせていただけるのだから、うん、我慢しようぜミッソ・シェルバン。


 ――ッ、ぉっと……今、何か妙な感触が……こう、浮遊感、と言うのだろうか。

 高所から落ちる夢を見ている時に感じるあれ、そう、あれに近い何かを感じた。

 びくっ、ってなって飛び起きるあれだ。あれほんと嫌い。


 そして……何と言うか、血が、温まっているような気がする。

 凄まじいエネルギーを持った何かがこの身に入り込み、血管を通って体中にじんわりと広がっていくような……そんな感覚。


 不可解、不可思議。

 そうか、これが、この奇妙な感覚が「精霊の力を身に降ろす」と言う事なのか。


「降霊の儀は成った。――では、新たに祝福されし騎士・ミッソよ。祝福の証明だ。霊装を起動し、霊獣へ騎乗したまえ」


 神官殿は洗礼の言葉を終えると、そう言って俺の方に、掌に収まるくらい小さな紙の筒――丸められた羊皮紙を差し出してきた。

 元は無地だったろうこの羊皮紙だが、降霊の儀を終えた今は違う。

 これにはきっと、俺が祝福を受けた精霊と交信、その力を借り受けるための合言葉が刻印されているのだ。


 貴族の一員として、今まで何度も見てきた儀式。やり方は知っている。浮かれて飛びついたりはしないぞ。

 跪いたまま頭を下げ、両の手で羊皮紙を受け取り、一息ではなく三度に分けてそれを開く。


 ふむ、やはり、だ。

 羊皮紙には、見た事のない文字――精霊の文字が一文だけぽつんと刻まれていた。


 精霊の文字とは不思議なもので。

 何と言うか、インクとは雰囲気が違う。どれだけこすっても削っても落とせなそうなしぶとさを感じる。

 加えて、読めないし、意味がわからない。だのに、眺めていると「どう発音すればいいか」だけはわかる。


 これが霊言れいげん――精霊と交信し、その祝福を振るうための合図スイッチとなる言葉。


 これを高らかに読み上げればいいんだな?

 そうすれば、俺もついに……騎士としての力を手に入れる。

 荘厳で輝かしい白亜の鎧を身に纏い、騎士が騎士と呼ばれる所以、霊獣を駆る事が叶う。


 想像しただけでニヤけて垂涎してしまいそうになる……!

 表情筋を引き締めねば。


 最高貴族である俺では騎士の力を使う機会なんぞ祭事くらいしかないだろうが、力と言うものは持っているだけでステータス。間違いないね。

 ああ、もう、この一文、ものすごく早口で読み上げてしまいたい……!

 逸る気持ちが凄まじい……! でも我慢だ。

 ここまで我慢してきたんだ。最後まできっちりノブリス・オブリろうじゃあないか。


 ふぅー……深呼吸だ。

 落ち着いて、さぁ、いざ。

 行くぜ。レッツ・ノブオブ。


「――ムルハ・ディモ・イ・マガツトゥルナハ」


 羊皮紙の一文を読み上げた瞬間、ふと、脳裏に浮かんだ言葉があった。

 それがどんな意味を持つのか吟味する間もなく、突発的に、口からこぼれてしまう。


「我が霊格れいかくは漆黒。万象を無尽むじんの暗闇」


 ――え?


「ヴォオオオオオオオオオオオオオッ!」


 疑問を吹き飛ばすように響き渡ったのは、地鳴りのような低い豪咆。


「ぃ……!?」


 ぅおう、超びっくりした……!

 今、吠えたのは、いつの間にやら俺の傍らに四つ足で立っていた――漆黒の毛並を持つ獣だ。


 こいつは……オオカミ、だろうか?

 ああ、形質としては、黒毛のオオカミで間違いない。

 だがしかし、俺を軽々と乗せて走れそうなほどに大きい……まず、間違いなくただのオオカミではない。

 おそらくは誰かの霊獣だ。


 ……おいおい……誰だ、他人の儀式中に霊獣を放った大バカ野郎は……しかも漆黒の霊獣と言う事は、黒騎士か?

 やれやれ。流石は邪悪の代名詞とされる黒騎士様だ。礼節というものがなっていない。

 下手人は今すぐに名乗り出ろ。最高貴族の末席に名を連ねる者としてこの俺が、ノブオブの心得を叩き込んでやるぞ。


 ……………………ところで、俺の霊獣はどこだろう?


 ……………………あれ?

 と言うか、おかしいな?

 眼球に汚れでも入ってしまったのかな?


 ――何か、俺、漆黒の鎧を纏っていませんか?


 俺の霊装、禍々しく妙に刺々しい装飾を執拗にあしらった漆黒の鎧に見えるんですが?


「……何と言う事だ……! そんな……こ、こんな、バカな事が……」


 儀式を見守っていたギャラリーの中から、聞き慣れた声が聞こえた。

 しかし、その声の調子は、聞いた事もないほどに狼狽が滲んでいた。


 ……ぉ、親父殿の声だ……。


 ちらっと、親父殿の方を見てみる。

 親父殿は顔面蒼白で、顎が外れかけている。

 母は白目を剥いて泡を吹いて卒倒したらしく、弟に抱きとめられていた。

 妹も「信じられない」と言いたげに両手で口を覆っている。


「ぇ、あ、……ちょ、ぇ?」


 待って。おい、待て。

 ちょ、ざわめくなギャラリー。落ち着けないだろうが。


 ……落ち着け、落ち着け。

 何かの間違いだこれは。

 だってそうだろ?


 俺はミッソ・シェルバン。救世の英雄ソイソウスの血を引く直系御三家が一角の正統後継者、シェルバン家の嫡男だぞ?

 その俺が――いや、有り得ない。これはあれだ。俺を含めて、皆、眼精疲労だ。色彩認識が狂っているのだ……って、えぇい、やめろ! このやたら大きな黒オオカミ! そんな唾液まみれの極厚の舌で舐めるな! ぺろぺろどころか、べろんべろんだこれ! 鎧の上からでも何かばっちいし鬱陶しい!


「ヴフフ、ヴォルフフフ」


 くッ、こっちの気も知らないで楽しげに鳴きくさって……一回離れろ!

 ……えぇい! く、くそう! 流石は霊獣、すごい力ですりよってくる……!?

 ぐにぬ……! 認めないぃ! 認めないぞ俺はァァァ!

 貴様みたいな黒いのが俺の霊獣だなんて認めないんだからねェェェ!?

 って、ほぁぶッ!?

 こ、この野郎……俺をくわえて持ち上げて、無理やり背中に乗せた……!?

 お、下ろせ! 誰が貴様みたいなのに騎乗するか……って、ほぁぁああ身をくねらせるなァァァ! 下りたいけど落ちるのは恐いってバカ!


 くぅ……霊物とは言え獣畜生ごときに……最高貴族のこの俺が……か、完全に弄ばれている……だと……!?


「…………あー……その……こほん。その、騎乗、しましたね?」


 良いのかこれ、え? 大丈夫? そんな不安げな感じながらも、神官殿は律儀に儀式を進めようとする。


 いや、待てやめろバカ神官!

 まったく大丈夫じゃあない!


騎士サーミッソ・シェルバンよ。貴公を我らがヴルターリア王国の騎士と認定し、第五位の等級を授ける。そして、その身に受けし祝福から……その、あの……えぇと……」


 やめろ! 言うな! そこから先を言うなァァァ!

 お願い、お願いします! ぃや、やめ……嫌! 嫌ァァァァァァーーッ!!


「――く、黒騎士の称号を、付与する」

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