2章 19話
ヴェイグとマシィナの行軍は続き、遂にグルガ砦の近くにまで進行した。
そんな中、補給部隊を捕捉し、前線の情報を聞くことが出来た。
前線はイルム平原。
山脈と森林を超えた先。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
それからも、俺達の行軍は続いた。
現状戦場になっている場所に俺達が到着するまでに、前線は更に後退するかもしれない。
呑気に歩いてはいるが、結構厳しい状況だ。
先にも話したが、時間は思ったよりも無い。
それに、ナイガスの様子を見た限り、近い内に総力戦になる。
鍛冶屋でもかなりの数の武器が製造されていたし、兵士の動きや装備を見ても、整っているように感じた。
おそらくは出撃の準備。
あとはただの勘だが、あの豚なら後先考えずにやるに決まってる。
その前に北方軍の情報を少しでも手に入れ、削げるだけ削がなければ。
間違いなくこの国は敗北する。
それは、俺が困る。
何としても勝ってもらわなければな。
行軍は思ったよりも順調に進んだ。
雪も思ったよりも降らず、街道は多少ぬかるんでいたが、問題ない程度。
それにたったの2人だから、ペース配分も楽だったしな。
当初の目標通り、4日間でグルガ砦まで1日の場所まで来ているとマシィナも言っていた。
つまり、今日中には戦線にぶち当たる。
ここからは、用心しないといけない。
正真正銘の戦場だからな。
俺の背中を駆け上がるソレは、日に日に強くなっていた。
もう我慢出来ない程に。
敵を、殺せと。
「マシィナ、ちょっと待て」
バックパックを背負い、歩きだそうとしていたマシィナを呼び止める。
「……何? 覚悟ができた?」
「それは何のだ? まぁいいや。聞かなくてもだいたい分かるし」
過去の話しを聞いてからも、こいつの態度は相変わらず。
表情は、言うまでもない。
それでも少し、ほんの少しだけ表情に変化がある時がある。……かもしれない。
俺の幻覚かもしれないが。
「それで、何で止めるの? 今日中には前線まで行くんでしょ?」
「だからだよ」
俺はそう言うと、バックパックから事前に買っておいた塗料を取り出した。
「塗料? それを何に使うの?」
「見てれば分かる。とりあえずマシィナ、服脱げ」
「……」
言ってから思った。
もうちょっと違う言い方があったな、と。
「……変態……」
そう言い放ったマシィナは、ブツブツと、何かを呟いている。
というか、あれは言法の詠唱だな。
「ちょ、ちょっと待て! 違う違う、勘違いだ! 塗料を軍服にかけるから、その分だけ脱いでくれ! 重ね着してるだろ?」
「そう言って、戦場を前にして種の保存本能が目覚めた的なあれでしょ? 死ねばいいのに……」
「本当だからっ! 俺のを先にやるから、見てれば分かる!」
俺はそう言うと、慌てて軍服を脱いだ。
「キャー、助けてー、襲われるー」
「無表情で棒読みするな!」
俺も重ね着しているとはいえ、やはり肌寒い。
さっさと済ませてしまおう。
俺は雪の上に軍服を広げると、塗料を適当にぶっかけた。
「……白い、塗料?」
マシィナは不思議そうな声音を出す。
この世界には、こういう概念は無いのか。
まぁ、軍服を見た時点で分かってはいたが。
「そうだ。こうやって適当にかけるだけでいい。多少の斑はあって構わないさ。その方が効果的だしな」
「それに、なんの意味が……」
「カモフラだよ」
「カモ、フラ?」
軍にいたマシィナな知らないということは、こういう考え方自体が無い。
この世界の人間、というか軍というものは、思ったりよりもレベルが低いのか?
それとも言法があるから、そんな些細な事に囚われないだけか?
「カモフラージュ。風景と同化する事によって、敵に見つかりづらくする。今回は雪が多いから、白がいいんだ」
「……そんなの、効果あるの?」
「スニーキング、敵に見つからない事は重要だぞ? 潜伏し、敵を先に捕捉するのは大きな利点になる」
「……」
「なんだ? 不満か?」
マシィナは少しの間停止。
その後ゆっくりと軍服を脱いだ。
たぶん、考えていたんだろうな。相変わらず分かりづらい。
俺はマシィナの軍服にも塗料をかけると、乾くまでの間で朝食を摂った。
乾きやすい衣類用の塗料を買ったから、そんなに寒さに耐える必要はなかった。
「……くさい……」
「それは、しょうがない。死ぬよりマシだ」
俺達は軍服を着直しバックパックを背負うと、前線に向けて出発した。
正午前。
街道の先に部隊を確認。
数はおよそ2千。
物資の量からして後詰の補給部隊。
全員が鎧を身に纏い、腰に帯剣。
前から思っていたが、言法で戦うのにそこまでの装備が必要なのか?
フルプレートではないにしろ、機動力を落としてまで。
「……どうするの? 素通り?」
「いや、情報が欲しい。話だけ聞いてすぐに出発する」
俺はそう言うと、部隊に合流し、情報を集めた。
不審がられはしたが、女王の名を出したら素直に情報を提供してくれた。
俺とマシィナは、女王の命令で戦場の様子を見に来た、という設定。
マシィナの名がでると、嫌な視線を向けてくる者もいたが、徹底して無視した。
まったく。
このべっぴんさんは思った以上に有名人だな。
前線はグルガ砦前のイルム平原。
ここからおよそ5、6時間程の距離。
街道の先の低い山脈を超え、森林地帯を抜ければ見えてくるそうだ。
北方軍はグルガ砦を陥落させた後、そこを拠点として小競り合いを繰り返している。
ナイガス側はイルム平原で敵の足止めに徹底。
だが、消耗は激しい。
敵の指揮官は確認していないが、かなり強い魔族が1人。
グルガ砦が落ちた要因も、そいつの存在が大きいらしい。
どんな奴かは知らないが、早めに自分で確認しておきたいな。
あとは山脈を超えた所に6千程の部隊がいるらしい。
補給路の確保と、退却する際の保険。
野戦病院なんかもここにあるだろうな。
とりあえず、ここで入手出来る情報はこんなものか。
やはり自分で確認しなければ話にならない。
俺達は部隊から少し食料を分けてもらうと、当初の予定通り先に向けて出発した。
聞いていた通り山脈は低いもので、超えるのに大した時間はかからなかった。
だが積雪はかなりのもので、それのせいで体力を消耗した。
山脈上部からは森林地帯が一望できた。
いい感じに木々が立ち並んでおり、身を隠すには十分。
山を超えても積雪量は変わらない。
雪崩や滑落に気をつけながら山脈を降りると、麓にかなりの数のテントを確認。
先ほど聞いた部隊のようだ。
俺達はとりあえずその部隊に合流し、更に情報を集めると共に、少し休憩を取ることにした。
流石に6千程の部隊。
結構な規模のキャンプだ。
そして、すぐに気付いた。
負傷者が多い。
強い消毒液の臭い。
そして、子供。
マシィナも少女兵だったと言っていたから、一定の数はいると思っていたが、1千くらいはそういう者で構成されている。
前線になれば、更に多いだろう。
モラルもクソも無い。
もう、末期だと思わせるには十分だ。
俺は適当な兵士に声をかけると、事情を説明。
部隊長に会わせてもらえる事になった。
俺とマシィナは兵士の先導でキャンプの中を歩く。
雪はしっかりと掻かれていたし、テントの造りも思ったよりは悪くない。
冬だからまだいいかもしれないが、衛生面ではあまり良いとは言えなかった。
装備はいいが、医療用の物資が足りてないように感じる。
これは何とかした方がいいな。
俺はそんな事を考えながら、気にしないようにしていた。
周囲からの視線。
時折聞こえる死神という言葉。
蒼い髪も、蒼い瞳も、いい意味でも、悪い意味でも目立ちすぎる。
横目でマシィナを見ると、やや俯き気味に歩いていた。
いつもの死んだ魚の目。
これはマシィナの問題であって、俺の問題じゃない。
変に首を突っ込まない方がマシィナの為になる。
マシィナ自身が解決するべき事。
そう思った。
でも、見てしまった。
見えて、そして分かってしまった。
マシィナが声も出さずに動かした口元。
誰にも聞こえるはずのない声。
……ごめんなさい。
繰り返し、繰り返し。
何度も、何度も。
悪いのは、マシィナじゃない。
こいつは耐えていたじゃないか。
守りたいと思い続けていたじゃないか。
こいつは、悪くない。
俺の感情は、殺意に塗り潰された。
いつも読んでいただきありがとうございます。
前線前の部隊に合流したヴェイグとマシィナ。
負傷者も多く、少年、少女兵の姿も多く確認した事から、この戦争も末期だと感じたヴェイグ。
そして、死神と中傷されるマシィナを見て殺意を露にするヴェイグ。
前線を前に、これからどうなってしまうのか。
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@_gofukuya_
これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




