2章 25話
黒い獣の1匹を討伐したヴェイグ。
残りの1匹は勇者に任せる事にした。
勇者は2名の兵士と共に獣の討伐へ。
果たして、戦いの行方は……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
乱戦となっても、数の有利がある。
そしてアストラル鉱で出来た武具。
流れはナイガス側の優勢。
それに、メウ=セス=トゥが投入されたからか、北方軍の魔物は退却しつつあった。
魔物に意思はない。
あるのは戦い、奪い、殺すという意志と、自分よりも強い者に従うという被支配欲。
考える事が出来ないから。
初めからそうである事が定められているから。
自分より強者が確実に存在するからこそ起こり得る、魔物の中の真理のようなものなのだろう。
それが退却するという事は、そういう事だ。
まぁ、それは今はいい。
戦闘区域に残っているのは、百に満たない魔物と、メウ=セス=トゥの被害者が1匹。
ナイガス側の勝利は揺るがないが、あの獣とどう対峙するかが興味深いところだ。
雪がちらつく中、俺は腕を組み、戦いの行方を見届けることにした。
「あの勇者に任せるのか?」
「……あぁ。勇者という人種と会うのは初めてだ。実に興味深いと思ってね」
「……嘘だな。興味なんてないだろ?」
ネヌファも俺の隣で腕を組み、勇者を見ながら言った。半ば呆れ気味で。
それにしても、腕組むと、胸が凄いな。
どう形容していいか分からないが、こう、柔らかそうで、でもそれだけじゃなくて。
そこまで大きくはないが、形は良い。
……俺だって、男だから。
男だからっ!
「聞いているのか?」
「き、聞いているさ! もう聞き飽きたくらいさ!」
「ふぅん……。まぁ、良いけどな」
何故だか分からないが、ネヌファの機嫌が良くなったようだ。
理由は、ほんと分からないけども。
「兎に角、実力は見ておきたい。戦い方もな」
「それはそうだな。どう戦うにしろ、今回はヴェイグ一人ではどうにも出来ないだろう。背中にしろ、側面にしろ、守って戦って貰わなければならないからな」
「そういう事」
勇者は残党の処理を他の兵士に任せ、2名の兵士を伴い黒い獣の前に出た。
警戒したのか、獣は低く唸り声を上げている。
すると、勇者は手に持つ剣を獣に向けて、何やら叫んでいる様子。
距離があるのと、戦闘音とで、内容までは分からない。
でも、何かを言っているのは確かだ。
「なぁネヌファ。あいつは何を言っていると思う?」
俺は苦笑いをしながら、一応意見を求めてみた。
「さぁ? 青臭い理想論とかではないか?」
「……ほぼ恐らくそうだろうな。敵を前にして何やってんだか」
「まぁ勇者って大体そういうものだろ?」
「やっぱ昔にもいたの? 勇者」
「いたぞー。3人程見たことがあるが、どいつもそんな感じだったからな」
「ネヌファもそういう理想論とかかとかが好きだったりするのか?」
「好きだったらヴェイグと契りなど結ばないさ」
「……それもそうだな」
お互い顔を合わせて苦笑い。
そして、そんな顔も綺麗だ。
そんなやり取りをしていると、獣が行動を開始。
影の鞭を高速で振り回し、勇者一行目掛けて放つ。
鳴り響く風切り音。
そしてほぼ同時に、高い金属音。
勇者と共に前に出た2名の兵士が、その尽くを打ち払う。
片方は長身の槍持ち。
もう片方は小柄ながら大斧。
どちらも見事な捌きで、あの高速の鞭の軌道を見切っている。
「……へぇ。正直驚いた。余裕は無さそうだが、ちゃんと捌くのか」
「メウ=セス=トゥはあくまでも禁法。それを相手にあそこまで出来るなら、悪くは無いな」
「だな」
勇者はと言うと、中央に陣取って未だ動かず。
隙を窺っているのだろうが、あのままでは崩す役がいない。
自分でやらなきゃ埒が明かないだろう。
……と、思っていたのだが。
「おい。あいつ突っ込んだぞ、ヴェイグ」
「あぁ。突っ込んだな、ネヌファ」
予想を裏切る大突進。
その雄叫びはこちらにも届いた。
「あー、あいつあのままじゃ死んだわ」
「なあヴェイグ。あいつは脳みそ入っているのか?」
「……可愛そうだからそこまで言ってやるな……」
他人事だが、なんだかいたたまれない気持ちになるわ。
獣は大きく雄叫びを上げると、右腕の影の密度を高め、爪状に変形。
以前にも見たアレだ。
元の倍程に膨れたその右腕が、勇者目掛けて振り下ろされた。
早い。あれでは、避けられない。
受けるか、いなすか。
次の瞬間、俺とネヌファの期待は、揃って裏切られた。
言い方はアレだが……いい方に、だ。
宙を舞った影の腕。
それは遠くから見ても分かるほど、呆気なく。
豆腐でも切るように切断された。
続いて勇者は、返す剣で獣の首をはね飛ばす。
切断面からは血が吹き出し、獣は、糸の切れた人形の様にその場に崩れ落ちた。
これは、一本取られた。
まさか、これ程とは……。
現実離れした切れ味。
そう、切れ味。
勇者の剣の技量は決して悪くは無い。
だが、俺が以前見てきたような達人や、殺人剣の使い手から比べると、見劣りしてしまう。
だから、驚愕するべきはその切れ味。
つまり、アストラル鉱で造られたあの剣の性能だ。
勇者。
……聖剣ってか。
上がる歓声。
皆、手に持つ武器を天に掲げる。
やるべき事は終わった。見るべきものも。
「ネヌファ。そろそろ消えてろ」
「言われなくてもそうする。面倒事は嫌だからな……。それにしても、また変わったな」
「ん? 俺か?」
「また少しだけ成長した感じか? なかなか……かっ、かかっ、かっこいいぞ!」
ネヌファは恥ずかしそうにはにかむと、一瞬で姿を消した。
……何言ってんだか。
嬉しいけど、そんなんじゃない。
俺は拳の傷を見詰める。
これは……そんなんじゃない。
薄々気づいてはいる。
顔は違う。
でも、背格好。体格。肉付き。
以前の俺を構成していたモノ。
俺が魔族の力を使うことは、そういう事。
昔に、近付く。
それは決して、手放しに喜べる事じゃない。
俺の醜さ、おぞましさ。
考え方まであの頃に戻るという事。
……あの駄神め。
何を考えている。
「……ヴェイグ?」
突然、俺の視界に割り込んでくる蒼い頭部。
覗き込むような体勢。
驚きはしない。
来るのは分かっていたからな。
「ヴェイグ、だよね? なんか少し成長した?」
首を傾げるいつものポーズ。
あの可愛いやつ。
表情に変化はないが。
「そう見えるか?」
俺もノリで首を傾げる。
「うん。ちょっとだけ大人びた。……人間で言うと、18歳くらい?」
「そうか。まぁ、俺は魔族だからな。気にするな」
「……」
無表情で見詰められる。
今日の瞳は、死んだばかりくらいかな?
……そ、そんなに変なのか?
「何だよ?」
「……死ねばいいのに……」
「何でだよっ!」
他愛も無いやり取り。
だが、視界の向こうには捉えている。
こちらに近寄ってくる人物。
「君は何者だっ?!」
「さぁ、誰だろうな」
「とぼけるな! 皆に危害を加える者であれば許しはしない! 皆は僕が守るっ!」
切先がこちらを向く。
短気。衝動的。
よく見ればまだ若い。
20歳前後。
やや長身で肉付きは割と普通。
目立つのはその白髪。
そして、左の瞳に浮かぶ特殊な紋章。
……初めて見るものだ。
そして何より、イケメン。
しゅっと伸びた眉。
高い鼻。自信に満ちた瞳。
整った、とはこういう顔を言うのだろう。
でも、眩しい。
鎧も剣も無駄に光すぎ。
兎に角眩しい。
戦場でこの格好、ないわぁー。
でも勇者でイケメン。
……あ。殺したくなってきた。
「アルネス様! 一先ず落ち着いてください! 戦死者も少なくない。とりあえず下がりましょう!」
こいつ、さっきの槍使い。
勇者もそうだが、他の兵とは鎧のしつらえが違う。
兜を被っているせいで、顔を確認出来ない。が、男である事は間違いない。
「だが! 明らかに怪しい者達だっ!」
「この者達は我が軍に危害は加えていません! 事情は後ほど聞きましょう!」
「ぐっ! ユルグがそう言うのならば……。逃げる事は許さない! 付いてきてもらう!」
ぐっ!って言うやつ初めて見たわ。
まぁこいつが総指揮官だとすれば、あの豚としては扱い易いだろうな。
「逃げる気は無い。俺も話がしたいからな」
俺がそう言うと、勇者は明らかに納得がいかない表情を浮かべながら去っていった。
その後、勇者の指揮で森林地帯への移動が開始された。
兵士の亡骸、装備品は可能な限り回収。
負傷兵を優先してスライの部隊へ移送。
手際は悪くは無かった。
俺とマシィナも勇者の部隊と共に後退した。
いつも読んでいただきありがとうございます。
一先ず小競り合いは決着をみた。
勇者アルネスに疑われながらも、話しをする為に共に後退を余儀なくされる。
魔物の撤退。
これにどのような意味があるのか。
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@_gofukuya_
これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




