表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
80/93

2章 39話

2日後の北方軍との戦闘を前に、作戦会議を開いたヴェイグ達。

だが、ヴェイグは分隊指揮官である2人を鏖殺する。

戦争に対して、絶対強者である魔族に対して正しい意識を持たない彼らに強い苛立ちを覚えたヴェイグだったが……。


少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

 天幕から滴る、紅い液体。

 黒みをおび、水よりも高い粘性を有するソレは、いたるところへ付着した。

 香り高く、芳醇で複雑な鉄の匂い。

 頭部だけが吹き飛んだ人型は、ビクビクと小刻みに震えながら地面に強く倒れ込んだ。

 各分隊指揮官の後ろに控えていた隊長達。

 そして、勇者、ユルグ、トーリ。

 一人の例外もなく紅く染まる。


 誰一人として、動くものはいない。

 印象的なのは、ただただ見開かれた両の瞳。

 驚きと、恐怖と。

 少しでも動けば、口を開けば、待っているのは死だけだと理解している。

 そう見える。


 それでも失われない輝きが一つ。

 勇者の左の瞳。

 浮かび上がる特殊な紋章。


 ……あれは、戦場で見たものか。

 瞳の紋章は俺がこちらの世界に来てからも、一度も見たことが無いものだ。

 憶測ではあるが、恐らくは正しい。

 あれは勇者のみに許された、何か特別な力なんだろう。

 それが何かは分からない。

 だが、この場で何かしらの効力を発揮していない所を見ると、戦闘に直接関わる類のものでは無いのかもしれない。

 それか、こいつが扱いきれていないだけか。

 ……どちらにせよ、今は捨て置いていいものだろう。


「きっ、貴様何をっ!!」


 やはり一番最初に口を開いたのは、勇者様だった。

 全く目立ちたがり屋さんだな。


「無能な指揮官など、戦場では必要ない。そういった者が戦場で死ぬ事は、珍しい事では無いだろ?」

「し、しかし、何も殺さなくても……」

「いいかユルグ。俺は自殺願望を持つ敗北主義者なんて厄介なものは必要ない。今この場に必要な人材は、冷静に敵の状況を分析でき、尚且つ勝つために生き足掻ける者だけだ」


 俺の言ったことに対して、即座に反論する者はいなかった。

 そりゃあそうだ。

 何も間違ったことは言ってないからな。

 ……それでも、このやり方が正しくない事くらいは理解している。

 ナイガス軍は、一応味方だからな。

 その指揮官を、軍幹部の前で殺したのだから。

 信用も、信頼も、得られるわけが無い。

 ……だが、それで構わないさ。

 こうでもしなければ、こいつらは気付かない。

 理解しない、と言うより、納得しない。

 自分達が如何に愚かであるのかを。


「ヴェイグっ! お前はこの場で僕が殺すっ!」

「おいおい、勇者が滅多な事を口にするもんじゃないだろ」

「分隊指揮官を殺しておいてその態度かっ! 何が味方だっ! 王女様の命と言うのもどうせ出鱈目だろっ!」


 物凄い剣幕でまくし立ててくる勇者。

 瞳の紋章がより一層強く輝く。


 ……こいつらは、本当に駄目だ。

 戦争を、生命の奪い合いを舐めている。

 むしろ、俺が侮辱された気分になる。


 これまで死んで行った同胞を。

 これまで奪ってきた生命を。

 懸命に戦い、散っていった全ての者を。


 こんな遊びの様な戦いで。


 巫山戯るな。

 巫山戯るな。巫山戯るな。巫山戯るな。


 頭の芯が熱くなり、自然と拳を強く固めた。


 ……ふわりと、風の、空気の動く感覚。

 強く固めた拳を、冷ややかな掌が包んだ。


 マシィナの、手。

 緊張からか、ちょっと汗ばんでて、震えていて。

 それでも何故か、妙に気持ちが落ち着いた。

 柄にも無く、俺がしっかりしなきゃとか、思ったのかもしれない。

 そんな事を少し考えたら、俺の拳からは、力が抜けていた。


 ……大丈夫。

 流石の俺も皆殺しにはしない。

 こいつらには、働いてもらわなければならないからな。

 ただその前に、意識を変えてもらう必要があるだけだ。


「……お前らは、何か勘違いしているのか?」

「……僕が何を勘違いしているって言うんだ?」


 ほらみろよ。

 この勇者様好き好き大好き尊敬してます軍は、ただ悪戯に死者を量産しているだけだ。

 しょうがない部分はあるにしろ、そもそも根本から駄目駄目だ。


「そもそも、こんな戦いで魔族に勝てるとでも?」

「勝てるかじゃない! 僕達が勝つんだっ!」


 ……これは想像以上にヤバい。

 偏頭痛持ちの人の気持ちが、少しだけ分かった。

 そしてもう一つ分かった事がある。


 こりゃあ将来、ユルグは禿げるわ。


「はっきり言おう。このままじゃナイガス軍は確実に負ける。気合いとか根性とかでどうにかなるほど、お前達と北方軍との力は拮抗していない」

「それでもっ……」

「人族がまともに戦って、魔族に勝てる訳が無い」

「それで……」

「正直言って、俺でもお前らを皆殺しに出来る」

「それ……」

「そんな魔族を相手に、何の策もなく、真正面から打って出て勝てるとでも?」

「そ……」

「ナイガス軍は一人残らず殺される。それだけじゃない。ナイガスは陥落し、そこに住む住民も玩具の様に扱われ、なぶられ、犯され、ただただ物のように壊される」

「……」

「ただ指を咥えて待っていれば、チャンスが転がり込んで来るとでも?」

「……」


 ついに勇者は、口を開くことなく俯いた。


 これが、現実だ。

 いくら勇者がいたとしても、魔王に勝てるとは限らない。

 勇者は絶対に魔王に勝って、世界を救うなんて、お伽噺なんだ。

 そうでなければ、今のような惨状は有り得ない。

 先の大戦も、勝利していた筈だ。


 本当にそんな奴が存在したなら。

 俺もこんな場所にはいない。

 魔族にも転生していない。


 救いなどないから。


 俺は殺す道を選んだのだから。


「……敵は、恐ろしく強い。そして、こちらの方が弱い。まずはそれを認めた上で、作戦を考えるべきだ」

「……その通りだな」


 瞼を閉じたまま、トーリが答える。

 幼そうな見た目とは裏腹に、とても落ち着いた雰囲気を感じる。

 見た目通りの年齢では無いのかもしれない。

 こんな世界だ。

 何があっても驚きはしない。


「賢明だな。……勇者様も納得出来たか?」


 俺は俯いたままの勇者に向かって言い放った。


「……僕は……」


 ボソボソと、呟くような小さな声。

 周囲で大人しくしている隊長達からは、心配そうな眼差しが送られている。


「僕は、これ以上誰も死なせたくない。必ず守ってみせる」


 その言葉には、強い意志を感じた。

 だが、俺には不愉快極まりない言葉だ。

 こいつは、この期に及んで何を言っているのか?

 ネヌファじゃないが、本当に脳味噌が詰まっているのか心配になるほどに。

 そして、強い苛立ちを覚えた。


「……今まで何人死んだ?」

「……えっ?」


 勇者はキョトンとした表情を俺に向ける。


「今まで何人の兵士が死んだんだ?」

「数え、切れないほど……」

「それなのに今更死なせないだって?」

「そうだ。もうこれ以上は……」

「巫山戯るなっ!!」


 気持ちが悪くなる程の偽善者。

 もうこれ以上だと?

 なら今まで死んで行った者は何だったんだ?

 ただの無駄死にか?

 ここから先は殺させないだと?

 そんなの絶対に無理だ。

 今まで以上の死者が出る。

 本当にこれ以上殺させないのなら、お前一人で戦って、そして勝ってみせろよ。

 そうじゃなければ取り零すだけだ。

 指の間から。

 どんなに強く力を込めても、零れ落ちていく。

 それを理解していないのか?


 ……いや、しているんだな。

 それでも、どんなに無謀であっても、取り零さないと言える人間こそが、勇者なのかもしれない。

 行動が伴わなくても、結果が出なくても、そう言わなければ勇者じゃない。

 それが、こいつの正義なんだろう。

 勇者として周囲に認められる為の素質。


 まるで、呪いだ。


 もしそうだとしても、絶対に人は死ぬ。

 難儀なもんだな、勇者って奴は。

 相当メンタルが強くなきゃやっていけない。

 メンタルが強い奴こそが勇者に選ばれるのかもな。


「お前がどう思おうと、必ず死者は出る。お前の為にと、国の為にと死んでいくもの達だ。それらから、現実から目は背けるな。せめて、意味のある死を迎えさせてやれ。いいな?」

「……それでも……」

「いいな?」

「……わ、分かった」


 勇者がそう答えると、周囲からは安堵の息が漏れた。

 特に、ユルグとトーリから。


 ずっと俺の拳を包んでいたマシィナの掌からも、すっと力が抜けるのを感じた。


 俺は視線をマシィナへと移す。

 俯いていて、前髪で両の瞳は隠れていた。

 それでも、少しだけ。

 頬が赤らんでいる様に見えた。


「さて、ここからが本題だ。お前らの仲間を殺した俺の意見なんて聞きたくもないだろうが、建設的な作戦会議といこうか」



 そこからは、比較的円滑に会議が行われた。

 ユルグとトーリが仕切り、様々な意見も出された。

 もちろん、俺からも布陣に対しての意見は出した。

 ああでもない、こうでもないと、中々まとまらなかったのは言うまでもないが。

 それでも、取り敢えずの結論を経て、会議は終了した。


 最善では無いかもしれない。

 だが、何もしなければただ死ぬだけ。

 そんな必死さは感じた。



 テントの布を捲り、外へ出る。

 中との温度差に身震いを覚えながらも、強い開放感を得る。

 吐いた息が天へと舞い、消える。

 頬の辺りがヒリヒリと、寒さを訴える。


 振り返ると、いつもよりこじんまりと立つマシィナの姿。

 何だか申し訳なさそうに、縮こまっている様に感じた。


 俺は徐ろに手を伸ばすと、マシィナの頭を優しく撫でた。

 少し驚いたような顔をしている……と思う。

 いや、ただ嫌がっているだけか?


「さて、俺達のテントに戻るか。飯も食ってないしな」

「……死ねばいいのに……」

「……何でだよ」


 俺はそう答えて歩き出すと、マシィナはただ静かに俺の後ろを着いてくるだけだった。

読んで頂きありがとうございました。


Twitterのフォロー、ブクマ、レビュー、評価、感想等々、励みになりますのでよろしくお願いします。

@_gofukuya_


これからもどうぞ呉服屋をご贔屓に。

呉服屋。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ