1章 2話
遅くなりすみません。
1章の2話です。
楽しんでいただけると幸いです。
意識を刈り取られてから数分。
俺は通路で目を覚ました。
ナリーシャは何やらあたふたとしていたが、特にこれといって身体に問題もない。
平手打ちを受けたのも、一応見てしまったという罪悪感に対して、自分なりの誠意を見せたつもりだ。
とりあえず部屋に戻って着替えたいと俺が言うと、ナリーシャは「せ、正門でまっているから!」と、まだ若干動揺した様子を見せつつも、そそくさとその場を去っていった。
全くもって、お転婆なお姫様だ。
自室で着替えを終えた俺は、気を取り直してナリーシャの待つ正門へ向かっていた。
木の匂いが漂う通路を抜けると、眩しい光が差し込み、その向こうにナリーシャの姿があった。
「謝らないから」
第一声がそれですか。
「いや、別に謝って頂かなくても……」
「謝らないからっ!!」
頑固だなぁ。
「僕が悪いので、謝罪なんて必要ないですよ」
「分かっているならいいわ!さぁ、行くわよ!」
そう言うとナリーシャは、どかどかと街の方へ歩いていった。
ご機嫌斜めのご様子だ。
少し街を歩いただけでも分かることだが、ナリーシャは街の人々から人気がある。
正確に言えば、このエルフの国の王であるダーシェさんの娘である所が大きいのだろうが。
往来を行き交うエルフ達、店を並べる通りの店主達もこぞってナリーシャの名前を呼び、手を振る。
ここに来た当初からの住民の反応や、街全体の活気で分かる。
ダーシェさんの治世はとてもいいものなのだろう。
戦時下であっても、住民達の笑顔は絶えることはないし、皆いきいきとしている事がすぐにうかがえた。
無理をしている事なんて何も無い。
皆そうしたいからしているような。
心から王を信頼している事が手に取るようだった。
それはメルカナでも同様だったが、エルフィンドルの方が『支持』という面では上なのではないかと感じている。
魔族は力が全てだ。
魔王とは、その頂点に座するもの。
『支持』よりも『支配』という色の方が濃くなるのは当然の結果だ。
只でさえ魔族は多種多様。
力でねじ伏せなければ、言う事を聞かない連中も多いだろう。
全てがそうとは言わないが、暴力に勝る圧力はない。
まぁ、メルカナは少し特殊な例なのだということは理解している。
あとエルフィンドルに来て思った事は、木材を中心とした建築物が多いことだ。
多いというより、ほぼそうだと言った方が正しいか。
街の周辺には森しかないし、まぁ当然と言えば当然の事なのだろうが、メルカナは石造りの建物がほとんどだった為か、最初のうちは新鮮だった。
でもそれ以上に、なんだか懐かしい匂いがした事を鮮明に覚えている。
鎮樹と呼ばれる大木を中心にして、円を描くように形成されたこの街は、他からの侵略を寄せ付けない自然の要塞だ。
要塞と呼ばれるのには2つほどの理由がある。
一つは、その鎮樹の根。
その根は街中に張り巡らされ、更には街の外縁にまで達する。
外縁部では、その根が大きくうねる様に幾重にも折り重なり、分厚い壁を作り出している。
それが城壁のような役割を果たしているのだ。
二つ目は、大精霊の加護だ。
ここエルフィンドルの南に広がる大森林には、この世界に4体しか存在しない、大精霊がいるのだという。
その精霊のお陰でこの周辺はアストラルが濃く、強力な言法を行使する事も可能なのだという。
城壁を形成する根の上には、所々に台座が設置されており、戦闘の際にはその台座から強力な言法を放つのだと言う。
攻守ともに万全の、自然の要塞。
まぁ、大精霊うんぬんの件は半信半疑だけどな。
実際に見たり、会ったりした者はほぼ皆無だと言うから、信憑性に欠ける。
以上の理由からエルフィンドルは、ここ数百年他勢力からの侵攻を防いでいるのだそうだ。
今でもこうして健在なのだから、信じる他ないというのがとりあえずの俺の見解かな。
「ナリーシャ様!それにヴェイグ!ちょっと寄って行ってくださいよ!」
野太い声で話しかけて来たのは、商店街に店を構えている揚げ芋屋の主人だ。
この店はいつも抗い難い匂いを漂わせていて、ついつい足を止めてしまうこの辺りの名物店。
活気のある商店街の中でも、評判の高い店舗だ。
「エギル!言われなくても寄っていくわよ!」
全くこのお姫様は。
色気より食い気だな。
「そうこなくっちゃ!揚げ芋2つな!」
「さっすがエギルね!」
流石も何も、この店それしか出さないだろうが。
「待たせたな、ほらよ!揚げたてだぞ」
ナリーシャは「わっひゃぁー!」とか変な声を出してそれを受け取った。
そんなに好きなのか。
「はいっ!ヴェイグの分!」
満面の笑みで俺に揚げ芋を手渡してくる。
こうしていると、ただの可愛い女の子なんだけどな。
ふと、遠い記憶が頭を過ぎる。
前世でも、店先でこんな事したっけな。
揚げたてを出してくれるコロッケ屋。
あの時は妹と……。
夕日が妹の横顔を照らす。
屈託のない笑顔。
幸せなんて分からない。
でも、胸の辺りが熱くなる感覚。
きっと、きっと大切な記憶なのだろう。
食べたコロッケのあたたかさ。
衣の食感。
腕の袖を掴む妹の手。
誓った思い。
「ヴェイグ、食べないの?」
ハッと我に返る。
「あ、いや、食べるさ。鍛錬の後でお腹空いてるからな」
「なんだヴェイグ?うちの揚げ芋にケチつけるのか?」
「いやいや!そんなわけないじゃないですか!ここの揚げ芋は絶品ですよ!」
絶品なのは事実。
食べないなんて事は無いが、食べざるを得ないプレッシャーをかけられている事もまた事実。
なんでここの店主は、エルフなのにこんなにごついんだよ!
ゴリゴリのマッチョじゃん!!
エルフって華奢でイケメンじゃないのかよ!
食べなきゃ殺される……。
でもほんとに美味いから、残さず完食しますけどね。
ここの揚げ芋は、あの時食べたコロッケと似た味がする。
数少ない、幸福な記憶。
「ありがとうございます、エギルさん。今日も美味しいです」
俺はひと口頬張ってから答える。
「おうよ!うちの揚げ芋は天下一さ!ヴェイグは常連だもんな」
……。
やばっ!!
「常連?」
「いやいや!常連な訳ないじゃないですか!アハハハハハ……」
「ちょっとこっちに来なさい。無闇に外に出るなと言われてるわよね?」
俺は襟を掴まれ店先から離された。
「やだなー。ナリーシャ様、目が怖いですよー」
冷や汗が頬を伝う。
「……はぁ。まぁいいわ。この事は黙っていてあげる。街の人との交流も大事にしなさい」
意外だった。
俺がキョトンとした顔をしていると、「何よっ!」とナリーシャがちょっと恥ずかしそうな顔をした。
「いや、ありがとうございます」
「わ、分かればよろしい!」
ナリーシャは、周りの事を考えられるいい子なんだろうな。
するとナリーシャがおもむろに右脚を俺に差し出して来る。
……まさか。
「分かったなら、さっさと脚を舐めなさい」
ぐっ!往来の真ん中でなんという冷たい眼差しっ!
明らかに磨きがかかってやがる。
なんだなんだと、少し人だかりができる。
周囲からの無言の圧力。
それでもっ!
「誰が舐めるかよっ!!」
その後も、ナリーシャと一緒にいくつかの店を回った。
洋服屋に、雑貨屋。
防具屋、武器屋、鍛冶屋、八百屋、装飾屋。
どの店の店主も、ほんとにいい人達ばかりだ。
そりゃあ頑固そうな人もいるが、誰一人として俺の事をぞんざいに扱ったりしない。
人との繋がり。
こんなにも、あたたかい気持ちになるものだったかな。
もう、ほとんど覚えてすらいない。
ふたつの記憶を持っている事にもだいぶ慣れてきたが、それでも、俺の心を占領し続ける燃えるような憎悪は、衰えることなどありはしない。
日が落ち始めてきた。
そろそろ城に戻る時間だ。
皆がまた来てくれと手を振ってくれる。
鍛錬頑張れよと、声を掛けてくれる。
きっとナリーシャは、自分なりにこの人達の為になるようにと、こうして街を回っているのだろう。
まだ同じ歳の、小さな少女。
それでも王の娘として、少しでも皆の笑顔を守れる様に行動している。
偉いな。
これが誇りや、威厳というものなのかもな。
数歩前を歩くナリーシャの背中を見て、そんな事を思った。
「どうかした?早く城に戻らないとお父様に怒られちゃうわ」
おもむろに振り向いたナリーシャ。
きらきらと輝く金髪。
夕日に照らされたその笑顔の裏でも、きっと様々な事を考えているのだろう。
「分かっています。見回りご苦労様です」
「べ、別にそんなんじゃないわよ」
ふんっとそっぽを向く。
俺も鍛錬に励まないとな。
いつ何が起きてもいいように、少しでも早く強くならなくては。
あかねに染まる道をナリーシャと歩きながら、俺はそんな事を思うのだった。
ほんとに遅くなりすみません。
もう少し頻度を早められるように頑張ります。
これからもよろしくお願いします。
Twitterフォローお願いします。
_gofukuya_