2章 17話
早朝から部屋に来たセラシュの話が終わると、街に買出しに出たヴェイグとマシィナ。
必要な物を買い足すと早速前線に向けて出発する。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
呉服屋。
「マシィナ、行くぞ。必要な物を買い足す」
俺は立ち上がると同時にマシィナに言い放つ。
「……分かりました。やっと死ぬんですか?」
「何でだよ! お前わざと空気読んでないだろ? 自殺する為の道具を買いに行くって言ったか?」
「……?」
何故そこで首を傾げる?
だから、分からないのは俺の方だよ。
でも何か、見慣れると可愛いな……ちくしょう。
「あ、あの……お二人は仲がよろしいん……ですか?」
セラシュが不思議そうに質問してくる。
ふわりと、薄い桃色の髪が揺れた。
「「……はぁ?」」
俺とマシィナは同時に首を傾げた。
「お前頭大丈夫か? どういう思考回路したら仲良さそうに見えるんだ?」
「……死ねばいい……そう、死ねばいいのに……」
「……な? 仲良くないだろ?」
仲良くないアピールとか寂しすぎるけど、でも実際仲良くはない。
そこだけは気が合う。
でも、やっぱり傷つくんだよ?
「……私というものが、ありながら……」
「はぁ? 何か言ったか?」
「い、いえ! 何でも無いですよ!」
セラシュの言葉はボソボソと小さすぎて聞き取れなかった。
でも、なんだろう。
今までの成り行き上、嫌な予感はした。
き、気にしない!そう、余計なことは気にしないに限る!
お願いだから、お前は普通に可愛いままでいてくれ!
「そ、それじゃあ、俺達は行く。お前も早く城に戻れ。あの豚にバレたらまずいんだろ?」
ああいう手合いが、まず自由を許す筈が無い。
セラシュは国を思い通りに動かす為の駒。
常に手元に置き、監視する必要があるだろうしな。
完璧主義者には見えなかったが、下手くそながらも計画が狂うのは嫌がるタイプ。
まぁ、典型的なクズ上司だな。
「……はい。そろそろ戻ります。それでは、また何処かで……」
「あぁ。精々謀殺されるなよ」
俺の言葉を聞いたセラシュは少し微笑むと、フードを被って部屋を出ていった。
「さぁ、俺達も行くぞ」
「……」
もう返事も無しかよ。別に良いけどさ。
俺はコートを羽織ると、マシィナと共に宿を出た。
その後は道具屋、武器屋、服屋なんかを軽く回って必要な備品を買い足した。
手に入らない物もあったが、それは仕方ない。
前の世界とは違う。
一言で戦争と言っても、その方法が違えば必要な物も変わる。
ある程度は集まったから、良しとしよう。
それに動きやすそうな服も調達した。
まぁ、軍服くらいしか選択肢は無かったが。
あとは塗料を少々。
「……こんなに荷物が必要なの?」
「当たり前だろ。これでも少ないくらいだ」
「……重すぎる」
「途中で野垂れ死んでもいいなら置いてけ」
俺は大きなバックパックを背負うと、徐に歩き出す。
「ほら、道案内しろ。お前はその為にいるんだから」
「……分かりました。それで、何処に?」
「前線に決まってるだろ? 実際に見てみないと状況が分からない。布陣も聞いてないし、補給線がどうなっているのかも確かめたい」
ちゃんとした、と言っていいかは分からないが、この世界の戦争を見るのは初めてだ。
様々な状況を考慮しなくてはならない。
情報も武器だからな。
「ほら。行くぞ」
「……分かりました」
マシィナはそう言うと、嫌々といった様子で俺の前を歩き出した。
もちろん、嫌々というのは俺の推測だがな。
とにかく、俺達は入ってきた門とは逆の門を出て、前線へと進軍を始めた。
歩きながらマシィナから知りうる限りの情報を聞いた。
まともに答えたのは意外だったが、ただ淡々と。
まるで他人事かの様に話しているのが印象に残った。
ナイガス軍はおよそ3万。
対する北方軍はおよそ1万。
普通ならば攻め込むには少ない数だが、そこはやはり魔族。
2万程度の戦力差など、有って無いようなものだ。
おおよその割合として、魔族は一千。残りは魔物という事だ。
正直、どうにもならないだろってくらいの戦力だな。
兄上、いや、エルザァ程の実力者がゴロゴロいる訳では無いだろうが、指揮系統を預かってる者達は別格だろう。
魔王も言っていたが、北方軍は手練が多いらしいしな。
かなり厳しい戦いになるだろう。
まぁ、そうじゃないとな。
昂らない。
今回は、どんな強い奴がいるのか。
楽しみだ。
本当に、楽しみだ。
俺は必死に背中を駆け上がってくる感情を抑えた。
陥落したグルガ砦までは、普通、徒歩で1週間、のんびり行って10日くらいの距離だそうだ。
はっきり言って、結構近いなと言うのが俺の感想。
半月くらいはかかる距離だと思ったが……。
事態は想像以上に逼迫している。
ここで踏ん張らなければ、一瞬で敗北決定だ。
俺達はペースを上げ、5日で前線に合流するのを目標とした。
意外、な訳ではないが、街道も整備されていたし、思った程歩きにくくもない。
天気も幸いして、積雪も大したことは無かった。
進めるうちに進まなければ。
前線が近づけば、まともな道など歩けないからな。
どうしたってペースが落ちるのは考慮しなければ。
俺達は会話することも無く、ただ黙々と、白い息を吐きながら歩いた。
……そろそろ、陽も、気温も落ちた。
先導するマシィナも疲労しているのが分かった。
「よし。今日はこの辺りで野営をしよう」
「……私はまだ……」
「ペースは悪くないだろ? 初日は十分進めた。体力を温存しよう。安全に休めるうちはしっかり休んだ方がいい」
「……分かりました」
俺はバックパックに巻き付けていた布と毛皮で簡易テントを作成した。
こんな事はしょっちゅうやっていたから、大した時間はかからない。
あとは用意していた小型の三脚を組み立て、その上で固形燃料に火を付ける。
直接雪の上で付けられないからな。
ささやかではあるが、暖が取れないと流石に厳しい。
俺は雪の上に毛皮を敷くと、その上に腰を下ろした。
そうした俺の一連の動きを、マシィナはただ見ていた。
「どうした? そこじゃ寒いだろ? こっちに来て隣に座れ」
「……隣……死ねばいいのに」
「寒いよりマシだと思うが?」
俺がそう言うと、マシィナはいつものように嫌々、俺の隣に両膝を立てて座った。
座られてから思ったが、これは、結構近いな。
結んだ髪が、するりと肩の上を滑る。
別に意識してる訳じゃないが、線が細くて、微かにいい匂いがして、こいつも女なんだなって、ただそう思った。
俺はバックパックに手を突っ込むと、奥の方から食料を取り出す。
「ほら、ただのパンと保存用の干し肉だが、しっかり食っとけ」
マシィナは無表情でそれを受け取った。
「……あ、ありがとう……」
俺は携行用の小さな鍋に雪を詰めると、燃料の上で温める。
少々時間がかかったが、しっかり溶けたな。
バックパックのサイドに吊るしておいたカップを外して、2つに分けて注ぐ。
「ただのお湯だが、暖まるから飲め」
「……あ、ありがとう……」
ひと通りの行動を終えると、俺もパンにかぶりついた。
寒さで固くなっているな。
お湯沸かして良かったわ。
ふやかしながら食べないと、だいぶ口内の水分を持っていかれる。
……あぁ、ディンババステーキ、食べたいなぁ。
俺がそんな事を考えながらエネルギーを摂取していると、隣から視線を感じた。
いや、ずっと感じていたが。
「なんだ? そんな無表情で見つめられても、惚れたりしないぞ?」
「……」
「冗談だよ。まったく」
「……すごく、慣れているのね」
「……」
意外な言葉はだったから、一瞬、間が開いてしまった。
「まぁ、このくらい普通だろ?」
「……あなたは、何者なの?」
「答える必要はない」
「……そう、よね……」
何でこいつは、毎度毎度こんな感じなんだ。
「ああ! もう! 辛気臭いなぁ。少しは笑ったりしたらどうだ?」
俺がそう言うと、マシィナは少し俯いた。
ただ、いつもと違って唇が少し震えたように見えた。
「私は、笑っては、いけないから」
……。これ、地雷か。
特別興味がある訳では無い。
絶対に面倒な事だって分かっているし。
それでもこの先も一緒に行動しなくてはならない。
前線に行ってから聞くよりも、ここで聞いた方がいいかもしれない。
こいつが素直に話せば、だが。
「……マシィナ。お前、何で死神なんて呼ばれてるんだ?」
ぴくんと、小さくマシィナの身体が跳ねた。
「……聞いても、面白くない……」
「お前が話せば、俺の事も少しは教えてやる」
ただ、これからの行動がしやすいように。
それだけの事。
ただの情報交換だ。
マシィナは、いつも通りゆっくりと淡々と話し出した。
まるで、他人事のように。
いつも読んでいただきありがとうございます。
別に聞きたい訳では無いが、後々面倒になる事を避けておきたいという気持ちから、ヴェイグはマシィナの過去を知ろうとする。
マシィナの口から語られる死神の由来とは……。
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これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。
呉服屋。




