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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
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2章 41話

遅い夕飯を終えると、疲れていたのか、すぐに眠ってしまったヴェイグ。

朝になったら起こしてくれるとマシィナに言われていたが、自分で目を覚ます。

清々しい朝ではあったが、そこにはまたもネヌファがいて……。


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

 とても清々しい朝だ。

 マシィナは起こしてくれると言ったが、そうしてもらう前に目が覚めた。

 どうやら今朝は、雪も降っていないようだ。

 寒さもそれ程では無い。


 それにしてもなんて清々しい朝だろう。

 無邪気に怒りを露わにする罵声。

 飛び交う毛皮に湯を沸かす用の鍋。

 その他にも枕替わりの丸めた布や、白く塗り替えした軍服。

 どれもとても元気そうに宙を舞っている。


 いやぁ。こんなに清々しいのは何時ぶりだろう。

 何だか、遠い故郷を思い出すなぁ。

 ……俺の故郷って、どんな所だっただろう。

 あぁ。

 どんなに考えても、思い出しても、少しも脳裏に浮かんでこない。


 俺はテントの天幕を、遠い眼差しで見つめた。


 ……ディンババステーキ、食べたいなぁ……。


「ヴェイグっ! この泥棒猫を早く止めろ!」

「誰が泥棒猫よ。いつもいつもいい所で……突然現れないでよ。ほんと、死ねばいいのに」

「何とか言え! ヴェイグっ!」

「ヴェイグ! この女は何者なの? ちょっと胸が大きいからって……チッ、死ね……」


 あぁ。

 なんて清々しいのだろう。



 現実逃避は程々に、俺はようやく目の前の現実と向き合うことにした。

 ……本当は、面倒臭いから全力でここから逃げたいけど。

 きっと逃げ切れない。瞬迅を使っても。


「朝からどうした? ネヌファ。お前も来るなら事前に知らせたらどうだ?」

「事前に知らせろ? 何だ? そんなにやましい事をしているのか? ……そ、その……セッ、セ、セッ……」

「あぁもういい。それ以上言うな。それ以上言ったらマジで契りを解消するからな」


 なんなのこの大精霊!

 もう恥ずかしいならそういう事考えなきゃいいじゃん!

 いや別に?そんな事実は微塵も無い訳だから?俺にやましい考えなんかこれっぽっちも無いが?

 お前がそういう事言うから何か意識するだろうがよ!

 ……まぁ、そんな取り乱したネヌファでも、すげぇ綺麗だから許すが。

 なんか手をブンブン振って、頬っぺとか膨らましてちょー可愛いんですけど。

 何ですかあの生き物は?

 大精霊半端ねぇな。


「それで? マシィナは何でそんな怒ってるんだよ? びっくりしたくらいで大袈裟だろ?」


 俺は極力真顔で、心中を悟られないようにマシィナに問いかけた。


「この女、私の唯一の楽しみをしている時に限って邪魔をする。この前だってそうだった」

「……唯一の楽しみ? 何だそりゃ?」


 こいつにも楽しみとかあるんだなぁ。

 俺としては、なるべく尊重してやりたい気持ちはあるぞ。

 唯一と言っているくらいだしな。


「……そ、それは……その……」


 え?

 何その反応。

 普通に顔赤いじゃん。

 普段は全然変わらんやろがいっ!

 両膝を擦り合わせて、口元に手を当てて、モジモジモジモジ。

 だからキャラ崩壊よ……。

 ……まぁ、可愛いのは認める。

 お前の外見に罪は無いからな。


「何だよ? 勿体ぶらずに言えって」

「……ヴェイ……の……顔を……る」

「はぁ?」


 声が凄く小さい。

 いや、本当に小さすぎて聞く準備をしていても聞き取れなかった。

 それに何だろう。

 ネヌファが凄くイライラしているのは、よく分かる。


「だから聞こえないっ……」

「ヴェイグの寝顔を眺める事っっっ!!」


 宇宙は、広い。

 それはもうどれくらい広いか見当もつかない程に。

 その無限に続くかとも思われる空間には、無数の星々が……。


「ヴェイグっっ!!」

「くはぁっ!!」


 ……し、しまった。

 俺とした事がまた精神的ダメージを。

 心が現実と向き合う事を拒絶してしまっていた。

 いや、むしろこれは夢では?


「ヴェイグ。この泥棒猫、殺そうか」

「いやいや、待て。何もそこまで……」

「私の前でイチャイチャと……。原初の根源たる……」


 ネヌファは何やら詠唱を始めた。

 考えられないほど高密度なアストラルが漏れ出し、テントを大きく揺らしていく。


「ちょっ! ちょっと待ってくれネヌファさんっ!! 落ち着こう! 一旦落ち着こう、なっ!」


 俺はネヌファの脚元に縋るように這い寄ると、心からの嘆願をして見せた。

 その時のマシィナはというと……。


 なんっっっっでそんな赤面しているんだよ!

 ほんとに初めて見たぞ、そんな顔っ!


 言っちゃった。

 あぁ、言っちゃった。


 みたいな顔だよなソレェっ!!

 いや、可愛いよ?

 普段見ないからかな?

 なんか……こう、グッとくるものはあるよ?

 俺も男だからな。

 でも今じゃないだろぅ!

 紛いなりにもこいつ大精霊よ?

 こんな奴に言法使われたら洒落にならんて。


 もう、ほんとに勘弁してくれぇーーーーっ!



 ……。

 何とか。

 本当に何とか落ち着かせることに成功した。

 ……俺はきっと、世界を救ったんだ。


「それで? 今日は何の用だ、ネヌファ」

「そうだった。ヴェイグに手紙を預かっていてな。それを渡しに来たんだ」


 ネヌファはそう言うと、俺に一通の手紙を差し出した。

 手触りからして、とてもいい紙を使っている事がうかがえた。

 俺はこういう事には疎いが、繊細な模様も施され、気品を感じる。

 それに、確かな緑の香り……。

 瞼を閉じると、エルフィンドルの情景が浮かぶ。


 立ち並ぶ木々。

 生い茂る草花。

 笑顔で手を振る人々。

 そして、色とりどりの花で飾られた、慰霊碑。

 恋しいと。

 また行きたいなんていう感情が、俺にあると思わなかった。

 でも俺は確かに思ったんだ。

 また、あの場所に行きたいと。


 裏面を見ても、差出人の名前は無し。

 俺は封のされた状袋から便箋を取り出すと、ゆっくりとそれを開いた。


 ……そして、ゆっくりと閉じた。


 開いた瞬間に、目に飛び込んできた「蛆」の一文字を見て、ゆっくりと、閉じた。

 それはそれは大きな文字で、「蛆」と書かれていた。

 差出人は、書いてなくても分かった。

 ……俺の繊細な気持ちを、返して欲しい。


「どうした? 読まないのか?」

「大丈夫だ。もう読み終わったから」

「? そうか」


 俺は便箋を状袋に戻すと、自分のバックパックへとしまった。


「もう手紙の事はいい。それより、ネヌファが来たならちょうどいい。ちょっと付き合ってくれ」

「な、なんだ? そういうのは、やはり順序が……」

「違ぇよ。もうそこから離れろ。……時間は無いが、新しい言法を、ちょっとな……」

「……そういう事なら付き合おう」


 お巫山戯は終わり。

 それが言葉から伝わってくるようだった。

 凛とした表情。

 やはり精霊というものは、生物とは雰囲気が違う。


 視覚的には、変わらないように見える。

 きめ細やかな肌も。

 しなやかで艶のある黒髪も。

 服の質感でさえ、本物同然。

 目の前にいるこの人物が、同じ理の元に生きている生物だと誤認させる。

 ネヌファは精霊。

 アストラル体。

 俺達の常識では推し量ることの出来ない存在。

 それを、感覚的に理解出来る。

 契りを結び、アストラルパスを繋いでいるからなのか。

 俺には、よく分かる。


「ヴェイグ! わ、私は……」


 やや慌てた声音でマシィナが俺に問う。


「お前は隊長達と合流して、明日の戦闘の布陣について説明しておいてくれ。各隊の奴らにもな。今夜には俺も隊長達を呼んで話をする」

「……分かった……」

「それと、各隊での戦闘の役割を話しておいてくれ。簡単な連携の確認と、基礎訓練も頼む」

「……分かった……」

「……不満か?」

「別に」


 絶対不満ですよね。

 でも俺に着いてきてもらっても困る。

 ここは適材適所だ。

 元々軍にいたマシィナなら、何かアドバイス出来ることもあるだろう。

 俺に子供のお守りは出来ない。


 それにしても、こいつ表情変わらない割には態度?雰囲気?には出るよな。

 まぁ悪いとこではないが。

 そうじゃないとマジで何考えてるか理解できないし。


「あぁ、それと。……もう俺の寝顔見るなよ」

「それは無理」

「だがな……」

「それは無理」

「恥ずか……」

「それは無理」


 吸い込まれそうな瞳が怖い。

 本当に怖い。

 圧が凄い。


 しょうがない。減るもんじゃないから、ここは諦めよう。

 全く何だってんだ。

 俺の寝顔なんか見ても楽しくないだろうに。

 ……あれか?

 新手の嫌がらせか?

 それとも、俺の生命を……。

 それこそ考えるのは止めよう。

 どうせ良くない事だからな。


 俺は地面から立ち上がると、大きく伸びをした。


「北方軍が攻勢に出るのは、明日だ。無駄な時間は無い。さっさと取り掛かるか」

「ヴェイグ。……私にも出来ることがあれば、言ってね」

「おぅ。その時は言うから頼むな」


 何の気なしに答えただけだったが、何だか嬉しそうなマシィナ。

 まぁ、そんな気がする程度の理解だが。


「じゃあネヌファ、行くぞ」

「分かった。それじゃあな、泥棒猫」

「……死ねばいいのに……」


 喧嘩するほど仲がいい。

 ……訳では無いか。


 俺はネヌファを伴うと、本陣のキャンプを後にし、森の中へと進んで行った。

いつも読んでいただきありがとうございます。


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@_gofukuya_


これからもどうぞ呉服屋をご贔屓に。

呉服屋。

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