2章 40話
勇者達との作戦会議を終えたヴェイグとマシィナ。
自分達のテントに戻ったが、夕食の配給には間に合わなかった。
有り合わせで夕食にしようとするヴェイグだが、マシィナは何やら納得していない様子で……。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
一応作戦会議を終えた俺とマシィナは、自分達のテントへと戻ってきた。
本陣のテントと違って、中に入っても外気とさほどの変わりはない。
呼気も普通に白い。
それでも、風を遮れるだけマシというものだ。
さっさと会議を終えて配給にあずかりたかったが、思ったよりも時間を食ったせいで手ぶらと言うのは納得できないが……。
まぁグダグダ言っても飯は出てこない。
兎にも角にもこの寒さと、空腹感を何とかしなきゃな。
俺は自分のバックパックから固形燃料と三脚を取り出すと、慣れた手つきで火を付けた。
こんな小さな火でも、無いよりは随分いい。
淡く灯った炎と共に、やっと一息つけるという安堵感が身体から力を抜いてくれた。
……火を着けるまでの一連の行動をしながら気付いていた。
そう、気付いてはいたが……。
何故マシィナさんは入口から一歩も動かないのだろうか?
えっ?俺なんかしたか?
いつ?何処で?
何か気に触るような事を言ったか?
頭に手を置いたのがまずかったか?
何を考えても埒が明かない。どうせ。
「……あー。マシィナさん? とりあえずベッドに座ったらどうですか? そこじゃ寒いですよ?」
俺がよそよそしくそう促すと、マシィナはゆっくりとベッドの方へと歩き、またもゆっくり腰を下ろした。
ベッドの脚が高い音を立てて軋む。
いつも通り。
だが、いつもよりも大きな音のように感じてしまう。
な、なんか、緊張する。
妙に心臓がうるさい。
……全く。俺は何でこんなにも気を使っているのやら。
こいつは、こいつと一緒にいるのはただの成り行きだろうに。
俺はそう自分に言い聞かせると、丸めてあった毛皮をマシィナへと渡した。
「ほら。寒いからこれ使え。とりあえず装備は外せよ」
淡い光に照らされたマシィナの表情は、とても暗く見えた。
まぁそもそも、こいつが辛気臭く無かったことはないと思うが。
辛気臭いか、物騒か。
……それか、たまに、ほんっっっっとうにたまに可愛いくらい……だ。
俺はバックパックから何時ぞやのパンと干し肉を取り出すと、それもマシィナへと渡した。
「今お湯も沸かすから。寒さで硬いと思うが先にそれ食ってろ」
小さな鍋に水筒から水を入れ、火にかける。
地面に布を敷くと、俺もようやく腰を下ろせた。
落ち着きすぎて、このまま根を張ってしまいそうだ。
ふつふつと、鍋の底にあらわれる気泡を眺めながら、干し肉にかぶりつく。
冷たく、硬い。
味がしない。
それでも、唾液で湿らせながら噛み続ければ、肉の味はする。
味気はないが、嫌いではない。
軍にいた頃の携行食の方が、余程不味かった。
そう、記憶している。
「……ねぇ……」
突然の呼び掛けではあったが、別に驚きはしなかった。そういう類ではなかった。
その言葉には、怒りがこもっているように感じたから。
「なんだよ。何をそんなに怒ってるんだ? 頭に手を置いたからか?」
俺はマシィナに背を向け、鍋を見ながらそう言った。
「何であんな布陣を提案したの?」
変わらず怒りのこもった口調で返すマシィナ。
「現状の戦力で対応するにはあの布陣が最善だと思ったからだ。分かっているとは思うが、どの道イルム平原よりこちら側へ押し込まれれば、ナイガス軍の敗北は濃厚。あの見晴らしのいい平原で戦うにはそんなに多くの作戦は立てられない。出たとこ勝負になるのはやむを得ないが、遠距離言法を使えないなら地道に削るしかない。……正直かなり死ぬだろうな」
そんな事は、マシィナも分かっているはず。
あの会議の場でも説明したからな。
今更そんな事で怒っているのか?
死者が出ることに腹を立てているのか?
……まぁこいつは、案外優しいとこあるからな。
「別にナイガス軍から何人死者が出たって関係ない!」
……えっ?
そこ関係ないの?
でもそれ言っちゃ駄目だろぅ。
「私が言いたいのは、何でヴェイグと私が一緒の部隊じゃないの?!」
……えー。
こいつそんな事で声を荒らげてんの?
普通に珍しい事なのに。
俺はちょっと引き気味の表情でマシィナへと視線をやった。
ちょっと必死そうな顔に見えなくも、ない。
僅かに、本当に僅かにだが、眉間に皺が寄っている様に見える。
なんか、眉の辺りがピクピクしてる。
怒りたいならもう普通に怒りゃあいいじゃん。
ほんっとに、面倒な生き方してんなぁ。
「何お前、そんなに死にたいの? 俺と一緒の部隊なんて、死亡率激高だぞ?」
「わ、私は、ヴェイグと一緒に居るように魔王から命令されている。そ、それに……私は、ヴェイグの、その、しょ、しょしょ」
「何だよ? 表情変えずにアタフタすんのやめろって、器用か!」
マシィナは大きく深呼吸すると、胸に手を当てながらゆっくり口を開いた。
「しょ、所有物、なんでしょ?」
しょ、所有物、なんでしょ?なんでしょ?なんでしょ?なんでしょ?……しょ?……しょ?……しょ?……?……。
ショユウブツナンデショ?
……。
…………。
っっっっっっ!!
顔面の熱を察知した瞬間、俺はマシィナから顔を逸らした。
やべぇ。
絶対今見られた。絶対顔赤いわ。えっ?何?こいつ何言っちゃってんの?ショユウブツ?は?物?物ってこと?誰の?あ、あぁ、俺のか。イヤイヤ!そうじゃなくて!何で今それ言う?こいつ俺の物にないたいとか?ソレはソレで悪くは。いや!悪いだろ!でもこいつがそう言ったんだし。なんかあいつも頬赤いし。満更でもないとか?それでも所有物はないわぁ。それは無いわぁ。だって彼女も出来た事ないのに、それ飛び越して所有物だろ?無いわぁ。どう接していいか分からないわぁ。と、とりあえず考えるのを止めよう。そうだ!それがいい!なんか昔の人も言ってた!確か言ってた!困ったら、考えるのを止めればいいとッ!
そうして俺は、思考を放棄した。
……遠くで、誰かが、呼んでる。
「……ヴェ……イグ……」
……誰だ……俺を呼ぶのは。
「……ヴェ、イグ……ヴェイグ……」
……やめろ……もう、俺は……。
「ヴェイグっ!!」
「っっはっ!!」
俺とした事が、こんな事でこれ程のダメージを受けるとは。
精神攻撃への対応は、そんなに想定していなかったからな。
恐るべし、ショユウブツ。
「どうかしたの?」
気づくとマシィナの顔が、凄く近くにある。
少し乱れた息遣い。
白い首筋に掛かる蒼い髪。
不快に感じることは無い、汗の匂い。
何だか、ぼーっとする。
俺はそっと、マシィナの両肩に手を置いた。
そして、ゆっくりと腕を突っ張り、距離を取った。
「もう、大丈夫だから。とりあえずベッドに座れ。なっ?」
マシィナから視線を逸らしながら俺がそう言うと、何だか心配そうな、ちょっと微妙な雰囲気を醸しながら、マシィナはベッドへ再び腰かけた。
今度は俺が大きく深呼吸。
呼吸を、と言うより精神を整える為に。
……よし。もう、大丈夫だ。
「俺の部隊は、間違いなく激戦区になる。それに、敵味方入り乱れての乱戦が予想される」
「……うん」
「そんな中で俺の動きに着いて来ながら、援護の言法を使えるか?」
「やってみせる」
「はっきり言って無理だ。連携の訓練も無しに、ぶっつけ本番で他人に生命を預けたくはない。それは別に、お前だからとかじゃない。一般的に、だ」
「……うん」
「俺は、一人で闘うことに慣れてるから。援護が要らないとかじゃなく、その方がやり易いんだ」
「……うん」
「それにな。お前は守りたいって言ったろ? それがお前の正義だって。だから、お前には彼奴らを任せるんだ」
「……そっか」
俯くマシィナ。
相変わらず表情から感情を読み取るのは難しい。
ただ、納得はしていないだろうなぁー。
「彼奴らを守れ。自分の正義を貫いてみせろ。もしお前が正義を貫けたら、その時は一緒に闘うことを認めてやる」
「そっか」
「俺が守らない分、お前がしっかり守ってやれ」
「分かった」
……何とか誤魔化し、じゃない。納得して貰えたかな?
そう答えたマシィナの口元は、少し笑ったように見えた。
以前にもあったが、そうやって少しづつ、感情を表に出せばいい。
その方が、随分可愛いんだから。
「それじゃあ、さっさと食って寝よう。もう時間が無いから、明日も早くから動かないとな」
「分かった。朝になったら起こすから、死んだように寝るといい。むしろそのまま死ねばいいのに」
「はいはい。死なねぇけどな」
他愛のない会話をしながら、遅い夕食を食べる。
思えば、誰かと食事をする事に、いつからこんなに慣れただろう。
ヴェイグの記憶のお陰か。
それともエルフィンドルでの生活がそうさせたのか。
でもやっぱり良いもんだな。こういうのは。
……家族、か。
固形燃料を消す。
辺りが暗闇へと塗り変わる。
「じゃあおやすみ」
「うん、おやすみ」
何の変哲もない、おやすみの挨拶。
俺も毛皮に包まると、重い瞼が、抵抗なく閉じていくのを感じた。
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