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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
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2章 20話

前線前のキャンプに到着したヴェイグとマシィナ。

しかし、ここでもマシィナは死神と罵られる。

目的の達成の為と我慢していたヴェイグだったが……。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

呉服屋。

 くだらない。

 本当にくだらない。

 勝つとか、負けるとか。

 関係ない。

 相手は6千。負傷者が多いから実際はもっと少ない。

 それでも。

 こちらは1人でも。

 別におっぱじめたって構わねぇ。

 そのくらい、こいつらを殺したい。


 だが、戦力を減らしてはならない。

 あくまでも、求めるのは勝利。

 こんなクズ共でも、味方だ。

 耐えろ。

 今は、我慢だ。


 ぬかるんだ地面を少し歩くと、周囲のものよりも立派なテントの前に到着した。

 まぁ、司令部だわな。

 俺は案内してくれた兵士を追っ払うと、バックパックを脱ぎ捨て入口の布を勢いよく開いた。


 テントの中は殺風景。

 長めの机と、椅子が数脚。

 机の上には地図らしきものが広げられ、幾つもの印が見えた。

 その向こう。

 兵士が2名。


「お前達が女王陛下の使いの者か? なんだ、ただのガキと……死神……」


 俺はただ、虚ろな瞳でそいつを見詰める。

 体格は何処かで見た様な豚。

 目も鼻も耳も付いていて、髪も生えているだろうが、そんな事どうでもいい。

 覚える必要のない、ただの、豚だ。


 その隣にいるやつの方が、随分マシだな。

 よく鍛えられているのが軍服越しでも分かる。

 金髪のオールバック。

 左眼には眼帯。

 歳は、30そこそこか。

 いい雰囲気を出してやがる。


「私はエミール=トルエスト。ここの指揮官だ」


 別に名前なんて聞いてねぇよ。豚が。


「……私はスライ=エルゾート。副指揮官をしている」


 俺はスライと名乗った眼帯男の方を見た。

 いい瞳だ。

 結構くぐってきているな。

 ……それに、こいつは思ってない。


「俺はヴェイグ。そしてこっちが……」

「死神だろ? その蒼い髪と瞳。戦争中にそんな不吉な奴を連れてくるな!」

「……司令。それは言い過ぎでは……」

「うるさいっ! 上官に口答えするのか?!」


 エミールと名乗った豚は、唾液を撒き散らしながらスライを威嚇した。


「マシィナだ」


 俺はエミールを真っ直ぐ見ながら言った。


「はぁ? そんな事は聞いていない! それより死神。お前は何故ここにいる? また大勢の兵士を殺すつもりか? おまえのせいで何人死んだと思っている? 生きていて恥ずかしくないのか? さっさと死んで詫びたらどうだ?!」

「……」

「反論があるなら言ってみろ!」

「……わ、私は……私は……」


 俺の斜め後ろから、マシィナの力ない声が聞こえてくる。

 俺は、エミールから目を逸らさない。


 見なくても分かる。マシィナの姿が。

 死んだ魚の目をして、俯いて、上着の裾でも握りしめながら、小さく震えているんだろ?

 何でマシィナがこんなに怨まれる?

 責められる?

 これは明らかに、不当だ。

 誰かの死を。

 己の無能を。

 他人に擦り付けているだけだろ。


「何も言えないのならば、お前はさっさと……」


「マシィィナァアァァッ!!」


 俺はテントが震える程の大声を上げた。

 大気が重く沈み込む。

 俺の怒りが、周囲のアストラルに反応している。

 そして、静寂。

 エミールもスライも目を見開いて呆然としていた。


「足掻け」


 俺は一言だけ。その一言だけ発した。

 あとは、お前次第だ。


「……私、私は……ただ……」


 途切れ途切れの言葉。

 ゆっくりでも構わない。

 お前の覚悟を。

 お前の正義を。

 前に進む姿勢を見せてくれ。


「ただ、皆を、守りたかった。……でも守れなかった。それでも。それでも生命ある限り守りたい。もう、死なせたくない!」


 良い、覚悟だ。

 魂まで響くようだ。

 あぁ。初めてお前に興味が湧いた。

 ……食べたい。

 ……タベタイ?

 ナニヲ?


「死神風情がっ! 何をっ」

「お前はもういらない」


 俺は起動式を詠唱すると、一歩で距離を詰める。

 エミールの胸部に、右手が触れた。

 ゆっくりと。それでいて力強く。


「瞬勁」


 聞き慣れた破裂音。

 エミールの身体は、いや、エミールだったものは、無数の破片、肉塊になって地面に転がり、テントに大きなシミを作った。


「あー、これなら形切使わなくて良かったか」


 ぽつぽつと、血の滴る音だけが聞こえる。

 静かで、落ち着く。

 俺は隣のスライを舐め回すように睨んだ。


「スライ。あとはお前が引き継げ。お前の方が有能だ」

「……は、はっ!」


 一瞬の間は空いたが、スライは踵を揃えると、歯切れよく返事をした。

 動揺も少ない。

 それよりも、恐怖の方が大きいか?

 得体が知れないモノ。

 何にしろ、馬鹿ではないという事だ。


「……ヴェイグ。何で殺したの?」


 マシィナがよく分からない質問をしてくる。

 俺にしてみれば、鳥に何で飛ぶの?って質問しているのと同じだ。

 俺は何の疑問も、躊躇いもなく答えた。


「俺の敵だからだ」

「……」

「俺の、唯一の正義だからだ」

「……でも……」


 俺は振り向くと、マシィナと顔を突き合わせた。


 不安そうに見えた。

 何を考えているのか知らないが、それは勘違いだ。

 お前の為に殺したんじゃない。

 お前が、殺したんじゃない。

 そんな顔するな。


「良い覚悟だった。守る事がお前が選択した正義か」

「……悪い?」

「いいや。お前が決めた事だ。これからは守りたいものを、守れるだけ守れる女になれ」

「……分かった」


 もう俯いていない。

 不安そうにも見えない。

 それでいい。胸を張れ。足掻け。

 正義を貫け。

 お前は、そのままでいろ。


「スライ。前線の状況を教えてくれ」

「はっ!」


 俺はマシィナから視線を切ると、スライから細かな情報を聞いた。

 概ね聞いたものばかりだったが、具体的な数字は重要だ。

 話しをざっと要約すれば、こうなる。


 ナイガス側の死者は5千を超えた。

 負傷者は3千。

 前線で戦っている負傷者も数に入っているが、合わせると8千。

 ここは戦力外で数える。

 補給部隊が2千。

 ここの部隊が6千。

 こちらも合わせて8千。

 つまり、差し引きすれば前線には1万4千程。

 このあとナイガスや他国からの増援もあるようだが、それもせいぜい3千。

 早くてあと5日で到着するらしい。

 現状、増援を含めて戦力として想定出来るのが2万5千。

 ナイガス軍は持ちこたえてはいるが、1千いるとされている魔族のほとんどは倒せていない。

 倒した敵の大多数は魔物。

 正直、魔物は追加できると考えて間違いない。

 ここ数日は前線でも小競り合い程度の衝突しかないらしい。

 もしかすると、北方軍側も増援を待っているのかもしれないと推測出来る。

 北方軍としては、このままでも十分押し切れると思うが、それをしない。

 相手の指揮官は慎重で、周りが良く見えるタイプか。

 はたまたそれが本隊からの指示なのか。

 どちらにしろ油断は出来ない。


「それで、ヴェイグさんとマシィナさんは何しに前線へ?」


 明らかに歳上からさん付けされると何だか気持ち悪いが、今はこれで良しとしよう。


「あぁ。女王陛下の命令で、ちょっと勝ちにね」

「……。えっ?」

「聞こえなかったのか? 俺達はナイガスを勝たせに来たんだよ」

「たったの2人でですか?」

「そうだが、問題あるか?」


 スライは驚いて、と言うより、ほんとに何を言っているのか分からないという表情。


「お願いされちまったから、何とかするしかねぇだろ。まぁ、今のところ情報が少なすぎて出たとこ勝負だけどな」

「それ、大丈夫なんですか?」

「逐一情報を精査して、可能性のある手を打ち続けるだけだ」


 俺は言い終わると、テントの出口に向かって歩き出す。


「そうだ。とりあえず今夜はこの部隊に世話になる。空いてるテントはあるか?」

「は、はい! 部下に案内させます!」


 スライは素直だ。

 聞き分けのいいのは構わないが、こんな世界じゃ生きづらいだろうに。

 俺がそんな事を分析していると、その本人に呼び止められた。


「あのっ! ヴェイグさんが強いのは分かりましたが、相手は魔族です! 無茶なのではないでしょうか? 陛下の指示とはいえ、まだお若いようですし……」


 ふむ。

 やはり、素直な良い奴だ。

 なんか鍛えられた身体に釣り合わないな。

 オールバックに眼帯とか、ゴツイのに。


「ああ、その点は気にしなくていい。確かにセラシュに頼まれたが、元々魔王からの依頼だからな」

「……魔王……?」


 スライが不思議そうに首を傾げる。

 別にお前がやっても可愛くないからな!


「ヴェイグ。それは……」

「いいさ。隠す必要はない」


 俺はスレイに向き直ると、堂々と言い放った。


「俺は南方軍の魔王、アバルス様に言われてナイガスに来た。目的はナイガスを勝利に導く事」


 俺の言葉を聞くと、スライの顔から血の気が引いていくのが見て分かった。


「……で、では……」

「あぁ、俺は魔族だ。殺したければかかってこいや」

いつも読んでいただきありがとうございます。

スライから情報を手に入れたヴェイグとマシィナ。

とりあえずこのキャンプに明日まで留まることにする。

前線では小競り合いが続いているようだが、北方軍は何故攻勢に出ないのか。


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@_gofukuya_

これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。

呉服屋。

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