2章 27話
勇者を返り討ちにしたヴェイグ。
マシィナと同じテントで一夜を過ごしたヴェイグが目を覚ますと、雪は止んでいた。
そんな中ユルグが現れて……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
昨夜は雪が降り続いたようだ。
起きて準備を整えた俺は、用意してもらったテントを出た。
思ったよりは積もっていない。
動くのにも支障はない。
何も問題ない。
相変わらずマシィナとテントが一緒だが、流石にもう慣れた。
マシィナは嫌だろうが、そこは我慢してもらわないと。
最前線で物資も限られる。
そもそも、最前線でテント建ててる方がおかしいのだから。
警戒はしていたが、夜襲もなかった。
この世界では戦争に何らかのルールでもあるのか?
それともたまたま夜襲がなかっただけか?
その辺は戦場で、これから確かめるしかないな。
少しすると準備を終えたマシィナが出てくる。
いつも通りに髪を後ろで一つに結び、腰には剣。
鎧の類は身に付けておらず、俺と同じ、白い塗料でカモフラされた軍服。
ぴしっとしていて、なかなか雰囲気が出ている。
黙っていれば可愛いし、その瞳を何とかすればもっと可愛いだろう。
感情を表に出さないというか、出す事を恐れている。
失くしたフリをして、自分を騙して閉じ込めている。
俺にはそんなふうに見えた。
……もったいない。
「ジロジロ見て、何?」
「……いや、今日も平常運転で何よりだ」
俺は自然に、別に何の意図もなく微笑みながら言った。
何も写したがらない蒼い瞳。
その奥が少し揺れた気がした。
「……死ね……」
「死なない」
そんな他愛もないやり取りをしていると、木々の奥から人が歩いてくるのが見えた。
別に周りに他の兵士もいる。
ただ、特別目立つから直ぐに目に付いただけだ。
「おはようございます、ヴェイグさん」
「おー、ユルグ。こんな早くからどうした?」
少し遠くからでも問題なく認識出来る長身。
190くらいあるか?それとも2メートル?
それでイケメンだもんなぁー。
……死ねばいいのに。
前世の俺は180くらいだったから、今もそのくらいかな?18歳くらいだったら成長止まってたし。
周りは超人的な奴ばかりだから、正直身長とかどうでも良くなるけどな。
ふと隣を見る。
……ふむ。
マシィナは160くらいか?
年齢から考えても長身な方だ。ましてや女性だし。
こいつは美人になるんだろうな。なんてジジくさい考えか。
「昨日兵士を貸すと言いましたので、早速連れてまいりました」
「ご苦労さん。ユルグは仕事が早いなぁ」
木々の奥からぞろぞろと。
えーっと。
子供、子供、子供。
子供……子供……子供。
って!子供ばっかじゃねぇか!
うちは託児所じゃねぇぞ!
「……ユルグ君。これはあいつの指示かね?」
「……はい。申し訳ありません……」
本当に申し訳無さそうに俯くユルグ。
そして、呆れも表情から読み取れた。
大方、使えない、足で纏になる少年、少女兵を集めたんだろう。
当て付けとか、本当に小さい奴。
ガッカリ倍増だ。
「別に構わないさ。それで、何人だ?」
「50人集めました。足りないのであれば、もう50人程なら回せますが……」
「いや、十分だ。むしろ多いくらいさ」
「分かりました。それではこの兵士達はヴェイグさんに預けます。自由に使ってください。それと、基本的に作戦に参加して頂かなくて結構です。条件通りに動いてください」
「助かる。でも、作戦や方針の情報は欲しい」
「それはもちろん。伝令を送るように手配します」
「ユルグは出来る奴で有難い。何か困った事があったら言ってくれ。お前なら助けてやる」
俺がそう言うと、ユルグの表情が解れた。
無理にそうした訳ではない。
でも、終始硬さが見えた。
見た目が人間だから警戒心はまだ薄いだろうが、それでも俺は魔族。
打ち解ける必要は無い。
だが行動に支障が出るのは、正直困る。
社会性の生き物なのだから、当然の思考。
「はいっ! それでは、私は本部に行かなければならないので、これで」
浅くお辞儀をすると、金髪イケメンは木々の間に消えていった。
残ったのは、50人の子供達。
……さて。どうするか。
しっかりと整列し、腰には帯剣。
そうは言っても大人用のは大きすぎるから、長さは調整されている。
まぁ調整された武器がある時点で、駄目なんだけどな。
鎧も肩や肘、膝、胸といった主要な部分を守る軽鎧。
機動力の確保と、単純な体力面の問題をカバーする為。
フルプレートなんて、付けられるわけないしな。
装備は思ったよりもまとも。
……日常的に酷い扱いを受けているという訳では無さそうだ。
その分、完全に戦力として認識されている。
……本当にこの国は、いや、魔族以外の種族は厳しい状況なのだろうな。
生きるか、死ぬか。
存続か、根絶やしか。
選べる選択肢が、元々少ないのだ。
「さて。とりあえず自己紹介しておく。俺はヴェイグ。こっちがマシィナだ。これから俺達がお前らの上官になる。覚えろ」
「「はいっ!」」
いい返事だ。
一応訓練は受けているんだな。
「この中で一番歳上は誰だ?」
「私です!」
間髪入れずに返事が返ってくる。
声で分かる。女の子。
隊列の一番端。
細身の少女。
長い黒髪は一つに束ねられ、瞳は黒。
何だか懐かしさを感じる。
「いくつだ?」
「はい! 12歳です!」
「他に12歳の奴は手を挙げろ」
えーっと、にい、さん……。
全部で5人か。
丁度いいな。
「では12歳の5人を隊長にして5つの隊を編成する。5人は前へ。その後ろに速やかに整列」
「「はいっ!」」
大きな返事と共に、子供達は行動を開始。
積もった雪を踏みしめながら、あっという間に整列は完了した。
なんだ、優秀じゃないか。
これだったら、一番駄目なのはあの勇者だな。
「よし。じゃあその場で楽にしろ。少し話しをする」
俺がそう指示を出すと、少し戸惑った様子を見せながら、各自強ばった姿勢を解いた。
「それじゃあ副指揮官からお言葉をもらうぞー、ちゃんと聞くように」
「ちょっ、わ、私はいい……」
「何言ってんだよ。思った事を言えばいい」
もじもじとするマシィナ。
こういうのは得意じゃないだろうが、お前には必要な事だ。
マシィナは一つ息をつくと、渋々といった様子で話し出した。
「……私は、私も、少女兵でした。死神と言えば知っているでしょう」
子供達から動揺の色が窺える。
ざわつき。不安。
「皆には死んで欲しくない。……だから!」
必死な表情。
薄い唇から漏れる白い息。
胸の前で強く握り締めた拳。
「私が、守る。可能な限り」
……えっ?終わり?短っ!
……全く、何言ってんだか。
それはこいつらに言ってるんじゃないだろ?
自分に言い聞かせてる。
覚悟を決める為に。
少し震えている。
本当に、少し。
振り絞ったんだもんな。
お前なりに、前に進もうとしているんだもんな。
……強い女だ。
「よし。じゃあ次は俺から。とりあえず先に言っとくが、俺は魔族だ」
動揺は無し。
冗談だと思っているのか、状況が飲み込めないのか。
まぁ、それはいい。
「人間の姿はしているが、俺は魔族。南方軍、魔王アバルスの命を受けここに来た。女王陛下からも直接協力要請を受けている。だから、この戦争を勝たせる」
反応は無し。
何だか皆、呆けたような表情。
まぁ、分からないか。
……それにしても、こいつらもマシィナみたいな瞳をしているな。
諦めて、絶望してる。
悲惨な過去もあるんだろう。
死ぬのは今日か、それとも明日か。
そんな中で生きていれば、こうなるのも無理はない。
ただの駒。
考える事を辞め、生にしがみつかない。
こういう奴らは、死ぬ間際でも驚く程足掻かない。
それでは駄目だ。
俺が困る。
「俺は、お前らの生命なんてどうでもいい。正直守る気もないし、助けてもやらない。守るのはマシィナの役目だしな」
マシィナの方を見ると、凄い形相で俺を睨んでいた。
……目が、目がいつも以上に死んでる。
何やら口がぱくぱくと動いている。
声は聞こえないが、絶対に、いや間違いなく死ねって連呼してるな。あれは。
俺は苦笑いで誤魔化すと、子供達に視線を戻す。
「自分の身は、最大限自分で守れ。都合よく助けを求めるな。それが甘さに繋がる。どんな窮地に立とうと、どうやったら生き残れるかを考えろ。少しでも可能性が高い方を選択しろ。俺は自分を守る為に逃げる事を咎めたりしない。ただ、諦める事は許さない。生きる為に足掻け。避けられない死がおとずれるその時まで、足掻け。手を前に伸ばして、地面に這いつくばって。どんなに醜く、みっともなくても。足掻け。生きている理由が無くても、誰にも必要とされていなくても。もう一度言う、俺はお前らを守らない。そして、諦める事を許さない。以上!」
優しさとか、そんなんじゃない。
同情でもない。
俺だって、こいつらくらいの時にはとっくに人を殺してた。
数え切れない程。
血の臭いが取れなくなるまで。
「じゃあ隊長の5人は俺の所に来てくれ。今後の方針を話す」
さぁ、いよいよ戦争が始まる。
ナイガスを勝たせるために。
……今回は、どんな強者がいるだろうか。
どれだけ殺せるだろうか。こいつらを使って、どんな作戦を立てようか。
……早く、殺りたい。
俺は目の前に来た子供達を見詰めると、醜く口角を歪ませた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
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@_gofukuya_
これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




