表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
76/93

2章 35話

魔族としての力を解放したヴェイグ。

ラーシャも戦闘態勢をとる。

しかし、その行方は余りにも一方的で……。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

呉服屋。

 体内のアストラル量が跳ね上がる感覚。

 それと同時に、大気中に浮遊するアストラルが微かに感知できた。

 薄い帯のような流れ。

 淡く、それでいてキラキラと輝くそれは、様々な色彩を見せる。


 こんな事は今まで無かった。

 大気中のアストラルが可視化するなんて、まるでダーシェさんの緑眼。

 俺は、俺の可能性覚醒はどうなっているんだ?

 人間というものは、ここまでのポテンシャルを持っているものなのか?

 それとも、もっと別の何かが要因となっているのか?


 ……今は、まだいい。

 どうせ考えた所で答えは出ない。

 今回も身体的な変化は無し。

 そろそろ、前世の年齢に近くなっているからか?

 それもどうせ分からない。


 ならば、俺がやる事はただ一つ。

 ただの手合わせだろうが、眼前のヴァンパイアをバラバラにする。

 俺の持てる力は、この忌まわしくとも使わざるを得ない形切流と、敵を殺せと叫び続ける狂気のみ。

 ならば。なればこそ。

 歪んだこの口元だけが、俺に真実を告げてくれる。

 俺に残された、俺が残した、たった一つの正義を叫んでくれる。


「ラーシャッ! お前を殺して、北方軍を皆殺しにするッ!」

「ハハハハァッ! 南方軍は面白い奴が多いのは知っているけどよぅ、お前は特別ぶっ飛んでんなぁヴェイグッ!」


 高らかに笑ったラーシャは、紅い眼をギラつかせながら戦闘態勢に入る。


「でもそうじゃなきゃよぅ。ほんとにすぐ殺しちまうからなぁ」


 玩具を見るような、純粋な眼差し。


「しんたいきょうかぁーーッッ!!」


 ラーシャを覆うアストラルが層の様に積み重なっていく。

 厚く、更に厚く。

 紅い、瞳と同じ色のアストラル。


「おいおいっ! 今のが詠唱か?!」

「あったりまえだぁッ! シンプルだからこそ、アストラルが応えてくれるってもんだ! シンプルな想像力が強ぇ力になるんだよぅッ!」


 ちくしょう!理にかなってやがる!

 馬鹿のくせにっ!


 俺も詠唱を始め、錬気抜刀を発動。


「そんじゃあ行くぞッ! せぇのぉッ!」


 視界を覆う土煙。

 真っ直ぐ。

 真っ直ぐに突っ込んで来たはずなのに、姿が全く見えなかった。

 俺の瞬迅と同じか、それ以上。

 ただ移動しただけでこれかよっ!


「記念すべき第一撃だぁッ!」


 右の拳。

 馬鹿正直。真正面。

 前言通りなんの小細工も無し。


 回避は間に合わない。

 咄嗟のことで重心が後ろにずれた。

 この体勢からではカウンターは有効じゃない。

 選択は、防御。


 俺は胸の前を両腕で守る。

 次の瞬間。


「ぐッッ!!」


 凄まじい衝撃。

 肉が、骨が軋む。全身に響く。

 このままでは防御をこじ開けられるっ!


 ただの打撃。

 俺はただの打撃で20メートル程吹っ飛んだ。


 だが、わざとだ。

 わざと後ろに飛ばなければ、俺の両腕はへし折れていた。

 それ程の一撃。

 俺も無属性の身体強化持ち。

 それでも、これだけの性能の差がでるのか。

 ……純粋な身体強化。

 特化型。

 単純だからこその強さ。

 そして、だからこそ厄介。

 俺に説明してくれた時に、親父もそう言ってたっけな。

 なるほど。

 あいつも正しい事を言うんだな。


 俺は直ぐに体勢を立て直す。

 追撃は?来るか?


 風の流れる感覚が頬を掠める。


 俺は両腕を顔面まで上げる。と同時に右側から脳を揺さぶる衝撃。

 間髪入れずに左側からも強烈な鈍痛。


 いったい、何、が。

 意識が飛びかける。


 揺れ歪む視界に写る、靴の裏。


 俺は瞬時に跳ね起きると、夢中で距離を取った。


 ラーシャによって踏みつけられた地面が沈み、蜘蛛の巣状に割れ裂けた。


 速い。

 そして、重い。


 右側面からの蹴り。

 受けた勢いでそのまま左顔面を地面に強打。

 倒れた所に踏みつけの追撃。


 理解は出来る。だが処理が追いつかない。

 それ程の一連の動き。


 改めて。

 ヴァンパイア、ハンパねぇな!


「おいおいヴェイグッ! でかい口叩いた割にそんなもんかよ! つまんねぇ! つまんねぇなッッ!!」


 引き合いに出すのもアレだが、ラーシャは兄上やエルザァと同格。

 間違いなく王の盾、スクート=アブ=レィジ級の強さ。

 ……もしや。


 俺は急いでネヌファに繋ぐ。


「ネヌファ! もしかして、グルガ砦で強そうな指揮官って……」

「あぁ、こいつだよ」

「あぁ。じゃねぇよッ! そういう事は早く言えッ!」

「言ったって言わなくったって、お前がやる事は変わらないだろ?」

「そりゃあそうだが……」

「そんな事より次が来るぞっ!」


 左のボディブロー。

 鋭い痛み。その後でじわじわと追いかけ響く衝撃。


「戦闘中に考え事かぁ? 余裕だなぁ!」

「ッ……まぁなッ!」

「まさかやる気が出ねぇのか? なら、あそこに隠れてる奴らを殺せば、ちったぁやる気が出たりするのか?」


 ラーシャは顎でマシィナ達が隠れている茂みを指した。


「……てめぇ」

「なんだぁ? 仲間を殺された方が燃える質か?」

「殺したきゃ殺せ。だが、あいつらは俺のもんだ。どうせ殺られるくらいなら俺が殺す」

「ハハッ! やっぱヴェイグはぶっ飛んでるッ!」


 無邪気で純粋な笑み。

 エルザァとも、俺とも違う。

 違う意味でズレている。


「だいたい分かった。そろそろ本気で殺る」

「……やっとかよぅ」


 ラーシャは待ちくたびれたと言わんばかりに一つ息を吐いてから言った。


 もっと。

 もっとだ。

 くべ続けろ。

 俺の何もかもをくべろ。

 元より、復讐が済むまでもてばいい。


 まったく、こいつは強いなぁ。

 でもやっぱこうでなきゃなぁ。

 正義を賭けるなら、こうでなきゃ。


「……は……はは……はハ……ははハはハハはハハハハハッッッ!!」


 無意識に、笑いが口から溢れ出た。


 背骨を直接掻き毟るような鮮烈な殺意。

 戦場に立ち、対峙したならば敵。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。

 同じ様に。

 あの時と、あの時と、あの時と。

 そう脳内で誰かが囁く。

 蠢く。


「ネヌファッ! 炉に、火を入れろォォおォおおおォォオッッ!!」


 燃える様に熱く。

 体内のアストラルがマグマの様に。

 留める必要は無い。

 全て、吐き出せばいい。


 全身に回る熱。

 その熱のせいか、それとも何かの弾みなのか。

 俺の中に埋もれていた記憶が、急に思考を占領した。

 それは、俺が思い出したくなかったもの。

 心のどこかで拒否し、否定したかったもの。

 復讐だと言っていても、そこに至る為に必要な力だとしても、本当の意味で使おうとはしていない。

 使ってはいけないと。受け入れてはいけないと。

 肯定と否定の狭間で揺れ動き続ける、俺の弱さの象徴。



 形切は、人を殺す為の術だ。

 何代にもわたり受け継がれてきた純粋な殺人術。

 俺は、その後継者。


 嫌だ。

 俺はそれが本当に嫌だった。

 なぜこんな家に産まれたのか。

 なぜ殺さないといけないのか。

 そんな事を考えてはいけない事も。

 なぜ?なぜ?なぜ?

 そう考えなかった日などなかった。


 俺は片桐ではなく、形切を名乗る事を許された、家系の中でも一握りの存在。

 形切は、敵を殺す道具。

 ただただ、敵を殺す。


 望んでなんかいなかった。

 形切を与えられる事も。

 道具に成り下がる事も。

 俺は、ただの人間なんだと。

 殺さない道もあるのではないかと。


 それでも、俺は選んだんじゃないか。

 忘れたつもりか?

 人を殺すという覚悟をしたあの日の事を。

 これまでの死を無駄にするつもりか?


 違うッ!

 無駄になんかしない。

 だから殺す道を選んだんだ。

 例えそれが間違っていたとしても。


 そうだ。

 ならば思い出せ。

 お前はどうやって殺してた?

 お前が学んだ技はそんなものだったのか?

 その程度の力で何かを得ようとしていたのか?


 こんなものじゃない。

 的確に、冷静に、無駄もなく、ただ確実に生命を奪う。

 それが……。


 そう。

 それこそが『形切』。

 あの頃とまでいかなくても、もう出来る筈だろ?

 小細工なんて要らない。

 形切は、敵を殺してこそ形切。


 そして、敵は目の前。

 狂気と共に、敵を討て。


「了解」


 そう囁いた俺は、流れる様な体捌きでラーシャへと接近。

 ラーシャは反応出来なかったのか、反応しなかったのか、少しも動く様子は見せない。


 俺は右の掌を、ラーシャの胸へと伸ばす。


 触れればいい。

 触れさえすれば、殺れる。


「ーーなッ!!」


 急に我に返った様な声を上げたラーシャが、咄嗟に回避行動をみせた。が。


 俺の掌が、ラーシャの左腕に触れた瞬間、弾け飛んだ。


いつも読んでいただきありがとうございます。


Twitterのフォロー、ブクマ、評価、感想、レビュー等々、励みになりますのでよろしくお願いします。

@_gofukuya_

これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。

呉服屋。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ