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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
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2章 38話

テントを後にしたヴェイグとマシィナ。

淡く灯りがともるテント。

周囲からは夕食の匂い。

そんな中、今後の方針を決めるべく、勇者と各方面軍の指揮官と話し合いに臨む。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

 直ぐに来れば、と言う話ではあったが、特段急ぐ気は無い。

 あいつの言う通りにするのが気に食わないというのもあるが、何だか身体が重い気がする。

 気のせい程度の違和感。

 しかし、確実な違和感。

 あの時の、意識が飛んだ時のせいなのか。

 それとも別の要因か。

 皆目見当がつかない。

 俺が考えても答えが出ないタイプのものだというのは、何となく分かる。

 やっぱり、アイツに会いたくないのかもしれない。生理的に。

 一先ず、そういう事にしておこう。


 俺のすぐ後ろを歩くマシィナ。

 その歩みからは迷いは感じられない。

 しっかりと地面を踏みしめる音。見なくても、それだけで十分。

 何処で、どのタイミングで意識が変わったのかは分からない。

 女の子の考える事なんて、俺に分かる筈もないし。

 ……付き合った事も、ないし。

 ……逆に俺の方が凹みそうだ。


 白く塗り替えた軍服が、風を受けて靡く。

 その風に乗り、そこかしこからいい匂いが漂っている。

 淡い灯りの灯るテント。


 そうか。夕食の配給か。

 俺達も話し合いが終わったら夕食にしよう。

 戦場に居ると、そんな単純な事も忘れてしまう。

 俺はともかく、マシィナには食べさせないとな。


 ……さて。着いてしまった。

 建設的な話し合いになればいいのだが、そうならないという強い予感がする。

 まぁ、なるようにしかならないか。

 俺は一度マシィナの方に目をやると、司令部のテントへと手を掛けた。

 そして、勢いよく布を捲った。


 暖かいテント内。

 吐いた呼気が、強い湿気を帯びているのを感じる。


 さぁ、さぁ。

 どう死ぬかを話し合おうじゃないか。

 せいぜい役に立ってくれたまえ。

 くだらない人間共。


 長い机の入口側を陣取った俺とマシィナ。

 正面にはもちろん、ピカピカ勇者様御一行。

 右と左にも見慣れない人物が数名。

 各方面軍の指揮官を同席させろと言ったが、人数が多いな。


「遅いっ! すぐ来いと言っただろう!」

「すまんな、勇者様。俺もそんなに暇じゃねぇんだ」

「アルネス様に対して何たる無礼! 何処の馬の骨かは知らんが、ここで切り捨ててくれるっ!」


 俺に対して右側。

 がっしりとした体格の髭のオッサン。

 短い黒髪には、所々白髪が混じっている。

 屈強そうだが、そこまでの圧力は感じない。

 ……見事な鎧だ。

 むしろ本人よりも鎧から力を感じる。


「それに、死神を同行させるとは。戦場で見たのは勘違いでは無かったか。……愚か者が……」


 今度は左側。

 細身の長身。歳は30ちょいか。

 金髪のオールバック。切れ長の眼が印象的な嫌味な奴。

 こちらは軽装だが、帯剣していない。

 言法使いか?

 ……こいつらは、当然貴族階級だろう。

 あの豚の息のかかった奴らか……。


「ま、まぁまぁっ! 御二方とも落ち着いてください! 今回はこれからの戦略を決める大切な場ですので!」


 ユルグの言い方を考えると、俺が魔族である事なんかは伝えていないな。

 もし知らせていれば、今この話し合いは成立していなかっただろう。

 賢明だが、ユルグが禿げないか心配だ。


「ヴェイグさん。こちらの方は右翼分隊指揮官のゴードン様です。そしてこちらの方が左翼分隊指揮官、ガリンガム様です。後ろの方々はそれぞれ隊を指揮する隊長の皆様です」


 髭のオッサンがゴードン。オールバックがガリンガム、か。


 元々話し合いの予定があったのかもしれないが、短時間でこれだけの面子を集めるということは、事の重大さを理解しているようだな。ユルグとトーリは。


 今このタイミングで敵が攻めてきたらどうするんだと言いたいが、それは止めておいてやろう。

 こいつらなりに頑張ったんだろうしな。


「それでっ! 今回は何の用だ!?」


 ……まったく。いちいち眩しい勇者だな。

 それにしても、何の用だって。

 本当に脳味噌詰まってるのか?

 まぁ、前回の事を根に持っているんだろうけどな。

 そんな事で突っかかるなよ……。


 俺は軽い頭痛に苛まれつつ、本題に入ることにした。


「有益な情報を持ってきた。それを元に今後の方針を決めなくちゃならない」

「ふんっ! お前のような者が持ってくる情報など、信じるに値せん!」


 うっさい髭だな。


「聞いた上で信じられないなら何もしなくていい。そのまま死ね」

「なっ!!」

「とりあえずヴェイグの情報を聞きましょう。判断はそれからで」


 相変わらず怒ったような顔のトーリ。

 だが、ユルグ同様冷静な判断が出来る様だ。


「2日後、北方軍は攻勢に出る。小競り合いではなく、全軍をもって」

「何だって! そんな情報を何処から」


 いちいち大袈裟なリアクションをどうも。勇者様。


「敵の指揮官だ」

「指揮官を倒したのですか?!」

「いや、ユルグ。残念ながら退けただけだ」

「はんっ! 敵将の首も取れんとは、情けないにも程がある! やはりこの話は信じるに値せん!」


 俺の話を、ゴードンが一蹴する。

 しかし、ユルグとトーリは違う。

 明らかな動揺。緊張。

 冷や汗が見て取れた。

 ……そう。俺が倒しきれなかったのだから。


「……そ、その。敵の指揮官は……」


 唾を飲み、恐る恐るといった様子でユルグが俺に尋ねる。

 そう、恐ろしくとも聞かねばならない内容だ。


「……ヴァンパイア……」

「なっ!」


 周囲の空気が、一瞬で凍りつく。

 皆の瞳に翳りが見えた。


 上位魔族と言うべき存在。

 その存在自体が脅威となる、正真正銘の強者。

 災厄とも呼べる程。

 だが、そんな事で諦めてもらっては困る。

 ほぼ確実に、更なる災厄が訪れる筈なのだから。


「確かな情報ではないかもしれない。それでも、かなり有力な情報だ。こちらも準備をし、対応しなければならない。少しでも後手に回ればナイガス軍の敗北は決定的になるからな」

「ヴァンパイアなど、僕が切り伏せるっ!」


 本当にこの勇者は。

 よく今まで生きてこれたものだ。


「お前じゃ確実に死ぬ。一応ナイガス軍をまとめる為に利用価値があるんだ。勝手に死ぬな」

「……それ程なのか?」


 更に眉間に皺を寄せて、トーリが口を開く。


「あいつが本気なら、1人でもナイガス軍を壊滅させるだろうな。お前達じゃあ決定打に欠ける」

「……そうか」


 おいおい。

 さっきまでの勢いはどうした?

 こいつらがこうなるんだ。

 マシィナやニーナ達がああなったのも普通の反応なんだな。

 ちょっと責めすぎたかな。

 ……俺には分からん。


「恐らく、今までの小競り合いは何かを待っていたと考えるのが妥当だ。その何かが2日後に到着する。間違えようのない脅威だろう」


「「……」」


「こちらも隊の編成を考え、敵をイルム平野よりこちらに来させるわけにはいかない」

「……いる、から……だ」

「は?」


 ブツブツと、ガリンガムが何かを呟いた。

 それは小さすぎて聞き取れない程であった。だが。

 次の言葉は、聞き取る事が出来た。

 出来て、しまった。


「死神が、いるからだ……。だからこんな事に……」

「そうだっ! こいつが全て悪いっ! こいつがいるから多くの同胞が生命を落とすことになるのだ!」

「ちょっ! ちょっと皆様っ!」

「事実だろう! ユルグ殿も知っている筈だ!」

「死神め……。お前だけ死ねば良いのだ」


 ……またか……。

 何も知らないくせに。

 マシィナの事を考えた事も、ないくせに。


 視界が白く明滅する。


 もう思考する事も、面倒だ……。


 ……それは、まったく予想外だった。


 左の袖を、弱く引かれる感覚。

 振り返った俺の瞳に映ったのは、困ったような、泣きそうな表情のマシィナだった。


 でもこれは……違う。


 心配しているのだ。俺を。

 俺が取るであろう行動と、その結果を。


 何でこんな表情をさせているんだ、俺は。

 俺が何をしても、マシィナの境遇や、周りの反応は変わらない。

 マシィナ自身が変わり、行動をもって示さなければ、意味は無い。

 そうしたとしても、直ぐに変化がある訳では無い。

 だが、お前が悪い訳じゃないだろうに。

 そのくらい、俺にも分かる。


「……ヴェイグ。私は、大丈夫だから……」


 この言葉は、俺にじゃない。


 自分に言い聞かせているんだ。


 だって、唇が震えているし、蒼い瞳だって歪んで見える。白い肌が、ほんのり紅く見える。

 とても普通じゃないじゃないか。


 大丈夫。大丈夫だと。言い聞かせてる。


 ……何故。理不尽は平等ではないのだろう。

 ……何故。不幸は見失ってくれないのか。

 追いかけて、追いかけて。

 死に追いやるまで。


 俺は、今までマシィナに見せた表情の中でも、一番優しく、微笑んだ。

 わざとじゃない。

 自然に、そうなった。

 だってこれは、あまりにも理不尽であるから。


「……お前のせいじゃない。これは、俺が正義を曲げられないだけだ……」


 袖を掴むマシィナの指を、優しく解く。


 次の一瞬。

 瞬き程の間。


 俺は、ゴードンとガリンガムを鏖殺した。

読んでいただきありがとうございます。


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@_gofukuya_

これからもどうぞ呉服屋をご贔屓に。

呉服屋。

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