2章 24話
現れた黒い獣。
マシィナ、ネヌファと共に戦闘区域に向かうヴェイグ。
マシィナをナイガス軍の支援に向かわせ、ヴェイグは獣へ。
魔物をを倒しながら一直線に進むヴェイグ。
果たして、戦いの行方は……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
俺は戦闘に備えて身体強化をかける。
身体の内側から溢れ出る熱。
アストラルが全身を巡る。
あぁ。興奮しすぎて、意識が、視界が白く飛びそうだ。
早く。早く。早く。
この手で奴らの骨を砕きたい。
肉を引き裂きたい。
筋繊維の一本一本が千切れ、弾ける感触を味わいたい。
柔らかな内臓の弾力を感じながら、破裂するまで打撃を加えたい。
口から吐き出される血液の、滑りと温かさをこの手で満喫したい。
さぁ。
さぁ、さあ、さぁ、さあ。
楽しい楽しい殺し合いだ。
お前らは、どんな正義を賭けるんだ?
「ご機嫌なところ悪いが、目立っていいのか?」
数歩後ろを歩くネヌファが、思考伝達で話しかけてくる。
周りは騒々しいから、その対策だろう。
「構わないさ。この辺りで目立って、砦から敵を引っ張れれば上出来。この地形は流石に不利だ。相手の出方を見るには丁度いい」
「なるほど。出てくるならばよし。出てこないのならば、それなりの理由があるか」
「そうだ。だから、普通に殺らせてもらう」
「……はいはい。お前のそういう所にも慣れてきた自分が嫌だよ」
「力を使うかもしれない。その時は頼んだぞ、ネヌファ」
「ま、任せておけ!」
思考伝達が切れる。
なんか最後の方、変じゃなかったか?
まぁいいか。
それよりも、メウ=セス=トゥか。
エルフィンドルでは結局戦えなかったからな。
グーデンさんとマフィリア先生に任せっきりで、止めを刺しただけだし。
今の俺なら、そんなに時間もかからないか。
それでも兵器である事実は変わらない。油断はしてやらないぞ。
「ヴェイグ! あ、あの。私は何をしたらいい?」
マシィナが俺に聞いてくる。
まだ少し動揺している声音。
俺は振り返らずに答えた。
「こっちは大丈夫だから、お前は兵士のフォローをしろ。あまり戦力が減っては困る。できる限り守れ」
「……ヴェイグの、手伝いが……」
寂しそうな声が、俺の歩みを止めた。
俺は大きく溜息を漏らすと、振り向きざまにずいっと顔を寄せた。
鼻先が触れそうな程に。
「いいか! 今はお前の助けが必要な程の状況じゃねぇ! あんなもんすぐに片付けるから、それまでお前は兵士を守れ! もしお前が必要になったら呼んでやるから!」
俺がそう大声で言うと、マシィナはあからさまに瞳を輝かせた。
頬を赤らめて、嬉しそうに。
「わかったっ!」
マシィナは元気に返事をすると、ナイガス軍の後方支援部隊の方に走っていった。
「……何だかんだで、ヴェイグは優しいな」
「な、なんの事だか!」
「お前のそういう所、好きだぞ?」
「うるさいっ! す、好きとか簡単に言うなぁ!」
ネヌファは隣で意地悪そうな顔をして笑っている。
……ちくしょう。からかいやがって。
「それにしてもどうするんだ? ヴェイグ。瞬迅で一気に敵の前まで行ってもいいが、移動の余波で味方も吹き飛ぶぞ?」
「そんなの、ただ歩いて行けばいいだろ?」
「あの数の敵と味方の間をか?」
「……ネヌファ。お前は格闘術とか殺人術を舐め過ぎだ」
俺は酷く呆れた顔をネヌファに向けた。
もちろん、さっきの仕返しだ。
いい感じで悔しそうな顔してるなぁ。
膨らんだ頬が愛らしい。
まったく、精霊のくせして人間らしいな。
俺はちょっとそこまで散歩、みたいなノリで戦闘区域に脚を踏み入れた。
完全な乱戦。
隊列も何もあったもんじゃない。
それでもしっかり戦えているようだった。
武具の性能、か。
近づいてみるとはっきりと分かる。
あの鎧や武器はかなりのアストラルを纏っているな。
下級の魔物程度なら圧倒できるはずだ。
こりゃあ、意外と早く収まるな。
ナイガス軍の兵士は、一瞬俺の方を見て躊躇う様子を見せている。
敵なのか、味方なのか。
そりゃあそうだ。
いきなり見慣れない奴が、堂々と戦場を歩いているのだから。
鎧を身に付けている訳でもなく、武器すら持っていない。
ただ、軍服は同じようだ、と。
俺はそんな目など気にせず、一直線に敵へと向かう。
ぶつかりそうになる兵士をひらりと躱しながら。
「凄いな。それも形切流なのか?」
「まぁ違うとは言わないが、これは歩法だ。古武術なんかでよくあるんだが、ネヌファに言っても分からないよな」
「分からないが、凄いのは分かる」
「……何も分かっていないのがよく分かったよ」
やはり、ナイガス軍に余裕が見え始めているな。
俺は横目で勇者がいる方を窺う。
……特別探さなくても、輝いていてすぐに分かる。
マシィナの水壁も視界に捉えた。
あの時の様な大規模なものではなく、局所展開。
器用な事が出来るものだ。
優秀。やれば出来る子じゃないか。
左側面からボブゴブリンの襲撃。
突然と言う程でもない。見えていたしな。
武器はやや反った形の剣。
左手の甲で弾くと、やや腰を落として右の掌で腹部に触れる。
次の瞬間、ボブゴブリンの背中がひしゃげ、内臓が飛散した。
俺は掌底によって生じた力を上手く利用し、流れるように歩法に繋げて元の進路に戻る。
お次は、正面にオーク。
大きい体躯。
手に持つ棍棒を振り下ろさんとする勢い。
俺は脚の指に力を込め、瞬発的に速度を上げた。
空を切った棍棒は、そのまま雪を巻き上げる。
俺はオークの真横。
左手でオークの左前腕に触れた。
一瞬で吹き飛び、肉塊となる上半身。
残った下半身からは血と臓物が吹き出し、剥き出しの背骨がゆらゆらと揺れる。
つまらない。
こんな奴らをどれだけ殺そうと。
心が動かない。
闘いにすらならない。
「凄まじい、ものだな。ヴェイグ、強くなってないか?」
「覚醒が、進んでいるのかもな」
「触れただけで、こんな風になるものなのか?」
ネヌファの声音に驚きの色が混じる。
「形切流は、徒手空拳。だがその真髄は打撃に有らず。外部を破壊する打撃では無く、衝撃を内部に通す事が目的。だから拳を固めるのではなく、掌で相手に触れる。内部破壊。一瞬で、確実に相手に深手を負わせ、死に至らしめる。効率良く人を殺す。だからこその殺人術」
「理解は出来ないが、いつ見ても凄惨なものだ」
「技を、起動式を唱えて言法を使わなくても、この程度なら相手にならん」
俺は進みながら魔物を殺す。
何匹も、何匹も。
少し前言を改正しよう。
心が動かないのは確かだが、こんな奴らでも、死んで役には立ってくれる。
俺の気持ちを徐々に昂らせてくれる。
地面に咲く、白と紅とのコントラストが、目を楽しませてくれる。
ヒュンッヒュンッ!
風切り音が近い。
最初の衝撃のせいか、この辺りの地面に雪はない。
土の地面が剥き出しだ。
目の前の兵士の身体が真っ二つになって宙を飛ぶ。
分かたれた下半身と上半身から零れる内容物。
あぁ。
痺れる程綺麗だ。
視界に入る四足獣。
背から生える4本の影の鞭。
揺れる黒い身体。
何処の誰だが知らないが、己の弱さを悔いて死に逝け。
「短期決戦だ。暴走されたらかなわん」
「やるの?」
「……ああ。調整は頼む」
俺は黒いケモノと対峙すると、大きく深呼吸。
ゆっくりと、瞼を閉じた。
「……炉に、火を入れろ……」
冷たい部分が、熱を帯びた。
霜焼けのように胸に痒みが走る。
俺は耐える為に胸の辺りをぐっと掴んだ。
……声は、聞こえない。
アストラルが全身に行き渡る。
なんだか、これまで以上に馴染んでいるのを感じた。
目を開くと、胸から出ていた翼が無い。
だが、その代わりに拳に、腕に、古傷が見えた。
最初の覚醒の時と違い、今度は淡く光っている訳ではなく、はっきりと傷が付いている。
触れてみると、感触もある。
俺は懐かしさに笑みを零した。
それと同時に、申し訳なさも。
これはヴェイグの身体なのにな。
真っ直ぐ前を見据える。
獣は4本の影の鞭をしならせ、俺に向けて放った。
……遅い。
視界に捉えられる。
こんな、ものだっただろうか。
犠牲になった者の力によって、個体差が出るのか?
今は、そんな事はいい。
攻撃が当たらないギリギリまで引き付けて避ける。
体を捻り、上体をやや反らせ、時には屈み。
そろそろ、行くか。
俺は右脚を引き、腰を落とすと、指先に力を込めて一気に地面を蹴った。
自分でも驚く程速く。
以前の、前世のイメージに少し近づいた。
戻っている。確実に。
「形切流殺人術。一之型、三番、天衝殺」
獣は顔面を両腕で守ると、影の密度を上げた。
だが。
高い金属音。
地面を擦るくらい低い打点。
掌底の衝撃で獣の身体が浮く。
腕の影はボロボロと剥がれ、黒くひび割れた肌が露出した。
獣は一つ吠えると全ての鞭を一斉に縮め、俺に向かい放つ。
「流技、風刃疾く駆け、薙ぎ払え。零之型、三番、隼」
左手の手刀。
横薙ぎ一閃。
鮮やかな切り口で乱れ舞う鞭。
「流技、震え、爆ぜろ。零之型、一番、振空」
打ち込んだ右拳。
寸止め。
それでも、振空の衝撃は獣の下半身を食い千切り、身体を覆う影を剥いだ。
俺は地面に叩き付けられる前に、獣、いや人間だったモノの首を掴んだ。
力なく垂れ下がる両腕。
皮膚は黒く染まり、脆く崩れそうだ。
以前は分からなかったが、これは炭と同じだ。
所謂、炭化。
有機物が燃え切った、残りカス。
本当に、胸糞悪い。
ボタボタと血と臓物が落ちる。
それでも、簡単には死なせてくれない。
これが、禁法。
「……こ、ころ、こ、ゴブゥッ!」
獣が大量の血液を吐き出す。
「ころ……し、して……く」
「そうか」
俺はそう言うと、大きく開いた傷口に手を突っ込み心臓を掴み出した。
太い血管がブチブチと音を立て、血をまき散らしながら。
獣は、完全に沈黙した。
俺は地面に亡骸を置くと、もう1匹の獣を目で追う。
少し距離がある。
それに、あの勇者の近くか。
「次に行くのか? ヴェイグ」
俺の横まで来たネヌファが、直接声を掛けてきた。
だいぶ周囲が静かになったしな。
十分に聞こえる。
「いや、折角だ。お手並み拝見しようか」
勇者。
この程度が倒せないようでは、本当に存在する意味が無い。
見せてもらおうか、人間最強。
俺は覚醒を解くと、ネヌファと共に戦況を見守る事にした。
いつも読んでいただきありがとうございます。
今までよりも馴染んだ覚醒を果たし、黒い獣を倒したヴェイグ。
残る獣は1匹。
ヴェイグはその処理を勇者に任せる事に。
勇者の実力はどれ程なのか。
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@_gofukuya_
これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




