『逆さ虹が出る日』
今にも崩れ落ちそうで有名なオンボロ橋。いつ誰が作ったのかはわからないが、下に流れる川は勢いが早く、落ちれば無傷では済まされないような気配が漂っていた。
「やだよぉ、怖いよう」
一歩踏み出しては、橋の軋みにまた足を戻す。
それを繰り返すこと数分。クマは橋の入口から動けずに、ひとり泣きべそをかいていた。
「大丈夫だよ、クマ。クマが落ちてもこの川に流されることはないから」
キツネがずっとクマをなだめているが、クマにとってはいつ崩れるともしれない橋を渡る勇気が出ないままでいた。
「クマなら足首ほどの川底なのに、他のクマはみんな、橋ではなく川を渡っていくのに不思議なものね」
「コマドリ、ボクは他のクマとは違うんだよぉ」
「だったらあなたが怖くなくなるような元気の出る歌を歌ってあげる」
みんなで楽しいピクニック
逆さ虹が出た朝は
お弁当持って橋の向こう
素敵な景色が望める場所へ
みんなで楽しいピクニック
勇気を出してオンボロ橋へ
怖いときは羽を広げて
みんなで楽しいピクニック
「ボクはコマドリみたいな羽はないんだよ」
「まあまあ、クマ。大丈夫だからほら、昨日も大丈夫だったろう?」
「でも見てよ、あそこにリスがいるんだ」
「ああ、彼にはちゃんと揺らさないように注意したよ」
クマの頭に止まるコマドリも、橋の入口に立つキツネもそろって橋の中央でニヤニヤと笑いをこらえきれないらしいリスの顔を視界にうつす。そして二人して顔を見合わせて、うんっとうなずきあった。
「リスが橋を揺らしたくらいじゃオンボロ橋は崩れないよ」
「そうよ、いざとなったら私がクマを抱えて飛ぶわ」
「二人ともさっきと言ってることが違うじゃないかあ」
一向に勇気がもてないクマを待ち構えるように、リスは橋の中央で今か今かとその時を待っていた。そのわきにはヘビの姿。二人して橋の入口を見つめたまま、じっと様子をうかがっていた。
「いしし、早くクマのやつ来ないかな」
「あなたも全然凝りませんね」
「だって面白ぇじゃん」
「わたしは早く目的地について美味しいご飯が食べたいです」
そう言いながらもぐもぐと口を動かすヘビは、ものの数分で持ってきていた食べ物を口に運んでいる。目的地は橋を渡ればたしかにすぐそこだが、その数分も待てない食欲にリスは若干呆れた顔でヘビを見つめた。
「言っとくけどおいらのは、やらねぇからな」
「大丈夫ですよ。キツネがわたしの分まで用意してくれるそうです」
「あいつも本当お人よしだな」
「毎度、助かります」
ヘビの口は食べたり喋ったりで忙しいのか、ときどきゴクンと飲み込むような音を挟みながら上機嫌でキツネに背負われた巨大な包みに目をやる。毎回のことだから今更誰も不思議には思わないが、クマがもう一人いるような錯覚さえ覚えるその荷物の量は、ちょっとそこまでのピクニックにしては、異様なほどの量だった。
「おーい、クマ。早くしろよー」
ギシギシと中央で橋を揺らしながらリスが叫ぶ。
橋の入口の方から「いやだぁああ」とくぐもったクマの声が聞こえてきた。
「こりゃ、とうぶんかかりそうだ・・・」
どすどすと巨大な岩が転がるようにもう突進してくるクマの様子に、血相を変えたリスとヘビの顔が青ざめる。一体何が起こったのか、二匹は橋の両側に飛びのくようにして、駆け行くクマのために道をあけた。
「な・・なんだ?」
「さあ、なんでしょう」
リスもヘビも現状が飲み込めない。
クマの頭にしがみついたコマドリが見えた気がしたが、クマのあとを追いかけるキツネも慌てたように駆け抜けていく。ギシギシと、オンボロ橋が左右に揺れ動く中央でリスとヘビは顔を見合わせながら突然の出来事に半ば放心状態で止まっていた。
「ったく、邪魔だ邪魔だ。俺様が通るってのに、なんでい。道をふさぎやがって。お、リスとヘビじゃねぇか。お前らも逆さ虹を見に行くのか」
「アライグマでしたか」
「ったく、クマの野郎。でけぇくせになんでえ、あの弱虫」
「いしし。だから、面白いんじゃねぇか」
「俺様にはわかんね」
その正体に合点がいったのか、ヘビとリスは歩いてくるアライグマの姿にそろって声をかけた。アライグマはさも当然というように橋の中央を我が物顔で堂々と進みながら、どこかで手に入れたらしい小さな木の枝を振り回している。
「俺様の道を塞ぐやつはこの棒でお仕置きしてやる」
ぶんっと、勢いよく風の切れる音がする。クマが走り抜けていった理由はこれかと、リスもヘビも黙って心の中に飲み込んだ。アライグマの場合は本当にするから気が抜けない。森一番の暴れ者。誰もが知っている事実だけに、クマが走り抜けていった理由も容易に想像がついた。
「さ、俺様は特等席で逆さ虹を見るんで、先に行くぜ」
そうしてぶんぶんと、相変わらず木の枝を振り回しながらアライグマは橋を渡っていった。最後、橋の終わりでリスとヘビを待つクマたちに棒を振り回す素振りを見せたが、機嫌がいいのか、そのまま橋の向こうへ消えていく。
「おいらたちも行くか」
「そうですね」
リスとヘビは、すっかり橋を渡り切ったクマたちと合流するために、今はすっかり揺れの落ち着いたオンボロ橋を進んでいった。頭上には逆さ虹。にっこり誰もが笑顔になるような素敵な空を見ながら、森の動物たちは楽しいひとときを過ごしたそうな。
(完)