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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
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2章 47話

決戦の朝、突然ヴェイグのテントを訪ねてくるユルグとトーリ。

何となく話の内容は予想していたヴェイグであったが、要件はそれだけではなく……。


楽しんで頂けれは幸いです。


 朝の、気配がする。


 テント越しの淡い光。

 微かな暖かさ。

 鈍い瞼の動きが、若干の疲労を訴える。

 地面でそのまま寝たからか、それとも今のこの状況が疲労をもたらしているのか。


「……おはよう、ヴェイグ……」


 後頭部に感じる柔らかな感覚。


「……何をしているんだ?」

「分からない? 膝枕だけど」

「それわ分かるわ」


 真顔で言うことじゃないだろ。

 なんだか妙に目が怖いんだよ。

 その生気のない目で可愛い行動をとるんじゃない。


「俺は、なんで膝枕をしているかを聞きたいんだが?」

「……この方が、寝顔が見やすいから?」

「なんで疑問系なんだよ……もうやるなって言わなかったか?」

「……ごめん……」


 別に怒ってねぇよ。

 ただ、俺にこんな事しても無意味だろうに。

 ……だが、悪くない感触だ。

 太腿に罪はない。断じてない。


 俺は、その誘惑を極力自然なかたちで振り払い、身体を起こした。


 ……体調は、悪くない。

 今朝にかけては積雪も無かったか。

 ……いよいよ、今日だ。


「……ヴェイグ?」


 俺がマシィナの方に目をやると、あの可愛い仕草をしていた。

 ……首を傾げるやつ。


「何でもない。お前もしっかり休めたか?」

「問題ない。いつでも行ける」


 生気のない瞳に、一瞬見えた意志の光。

 ……やる気のあるのは結構だが、気負いすぎだ。


「戦闘はまだ先だ。肩の力は抜いておけ」

「……分かった……」


 マシィナはそう答えると、ふうっと、短く息を吐いた。


 なんだかんだ言っても、こいつも子供だ。

 そういう扱いは良くないんだろうが、前世の一般論ではそうだ。

 ……それに、様々な経験をしてきたと言っても、大人足りえるだけの人格を形成しているとは言えない。


 ……まぁ、そもそも大人って何だって話だがな。


 そんな一種の考察の後、テントの外に人の気配。


「ヴェイグさん。起きていらっしゃいますか?」


 この声は、ユルグだな。


 俺はマシィナへ目をやると、対応をする様に促した。

 一瞬嫌そうな雰囲気を感じたが、マシィナはスッと立ち上がるとテントの入り口を開いた。


 そこには、ユルグだけではなくトーリの姿もあった。


「二人揃ってどうした? 珍しいな」


 俺がそう言い終えると同時に、ユルグとトーリは深々と頭を下げた。


「……はぁ。とりあえずすぐ頭を上げろ。話は中で聞く」


 頭を上げた二人は、マシィナに促されながらテントに入ってきた。


「ベッドに座れ。話はそれからだ」

「……はい」


 ユルグはそう答えると、トーリと共にベッドに腰掛けた。

 俺はまだ地面に座ったままだ。

 横柄な態度に見えるだろうが、これでいい。


 ……静寂。

 強く張られた様な空気。

 マシィナも、相当居心地が悪そうだ。……もちろん雰囲気だけでの判断だが。


「……それで? 朝っぱらからなんの用だ?」


 俺が口を開かないと何も始まらなそうだから、仕方なく聞いてやる事にした。

 まぁ、大体予想はつくがな。


「一昨日は、申し訳ありませんでした」

「何がだ? 何に対して謝っている?」


 俺がそう問い返すと、ユルグは強く拳をつくった。


「勇者、アルネス様を諭し、現実を見ていただくのは、私たちの仕事でした。それをヴェイグさんにやって頂いただけでなく、助言までいただきました」

「あいつが情けないのは私達のせい。私達が正しく導けなかった」


 ……導く、ねぇ……。

 勇者の従者。

 そんな役割まであるとすれば、勇者は、まぁ変わってるんだろう。

 はっきり言えば、ボンクラだがな。


「あいつはお前らが何か言っても、まともに聞いちゃくれないだろ?」

「そっ! そんな事は……」

「ないのか?」

「……あります」


 あるんかーい。

 まぁ、でしょうねぇ。


 俺は大きく溜息を吐くと、頬杖をついた。


「あの時は俺も熱くなったがな、勇者って存在はああじゃなきゃ駄目なんだと思うぞ」

「……どういう事ですか?」


 分からないでついて行ってるのか。

 それは、それは。

 勇者ってやつは、存外凄いんだなぁ。


「口を開けば理想論に感情論。綺麗事だらけの偽善者。俺にとっては不快でしかないが、お前達にはそこまで酷く見えていないんじゃないか?」


 俺がそう言うと、二人とも驚いた表情をした。

 そう、本当に驚いたんだろうな。


「あいつは、確かにまだ若く、理想論ばかりだと思う。それでも、それは間違っていないように感じる。今までも、そして多分、これからも」

「トーリ、お前の種族は?」

「私は、ドワーフだ」

「……なるほど、ね……」


 俺の言い方が引っかかったのか、マシィナが不思議そうな表情を浮かべた。


「どういう事? ヴェイグ」


 確かに俺は特殊だが、この戦場、この部隊に大きな違和感を感じていた。

 あのガキ達と話した時もそうだ。

 正確ではないのかもしれないが、それも、勇者の力なんだとしたら、納得がいく。


「勇者って奴は、そうでなければ務まらないのさ。真っ直ぐ、自分を信じて疑わない。周りの者も巻き込み、弱いながらも、犠牲を出しながらも前に進み続けなければならない。……ほとんど呪いだな」

「……よく、分からないのですが……」

「そりゃあそうだろうな。恐らく、そういうものなんだよ」


 全員、ポカンとした顔をしている。

 これはこれで、面白いからいいけどな。


 言わなくてもいいんだろうが、敢えて、伝えておいた方がいいのかもしれない。

 俺が勇者を見て思う事を。

 魔族の俺が抱いた、違和感を。


「勇者はな、希望であり、旗なんだよ」

「……旗?」


 不思議そうな声音で、ユーリが聞き返す。


「そう。魔族以外の人族、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、全てに認知される、旗。ここにいるぞ。ここに集えってな。そしてその光でもってそれらを束ね、同じ方向に煽動する旗印。人類、人族が絶対的に、盲信的に信頼する存在。どれだけ絶望的でも、どれだけ勝ち目がなくとも、一筋の光を信じさせる。アレは、そういうチカラなんだよ」

「……そういう、チカラですか」

「乱暴に言えば、強制的な洗脳に近い」

「それはっ!!」

「トーリは絶対違うって言えるか? こんな無謀な戦いをしていて、魔族に勝てると本当に思っているのか? 俺には、ユルグもトーリも、そんな馬鹿には見えないんだがな」

「……」

「今、この場で俺と闘って、勝てるか? どんなに絶望的でも、勝利を疑わずに」


 俺は、少しの殺気を滲ませながら二人に問いかける。


「「絶対に無理」」


「だろ? あの瞳の紋章。無駄な輝き。あれらはそういう類いの能力だと思う。近くにいれば強く反応し、離れれば多少影響が薄くなる」

「そんな、事が……」

「別に悪いって言ってる訳じゃないさ、ユルグ。勇者には、世界の危機と戦う奴には必要な能力なんだろうさ。難儀なもんだな」


 俺が小さく笑うと、二人は黙り込んでしまった。

 ふとマシィナへと目をやると、どうにかしろっていう圧をぶつけてきていた。


 ……はぁ。

 何で戦闘前にこんな事せにゃならんのだ。


「お前らは、流されるなよ。冷静に判断し、時には勇者を諭せ。そうじゃないと、この戦争で多くの仲間を失うぞ。この事は、お前らの胸にしまっておけ、いいな?」


「「……はいっ」」


「いい返事だ。……それにしてもな、部隊のトップの二人が、テントの前で頭を下げるんじゃねぇ。他の奴に見られたら士気に関わるだろうが」

「うっ! す、すみませんでした……」


 俺が揶揄う様にそういうと、ユルグは申し訳なさそうに縮こまった。

 隣のトーリは笑いながらユルグの背中をバシバシ叩く。

 こいつらも、こんな風に笑うんだな。

 トーリもなかなか可愛いところがあるじゃないか。

 ……まったく、何をしてもイケメンだから腹立つな、エルフは。


 場が少し和んだところで、マシィナからの圧は消えた。


「それで? そんな事言う為だけにここに来たのか?」


 俺は頬杖をついたまま問うと、二人は真剣な表情に戻った。


「良い情報です。実は他国、並びに本国からの援軍が間に合いそうだと部下から報告がありました」

「へぇ……。予想より早かったな。正直早くても途中参戦になると思っていたんだが……」

「順調に進軍中の後詰めの部隊と合流出来たらしく、もうすぐ到着出来そうだと……」


 ユルグが言い切る前に、勢いよくテントの入り口が開いた。

 誰かが近づいて来ているのは分かっていたが、誰が……って。


 純白のコート。

 視界の端でひらりと翻る、薄い桃色の髪。


 ……馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、本物だな。


「ヴェイグはいますかっ!」

「いません」

「はうっ! いるじゃないですかぁっ!」

「……ヒトチガイデスヨ?」

「冷たいですぅ。……でも、そんなところが……」


 くねくねするなぁ!

 はいそこぉ!俺に殺気を向けるなマシィナぁ!


 もぅ、頭痛いよぅ……。


「セラシュ。他の奴がいる前でそんな反応するな。お前仮にでも女王だろ」

「仮にじゃないです! 本物です! それに、この事を他の人に話したら、駄目ですよ?」


 セラシュはそう言うと、唇の前に人差し指を立てた。

 ……一応圧力はあるんだよなぁ。


 ユルグとトーリはというと……首を縦に振り、魚の様に口をパクパクさせながら、俺とセラシュを交互に指差している。

 俺はいいが、女王に指差さない方が良いと思うぞ?お前ら。


「……お前、何でこんな所に……」

「決まっています! 勝利を! この目で!」


 ……へぇ。

 宿屋でも思ったが、全く才能が無い訳じゃないんだな。

 不思議と惹かれる魅力がある。

 瞳に力がある。

 薄っぺらでも、言葉に覚悟を感じる。

 自然と、口角が上がる。


「……おもしれぇ……」

「何が面白いんですか? まったく、これだから魔族は……」


 ……っえ?

 この声。

 この言い回し。


 俺は立ち上がり、テント入り口に目をやった。


 テント内に入り込む風。

 鼻の奥をくすぐる、懐かしい緑の香り。


 美しくも、気高い立ち姿。


「マフィリア……先生?」

読んで頂きありがとうございました。


これからも呉服屋。をどうぞご贔屓に。


Twitterのフォロー、ブクマ、評価、感想等、励みになりますので、よろしくお願いします。

@_gofukuya_


呉服屋。

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