2章 46話
マシィナに過去の話をしたヴェイグ。
ネヌファとも一旦別れ、本隊へ戻る。
決戦を明日に控え、ニーナ達隊長にも説明を行い……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
俺とマシィナは本隊に戻ると、その脚でニーナ達部隊長と合流した。
隊員達も既に整列済みだったので、集合をかける時間が省けた。
なかなかによく出来た隊長達だ。
……というより、指示した時間通りに集合していただけなんだが。
それよりも、問題はマシィナだ。
俺の指示を無視し、勝手に後を付けてきたし、我儘は言うし……。
まぁ、今そんな事言っても仕方ないが。
俺は隊長、並びに隊員達に明日の布陣と隊列、ある程度の状況に対する対応策を話した。
総指揮をするのはマシィナだ。
基本的にマシィナの言法で守りを固めつつ、無理のない程度に敵を削っていく。
疲労、負傷の状態に応じて隊の前後を入れ替え、前衛をローテーションする。
隊列を横に間延びさせず、なるべく固まって行動する。
強力な範囲言法がきた場合、全滅は免れないだろうが、下手に散らばるとマシィナの補助を十全に受けられない。
生存と継戦能力を考えると、これが最も効率がいいと考えた。
それに、戦場は開けすぎている。
遮蔽物も無ければ、塹壕も無い。
普通に考えれば、自殺行為だ。
それでもこっちにはマシィナがいる。
言法の腕は確かだろうし、水の結界も創り出せる。
俺が見た限りでは、本隊の中でもだいぶマシな部隊編成だと自負している。
というか、この他には思いつかない。
……どうにか、これで頑張って欲しいものだ。
布陣の説明の後は、模擬での動きの確認と、役割の確認。
実際に動いてみて、自分の位置と、何処までをカバーするのかを頭に叩き込ませる。
情報の共有と、負傷者への対応も部隊全体に周知させた。
あとは、焦らず、冷静に状況へ対応する事。
焦りが混乱を生み、それは必ず部隊中へと伝播する。
一度崩れれば、立て直すことは極端に難しくなる。
だから、出来る限り冷静に、という事を話した。
終始、全部隊に緊張の色は見えたが、何とか形にはなった。
明日の戦闘でも、落ち着いて対応してくれる事を願おう。
装備の点検と整備を指示した頃には、日が傾きかけていた。暗くなりきる前に、終わらせないと。
最後に良く休む様に皆に伝えると、俺が今日やるべき事は終了した。
気温もかなり下がり、疲労と空腹が身体を襲う。
昨日の夜も、まともな食事をしていない。
それに加えて朝から疲れることの連続。
……主に精神的にだが。
俺は寒さで動きが鈍った指先を暖める為に、両手をポケットに突っ込んだ。
正直それほど効果はないが、気休め程度にはなる。
隣にいるマシィナも、流石に寒そうな、気がする。少なくとも、そう見える。
「マシィナ、俺が配給を貰ってくるから、お前は先にテントに戻っていろ。外だと身体が冷えすぎる」
俺がそう言うと、マシィナはこくりと一つ頷いた。
「分かった。先に戻っている」
やけに素直な反応だ。
昼間の話の事もあるから、何か思うところがあるのかもしれないが、しおらしい態度は何だか拍子抜けする。
俺はテントに帰るマシィナの姿を見送ると、配給所に向かった。
時間帯もあってか、配給所には大勢の兵士が来ていたが、手際がいいのか、案外すんなりと食料を手に入れることが出来た。
とは言ったものの、配給はパンと干し肉。それと少しのチーズ。
保存が効かないといけないのは分かるが、これでは昨日と変わらない。
俺は食には無頓着だが、栄養が不足していると思うし、何より温かい物が欲しかったな。
……少しは料理を学んでおくべきだったか。
文句を言っても仕方がない。
俺は貰った食料を持って、マシィナの待つテントへと向かった。
どこのテントも夕飯時。
今日は戦闘はなかったし、兵士達の士気自体もさほど低くはないように見えた。
だがそれも今日までだ。
恐らく、末端の兵士達までは情報が届いていない。
もしくは、楽観的に捉えているか。
勇者は俺の事を信用していないし、情報も不確かであるから、間違いなく前者だろう。
下手に情報を流しては、混乱が起きかねない。
ユルグ辺りがそう判断したのだろうな。
そんな事を考えながら、自分のテントの布を捲った。
中は……真っ暗。
朧気にだが、ベッドの上に人の輪郭が確認できた。
「おいおい、灯りを付ければ良かっただろ? それにこれじゃ寒すぎる。お前を先にテントに帰した意味が無いだろうが」
「……うん。ごめん……」
……謝った、だと?
どうした、なんかあったか?
まぁ考えても無駄だから気にはしないが、普通に寒いだろ。
まったく、ほんとに分からん奴だ。
俺はバックパックから固形燃料と三脚、鍋を取り出すと、いつもの様に湯を沸かした。
淡い光が、テント内を優しく照らす。
この固形燃料は、熱量の割りには光が弱い。
野営にはうってつけだ。
ただ、かなり寒いからな。
いつもより多く燃やしておこう。
地面に毛皮を敷くと、ゆっくりと腰を下ろす。
じんわりと、冷えた身体に熱が伝わっていくのが分かった。
指先や耳の先が、ピリピリと痛む。
「マシィナ、俺の隣に来い」
「……え?」
「そこじゃ暖まらない。戦闘は明日なのに、風邪でも引くつもりか?」
「……で、でも……」
「嫌なら強制はしないがな」
「嫌じゃ……ない……」
ベッドの軋む音。
俺の隣に来たマシィナは、膝を抱えるようにして座り込んだ。
なんだろうな。
昔の俺なら、隣に女が来るだけでドキドキしたんだろうが、もうそういうのも無くなったな。
慣れたというか、短い間だが、それなりに一緒にいたからな。
「ほら、これを掛けとけ」
俺は別の毛皮を取り出すと、マシィナの肩に掛けてやった。
俺でも寒いんだ。
いくら我慢してても、こいつが寒くない訳が無い。
「……暖かい……」
マシィナは両の掌を口元に当てると、はぁーっと息を吐いた。
白い息が、空気中に消える。
やや赤みを帯びた鼻頭、頬、耳先。
はぁーっと息を吐く唇。
最初の頃よりも柔らかくなった表情。
淡い光に照らされ、揺れて見える綺麗な蒼い髪。
白い首筋。
本当に、こうして見れば綺麗な奴なんだが。
ナリーシャも、ネヌファもそうだが、性格がなぁ……。
まぁ見ている分には無害だから、そう割り切る事にしよう。
俺は一人で首を縦に振ると、沸いた湯をカップに注いだ。
「ほら、熱いから火傷するなよ」
「……子供じゃない……」
「そうは思ってねぇよ。まぁ、俺から見れば、十分子供だけどな。俺は中身はお前より年上だし」
「何歳だったの?」
「うーんと、確か25か、26くらいだったかな? あまり覚えていないな。数えてなかったし」
「……私とそんなに変わらない。子供扱いしないで」
「いやいや、変わるだろ。10歳位は差があるだろ?」
「それだけ。それに種族が違えば、10歳差なんてあって無いようなものだから」
「俺は魔族だが、これでも一応人間なんだがな……」
「ヴェイグは人間じゃない」
「地味に傷つくから、もうちょっと言い方考えろや」
俺がそう言うと、マシィナは小さく微笑んだ。
そう、それでいい。
お前は人間だから。
そうやって、少しずつ笑えるようになればいい。
お前が気にしていることは、ただの言いがかりだからな。
自分の不幸を、他人のせいにするなっての。
幸せは、自分の手で掴んだ事にして、不幸は誰かのせい。
都合が良すぎる。
「……どうかした、ヴェイグ?」
「いや、何でもねぇよ」
不思議そうな顔をしているマシィナの頭を、俺はポンポンと叩く。
マシィナは少し嫌がるような素振りを見せたが、頭を抱えて俯いてしまった。
「どうかしたか?」
俺はからかうように問いかけた。
「……死ねば、いいのに……」
今まで聞いた中でも、とても優しい、死ねばいいのに、だった。
その後俺達は食事をして、淡い光の中で他愛もない話をした。
そしていつの間にか、眠りについた。
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