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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
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2章 31話

自分の部隊に入る子供達をボコボコにしたヴェイグ。

マシィナの怨みを買いそうだが、それよりも必要な事だった。

死に直面した時の強い想いが。


テントに戻ったヴェイグはしばしうたた寝をしていたが、そこにマシィナがやって来て……。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

呉服屋。

 俺はテントに戻ると、ベッドに腰掛けた。

 こんな前線でベッドがある事が異常だと思うが、だからといって文句を言うような事でもない。

 それだけぬるい戦争なんだと、そう思うだけだ。


 薄く、硬いベッドの感触。

 使用されている木材がきしきしと高い音で軋む。

 俺は頭の上で腕を組むと、そのままベッドに身体をあずけた。

 更に軋む音が耳に障ったが、今はそれよりも、慣れないことをした疲労感の方が勝った。


 たとえ相手が子供だとしても、俺が何かを諭すなんて烏滸がましい。

 以前の俺なら、絶対にしなかった事だ。

 それは俺の役目ではないから。

 ……やはり、ヴェイグの存在が影響しているのか。

 その考え方、思想が俺の精神に変化をもたらしている。

 そう考えるのが自然だと思う。

 悪い事だとは思っていない。

 混乱している訳では無いし、不快に思う事も無い。

 不思議と、これが今の自分なんだと思える。

 それでも、俺のやるべき事は変わらない。

 戦場に出て、甘えを見せる訳にはいかない。

 目的は、果たさねばならない。

 その為だけの生命なのだから。


 俺はゆっくりと目を閉じると、しばしの微睡みに身を任せた。



 外からの足音。

 靴底と地面の摩擦音。

 近づく気配。

 テントの布が擦れる音。

 俺はそれで目を開いた。

 ここは戦場だ。ぐっすりなんて眠っていられない。

 前世で勝手に培った、生きる為の術。

 いくら周囲は味方だらけといっても、気を抜くわけにはいかない。

 目を開いて最初に飛び込んできた情報は、蒼。

 それと、感情を悟らせない瞳。

 白い肌。白い軍服。

 ……マシィナのお説教タイムの始まりかな。


「ヴェイグ。あそこまでやる必要があったの?」


 文字通り、そしていつも通り、眉一つ動かさずに俺に圧力を加えてくる。

 もちろんもう慣れているし、そんなものはスルーさせてもらうが。


「さっきも言ったが、誰も大怪我なんてしていない筈だぞ? それに、あの程度でどうにかなるなら、本当に必要無い」

「……そんな事言わなくても。まだ子供なんだから……」

「じゃあお前は、子供だからといって甘く育てられ、戦場に出てからも大切に扱ってもらえたのか?」

「……」


 マシィナは唇を強く噤み、視線を地面に落とした。


 やけにしおらしい態度だな。

 もっと普通に怒鳴られたりするかと思って覚悟してたけど。


「あいつらは、あのまま戦場に出たら死ぬだけだ。何も成さず、何も残さず、何も納得出来ないまま死ぬ。だから少なくとも戦う理由ははっきりさせたかっただけだ。それが生きたいっていうシンプルな答えだとしても。俺は、俺以外の死にたがりは必要ない。それだけだよ」

「……そう……」


 一言だけ?それだけ?

 何なんだよ。俺が責めてるみたいじゃねぇか。

 調子狂う奴だな、ほんと。


「俺は一人で戦うことに慣れてるし、支援も必要としてない。付け焼き刃の連携なんて邪魔になるだけだしな。だから、実質の部隊の指揮はお前に任せる。もちろん俺からも指示は出す。……しっかりと、守ってやれ」

「……分かった」


 マシィナは一言そう言うと、顔を上げた。

 その瞳には、強い意思のようなものを感じる。

 いや、違う。

 これは覚悟の眼差しだ。

 ……今度こそ。

 そういう類の覚悟。

 目的は、正義は違っても、覚悟は同じか。


 俺は短く微笑むと、再び瞼を閉じようとした。

 その時。


 微かに振動を感じる。

 それに、地鳴りのような低い音。


 俺はベッドから飛び起きた。


 今日も来やがったか。

 背中がぞくぞくしやがる。


 マシィナも気づいたのか、険しい表情をしている。……たぶん。


「連日出張ってくるか。小競り合いが続いているとは言っていたが、結構頻繁なんだな。……何が目的だ?」

「分からない。でも、何かおかしい」

「……お前もそう思うか。何にしても、俺達は出るぞ」

「もちろん」


 俺はそう言うと、ベッドから立ち上がった。

 マシィナも俺も戦闘準備は出来ている。

 そのままテントの布を捲った。


「……何のつもりだ? 今日は待機と言ったはずだが?」


 目の前にいたのは、5人の隊長。

 ニーナ、クリフ、ノレイン、フレイ、ミシエラ。

 雁首揃えて、いったいどういう事だ?


「しゅ、出撃するのですか?!」


 ニーナが口を開いた。

 俺が殴った左の頬が少し腫れている。

 殴った、と言うより押し飛ばした、という表現が適切だからな。

 手加減は上手く出来ていたようだ。


「そうだが、お前達には関係ない。さっさと戻って休め」

「大丈夫だ! 俺達はやれる! 連れていってくれ!」


 ……クリフ。

 せめて上官、目上の人に対しての言葉遣いくらいしっかりしてくれ。

 まぁ、俺は気にするような質じゃないからいいけども。


「駄目だ。はっきり言っていない方がいい。邪魔だ」

「それでも! それでも連れて行ってはくれませんか?!」


 どうしたイケメン。やけに必死じゃないか。

 ……そう言えばお前の顔をボコっとくの忘れてたわ。


「上官の命令に逆らうのか?」

「……み、見ているだけでもいいんです。連れて行って下さい……」


 もじもじするなよ。

 お前今、大したこと言ってないだろ。

 ノレインはこんなんで大丈夫なのか?

 今まで生きていた事が不思議だな。

 ……よく見ると、結構胸大きいんだな。

 大人びて見える訳だ。


「戦いには参加しません! それなら命令に背いていませんよね?」


 フレイ、そんな理屈通るか馬鹿。

 お前はもふもふだから許すだけだからな!

 もふもふじゃなかったら死罪だからな!


「……お前らなぁ……」


 俺は呆れ顔で溜息をついた。

 どうしたんだよ、いきなり。

 お前達だって、さっきの一件で納得した訳じゃないだろ?

 正直、俺はめんどくさいんだよ。


「……ヴェイグ……」


 俺は隣のマシィナに視線を移す。

 じっと俺を見る深い瞳。

 蒼い、静かな海を思わせる、深い蒼。


 お前まで、こいつらの肩を持つのか。

 何だか良く分からないが、めんどくさいんだってば。


「……分かったよ。ただし、お前達はマシィナと待機。戦闘への参加は認めない。どんな状況であっても、だ。いいな?」


「「はいっ!」」


「準備は出来ているな? 早速行くぞ」


 俺はそう言うと、イルム平原へと脚を向ける。

 周囲の兵も慌しく準備を整え、足早に戦場へと向かって行く。

 無数の足音、雪を踏みしめる音が木々に鈍く反響する。

 俺達は急ぐ必要はない。

 せいぜい、ナイガス軍には役に立ってもらわないと困る。


 俺はマシィナと5人の隊長を伴い、ゆっくりと戦場へと向かった。


いつも読んでいただきありがとうございます。


Twitterのフォロー、ブクマ、評価、感想、レビュー等々、励みになりますのでよろしくお願いします。

@_gofukuya_

これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。

呉服屋。

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