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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
1章 エルフィンドル編
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1章 1話

これでも食らって、死んでくれ。

ようやく本編に突入です。

ヴェイグの旅路を見守って頂けると幸いです。

 主役が壇上に上がり、ついに劇の幕が開いた。


「我等が希望の担い手は、ついにその眼を見開いた」

「それでもまだ、路傍の小石に変わりはない」

「その身を焼く紅蓮の炎は、未だ行き場を知らぬまま」


 仮面の道化は投げかける。

 居るはずのない観客に向かって。


「だがいつか、知る日が訪れる」

「この世界の真実。この世界の在り方を」

「見守ろうではないか。新天地に旅立つ徒花を」

「そこで出会う、新たなアクターを」


 道化はおもむろに指を鳴らす。

 全てのライトが消え、劇場を暗闇が支配した。

 その暗闇の中、男の仮面だけがくっきりと浮かんで見える。


「綺麗な景色。綺麗な人々」

「安穏とした日々が、いつまでも続くことを願い」

「幸せであれ。幸福であれ」

「涙にまみれず、永遠に幸あれ」


 道化のつぶやくようなセリフだけが、劇場内にこだまする。

 そうあれかしと、うそぶくことこそ、道化の役目。

 因果の螺旋は、狂わず回る。

 誰かがそれを、壊さぬ限り。



  ♢ ♢

 


 美しい。

 なんと表現したらいいのか。

 美しいと言う言葉しか浮かんで来ない。

 今まで見た誰よりも。

 今まで見た何よりも。

 目の前にいる存在が美しいと思える。


 それは、そう。掴みどころがなく、自由。

 それは、そう。変質することなく、普遍。

 そして、どこか懐かしく。そして、いつも新しい。


 頭の中で声がする。

 私はいつも一緒だと。私はどこにも行かないと。

 頭の中で声がする。

 どこにいるのかと。どこに行ってしまったのかと。

 その問いかけに応えることはできない。


 表現の、形容のしようがない。

 だが、敢えてこの存在を、例えるのならば。

 俺は『風』だと、そう答えるだろう。




 木々の間をすり抜ける清々しい風。

 太陽の光を浴び、喜ぶ様に揺れる草花。

 そこに息づく者達は、普段見かけるそれとはまるで違った表情を見せる。

 風も木々も草花も動物も、生命力に満ち満ちている。

 ここはエルフの治める国。その中でも一番大きな街。

 大樹に守られし要塞。

 その名をエルフィンドルと言う。



 俺がエルフの国、エルフィンドルに来てから早いものでもう1年程が過ぎた。

 ナリーシャは「下僕として連れてきたんだ! 私の物なんだ!」なんてずっと言っている。

 たまに買い物に付き合ったり、一緒に遊んだりはしているが、毎日鍛錬の日々が続いているのが実際のところだ。



 メルカナで無事に10歳を迎えた俺は、属性選定の儀を経て個人の属性も獲得した。

 選定の儀と言っても、古臭い羅針盤の様なモノの上に血を一滴垂らすだけのものだったが。

 そこに血を垂らすと、適性のある属性の記された方向に血が移動するというもの。

 胡散臭さは否めない。


 属性は全部で5つ。

 火、水、風、土、無。


 前半4つまでは俺でも理解出来た。

 だが無に関しては正直ピンとこなかった。

 一緒にいた兄の説明では、どうやら無という属性は、どの属性にも当てはまらない特殊な言法や、身体強化などの属性との関わりがない言法を得意とする者が与えられる属性のようだった。

 一見するとなんかつまらない属性のようだが、特殊過ぎて破るのが難しいものや、単純だからこそ強く、属性的に弱点もないから、使い手によっては非常に強力なものもあるらしい。

 まぁ、これは親父の言っていた事だが。


 前置きが長くなったが、俺が与えられた属性は風と無。

 2つの属性を与えられるのは非常に稀だと言うことだった。

 でも俺という存在自体が稀なのだから、そんなに驚かれることはないだろうと思っていたが、流石に同席していた者達は驚いていた様子だった。

 だがそれは、2つの属性が与えられた事にではなく、風という属性が与えられた事に。


 今この世界において、風という属性が与えられた者は一人として存在しない、というのがその理由だった。

 正直言って、属性が与えられた事には多少の興奮を覚えたが、それ以外の細かな説明はどうでもよかった。

 だからその後に説明された事はだいたい聞き流した。

 そもそも親父達は言法の知識が浅いのか、ろくに説明しようとしなかったし、とりあえずエルフのとこに行ってから説明を聞け、みたいな流れだったから聞く気もなかった。


 あれよあれよと旅の支度が整い、誰にも惜しまれること無く俺はメルカナを後にした。

 あ。でもエリーだけは泣きながら暴れてたか。


 船に揺られること3日。

 馬車に揺られること2日。

 前世を含めても、生まれて初めての結構な長旅だった。


 そして、今に至る。

 ほんとにあっという間に時間が過ぎてしまった。

 まぁ、街の人達はいい人ばかりだし、よそ者だからと言って爪弾つまはじきにされる様な態度を取られたことは、記憶上では一度も無い。

 ほんとに感謝している。


 一部の例外を除いて。


 俺は鍛錬用に借り受けた部屋で、毎日言法の鍛錬をしている。

 ここでは木造の家屋が主流なので強度的には心許ないが、広さは十分だし、野外の目立つ場所で行なう訳にもいかない。

 あまり贅沢を言っちゃ悪いしな。


「違う! もっと溜める様にアストラルを取り込めと何度も言っているでしょう!?」

 耳をつんざくような声が脳内を駆け抜けた。

「すみません、先生。感覚的でちょっと分かりずらくて……」

「そんな事では鍛錬にならないわ! だから1年経ってもろくに上達しないのよ。やる気あるの?」

「ほんとにすみません……」


 俺を叱っているこの女性は、ナリーシャにも言法を教えている優秀な人物らしい。

 名前はマフィリア。

 肩口までで整えられた金髪。

 綺麗な緑眼。長い耳。

 すらっとした細身で、見た目は20歳くらいにしか見えない。

 実際の年齢は……もちろん聞けない。

 薄緑色のワンピースに皮で出来たジャケット。

 左足の部分には大きくスリットが入っていて、その間からはホルダーで付けられた短刀が見え隠れしている。

 エルフの中でもかなりの言法使いらしく、何やら有名な学院を卒業しているらしい。

 人柄もよく、皆からも慕われているそうだ。

 俺にはイメージ出来ないが。


 俺がマフィリア、先生を最初に見た時に受けた印象は、マナと似てるなー、というものだった。

 先生は眼鏡も掛けているし、何よりも、マナほどとは言わないが、巨乳なのだ。

 自分で何言ってんだっていう自覚はあるが、なんだか親近感を覚えたのは確かだ。

 でもそれだけだった。


「だから違うっ! それでは効率が悪くなって言法の威力が上がらないわ! これだから魔族は力を過信して、大雑把なアストラル操作しかできないのよ。忌々しい……」

 そう、どうやら先生は。

「大火力で辺り一面焼き払えばいいとしか考えてないんでしょ?」

 魔族が嫌いらしい。


 この街、エルフィンドルに滞在するにあたり、俺が魔族だと知らされている者は極小数に制限されている。

 余計な混乱を招く事になりかねないし、魔族によって肉親を殺された者も少なくないのだろう。

 実際、今の世界情勢を鑑みれば想像に難くない事だし、俺が魔族だとバレれば武器を手に追いかけ回される事は目に見えてる。

 だから、ダーシェさんやナリーシャなどのこの街を治める王族の一部。

 それに言法の指導をしてくれるマフィリア。

 この人達だけが俺を魔族だと知っている。

 他の者には決してバレてはいけない。


 先生は会った直後から、いや、俺が魔族だと知った時からあからさまな態度だった。

「なんで私がよそ者の、それに忌々しい魔族の指導などしなくてはならないのですか?」

 ってな具合で取り付く島もない様子だったが、ダーシェさんの頼みだからと、渋々、もの凄く渋々了承してくれた。

 まぁ、教えてくれないのであれば独学で何とかするしかないとは思っていたが。


 それから1年。

 何だかんだでよく教えてはくれている。

 それ自体は有難い話だ。


 俺は深く呼吸をし、起動式を唱えた。

「大気に満ちるアストラルよ。その恩恵を我に与えよ!」

 ここだ。

 ここで大気中からアストラルを取り込み魔力炉へ集中させる。

 まだだ。まだいける。

 胸の辺りが焼けるように熱い。

 ……限、界、だっ!!

「その力をもって、鋼の如き鎧を纏わせたまえ!」

 身体全体を淀みない光が被った。

「今回は……まぁまぁね。でもまだ練り込みが雑よ」

 褒められた……のか?

 こんなことほとんど無かったから、正直ちょっと嬉しい。


 これは防御力を飛躍的に高める無属性の言法。『ヒドゥンアーマー』

 文字通り、見えない鋼の鎧を纏ったように、大抵の物理攻撃を寄せ付けなくなる。

 実際の鎧を纏うことを考えれば、機動力が落ちずに済むし、余計な事で体力を使うこともない。

 この力は、言法は、必ず必要になる。

 学べる知識は根こそぎ学び尽くしてやるさ。

 俺のために。

「だいぶ魔力炉を使ったわね。今日はこの辺でおしまいにしましょう。ちゃんと復習しておくように」

「分かりました! 今日もありがとうございました」

「明日これが出来なかったら、指導から降りるからね」

 先生はそう言うと、鍛錬室から出ていった。

 たぶん先生は、誰かに何かを教えることが好きなんだろう。

 それは俺にも理解出来た。


「流石に少し疲れたか」

 だが、もちろんこれで鍛錬は終わらない。

 日が暮れてからが本番だ。

 自室で少し休んでおくか。

 タオルで汗を拭い、部屋から出ようと立ち上がったちょうどその時、バタンッとドアが開いた。


「ヴェイグはいるーー?!」

 ちょうど休もうとしていたのに。

 お姫様のご登場だ。

「いますよー。何か御用で?」

「ちょっと街まで付き合って!」

「えー。今鍛錬が終わったから休み……」

「いいからっ!」

 強引に腕を引っ張られる。

 本当に少しくらい休みたいんだけどなぁ。

「着替えくらいさせて下さい! と言うか、そんなに走ると転びますよ!」

 俺の腕を掴みながら通路を走り抜けて行く。

「ひゃんっ!!」

 言わんこっちゃない。

 ドレスの裾を踏んで派手に転んだナリーシャ。

 俺は咄嗟に目を逸らした。

 ナリーシャはサッと立ち上がると、俺の目の前まで駆け寄ってくる。

「……見た?」

 顔を赤らめてプルプル震えていらっしゃる。

「い、いや。何も見てません……よ?」

「じゃあ何色?」

 そんなん模範解答が分からん!

 認めるか?それともシラを切り通すか?

 ……ええい!ままよっ!

「白こそが至高でございます」

 俺が紳士的に答えた次の瞬間。

「バッチリ見てるじゃないのよーーっ!!」

 ゴシャッ!

「す、すみません……した……」

 ナリーシャの光速の平手打ちによって意識を刈り取られた俺は、膝から崩れ落ちるように、倒れた。


本編突入遅くなりすみません。

これからは1週間に1話は投稿できるように書いていきたいと思います。

投稿情報をTwitterにてご確認ください。

これからもよろしくお願いします。

@_gofukuya_

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