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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
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2章 42話

朝の騒動の後、ネヌファと森の中へと入って行くヴェイグ。

明日の決戦を前に、新しい言法を身につけると言うが……。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。


 気温が上がったからか、森の中はやや霞んでいるように見える。

 足元に積もった雪も、やや水気が多く、軍靴にまとわりつく。

 歩きにくいと言う程でもないが、気持ちのいいものでもない。

 先行して歩く俺の後ろを、ネヌファは宙に浮きながら着いてきている。

 気配は感じるが、移動音がしない分、いるのかいないのかはっきりしない。

 俺は見たことは無いが、幽霊とはこんな感じなんだろうか。

 考え方を変えると、俺は取り憑かれているだけなんじゃ?なんて考えも浮かんだが、俺にしか分からなそうなネタだから発言は控えた。


「それにしても、宙に浮けると靴も汚れないし、疲れなそうでいいな」


 俺は当たり前のような質問をネヌファに投げた。


「確かに疲れはしないな。地面を歩けば靴は汚れるが、存在を強く保とうとすれば、元に戻る」


 ネヌファは当たり前のように返答した。

 表情一つ変えずに。

 だが、言っている意味はよく分からん。

 とりあえず話を合わせることにした。

 ……馬鹿にされたくないし。


「そうなのか。流石は大精霊だな」


 俺がそう言うと、ネヌファは少し誇らしげな表情をした。

 いや、だいぶと言い直そう。

 あれはドヤ顔だ。


 そんな意味の無い会話をしながら歩いていると、少し開けた場所に出た。

 開けていると言っても、人間が5人も集まれば手狭になるような広さだ。

 だが俺が腰掛けられる岩もあるし、この辺りでいいだろう。


 俺は岩の方へ近寄ると、徐ろに腰を下ろした。

 そんな俺の正面にふわりと浮かぶ美女。

 本当に、いつ見ても綺麗だ。

 例え騙されていてもいい。

 そう思える程に。


「こんな手狭な場所で新しい言法の訓練をするのか?」


 声も美しい。

 風のように柔らかで、それでいて力強さも感じる。不思議な声音。


「ヴェイグ? 聞いているのか?」

「ん? あぁ。聞いているさ」


 その声の心地良さに、暫し身を預けてしまいたくなる。

 それでも、今はそんな時ではないか。


 決戦は明日。

 死ぬ気は無いが、今のままではあいつには勝てない。

 陽の光をものともせず、十字架も、ニンニクも効かず。

 流れる水もお構い無し。

 弱点という弱点もない、圧倒的な、絶対的な強者。

 地力が、他の種族と一線を画す。

 一部の上位魔族と、魔王を除いて。

 そんな奴と戦って勝ち、なおその先にある絶望も跳ね除けなければならない。

 ……正直、他の奴はどうでもいい。

 何人死のうが。

 何人殺されようが。


 だが、俺はこんな所で殺されてやる気はない。


「それで、今回はどんな言法を?」


 そう、問題はそこだ。

 はっきり言って、これはただの勘のようなもの。

 それでも、確信に近い勘だ。


 今朝、ネヌファがテントに現れなくても、どのみち呼び出すつもりでいた。


 今回の鍵は、ネヌファだ。


 俺は一つ息を吐くと、軽い雰囲気で話を切り出した。


「はっきり言って、一日程度で新しい言法なんて身につくもんじゃないだろ?」

「まぁ、それはそうだな」

「そんな付け焼き刃でどうにかなる相手なら、昨日で決着が着いてる」


 新しい言法云々の話ではない。

 強力な言法をいくつ覚えても、問題は練度だ。

 そしてどんなに練度が高くとも、更に強力な言法には及ばない。

 何処まで行ってもイタチごっこ。

 それに、どんなに強力だろうと、当たらなければ意味を成さない。


 お互いの力が拮抗している場合、何が勝敗を、生死を分けるのか。

 それは、もっと基本的なもののはずだ。


 鍛えた肉体。

 鍛えた技。

 鍛えた精神。

 勝ちへの執着。

 生への渇望。


 そして、飽くことのない、殺意。


 それらが自分の生命を繋ぐ。

 だから俺は武器を持たない。

 最後に信じられるのは、己の身体のみ。

 極限まで、身体を鍛えた。

 俺には屈強な精神は無かったから。

 身体を、技を磨き上げた。

 例え四肢が千切れ飛ぼうとも、己の敵を絶命させる。その為に。

 そして、俺が今求めるもの。


 それは、圧倒的な暴力。


「なぁ、ネヌファ。お前に聞きたいことがあるんだ」

「……なんだ? 改まって」

「契約の事だ」


 俺がそう切り出した時、一瞬、そう、一瞬だが、ネヌファの身体が跳ねた気がした。


「契約が、どうかしたのか?」


 言葉の抑揚からは、動揺は感じられない。

 だが、微かに鼻に着く、強張り。


 秘密、という程のものではないと思う。

 だが、アレにはもっと恩恵、というか効果があるのではないか?

 良くも、悪くも。

 俺の勘は、そこに起因しているものだ。


「もちろん、契約してもらったことには感謝している。そのお陰で魔族としての覚醒が成功したしな」

「ヴェイグにはもっと感謝して欲しいがな」

「だから感謝してるって。アストラルパスを繋いでくれたからな」

「ならいいんだがな」


 ネヌファは誇らしげに上体を反らした。


 確かに感謝はしている。

 それでも、大精霊と契約した恩恵がアストラルパスのみというのはどうなのか?

 受け取る側の体力面を考慮しなければ、ほぼ無尽蔵にアストラルを受け取る事が出来る。

 それはこの世界ではありえないほどの恩恵だ。

 そのありえないほどの力に対し、リスクが小さ過ぎる。

 何も無いと言ってもいい。

 契約時に何も無いとなると、契約後に何かしらのリスクがある筈。

 もしくは力を行使する度に。


 そんな上手い話がある訳が無い。


 何か、ある筈なんだ。

 何かが。


「……率直に言う。契約の恩恵はまだあるんじゃないのか? 俺には力が必要だ。例えそれが、犠牲を伴うものであったとしても」


 俺は、力のこもった眼差しをネヌファにぶつけた。


 ……。

 雪の、せいではない。

 もっと不自然な。

 明らかな、悪寒。


 全身の毛穴が開く感覚。

 ……俺が、恐怖している?


「……何故、そう思う?」


 ……不快なものでは無い。

 だが、確かな怒りの感情。

 いや、苛立ちか?


 何にしろ、その感情が答えか。


 ネヌファはゆっくりと地上に降り立つ。

 今までのネヌファからは感じたことの無い圧力。

 美しくも、恐ろしく。


 ネヌファの存在から感じる全てが、俺の勘を、確証へと変えた。

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


Twitterのフォロー、ブクマ、感想、評価等、励みになりますのでよろしくお願いします。


不定期になり申し訳ございません。

また書いていきますのでよろしくお願いします。


@_gofukuya_


これからもどうぞ呉服屋をご贔屓に。

呉服屋。

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