2章 23話
目の前に現れた勇者。
どう見ても強そうじゃないとガッカリするヴェイグだったが、どうやらそういう訳では無さそうで。
マシィナの説明で納得するヴェイグだったが、そんな中現れたのは……。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
勇者。
俺はもともとそういった創作作品は見ない方だったが、流石に勇者は知ってる。
人類を救うヒーロー的な存在、だよな?
あとはだいたい魔王を討伐したり、どっかの王女とかと結婚したりするんだろ?
まぁ、言い方はアレだが、リア充的な?
凄い充実した人生を送りそうな肩書きだよな。
俺とは正反対で理解できない。
理解したいわけじゃないけど。
個人的には嫌いなタイプだから。
どう考えても、偽善者だしな。
……虫唾が走る。
「勇者っていっても、そんな強くなさそうだな」
俺はとても残念そうな顔をして言った。
「そんなことは無い。強いですよ?」
「じゃあお前はさ、あいつが魔王倒せると思うか?」
「絶対に無理」
「だよなぁー」
結局即答じゃねぇか!
それじゃあ駄目だろぅ。
確かに弱くはないと、思う。
だが、俺の周りは強い人?多いからなぁ。
魔王いるし。
あれじゃあ兄上にも絶対に勝てない。
それが人間最強かぁ。
やばい。
俺、ナイガス側を勝たせにゃならんのに。
自信なくなってきたなぁ。
それにしても、北方軍はいても1千。
それに対してナイガス側は6千程か?
前線戦力のおよそ半数。
この森林の周辺に分散して陣地を構えている感じか?
この平原までスライのキャンプから歩いておよそ2時間程。
真っ直ぐ来たから、今戦っているのは中央本隊という事になるか。
それで、このザマ。
あー。勇者の事と合わせて頭痛い。
……それに、本隊にまで子供を使っているのか。
こりゃあ、関心しないな。
「なぁマシィナ。戦闘ってだいたいこういった開けた場所でやるのか?」
「そうですね。そうじゃないと言法支援も出来ないですし」
「なるほどなぁ」
これ以上後退出来ないのは分かるが、そもそもこんな場所で戦う必要があるのか?
見晴らしが良すぎるし、グルガ砦から丸見えじゃねぇか。
……そうだ。
丸見えなのに何故一気に殲滅しに来ない?
北方軍の戦力なら余裕だろ?
ネヌファが見たという相手の指揮官クラス。
あいつがああ言ったんだ。
それは明らかに勇者より強いはず。
勇者を倒せばナイガス側の士気も下がるし、ほとんど勝利は確定だ。
なのに、何故それをしない?
それにナイガス側もそうだ。
グルガ砦までなら遠距離言法の射程内。
なのに何故撃たない?
敵の手に落ちたならば破壊すればいい。
どう考えても厄介なんだからな。
……待てよ?
ナイガス軍の装備。鍛冶が盛ん。後方支援の薄さ。まさか……。
「……マシィナ。もしかして、人間って言法苦手なのか?」
嘘だ。嘘だと言ってくれ!
「そうだよ?」
はい、即答っ!
マシィナの言法はなかなかのものだった。
兄上と戦った時の障壁は見事だ。
人間はあれくらい出来るものだと……。
薄々勘づいてはいたが。
だが、だからこそ疑問が浮かぶ。
その人間が、今までどうやって魔族の進行を防いできた?
何か、どこかにカラクリがある筈。
でも、どう見ても強くないんだよなぁ。
どう見ても……。ん?
「マシィナ、何度も質問して悪いんだが、ナイガス軍の鎧や武器が薄く光っているのはなんだ? あれも言法か?」
俺は勇者を指差しながらマシィナに尋ねた。
「あれはアストラル鉱の光。この辺りで採れる特殊な鉱石」
「へぇ。何か効果があるのか?」
「アストラル鉱は、長い年月をかけてアストラルを多量に含んだ鉱石で、もともと言法の威力の底上げ、効果時間の延長に使われていた。でも、多量に含んでいた分、アストラルを溜め込む事も出来ることが分かったの。人間は言法、と言うかアストラル操作が苦手で、魔力炉の規模も大きくない。だから、アストラル鉱を使った武具でそれを補い、今まで魔族と戦ってきた。……そんな事も知らないの? 死ねばいいのに……」
「死なねぇよ」
なるほどな。
遠距離言法を使わないんじゃなく、使えないのか。
初耳な事が多かった。
それなら、目の前で戦っている連中は、見た目よりも強いと言う事になる。
北方軍としても、思ったよりも厄介な相手か。
それにしたって兵の練度がなぁ……。
まぁカラクリは分かった。
少しは使えるか?
「どうするの? 戦う?」
「それなぁ。戦場が目の前だからワクワクするんだが、あの程度じゃ燃えねぇんだよなぁ」
「戦闘狂。変態」
マシィナが冷たい目で俺を見てくる。
「それより、お前守らなくていいのか? 目の前でお仲間が死んでるぞ?」
「私とは何の縁もない人達です。守る必要ありますか?」
「冷たいなぁ」
「それに、私が全員守れる訳ないじゃないですか。私が守りたいと思った人だけ守れれば、私は満足です」
「……そうだな」
お前のそういうはっきりした所は嫌いじゃない。
無理なもんは無理。
じゃなきゃ……取り零すからな。
そんな事を考えていると、前線から凄まじい衝撃音が聞こえてきた。
俺達がいる場所にまで伝わる振動。
数人の兵士が目の前まで転がってくる。
いや、もう兵士だったもの、か。
なんだ?
北方軍の言法か?
飛び散る雪と、立ちこめる砂煙。
地表の雪を消し飛ばし、地面を深くまで抉ったのか?
僅かに光る鎧の集団。
へぇ。あれだけの衝撃だったのに、しっかり耐えたのか。
あの鎧、高性能だな。
ヒュンッヒュンッ。
どこかで聞いた、風切り音。
これは、この音は。
身を乗り出し、前線に目を凝らす。
砂煙と降る雪の向こう。
揺れ、しなる無数の漆黒の鞭。
「……これはこれは。面白いもんが出てきたもんだ」
千切れ飛ぶ手脚。頭部。肉片。肉塊。臓物。
飛び散り、吹き出し、地面を雪を染める血液。
鉄の、死の臭い。
「メウ=セス=トゥ」
俺は怒りと共に、背中を駆け上がる愉悦に身を任せた。
笑わずには、いられない。
今度は、今回は、何を、誰を犠牲にした?
この、クソ共が。
それも2匹。
最高かよ。
「……ヴェイグ……なに、アレ……」
マシィナは、目の前の地獄に恐怖しているようだ。
手で口を覆い、小さく震えている。
俺にしてみれば、こんなのぬるすぎる。
まだ、たった数十人死んだだけだからな。
「あれは旧大戦の禁法だ。大方、捕まえた人間を使って、死ぬまで暴れる兵器に変えたんだろうさ」
「あ、あれが人間、なの……?」
「恐らくな」
こんな事で怯えてもらっては困る。
お前には、俺と一緒に来てもらわなきゃならんからな。今だけは。
こいつは魔王の命令で俺と一緒に来ると言ったが、それがどんな事か分かっていない。
マシィナは、本当にどうしようもない奴らを、見た事が無い。
お前を凌辱し続けた叔父など、取るに足らぬ程。
真に箍が外れた者を、知らない。
そこは、本物の地獄。
冥府魔道。
死が蔓延し、死しかない世界。
狂気と怨嗟と快楽に塗れた。
お前は俺と一緒には来れない。
絶対に。
「気が変わった。あれは美味そうだ」
「……あそこに、行くの?」
恐怖に染まった瞳。
これでは、駄目だな。
行っても死ぬだけだ。
「マシィナ。俺と一緒に来なくていい。お前じゃ役不足だ」
「……でも、私は……」
「お前は兵士を守ってろ。俺はあいつを殺してくる」
「……何で、何でそんなに、楽しそうに……」
「お前は、知らなくていい」
俺は笑いながらマシィナに言った。
楽しそうに。
子供が玩具で遊ぶ時の様な笑顔で。
俺はその場で立ち上がると、戦場の方を見据える。
「ネヌファァアァッ!」
俺が叫ぶと、突風と共に黒い天使が舞い降りた。
戦場に似合わぬ、穢れのない姿。
何度見ても目を奪われる。
「行くのか?」
「あぁ。楽しそうだからなぁ」
「まったく。どうしょもないクズだな」
「一瞬で喰い千切る」
俺はネヌファを伴い、戦場に向けて歩き出す。
「ヴェイグ! 私も、行く!」
立ち上がったマシィナは、必死そうな表情。
上着の裾を強く掴み、恐怖を押し殺して。
「俺は1人で戦う。今も、昔も。でも来るなら勝手にしろ。邪魔したらお前も殺す」
「……分かった」
ゆっくりと、一歩一歩進む。
前線は大混乱。
上がる悲鳴。
苦痛と恐怖の臭い。
それでも、あのアホみたいに輝いている奴が必死にまとめようとしている。
まぁ実際すげぇよ。
死んではいるが、被害はそうでもない。
俺に言わせれば、物に頼るからそうなる。
壊れれば、折れれば、使い物にならない。
身体を鍛えろ。
己の身体こそ、最大の武器。
だから形切は武器を持たない。
何も無くなって、誰も居なくなって、全てを無くしても、戦えるように。
殺し続けられるように。
風切り音。
超高速で飛び交う鞭が、雪と土とを巻き上げる。
心地良い。
そう。
あちこちから聞こえる悲鳴。
轟音。
人がバラバラにされる音。
それが地面に、雪に叩き付けられる音。
飛び散る音。
気がふれ、笑い出す者。
膝から折れ、泣き出す者。
必死の抵抗の末、殺される者
最高の理不尽。
全てが心地良い。
あぁ。
ここが、ここだけが、俺の居場所だ。
ここにいれば、忘れなくてすむ。
俺が、どんな人間か。
どんな存在か。
何を成すために在るのか。
さぁ、進んで、殺そう。
辿り着くまで。
「形切流殺人術ッ!!」
戦場に現れたのは、エルフィンドルに現れたものと同じメウ=セス=トゥの犠牲者。
それも2匹。
やる気の出たヴェイグはネヌファと共に討伐に向かう。
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@_gofukuya_
これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




