『臆病なクマ』
深い深い森の中央。樹々がその生命力を鼓舞するように、地表に飛び出た複数の根っこが行く手を阻む場所があった。けれど、逆さ虹の森に住む動物たちにとって、そこはとても楽しい場所。根っこを使ってかくれんぼをしたり、根っこを屋根代わりにお店を開いたり、いつしか「ねっこ広場」と呼ばれるこの場所は、憩いの広場のような場所だった。
「うわぁああああ、助けてくれぇ」
そんな場所に似つかわしくない引きつった叫び声が聞こえてくる。
「大変だ、大変だ」
おろおろと、行ったり来たりする巨大なクマのせいで何が起こったのかはまるで見えないが、まだ人もまばらな広場の端っこでその事態は確実に起こっているようだった。
「クマ、クマ、助けてくれ」
「ボクには無理だよ」
「何言ってんだよ、てめぇしかおいらを助けられるやつはいないんだ」
「やだよ、怖いよ」
巨大なクマの目の前。とりわけ根っこが複雑に突出して絡み合ったその場所で、ふわふわの小さなリスが挟まっていた。
「嘘をついたのがいけないんだ」
「嘘なんかついてねぇ」
「根っこに捕まっちゃったのは、つまりそういうことじゃないか」
しくしくと、なぜかクマが顔をくしゃっと丸める。図体は森で一番大きいはずなのに、まるで今にも泣きだしそうな顔でクマはリスが捕まる根っこの前で行ったり来たりを繰り返していた。
「おや、どうしたんだい?」
「ああ、キツネくん」
「おい、キツネ。その根性なしに何か言ってやれ」
泣き出しそうなクマと、根っこに挟まったリス。瞬時に状況を察したのか、キツネは困ったような笑みを浮かべてよしよしとクマの肩を撫でた。
「それはそれは怖かったね」
そう声をかけた瞬間、クマはうんうんと頷いて、キツネが来て本当によかったと笑顔に変わる。
「さて」
キツネは隠れながら様子を見守ろうとするクマを背に、根っこに挟まるリスと対峙する。
「いたずらはほどほどにしないと、クマが可哀想だろう」
「いしし、ちょっとからかっただけじゃねぇか」
ポンっと、根っこから飛び出したリスは、ふわふわの毛を繕うようにその尻尾をふるふると揺らした。
「大体、でけぇくせに人一倍臆病ってどういうことだよ」
「それがクマのいいところさ」
「だからおいらに遊ばれるんだ」
「クマが優しいってことさ」
自分よりも小さな動物たちのやりとりに、クマはひとり、リスの演技だと知ってホッと胸を撫でおろしていた。
「何事もなく無事ならボクはそれでいいよ」
「いや、何かあってあの状況だったらおいらがやべぇ」
そうして三匹で笑い合う。リスの悪戯は今に始まったことではないが、この森の言い伝えもあながち嘘ではなかった。「おおおおおおお」と、どことなく不気味な音が周囲に響き渡る。
「でっでたぁあああ」
クマがどすどすと一目散に逃げ出していくのをどこか困ったように見つめながら、キツネとリスはその音の正体に視線を戻す。根っこたちの深い場所。
「嘘つきは根っこに捕まるんだよ」
「だからおいらは嘘はついてねぇ」
「いたずらもほどほどにね」