2章 30話
突然子供達を襲い始めたヴェイグ。
しかし、それにはちゃんとした理由があった。
生きたいという想いを引っ張り出す為。
そう認識させる為だった……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
俺は拳を開くと、ニーナの頭の上にそっと置いた。
ニーナは目を見開いたまま、ぽかんとしている。
だが、次第に瞳は曇り、あんぐりと空いた口は波打つように歪んだ。
そして、大声で泣いた。
みっともなく、でも清々しく。
その声は皆にも伝播し、あちこちから泣き声が聞こえてきた。
これが年相応。
戦場に出て戦っていても、こいつらは子供。
何もかんも分かった様な事を口にしても、それでも子供なんだ。
「死んでるやついるかぁー? いねぇよなぁー?」
俺は皆に聞こえるようにそう言うと、2度手を叩いた。
「気絶してる奴がいたら起こせー。とりあえず皆集合ー」
俺の声を聞いて、子供達が集まってくる。
気絶してる奴を起こし、肩を貸し合い、互いに支え合いながら。
少し時間はかかったが、無事に皆集合した。
「……どういう事? 誰も殺してないの?」
いつの間にか俺の隣に来ていたマシィナが、睨みながら俺に問いかけた。
「俺を何だと思ってる? そんな無闇に殺すわけないだろ」
「でも、殺気は本物だった……」
「そうじゃなきゃ意味無いだろ。なに、これも経験さ」
「……狂ってる……」
「知ってるよ」
俺は集合した子供達を見渡した。
恐怖に瞳を染める者。
怒りに塗りつぶす者。
別にそれで構わない。
この場合、必要なのはこの結果と過程、全てだから。
「どうだった? 死ぬ程の恐怖は? 絶望の味は?」
俺がそう言うと、噛み付くようにクリフが口を開いた。
「何を考えてやがる! 殺す気か?」
「はぁ? 実際誰も死んでないだろ? 俺は手加減には自信があるからな」
「それでも、こんな事に何の意味があるんですか?!」
瞳に涙を溜め、フレイが声を荒らげた。
「……死にたくないと、そう思っただろ? 生きたいって、そう思っただろ?」
低い声音で俺がそう言うと、皆の身体がびくんと跳ねたように感じた。
「嫌だって。こんな所で死にたくないって。理不尽だって。どうにかして生き延びたいと、そう思わなかったか?」
静寂。
皆は俯き、口を固く噤んだ。
「その気持ちを大切にしろ。死にたくないと、生きていたいと。そう思えるうちは」
皆は俯いたまま、顔を上げようとしない。
認めたくないのか、恥ずかしいのか。
そんな事、どうでもいいのにな。
ひねくれた育ち方しやがって。
まぁ、俺の方がよっぽど人でなしだったと思うけど。
「顔を上げろっっ!!!!」
俺は皆にぶつけるように、大声を上げた。
一斉にこちらを向く顔。
一様に驚いた様子。
どいつもこいつも湿気た面。
辛気臭いったらありゃしない。
「死に望んで、生きていたいと思えたのなら、それは本当の望みだ。お前達は、死にたくない、生きていたいんだ。国の為にとか、100年早い。だから、ちゃんと足掻け。死なないように。そうしたって、どうせ突然死ぬんだ。だから、精一杯戦って、生きろ。覚悟も無いのに、死ぬ事は許さない」
そう言った俺の顔を見詰める、100の大きな瞳。
「まだお前達は子供だから、あんまり難しい事を言っても分からないか。……まぁ、なんだ。簡単に言うとだな」
俺は頭を掻くと、真っ直ぐ皆の方に向き直った。
「死に望んだ時、生きたい。死にたくない。これ以外の感情が湧いて来た時は、死んでいい。諦めるのはなしだけどな。まぁベストは、笑って死ぬ事かな。……って、簡単じゃ無かったか」
「……笑って、死ぬ……?」
ノレインが不安そうな顔で俺を見る。
「……そう。後悔しない生き方、死に方。覚悟と、自分の正義と。道半ばであっても、自分のこれまでに後悔はないって死ねるように。それを目指せ。お前達はまだ子供なんだ。そのくらい、欲張った方がいい。色々諦めるのは、もっと大人になってからにしろ」
俺がそう言うと、納得出来ないというか、理解できないといった表情を浮かべる子供達。
「じゃ、じゃあ。指揮官はどうなんですか? 覚悟とか、正義とか」
また綺麗に手を挙げると、ニーナが聞いてくる。
まぁ、耳の痛くなる質問だ。
俺は実際、後悔している訳だしな。
でも少なくとも、あの時はそうじゃなかった。
……死んだ、あの日。
目的は達成出来なかった。
身を焦がす憎悪、行き場の無い怒り。
それでも、死ぬ事は納得していた筈だ。
……兎にも角にも、真面目に答えなきゃならんか。
俺は天を仰ぐと、一つ息を吐いた。
霞んで消える白い靄。
感じる多くの視線。
……手本にはならないんだけどな。
「俺の正義はただ一つ。目的を果たす為に、目の前の敵は一人残らず殺す。それまで死ぬ気は無い。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺し尽くす。阻む者を、叩いて潰す。必ず辿り着くという覚悟と、殺すという正義。それが俺を構成する全てだ。俺は悪い手本だが、心に決めること、何かを貫き通す意思は重要だ。持っていて損は無い。この機会に考えてみるといい」
そう言った俺を、皆が見詰めていた。
正直、どんな気持ちで見ているのかは分からない。
だが、悪い方に捉えていない事は確かなようだった。
「話が逸れたな。まぁ、先にも言ったが、俺はお前らの生命なんてどうでもいい。助けてやるつもりもない。だから、今までの行動も全て、お前らが自分で自分を守るように促す為のものだ。それに、副官がちゃんとお前らを守ってくれる。そう簡単に殺させやしないさ。だから、お前らはこの部隊にいろ。それが最も生き残る可能性が高い選択だ。今のお前らなら、分かるだろ?」
「「はいっ!」」
「いい返事だ。……俺は勇者とかじゃないし、むしろ魔族だがな、あの勇者よりは強い。嘘だと思うなら、今すぐ勇者の首を取ってきてやる」
「……ヴェイグ……」
吸い込まれそうな程暗い、深い瞳で俺を見るマシィナ。
強く握られた拳が、ぶるぶると行き場を求めて暴れている。
こえぇぇ。
俺、そのうちこいつに殺されるかもな。
いや、割とマジで。
「まぁ、悪いようにはしないさ。どのみち頭数は必要だ。仲良くやろうじゃないか」
俺はそう言い終わると、マシィナを見た。
まだ拳が暴れている。
……もう止めて下さい。
「マシィナ、衛生班を呼んで来てくれ。こいつらの手当を。俺はテントに戻る」
「わ、分かった。あとで、言う事あるから……」
「はいはい。お手柔らかに」
俺は手をひらひらさせると、子供達に背を向けた。
「とりあえず今日は手当したら解散。もしも戦闘があっても出なくていい。これは命令な。明日は同じ時間に集合。遅れるなよ」
俺はそう言い放つと、テントに向かって歩き出す。
ああ、そうだ。
大切な事を言い忘れてた。
脚を止め、その場で振り向く。
「もしも、俺に敵対するなら、次は容赦なく殺す。俺としては、それもなかなかそそるがな」
俺は口を歪ませる。
無邪気に、おぞましく。
一般的な正気など、とうに無い。
これが俺の正気。狂っているのが正常。
向けられる畏怖の眼差し。
「……本当に、狂ってる……」
「やっぱりそうだよな。ありがとう」
汚物を見るような、マシィナの瞳。
……やめろよ、殺したくなる。
俺は再び歩き出すと、テントの中へと姿を消した。
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