2章 26話
イルム平原の小競り合いが終わり、本隊の詰所までやってきたヴェイグとマシィナ。
到着早々、勇者に呼ばれて本部のテントに向かう。
ここでの話はこれからに関わってくる。
あくまでも協力しなければならないのだから、穏便に終わらせたかったヴェイグだったが……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
本隊の詰所へと速やかに後退した俺達は、到着早々、一際大きなテントへと呼ばれた。
恐らくは前線本隊の本部。
スライの中衛部隊からイルム平原へ抜ける直線上に設けられてはおらず、やや右にズレた場所。
どうりで来る時気づかないはずだ。
位置は中衛部隊とイルム平原のちょうど中間くらい。
まぁ、それに関しては特段言うことはない。
それにしても、問題はこの話し合い、というか事情説明?
ここで俺達の今後の立場が決まる。
どう立ち回るか、多少悩むな。
暗い空中から突然湧くように視界に入ってくる雪。
落ち込んだ気温の中、俺とマシィナはテントの前で立ち止まる。
芯から冷える寒さ。これは積もるな。
大きく息を吐くと、目の前が一瞬だけ白く染まる。
「それで、どう説明するつもり?」
無神経な質問を投げかけてくるマシィナ。
その言い方だと、私は関係ないと言いたげに聞こえる。
まったく、無責任というか、丸投げというか。
実際問題悩んでいるわけだから、痛いところを突かれたのは確か。
それも踏まえて腹立たしい奴だ。
「んー。どうすっかねぇ……」
「考えてなかったの? 死ねばいいのに」
「死なねえけどな」
俺は食い気味に言い放った。
でもまぁ、どうするか。
俺とマシィナだけで組んだところで出来ることはかなり制限される。
万の敵に2人だからな。
いつか姿を見せるだろう北方軍の頭を狙うにしても、無謀すぎる。
少なからず兵を分けてもらわなければならなくなる。
あの勇者がそれを許すか。
まぁ結論から言えば許すとは思っている。
なんせ女王陛下から直々に協力を乞われたのだからな。
文句は言われるだろうが、兵は分けてもらえる。
それより問題は、今後の方針だ。
「……ねぇ」
「うん?」
「……魔族だって、言うつもり?」
「何か問題が?」
「……問題って。当たり前でしょ? ここで勇者とやり合うつもり?」
隣に立つマシィナを見る。
最近壊れだしてはいるが、今回は無表情。
それでも、その声音から真剣なのは伝わる。
「それはあいつ次第だ。別にはなからやり合うつもりはない」
「ならいいけど……」
「……あんまり待たせても悪い。行くか」
俺はそう言うと、テントの入口の布を捲った。
テントの中は外よりも格段に暖かく、入るなりその熱が身体にまとわりつく。
勇者様は優遇されているってか。
他の連中はこうではないだろうに。
「やっと来たか!」
突然ぶつけられた怒声。
いきなり凄い剣幕だ。
俺は特に返事をせずに、声を上げた勇者の方に視線を移す。
いるのは3人。
1人目は、いけ好かないイケメンの勇者。
目鼻立ち良く、肌も白くて綺麗。
白髪や鎧と相まって余計に白く、と言うか輝いて見える。
あの時は分からなかったが、瞳は茶色。
そして、左の瞳。
やはり何かの紋章が浮かんでいる。
それに関しては何も分からない。
2人目は長身の男。
恐らくはこいつがユルグ。
兜で顔が見えなかったが、エルフだったのか。
そもそもこの軍は連合軍。
いても不思議じゃないか。
それにしても、久々にエルフを見たが、どいつもこいつも美形だなぁ。
長い金髪。
薄い緑の瞳。
……でも美形ばかりだから、逆にこれと言って特徴無いな。
長身の美形。
こいつの印象はこんなところか。
3人目は、背の低い女性。と言うか、女の子?
小さいなぁ。140くらいか?
骨格も子供のそれだし。
紅い髪は肩口で整えられ、右のもみあげ?部分の髪は三つ編みにされている。
そういうのには疎いから、もみあげで合っているのか分からないが。
そして黒い瞳。
変わった感じの女の子。
それになんか怒った顔してるし。
可愛いには、可愛いが。
「お前は何者だ!? 何故我が軍に加担した!? 何が目的だ!」
いきなり質問攻め。
勇者様はせっかちとみえる。
「俺はヴェイグ。こっちはマシィナ。別に敵じゃない」
俺は可能な限り友好的に言った。つもりだ。
敵じゃないのは事実だからな。
「そこの死神の事はどうでもいい! 僕が聞いているのは君の事だ!」
俺は一瞬マシィナの表情をうかがう。
「……。俺達は女王陛下から直々に協力するように言われて来た者だ。このナイガス軍の勝利の為に」
「協力だと? そんな証拠何処にある?」
「確かに。今は見せられる証拠はないな。でも嘘ではない。信用出来ないならセラシュに直接聞くんだな」
「……なっ! セ、セラシュ、だと?! 陛下の事をそんなふうに……」
「そう呼べって言われただけだ。お前にとやかく言われることじゃない」
「やはり怪しい奴め! 祖国に仇なす者は僕が倒す!」
そう言った勇者は、剣の柄に手を運ぶ。
「お待ちください! この者達は我が軍を助けてくださいました。それをいきなり斬るのは……」
「ユルグ! 甘さで皆を危険に晒す訳にはいかない!」
必死に勇者を止めるユルグ。
こいつは話の分かる奴か。
流石はエルフだな。
……良い奴ばかりではないだろうが、出来ればエルフに危害を加えたくない。
「……あの黒い奴。もう1匹をやったのはあなた?」
棘のある口調。
この女の子はきつい性格なのかな?
「トーリ! そいつと話すのは僕だ!」
「うるさい! 馬鹿は黙ってて!」
へぇ。勇者を馬鹿呼ばわり。
眼を細め、明らかに圧力をかけてくる。
可愛いのに怖いもんだ。
あまり怒らせたくはないな。
「それで、どうなの?」
「……俺が殺った。問題あるのか?」
「問題はない。私は強い奴なら歓迎する」
「私もそう思っています。それに、嘘を言っているようにも見えませんし」
ユルグ。話が早くて助かる。
「それは良かった。それで? 勇者様はどうするんだ?」
俺は腕を組むと、悔しそうな表情を浮かべる勇者に問いかけた。
「……2人が、そう、言うなら……」
「ならそういう事で」
歯を擦り合わせて悔しがる勇者。
話していると思うが、勇者って奴はこんなに融通の利かない存在なのか?
正直、期待外れだ。
「ただ、セラシュにも言ったが、協力するには条件がある」
「……条件だと?」
物凄い表情で威嚇してくる勇者。
ネヌファとの話じゃないが、こいつほんとに脳みそ入っているのか?
「あぁ。俺達は自由にやらせてもらう。どの下にもつく気はない。だから少なくても良いから兵を貸してもらいたい」
「それは構いませんが、大丈夫ですか?」
心配そうに聞いてくるユルグ。
会ったばかりの奴を心配するとは、やはり悪い奴じゃない。
「別に行動を共にしない訳じゃないさ。自由に動きたい時に動けないのは嫌なんだ」
「そうですか。分かりました」
素直なのはいいが、もう少し警戒する事を覚えた方がいいかもな。
「交渉成立だな。それじゃあ、俺達はもう行く」
俺は組んでいた腕を解くと、回れ右してテントの出口へ歩き出す。
だが、このまま出る訳がない。
俺は、根に持つタイプだからな。
「ああそうだ! 言い忘れるところだった」
俺はわざとらしく手を叩くと、勇者の方に向き直る。
そして、笑顔を作る。
歪んだ、満面の笑み。
「俺、魔族だから」
刹那。
空間の軋みが聞こえてきそうな程に張り詰める。
そして、強烈な輝き。
切先は、俺の首まで迫る。
いい反応だ。
だがやはり、見劣りするな。
正直過ぎる。
殺意のブレ。
速かろうが、エルザァ程ではない。
空を斬る横薙ぎ。
返す二太刀目。
どんなに鋭かろうが、当たらなければ意味は無い。
駆け引きもない。
呼吸の読み合いもない。
ただ衝動的に振るわれる剣。
二太刀目も空を斬る。
戦い慣れしていない。
そして何より、殺し慣れていない。
ただ斬ればいいわけではない。
自分より強者との戦闘経験が無い。
致命的だな。
魔物やある程度の魔族相手ならそれでいいだろうが、上位の者には通用しない。
もう、飽きた。
寝てろ。
右の掌底。
吸い寄せられるように勇者の顎を捉えた。
鈍い打撃音。
骨の、関節の擦れ、ぶつかる音。
勇者から輝きは消え、その場に膝から崩れ落ちた。
ほんの1、2秒。
時間を掛けすぎたか?
まぁいい。
「ユルグとトーリと言ったか。俺は魔族だが、穏健派の南方軍だ。魔王に言われて来たが、セラシュに協力を乞われたのも嘘じゃない。悪いようにはしないさ。って、聞いてるか?」
呆けた顔をする2人。
放心状態。
脳内処理が間に合ってないな。
……無理もないか。
「おーい。聞いてるかぁ?」
「「……はっ!」」
同時に我に帰るユルグとトーリ。
余程受け入れ難い現実だったか?
「兎に角、俺は魔族だが敵対する気は無い。ちゃんとナイガス軍が勝てるように協力するつもりだ。自由に動かせてはもらうけどな。分かったか?」
「は、はい!」
いい返事だぞ、ユルグ君。
だがそんなにビクビクしなくていいけどな。
「お前も分かったか?」
俺はトーリを指差しながら言い放った。
「わ、わかった!」
「なら良し。それと、その勇者に言っておけ」
「……な、何をですか?」
「……次、マシィナを死神と呼んだら、殺す……」
俺はそう言うと、出口の布に手をかけた。
「マシィナ、何してる? 行くぞ」
「……う、うん……」
そう返事をしたマシィナの頬は、少し紅く見えた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
穏便に済ませたかったが、マシィナを死神と呼ばれて苛立ったヴェイグ。
勇者と直接対峙したかったという意図もあったが、結果的には勇者を気絶させる。
兎も角、兵は借りることが出来た。
これからどう戦っていくのか……。
Twitterのフォロー、ブクマ、評価、感想、レビュー等々、励みになりますのでよろしくお願いします。
@_gofukuya_
これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




