2章 33話
マシィナと隊長達を残し、戦闘へと入るヴェイグ。
魔物は放置し、魔族のみを叩く。
目視出来る魔族は2体。
手早く対処し次の魔族の索敵をする筈だったのだが……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
「ネヌファ、いるな?」
俺は思念伝達でネヌファに呼びかけた。
「もちろんいるぞ。またやるのか?」
「あぁ。今回はスピード勝負だ。一気に北方軍の魔族を叩く」
「加減をする気は無しか。その方がお前らしいがな」
「今回も覚醒を使うかもしれない。限界まで。そうなったら制御を頼む」
「言われなくてもそうするさ。私はお前と契りを結んだんだからな」
「……助かる」
俺はそう答えると、思念伝達を切った。
「マシィナ。こいつらを頼んだ」
「……分かった」
背中から、小さくマシィナの声が聞こえた。
まぁ、今のマシィナなら問題無いだろう。
余程の強敵が出てこない限りは。
俺は大きく息を吐くと、真っ直ぐに戦場を見据えた。
消えゆく白い吐息の向こう。
標的は、魔族。
今視認出来ているのは2体。
三叉長槍を持つリザードマン。
そしてもう1体は大斧を担いだミノタウロス。
屈強そうな身体付きはしているが、どちらも大した敵ではない。
だが、見えていない所にまだ魔族はいるだろう。
油断は出来ない。
兎に角早く無力化し、次の魔族を索敵する。
上手く行けば、もっと上玉を引っ張り出せるかもしれない。
……そうなればと、心から望む自分がいる。
せいぜい俺を、退屈させるなよ。
「形切流殺人術、乱風、留まれ。零之型、二番、操風・瞬迅」
衝撃の余波に巻き込まない為に、戦場を大きく右回りに迂回する。
それでも、直ぐだ。
まずは、ミノタウロス。
でかい図体。
硬い外皮。
身体を覆うしなやかな毛。
発達した筋肉が雄々しく隆起している。
だが俺に、形切に、そんなものは通用しない。
一瞬でミノタウロスの側面。
俺の通って来た地面が抉れ、凄まじい勢いで雪と土、砂利などを高く巻き上げる。土煙。
視線が合う。
大きく、紅い瞳。
長く伸びた鼻先から白い息を吐く。
前腕、肩の筋肉の些細な動き。
担いだ大斧を振る初期動作。
いい反応だ。
この速度に対応出来ているのか。
俺は瞬迅の勢いのまま、ミノタウロスの左脇腹に触れた。
密度の高い筋肉の感触。
生半可な打撃では通す事は出来ない。
俺は両脚を力強く踏み込み、攻撃へ移る。だが。
大斧が既に目の前。
予想以上に、出来る。
だが、形切を舐めるな。
俺は瞬時に身を屈める。
擦り切れるような風圧。
大斧が俺の揺れる髪を撫でていく。
低い姿勢からミノタウロスの脚を払う。
体勢が、ぐらりと後ろに傾いた。
……倒れる。
「形切流殺人術、三之型、六番、轟雷・天逆」
左脚で強く大地を踏む。
回転運動による衝撃。
捩切れるように割れる地面。
倒れるミノタウロスの胴体目掛けて蹴り上げられる右脚が、それを捉えた。
大気を震わせる蹴りによる打撃。
破裂する腹部。
勢い良く周囲に飛び散る臓物。
高く舞い上がった血液は、文字通り血の雨となって降り注ぐ。
真っ二つ。
ぬるりとまとわりつく心地よい鉄の臭い。
身体を芯から染め上げる。
「……ハハッ!!」
内側から込み上げる愉悦が、快楽が。
恍惚の笑みが口元から漏れた。
そして、視線の先。
……次は、お前だ。
距離は100程度。
瞬迅。
再び柱の様に高く上がる煙。
薄く鼻に感じる水の臭い。
矛先は目の前。
この速度にカウンター。
こちらも思ったより出来るじゃないか。
嬉しい誤算だ。
水の言法による変幻自在の槍先。
以前にも見た。
リザードマンはこれが得意なのか?
だが、エルフィンドルで戦った奴よりも、今回の奴はずっと強い。
水に込められたアストラルの密度。
正確に追尾してくる操作技術。
おもしれぇ。
一本、二本目の追尾をぎりぎりまで引き付けて躱す。
残る三本目。
「形切流殺人術、収束し、紡げ。零之型六番、操風・嵐壁」
鈍い摩擦音。
その程度で嵐壁の密度は超えられない。
一気に間合いまで切り込む。
一瞬耳に入った風切り音。
……どこだ?
槍の柄か!
左逆袈裟から迫る鋭い一撃。
戦い慣れている。
いい練度じゃねぇか!
いいねぇ、いいねぇ、いいねぇ、いいねぇ!
派手に、殺してぇ!
左脚の裏で槍の柄を止めると、そのまま踏み折る。
流れる様に右脚を前に滑り込ませると同時に、強く地面を捉えた。
逃がしはしない。
遠慮するな、きっちり死に逝け。
俺は両手の掌でリザードマンの胸部に触れた。
「形切流殺人術、一之型、九番、虎砲」
強烈な破裂音。
一瞬の静寂。
吹き飛んだ血液が、綺麗で。綺麗で。
その一粒一粒を、見逃したくない程。
地面を、雪を、黒く、紅く染める。
ぼとぼとと落ちたのは、両手脚の一部。
それ以外は、肉塊、肉片へと化した。
俺はそろりと立ち上がると、血に濡れた髪を掻き上げる。
頬がほのかに熱い。
理由は知れている。
うっとりする程気持ちのいい戦闘。
高揚している。
性的な快楽と言ってもいい。
今日も俺は、正常だ。
歪む口元が、そう告げていた。
さて、次は……。
周囲を見渡すと、どうやら戦闘が停止しているようだった。
魔物共も退却を始めている。
今倒した2体の魔族は、それなりの地位だったのか?
まぁ、弱くはなかった。
ナイガス軍が相手ならかなり苦戦したかもしれない。
だが、こんなに早く退却とは。
何を考えているか本当に分からない。
俺は森林地帯へ戻ろうとした。その時。
「……ッッ!!」
急に背筋に走る悪寒。
俺は反射的に振り返る。
大気を重く、淀める程のアストラル。
それを放つ張本人は、ゆっくりと、漂うように、この地に舞い降りた。
音もなく。
だが、その存在感は真逆。圧倒的。
黒い、闇。
何もかも黒い。白い雪との対極。
その中に浮かぶ、血に濡れた様な紅い瞳。
黒いマントに覆われたソレは、死の香りを漂わせる。
あれは、知っている。
無知な俺でも想像がつく。
昔、親父からも聞いた記憶がある。
魔族の中でも上位の存在。
ヒエラルキーの頂点に近き異形。
「……ヴァンパイア……」
いつも読んでいただきありがとうございます。
次からも戦闘回になりますのでお楽しみに。
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これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




