2章 18話
自分の過去を、死神と呼ばれるようになった理由を話し出したマシィナ。
重い話なのは予想がつくが、マシィナはどんな経験をしてきたのか。
ヴェイグは黙って話を聞く事にした。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
音もなく、静かに燃える固形燃料。
いや、もしかしたら音が出ているのかもしれないが、小さ過ぎて、周囲の雪に吸収されているのかもしれない。
そのせいか、マシィナの声もやけに小さく感じた。
「……私には、両親はいません。もちろん、最初からいない訳ではなく、既に亡くなっています。母は、身体が弱かったらしく、私を産んですぐ。父は兵士で、人間同士の争いで
生命を落としました。私が5歳の時でした。その後は、兵士であった叔父に引き取られ、毎日訓練という名の拷問の日々。来る日も来る日もボロボロにされ、血を流さなかった日はありませんでした」
まぁ、重い話である事は承知の上。
俺は話が終わるまで、相槌を打つことをやめた。
こういう話は、変に腰を折るもんじゃないと判断したからだ。
俺は手に持っていたカップを口に運んで、次の言葉を待った。
「私が成長、多少女らしい身体付きになってからは、拷問は更に酷くなっていった。訓練と称して暴力を振るい、その後は……凌辱。身も、心もすり減って、気付けば壊れた人形の様になっていた。ただ毎日、何で生きているのか不思議だった。死ねばよかったのに、そんな勇気も無かった。逃げる事すら出来ない、人のかたちをしたモノ。私はただ、世界にあるだけの、モノ。その辺に転がっている石と同じ。何も考えず、何も叫ばない」
「……」
……死ねば、よかったのに、か。
「でも私には、言法の才能があった。そう理解するまでに、随分かかったけれど。分かってからは、すぐだった。事故に見せかけて、叔父を殺した。12歳の事だった。正直、スカッとした。それからは、少年、少女兵に志願して、従軍した。戦場には馬鹿な人達しかいなくて気が紛れたし、こんな無愛想な私にも、形式上、友と呼べる者も出来た。でも、戦場では人が死ぬ。同じ部隊にいた者は、一人、また一人と消え、気付いたら私だけ生き残った。再び部隊に編入されても、私だけ。そんな事が、延々と続いた。……本当に死ねばいいのは、私なのに」
「……」
「……そのうち私は、軍で死神と呼ばれるようになった。一緒の部隊になれば、必ず死ぬ。私が、皆を、皆の生命を刈り取っているんだと。……呪われているのだと。あながち、間違っていないのかもしれない。そして私は、孤立した。そんな時に魔族に攫われた。気付いたら、魔王の前。遂に罪を償う時が来たんだって思った。そして今ここにいる」
マシィナの話が止まった。
横目で顔を見てみると、やはり無表情。
両膝を抱えて、1点をを見詰めている様子だった。
なるほど。それで死神か。
思っていたのと違っていたから、一応聞いておいて良かったとしておこう。
さて、あとはこの空気をどうにかしなければ、な。
……それにしても。
「それにしても、お前話下手だなぁ。普段からもう少し会話の練習をしろ」
俺がそう言うと、マシィナは俺の方に顔を向けた。
そして珍しく、目が合った。
いつも死んだ魚の目をしているから、焦点が分からないが、今回は違う。
しっかりと、目が合った。
「まぁ不幸だったと思うし、辛い経験だっただろうな。でも、普通だな」
マシィナの蒼い瞳が、一瞬揺れた。
「お前の過去になんて興味はない。気になっていたのは、何故死神なんて呼ばれているのかだけだ。その理由もパッとしなかったから、正直つまらん」
視線は逸らさない。見逃さない。
少しだけ、マシィナの眉が動いた。
「……聞いておいて、そんな」
「分かっているとは思うが、お前が世界で1番不幸だと思っているのか? それとも、同じような境遇の奴と不幸比べでもしたいのか? お前はただ、自分の不幸に酔ってるだけだ」
「そんな」
「叔父を殺した時、何を思った? 目の前で仲間が死んでいくのを見て、何を感じた? 死神と呼ばれて、どう感じた?」
「いったい、何を……」
「いいから、答えろ」
俺はマシィナの瞳を見詰める。
この場から、この話題からこいつを逃がさない為に。
「……叔父を殺して、やっと解放されると思った。仲間が死んで、敵を恨んで、守らなきゃと思った。死神と呼ばれても、必死に戦って、一人でも多く助けたいと、そう思った」
「なーんだ。やっぱり心が、感情があるんじゃないか。お前は人形なんかじゃない。ただの人間だ」
膝を抱えていた両手が力無く解けた。
マシィナの瞳は大きく見開かれ、いつもよりずっと輝いて。
薄い唇が僅かに震えていた。
「戦場では人は死ぬ。呆気なく、唐突に。それでもまだお前が生きているのは、まだその時では無いだけだ。その時が来れば、どうせ死ぬ。だから今お前が考えるべきは、どう生きて、どう死ぬかだ」
「……どう生きて、どう死ぬか……」
「俺が言えた事じゃないが、人生の先輩として助言してやろう」
俺は、マシィナの頭の上に手を乗せた。
柔らかな髪の感触。
その向こうに、マシィナの体温を感じた。
「マシィナ、足掻け。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、どんなにみっともなくても足掻け。何度転んでも、痛くて立ち上がれなくても、這ってでも前に進め。進む事を諦めるな。守りたいと思ったのなら、必ず守るという覚悟を持て。それでも守れない事もあるだろう。それでも、守れ。立ち止まりたい事もある。少し休んだっていい。でも休んだら前に進め。頑張って進んだ先には何も無いと勘違いするかもしれない。絶望するかもしれない。そう思っても進め。進んだ先には必ず待っているものがある。それは、死だ。その時に後悔しないように、足掻け」
本当に、俺が言えたことではない。
自分が絶対に出来ない事を言っていれば世話は無い。
俺はズレている。狂っている。
それを自覚しているという事は、どうすれば正しいのかも理解しているという事。
あくまでも、一般的に、という話だが。
理解していても、分かっていても、ただそれを選択しないだけだ。
「そして、こちら側には来るな」
こいつの生き方、過去に思うところが無い訳じゃない。
それでも、こいつと俺は違う。
根本的に違いすぎる。
「……こちら側?」
マシィナは首を傾げる。
寒さからか、頬が少し紅く見えた。
だからその仕草、ちょっと可愛いんだよなぁ。
俺はマシィナの頭から手をどけると、視線を外して夜空を見上げた。
空気が澄んでいるから、星がよく見える。
「分からないならそれでいい。お前が知る必要はない」
「それはずるい。私は話をした」
視線が頬を刺す。
そう言えば、少しは教えるって言っちまったなぁ。
勢いとはいえ、守らないと不機嫌になるだろうしな。
細かい話じゃなくて、抽象的なものだから、少しくらいはいいか。
だが、どう話したものか。
「うーん、生き方? そこに至るまでの手段? そんな感じかなぁ?」
「……分からない。死にたいの?」
「そうじゃないけどさぁ」
本当にどう言ったものか。
改めて言葉にしようとすると、案外難しいものなんだな。
俺は輝く夜空に白い息を吐いた。
「俺は目的を果たすまで死ぬ気は無い。立ち止まらない。どれだけ殺そうと。人間だろうが、亜人だろうが、魔物だろが、魔族だろうが。立ちはだかると言うならば、俺は笑いながら殺す。醜く口角を釣り上げて、悦び勇んで殺す。腕が無くなろうが、脚が無くなろうが、眼を失おうが、心臓を潰されようが、殺す。他人がどれだけ死のうが関係ない。俺の目的が達成出来るなら些細な問題だ。俺は俺の正義の為に、容赦も、慈悲も無く殺し尽くす。俺の全てを使って殺す。そして、死ぬ」
俺はそう言うと、無表情なマシィナの顔を再び見る。
俺の勘では、これはきょとんとしているな。
「どう思う?」
「……狂ってる。気持ち悪い……」
「俺も一応傷つくんだがなぁ」
俺は少し困った顔をして見せた。
事実だしな。
「まぁ、その、なんだ。そう思うなら、俺みたいになるなって事だ。分かりやすいだろ?」
「……分かりやすかった」
そういったマシィナの表情は、少し、ほんの少しだけ笑っているように見えた。
蒼い瞳が、動かない眉が、紅い頬が、少し伸びた唇が。
妙に可愛くて、色っぽい。
見慣れただけかもしれないが、それが気のせいだとしても、そう見えた。
「お前は笑ったっていい。罪や責任を感じるなとは言わないが、つまるところ、死んだ奴は運がなかった。それだけだ」
俺はそう言い終わると、固形燃料を消した。
それでも夜空に浮かぶ星のお陰で、真っ暗という程ではない。
「さぁ、明日もかなり歩く。テントはお前が使っていいから、もう寝ろ」
マシィナはゆっくりとした動作で立ち上がると、俺の用意したテントに向かった。
ザクザクと、雪を踏みしめる音。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「……ありがとう……」
マシィナはそう言うとテントの中へと消えた。
別に礼を言われるような事はしていない。
俺は毛皮に包まると、浅い眠りについた。
いつも読んでいただきありがとうございます。
マシィナの過去を聞いたヴェイグ。
自分の事はあまり話さなかったが、明日も早くから進軍を開始する。
少しでも早く前線に合流する為に。
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これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




