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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
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2章 21話

スライに自分が魔族だと明かしたヴェイグ。

スライは動揺を見せたが、一応味方だという事を説明すると表面上は納得してくれた。

テントを用意してもらったヴェイグ達だったが、またもマシィナの一緒で……。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

 俺が魔族であるという事実を知ったスライは、控えめに言っても動揺していた。

 額には大粒の汗。

 その右眼からは、恐怖と絶望と、心地よい怒りが感じられた。

 いい配分だ。

 抵抗の意志が感じられるあたり、実に好ましい。


「知っているだろ? 南方軍は穏健派。無駄に殺戮したりしない。それに、一応俺は味方だ」

「魔王の命令は、ナイガスに協力し、戦線を維持すること。だから見た目が人間であるヴェイグが任された」


 俺の言葉に続いて、マシィナが補足を入れる。

 なかなか気が利くじゃないか。


「女王から協力を頼まれたのも事実だ。……だが、俺は誰かの指図は受けない。自由にさせて貰うという条件だからな」

「……それは、間違っていません」


 俺とマシィナの言葉を聞いて、スライの瞳から負の感情は消えたように見えた。


「そう、ですか。協力して頂けるなら、心強いです」


 そう言ったスライからは、疑念が感じられた。

 それはそうだ。

 魔族は敵。

 今戦っているのも魔族で、多くの同胞と、その家族が殺されているのだから。

 それも、ただ殺されたのではなく。

 残忍に、残酷に。

 刺殺され、惨殺され、鏖殺され、焚殺され、爆殺され、圧殺され、縊殺されたのだろう。

 そして、軍人としてそれを見てきたのだ。

 その目に焼き付いたものを、そう簡単に消せるわけがない。

 味方と言われて、はいそうですかと受け入れられる訳が無い。

 それが、正しい心の在り方だ。

 現に上官が殺されてる。

 だが戦場でこういう事が起こるのは珍しくない。

 それが無能なら尚更。

 つまり、内心ではスライもあの豚を良く思っていなかったという事だ。

 その証拠に、騒ぎになっていない訳だからな。


「スライ。俺は味方だが、信頼するな。信用するな。強引に納得する必要は無い」

「ヴェイグ、そんな言い方……」

「そういう感情は、戦場では必要ない。そんな緩い関係が、思い込みが、命取りになる。いいな? スライ」


 俺がそう言うと、スライは再び踵を揃えた。


「はっ!」


 やはり、こいつは素直ないい奴だ。

 スライならここの部隊を上手くまとめるだろう。


「それじゃあ、俺達は休ませてもらう」

「はっ! 誰か、この方達をテントまで案内して差し上げろ!」


 スライが大声を出すと、外から案内役の兵士が来た。

 中の惨状を見て驚いたようだが、声を上げる事は無かった。

 ……皆に嫌われていたんだな、あの豚。

 でも、一応。

 俺は口に人差し指を当てて、静かにするように促してテントを出た。



 俺とマシィナは無事にテントに案内してもらった。

 ……もらったのだが。


「まさか、一緒のテントなのか?」


 俺はテントの中を確認すると、簡素なベッドが1つ。

 ……何故。

 何故こうなるんだ?


「申し訳ありません。今は空いているテントがここしか無く……」

「い、いや! 問題ないさ。バックパックも持ってもらって、ありがとう」


 こんな状況だ。

 贅沢は言っていられない。

 俺は案内してくれた兵士に礼を言うと、マシィナと一緒にテントに入った。


 さほど広くない内部。

 ベッドはあるだけマシ。

 見る限り清潔そうだしな。

 俺は兵士から受け取った二人分のバックパックを地面に置いた。


「マシィナはベッド使え。俺は地面で十分だ」

「……でも、それでは疲れが取れない」


 意外な返答だ。

 当然かのようにベッドに寝るものだと思ったが。


「大丈夫だ。俺は慣れてる」

「……ヴェイグ。何か隠してる? 前も人生の先輩とか言っていたし、今も慣れてるって言った。歳は私と変わらないだろうし、何か変。……隠し事とか、死ねばいいのに」


 そうか。

 こいつは知らないんだったな。

 まぁ話す必要も無いから、黙っていればいい。

 どうせ今回だけの同行者。


「悪いが、俺の詮索は無しだ。それと、俺はまだピチピチの11歳だ」

「……嘘」

「ほんとだ! 俺は魔族だぞ? 人間の常識が通じると思うな! なんだよその疑いの目は!」


 マシィナの死んだ魚の目が、いっそう曇りを増した。

 もう死んでから1、2年が経過した感じだな。


「それより! ちょっと待ってろ、今お湯を貰ってくる」


 俺はそう言うと、逃げるようにテントを出た。


 お湯をもらうついでに衛生班の様子を見てきたが、やはり医療用の物資が足りていない。

 消毒液も、包帯も。

 手術用の器具も十分とは言えない。

 ベッドの空きもなく、重傷者も多い。

 四肢の欠損はもちろん、内臓がやられている奴もいた。

 切断や縫合、それに処理が間に合っていない。

 すえた臭い。鼻を突く死臭。

 ざっと見ただけでも数十人は明日には死ぬ。

 トリアージが出来ていない。

 いや、その考え方がない。

 医療レベルは前の世界とは天と地の差、か。

 これも課題だな。


 俺はもらったお湯を持ってテントに戻ってきた。

 マシィナはベッドの上で両膝を抱えて待っていたようだ。


「どうした? 寂しかったか?」

「……死ねばいいのに……」

「冗談だろうが。それより、ほらっ」


 俺は器に入ったお湯と清潔な布をマシィナに渡した。


「外に出てるから、これで身体を拭け」


 マシィナはきょとんとした様子。たぶん。


「何日も風呂に入れてない。嫌だろ?」


 俺はそう告げると、テントを出ようとした。

 だが、後ろに引っ張られるような抵抗。

 上着の裾を見ると、マシィナが掴んでいた。

 この角度からではマシィナの表情が確認出来ない。

 見えるのはつむじだけだ。


「どうした?」

「……ありが、と……」


 やけに素直だな。

 俺はマシィナの頭をポンポンと軽く叩くと、テントを出た。



 暫く暗い寒空の下でぼーっとしていると、テントの中からマシィナが顔を出した。


「もういい」

「はいよぅ」


 俺は中に入ると徐にコートを脱いだ。

 マシィナも装備を外し、随分と身軽な格好をしていた。

 身体の線が見て取れて、俺は咄嗟に視線を外す。

 俺は少し慌てるようにバックパックから丸めた毛皮と布を外すと、地面に敷き始めた。


「明日はいよいよ前線だ。早く寝よう」

「……ヴェイグ」

「ん?」

「……一緒でいい……」


 手に持っていた毛皮が、するりと手から落ちた。

 意外過ぎる言葉に、自分の耳を疑う。

 幻聴か?


「な、なな、何を言っている? お前は一人で寝ろ!」

「……少しでも疲れを取った方がいい。私は、私は気にしない、から……」

「いや、それでも」

「いいから」

「じゃ、じゃあ……」


 勢いに負け、俺はマシィナが寝転んでいる隣に横になった。

 流石に寒いから、毛皮を掛ける。

 宿の時と同じように、背中合わせ。

 ち、近い。

 触れてはいないが、マシィナの熱を感じる。

 落ち着け!ビビるな!ただ寝るだけだ!

 変な想像するんじゃない!

 俺は頭の中で平常心という文字を書き続けた。


 微かに、微かにだが、ベッドが震えている。

 俺そんなに緊張してる?!

 俺は心を落ち着けるようにゆっくりと呼吸をしたが、その間もベッドは震え続けていた。

 ……マシィナ?寒いのか?

 そんな事を思っていると、僅かに背中と背中が触れた。


 びくんと、大きくマシィナの身体が跳ねる。

 震えも、さっきよりも酷く。

 ブツブツと呟く声が、小さく、俺の耳に届いた。


 内容は聞き取れない。

 それでも、何となく何を呟いているのか分かった。

 別に長い付き合いじゃない。

 まだたったの数日。

 無表情だし、何を考えているか分からない。

 それでも、分かったんだ。


 ……ごめんなさい。


 それはきっと、過去の妄執。

 叔父から受けた、暴力と、凌辱。

 ……こいつは、男が怖いんだ。

 だから少し言葉にも詰まって。

 それなのに、俺の身体を、疲れを本当に心配して……。

 俺は馬鹿だ。


 そう理解した俺の頭の中には、殺意しか無かった。

 例えもう死んでいても、マシィナが殺していても、まだ。

 まだ、まだまだ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ。

 殺してやりたい。

 跡形もなく。

 塵も残さず。

 その思念も、その意志も、その記憶も。

 何も残さず。

 消し去ってやりたい。

 こいつから。


 気づくと俺は、マシィナを強く抱きしめていた。

 柔らかい。女性の身体。

 感じる熱。

 吐息と、少しの甘い香り。

 俺も男だから、何も感じないなんて嘘だ。

 それでも、俺はそんな愚劣な事はしない!


「大丈夫だ。俺は何もしない」

「い、いや! ごめんなさい! な、何でも何でもいう事聞くから!」

「落ち着け。俺だ。何もしない。だから安心しろ」

「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」

「俺が、消してやる。守ってやる。だからもう、謝らなくていい」

「……ごめんなさい……ごめん……」

「怖い思いをさせてすまん。でももう大丈夫だ。何もしないから」

「……ほ、ほんと……?」

「あぁ」


 俺は抱きしめていた腕を緩めた。

 するとマシィナは体勢を変えた。

 向かい合わせ。

 至近距離にマシィナの顔。

 普通ならドキドキするんだろう。

 キスしたりして、いい感じになるんだろう。

 でも、そんな気は一切起きない。


 初めて見る表情。

 こいつからは絶対に流れる事が無いだろうと思っていた、涙。

 濡れて輝く瞳。

 皺が寄った眉間。

 だらしなく開く口元。

 荒い吐息。


「……ほんと? 何も、しない……?」

「あぁ」


 俺は指でマシィナの涙を拭った。

 暖かい。

 ……あの時拭えなかった涙も、こんな暖かさだったんだろうか。


「童貞の臆病さを舐めんな」


 俺の言葉を聞いて、マシィナは少し驚いた様子を見せると、俺の胸に顔を埋めた。

 震えは、止まった。


「もう寝ろ」


 俺はマシィナの頭に手を添えた。

 吐息で胸が暖かい。

 俺はその熱を感じながら、眠りについた。

いつも読んでいただきありがとうございます。

過去を思い出し取り乱したマシィナ。

男嫌い。

それでも気を使ってくれたマシィナをなだめるヴェイグ。

明日はいよいよ前線へ。


Twitterのフォロー、ブクマ、評価、感想、レビュー等々、励みになりますのでよろしくお願いします。

@_gofukuya_

これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。

呉服屋。

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