2章 34話
目の前に現れたヴァンパイア。
死を纏うような漆黒。
しかし、見た目はかなり若く見えた。
どうやら中身もそうらしく……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
目の前の敵は、圧倒的な存在感を漂わせながら、ゆっくりと立ち上がった。
ヴァンパイア。
有名な種族だ。
だが、実際の所どんな能力を秘めているのか見当もつかない。
前世の御伽噺程度の知識でよければ多少持ち合わせているが、まず通用しないだろう。
十字架に弱いとか、ニンニクが苦手とか、心臓に杭を打ち込めば倒せるとか。
流れる水の上は移動出来ないなんてものもあったか?
それ以外にも、蝙蝠に姿を変えるとか、驚異的な再生能力があるとか、血を吸った者を同類に変えるとか変えないとか。
どれも御伽噺の域を出ない内容だ。
そもそも、この世界には宗教があるかどうかも不明な時点で、十字架なんてものはまず効かないだろう。
さて、予備知識がないまま戦闘に入るのは危険だが、戦闘とはそもそもそういうものだからな。
贅沢は言ってられない。
そんな事をぐるぐる頭の中で考えていたのだが、当のヴァンパイアを見て気づいた事がある。
……なんか、凄く若い。
どう見たって、中学生くらいにしか見えない。
肉体的な特徴を見る限りでは、年齢は14、5くらいだろうか。
歳を取らないとか聞いたことはあるが、それにしても若くないか?
俺が11歳の時点で、魔族に見た目は関係ないとは思うが。
俺はまじまじとそいつを観察していると、バサッと黒いマントを勢い良く翻した。
裏地は期待を裏切らない紅だ。
「おーっす! なんか強い奴が混じってるみてぇだなぁ? ちょうど退屈してたから見に来てやったぜぇ!」
「……」
……なんだろう。
敵なのは分かるが、凄くやる気が出ないというか。
言い方が悪いかもしれないが、いきがってるガキを見ているようだ。
「おい! 無視すんなよっ! 寂しいだろっ!」
……なるほど。
いきがってはいるが、その実は正直な奴で、周りに流されてワルやってます的な?
まんま中学生じゃねぇかっ!
「すまんすまん。別に無視した訳じゃないんだ。それで、お前何しに来たの?」
俺はなるべく刺激しないように、それでいてちゃんと相手してやろうと思った。
……なんか可哀想に見えたし。
「何って、見に来たって言ったろ?」
目の前の中学生ヴァンパイアは、偉そうに腰に手を当てると、何言ってるんだこいつ?という顔をしながら答えてくれた。
「……そうか。そうだったな、すまん。なら今回の戦闘も終わりみたいだし、お引き取り頂いていいかな?」
俺は頭痛を抑える様にこめかみに手をやると、丁重なお帰りを願う事にした。
「まぁ、確かになぁ。でもさぁ、ちょっと早すぎねぇか? まだ始まってすぐだったぜ?」
表情が豊かな奴だ。
ころころと変わる。
ある意味では、これ程人間的な奴は初めて見たかもしれない。
……まぁ、魔族なんだが。
「早く終わらせる為に魔族を狙ったからなぁ。なんかすまん」
「いやいや、別にそれはいいんだけどさぁ」
いいんかいっ!
「最近小競り合いばっかで飽き飽きでさぁ」
「そうみたいだなぁ。一気に攻めたってナイガス軍くらい倒せるだろう?」
「そうなんだよ。弱っちぃ人間なんざワンパンなんだけどなぁ」
「なんか理由があって攻めて来ないのか?」
「詳しいことは分かんねぇけど、なんかを待ってるらしいぜ? 秘密兵器的な?」
答えるんかいっ!
「……へぇ。お前も大変だな」
……こいつ、馬鹿だ。
いや、正直な良い奴だ。
北方軍側も、こいつの性格を分かっているから重要な情報を寄越していないのかもな。
でもそれを考慮すれば、それだけが全てだという事はない。
他にも何かあると考えるのが自然だ。
言い換えれば、知られてもいい内容しかこいつには教えられていない可能性が高い。
それでも、普通喋っちゃ駄目だろ。
「そうだっ! 折角だから少し闘おうぜ!」
「……えー。ただ暇なだけだろ?」
「そうだけど、そういう事言うなよっ! いいじゃん、やろうぜ!」
中学生ヴァンパイアはやる気満々なご様子。
その口元からは長い歯が見て取れた。
「じゃあ、少しだけな」
「あざぁーっす!」
ほんとなんなのこいつ。
俺は友達かよ。
「お前さぁ、ヴァンパイアだよな?」
俺は徐に尋ねてみた。
なんかこいつなら何でも答えてくれそうだったし。
「そうだけど?」
「ヴァンパイアってどんな闘い方すんの?」
「……んー。人によるけど、基本ヴァンパイアは身体強化がメインかな。他の魔族よりちょー強力なんだぜ」
「ほー。なんか特別な言法とか使わないのか?」
「使うには使うけど、血を操る操血って言法を使うかなぁ。それは固有だから、人によって違うけど。あと、他の生物の血を吸えば高速再生が可能だぜ」
「へぇ。思ったよりもシンプルなんだなぁ」
「当たり前だろ。俺達ヴァンパイアはシンプルだからこそ強ぇんだよ。余計な不純物は要らねぇ」
なるほどねぇ。
小細工はしない。
自分達が何に優れているかしっかりと把握しているからこそ、それを、それだけを生かしきる。
理にかなっているし、真実に近い。
ヴァンパイアは、個体として既に強い。
間違いようのない上位種。
そして、強い理由が良く分かった。
こういう手合いは、単純だからこそ嫌いじゃない。
「なぁ? 名前聞いといていいか?」
「ん? 俺か? 俺はヴェイグだ」
「……ふーん。ヴェイグは南方軍か?」
正直かなり驚いた。
鈍い様に見えて、案外鋭い。
上位種であるから、俺が魔族であるという事はバレると予想はしていたが。
流石と言わざるを得ないか。
「……そうだ」
「まぁ、こんな事する奴らは南方軍くらいしか想像つかねぇしな。あ、別に誰にも言わねぇから安心しろよ」
「正直そうしてもらえると助かる。お前の名前も聞いていいか?」
「俺はスラーシャヴニだ。長ぇからラーシャでいいぞ」
「分かった。じゃあラーシャ、やるか?」
「手加減はなしだぜ? 全力でやらなきゃ一撃でバラバラになっちまうからなぁ」
「分かった。全力でやらせてもらう」
俺がそう言うと、ラーシャは無邪気に笑った。
純粋な笑顔。
俺並に殺している事は分かる。
いくら若かろうが、魔族であり、ヴァンパイアだ。
なのに穢れがない。
生まれた時から、いや、遺伝子レベルで、他者の生命を奪う事は、呼吸と変わらないと刷り込まれているからか。
何にしろ、当たり前なのだ。
生命の一部。
生活の一部。
だから、穢れる訳が無いのだ。
その理由が無い。
……無理やりそうした、俺とは違う。
本物がいるから、自分が違うと認識できる。
自分の選択したものの、愚かしさが。
「じゃあ行くぜっ! ヴェイグッ!」
ラーシャはそう言うと、マントを外して投げ捨てた。
いや、それ外すんかいっ!
俺は思念伝達を繋ぐ。
「ネヌファ。やるぞっ!」
「楽しそうだな」
「あぁ。こういう真っ直ぐな馬鹿は嫌いじゃない」
「どっちが馬鹿だ。この戦闘馬鹿め」
「……すまん」
「手間がかかる方が可愛いものさ。やってこいっ!」
俺は大きく息を吐き、ラーシャを真っ直ぐに見据えた。
「炉に、火を入れろっ!」
高揚感。
胸から溢れ出る熱が、期待の表れ。
本物を、狩れと。
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呉服屋。




