2章 51話
マフィリアの言法と共に突進するヴェイグ。
グルガ砦の門を破り、戦いが始まった。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
マフィリアの言法は、凄まじいアストラルの衝撃と共に、指先から離れた。
俺はそれを横目に捉えた瞬間、全力で地面を蹴った。
景色を置き去りにする。
食いしばった奥歯がギリギリと。
目を見開き、目逃さぬよう。
門までの距離、およそ1200。
瞬迅では、今までで最長距離だ。
それでも一瞬。
瞬く間。
ちくしょう。
流石に速えぇっ!
俺はガタつく奥歯を力で捻じ伏せると、詠唱を続ける。
「流技ッ! 震え、爆ぜろ! 零之型、一番!」
瞬迅を切る。
急激に増した様に感じる重力。
投げ出されるかの様な慣性。
不安定な着地が砂埃を巻き上げる。
それでも軍靴で地面を踏み締めた。
「振空ッ!!」
堅牢な金属製の門の手前。
大気を打つ。
衝撃を、伝える。
マフィリアの矢は、ほんの半歩ほど前。
中る。
「ぶっとべやぁああぁッッ!!」
ずしりとした打撃感。
鼓膜を揺さぶる、轟音。
余波による土煙。
ガラガラと音を立てて崩れる瓦礫の音が、作戦の成功を告げた。
よしっ!
先制は成功。
喜ぶのも束の間。
煙の向こう側から、大量の魔物が溢れ出した。
俺は急いで砦の壁面沿いに距離を取ると、一時身を隠す。
これも、作戦の一環。
いくら俺が狂っていようが、この数を一人で相手取るのは不可能。
物理的に無理。
……良く分かっている。
前も、それで死んだのだから。
どれだけ強くとも。
どれだけ優れていようとも。
どれだけ想いが強かろうと。
どれだけ生命を賭けようと。
所詮は個。
数の前では敗北を喫するのは自明の理。
だからこその作戦。知恵。
血の匂いに唆られても、我慢。
最初に確認しておいたが、壁面沿いには雪が残っている。そこに、隠れる。
良い感じに塗り替えた軍服が役に立った。
……予想はしていたが、魔物の勢いに鈍りは無い。
そもそも、奴等に感情は無いのだろうから、当然なのだが。
やはり近くで見ると、凄まじい。
蠢く、一個の塊。
這い出る、死。
さぁ、さぁ。
ナイガスの諸君。
人族諸君。
ここは生存競争の最前線。
しっかり気張れや。
鶴翼の奥。
本陣付近から聞こえる雄叫び。
魔物共の先頭が届いたか。
それでは、俺は次だ。
どうにかして壁面の上に登る。
今は魔族の姿が見えない。
向こう側の情報は、何としても欲しいからだ。
ただ戦い続けることなど、精神が保つはずがない。
普通ならば。
……それにしても、近くで見ると高い壁だ。
魔族との戦いではさほど役に立たないだろうが、人族が築き、守ってきた意味は伝わってくる。
築くのに、何年もかかっただろう。
何人もの犠牲者を出しながら、守っただろう。
今となっては、無力と理不尽の象徴だ。
……さて。
普通にやると飛びすぎるな。
俺はいつもよりも少ないアストラルを脚の裏へと集めると、瞬迅を詠唱し、上へ飛んだ。
っやべっ!飛びすぎっ!
空中で身体を捻り、勢いを少しでも殺しながら、何とか砦の上部へと着地した。
……バレたか?
瞬迅で上に飛んだのは初めてだったからな。
力加減が分からん。
もっと良い方法があるんだろうが、俺にはこれしかないんだからしょうがない。
バレたらバレたで、おっぱじめればいいだけさ。
俺は身を低くしながら、暫くじっとしていた。
……どうやら、バレてないようだ。
変わった動きもない。
……普通に戦闘は続いているな。
俺は一つ息を吐くと、ゆっくりと立ち上がった。
このグルガ砦は、砦といっても城が建っている訳じゃ無い。
砦というよりは、関所だ。
高い壁と、堅牢な門。
それにより魔族の進行を防ぐ為の関所。
幅は悠々15メートルってところだ。
高さも20メートル。
……立派なもんだ。
俺が立ったところで気づかれはしない。
ましてや今は戦闘中。
意識は前方に集中している。
……だから、偵察、しほう、だい……。
「……馬鹿、な……」
思わず、言葉が漏れた。
敵は、1千。
この2日で準備をしたとしても、せいぜい倍の2千。最悪でも3千。
……そう、思っていたのにッ!
視線の先。
魔族の領域へと続く街道。
犇く、異形の群れ。
ざっと見積もっても、1万。
隊列を組む一団。およそ、1千。
……アレは、魔族か。
「……ははっ……」
これは壮観だ。
思わず笑みが溢れる程には。
「こりゃあ最悪だ。まぁそもそも、まともにやって勝てる相手じゃねぇわな」
……まったく。
まーた貧乏くじだ。
どうして、俺はこう、運がねぇんだろうなぁ。
まぁ、運なんてもんがあったら、ここにもいねぇか。
狼狽えるとこは無い。
絶望することも無い。
怯えも、恐怖も。
俺が最も恐れるのは、何も成せないこと。
復讐を成せないこと。
正義を貫けないこと。
目の前の現実が、死を連想させる。
無理だと。
ここで終わりだと。
多勢に無勢。
それで前世も死んだと。
それが普通で、当たり前。常識。
それでも、簡単に塗り替えられてしまう。
そう思う事が出来ても、行動を伴わない。
知識として持っているだけ。
過去の経験として理解しているだけ。
大いなる矛盾。
漂う屍臭が。
聞こえて来る剣戟が。
震える大気が。
俺に与えるもの。
生への渇望を跳ね除け。
生物の在り方すら否定する。
当たり前とは、誰のだ?何のだ?
そんなくだらない屁理屈を押し付けるな。
そんなもの、何の役にも立たない。
あぁ。
俺は正気だ。
俺は正しく狂っている。
正しさを知りながら、それを選ばない。
矛盾を知り、正論を選ばない。
真しく、俺は歪だ。
アレを全て殺せば、どんなに。
「どんなに、気持ちいいんだろうなぁぁ」
醜く口角が歪む。
俺の、心の有り様の如く。
視界の端で翻る、黒と赤の布地。
「そんなヤバい殺気垂れ流して、何やってんだぁ? ヴェイグぅ!」
「あぁ、やっぱ来てくれたか、ラーシャ」
小柄な身体。
しかし、圧倒的な存在感。質量。
上位魔族。
肌で感じる、格の違い。
「総大将がこんな所に来ていいのか? ラーシャ」
俺は歪んだ口角を戻すと、ラーシャに向き直った。
「魔王がいるわけじゃないからな。魔物や魔族が一丸となって、なんてありはしねぇんだよ」
「魔王が率いれば一丸となるのか?」
「そりゃあな。ヴェイグも魔王を見た事あるんだろ? あれは別格だからな」
「ラーシャから見ても、そう思うのか?」
「あたりめぇだ! 魔王ってのは、伊達に王じゃねぇんだよ!」
……その通りだ。
俺がアバルス、叔父に会った時も。
その圧倒的な存在感。
ラーシャとは比べ物にならない程に。
そう、存在感。
存在そのものが、俺達とは違う様な。
そんな異質な感覚。
「それで? ヴェイグはどうすんだ?」
ラーシャはそう言うと、ナイガス軍の方を見た。
「どう、とは?」
俺も同じ方を向きながら、聞き返す。
「勝てねぇだろ、これ?」
「勝てないじゃない。勝つんだよ」
「どうやって?」
「どうやってでも」
一瞬の間。
立ち昇る土煙。
下はさながら、地獄の底だ。
「なぁヴェイグ。俺んとこ来ないか?」
「……何それ。俺は特殊な嗜好はないぞ?」
「ちげぇよっ!」
俺は腰に手をあて、小さく笑った。
「俺はヴェイグを気に入った。こんなとこで、死ぬのはもったいねぇだろ。どんな命令受けてるかは知らねぇけど、人族の為にこれ以上生命張らなくてもよぅ……」
ラーシャはそう言うと、少し悲しげな目をした。
ほんとに、お前は何なんだよ。
変に人間臭いし。
情に熱いし。
「俺もお前は嫌いじゃねぇよ。正直戦いずらいったらない。でもさ。お前強いじゃん? ならさ、やっぱぶっ倒したいじゃん?」
俺がそう言うと、ラーシャは目をまん丸にして俺を見た。
「俺より馬鹿な奴、初めて見たわ!」
「うるせぇよっ!」
再びの静寂。
「まぁさ。実際厳しい戦いだと思うよ。でも、あそこにも、正義を貫いている、貫こうとしてる奴もいる。そんな奴を放って、俺だけ逃げ出す訳にはいかねぇよ。それに、俺が魔王から受けた命令は、ナイガスの勝利だしな」
「……引かねぇんだな?」
「いざとなったら、この砦を崩して足止めしようとも思っていたが、あの数相手じゃあな。それにこの壁の長さもたいしてある訳じゃ無い。迂回されれば終わりだ」
「まぁな。本来はこんな砦なんか無視して、別のとこから侵攻するつもりだったんだけど、落とした方が人族側の戦意を削げるってお達しだった」
「その通りだな。まったく。殆ど詰んでるわ」
「だったらっ!」
焦ったかったのか、ラーシャは声を荒げた。
「別にこんなとこで死ぬ気はない。だが、死力は尽くす。単純だ。全員ぶっ殺せばいいんだからな」
「……ほんと南方軍の奴らは。あそこの魔王も変わり者だけどよぅ、ヴェイグは変わってるっつうか、狂ってるな」
「褒め言葉どうも」
俺がそう言うと、二人して笑った。
およそ相応しい場面と状況ではなかったが。
ほんと、面倒くせぇ奴。
だが、敵だ。
間違いなく、俺の行手を阻む、障害。
「……じゃあ遊ぼうか。今度は本気でさぁっ!」
俺から見れば、お前も十分狂ってるよ。
いや、生命の重さが、それを測る物差しが、他人と違うだけか。
……斯く言う俺も、同じだが。
俺は向かい合う。
目の前で膨れ上がる殺意と。
思考が塗りつぶされてゆく。
己の正しきを、成せと。
他者の正しさを、捻じ曲げてでも。
身体の震えと共に駆け上がる、快楽に。
身を委ねろと。
読んで頂きありがとうございます。
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これからも、どうぞ呉服屋。をご贔屓に。
呉服屋。




