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これでも食らって死んでくれ。  作者: 呉服屋。
2章 北方戦域防衛編
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2章 16話

マシィナの着替えを見てしまったヴェイグは、何だか気まずいまま一夜を過ごす。

だが、寝て起きたら割と怒ってはいない様子。

そんな中、二人の部屋に突然の来訪者が……。


少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

呉服屋。

 それからというもの、マシィナとはまともに会話も出来ずに、というか、顔も見れなかった。

 何で当たり前のように同じ部屋なのか?とか聞きたかったんだが、とてもそんな気分にはなれなかった。

 気まずいと言うよりは、どう対処していいかが分からなかったからだ。

 マシィナの反応が、あまりにも女の子のそれだったから。

 からかうでも、巫山戯るでもなく。


 俺は1階の酒場で夕飯を食べ、部屋に戻ってそそくさとベッドに入った。

 幸いベッドは2つ。

 俺がベッドに入ってから暫くして、マシィナも部屋に戻り、床についた。

 マシィナに背中を向けて布団に潜る。

 なんだか、やけに背中に意識がいってしまって寝れない。

 それでも、やはり色々あって疲れていたんだろう。

 ゆっくりと瞼を閉じると、意外とあっさり眠ることが出来た。



 朝は、寒さで目を覚ました。

 流石に冷える。

 窓を越えて室内に入ってくる寒気。

 外の様子を見る限りでは、どうやら雪は止んでいるようだ。

 薄い陽の光が差し込んで来ていた。


「目を覚ましてしまったんですね……」

「……突然だな。永眠して欲しかったのか?」

「……死ねば良かったのに……」


 朝から気が滅入る。

 だが会話はしてくれるらしい。

 てっきり数日はだんまりだと思っていた。

 それとも、思ったよりも気にしていないのか?

 ……そんな事、本人に聞けるわけがない。


 俺はベッドから身体を起こすと、壁に掛けておいた上着に手を伸ばした。

 そう言えば、ジャケットでは動きにくいか。

 コートとブーツだけじゃなくて、それ以外も買うべきだった。

 まぁ、それは後で揃えればいいか。

 さて、今日はどうするかな。


「とりあえず朝食を食べたらすぐに出るから、準備を……」


 コンッコンッ。


 マシィナに向けた言葉を遮るように、扉をノックする音。

 こんな朝早くにいったい誰が……。

 俺はマシィナに視線を送ると、素早く戦闘態勢を整えた。


「……どなたですか? 新聞なら間に合ってますよ」

「あ、あの、少しお話を……」


 扉の向こうから聞こえた、大人しそうな声。


「……入っていいですよ」


 俺はまだ戦闘態勢を解かずに返答した。


 扉が開くと、そこには2名の兵士に付き添われた、目深にフードを被った人物が一人。

 ゆっくりと室内に入ると、俺とマシィナの前で足を止めた。


「……はぁ。お前、馬鹿だろ?」


 俺はそう言葉を吐くと、戦闘態勢を解除。

 勢いよくベッドに腰掛けた。

 ベッドの柱がギシギシと悲鳴を上げる。


「フードを取れ。不審者め」


 俺に不審者と言われた人物が、やや焦った様にフードを取った。


 薄い桃色の髪。

 大きな青い瞳。


 マシィナは驚いてはいるようだったが、なんせ無表情だから正確には分からない。


「それで? 何の用だよ、馬鹿女王」

「女王陛下に対して何たる無礼な……!」


 兵士の内の一人が俺に反論しようとしたが、セラシュ女王がそれを諌める。

 そして話を切り出した。


「少し、お話をしたくて……」


 その言葉を聞いて、俺は大きく溜息を付いた。


「お前なぁ。昨日あんな事があったのに、よくこんな少人数で来れたな? しに……いや、マシィナ、言ってやれ」


 この言葉はこいつに言わせるのが1番しっくりくる。

 マシィナは一瞬不機嫌そうに俺を見たが、すぐに視線を女王に戻した。


「死にたいんですか?」


 圧倒的無表情。

 いやぁ、やっぱり本家本元の破壊力は凄いなぁ。

 迫力が違うわぁ。


「そ、そんなつもりはありません! それに、いくらあなたでもいきなり女王を殺したりしないでしょ?」


 少し焦った様子で俺に問いかける女王。


「まぁ女王を殺しても利点がないからな。だが、俺の邪魔をするなら殺すかもな」


 俺は殺気も何も込めずに、セラシュ女王にそう言った。


「邪魔をする気はありません。むしろ、協力のお願いに参りました」

「……協力ねぇ……。仮に協力するとして、何をお願いされるのかな? 女王陛下」

「……あの、その前に1つ……」


 女王はそう言うと、何やら少し俯き、モジモジとしている。

 何だ?お花でも摘みに行きたいのか?


「わ、私のことはっ! 昨日のようにセラシュとお呼びくだしゃいっ!!」


 赤らむ頬。

 潤んだ大きな瞳。

 小さな唇は固く噤まれ、震える。


 ……。

 確かに可愛い。それは認める。

 だが、何故それだけの事でここまで興奮する?

 まったく、よく分からん女だ。


「分かった。セラシュ」

「はにぁ。ふへ。ふへへへ」


 頬を赤らめたまま、スカートを掴みくねくねと揺れるセラシュ。


 ……。そうか。

 誰かに似ている気がしていたが、エリーか。

 どことなく雰囲気が、同類な気がする。

 親近感が湧かない程度に。

 そして、俺に向けられる視線。

 これは、殺気だ。

 器用な事をするなよ、マシィナ。


「それで? そろそろ要件を話してくれないか?」

「はぅっ! そうでした」


 我に返ったセラシュは、1つ息をして話し出した。


「私は、ただのお飾りの女王です」

「おいおい。部下の前でそんな事言っていいのか?」

「……皆、分かっていますから」


 そう言ったセラシュは、一瞬寂しそうな目をした。


「国の実権は、昨日私と共にいた宰相のベルドリンが握っています」

「……あの豚か。じゃあこの戦争は負けるな」

「かなり無茶な指令が出ていることは、耳に入っています……」


 その言い方。

 女王に対しても情報を制限しているのか。

 本当にどうしようも無いクズだな。


「前線で戦っている兵士がどれ程辛い思いをしているのか、私には分かりません。それでも、多くの戦死者が出ているのは事実です。グルガ砦が陥落し、防戦一方。戦線は徐々に後退していると聞いています」

「あぁ。それは俺も理解している」

「それも、長くは持たないでしょう」

「前線を見ていないから何とも言えないが、良くてひと月。悪ければあと10日程でこの戦争の勝敗は決するだろうな。雪解けまで持たないと言ったが、実際はもっと早いだろう」

「私も、そう思います」


 へぇ。こんなでも、状況を冷静に理解しているのか。


「それで? 俺にどうしろと?」

「あなたなら、どうにか出来ますか?」


 真っ直ぐに俺を見つめる瞳。

 真剣さ。

 それを俺に理解させる程には強さを感じた。


「出来るか、じゃない。どうにかするんだよ」

「でしたら、是非ナイガス軍に加わって下さい」

「忘れているみたいだから言っとくが、俺は魔族だぞ? 本質的、根本的にお前らの敵だぞ? そんな奴を信じるのか?」

「可能性があるのなら、この生命などいくらでも」


 ……。

 少しだけ、前言を撤回しないとな。

 こいつは、そこまで役立たずのクズではないかもな。


「いいだろう。だが、いくつか条件がある」

「は、はい! 何でしょうか? 私の身体でしたら……如何様にも……」


 要らねぇよ?

 それに何でそんなに嬉しそうなんだよ。

 はい、そこぉ。

 俺に殺気を込めた視線を向けるなぁ。


「……俺は、自由にやらせてもらう。誰の指揮下にも入る気は無い。それに、俺が何をしようと容認してもらう。その条件をのめないならこの話は無しだ」

「分かりました。その条件をのみます」

「よし。なら協力しよう。達成条件はナイガス側の勝利。もしくは戦線の膠着状態の維持でいいな?」

「それなのですが……」


 セラシュは一瞬躊躇った様子を見せたが、再び俺を真っ直ぐに見つめた。

 その輝きは、先程よりも、強く。

 覚悟を湛えている様に見えた。


「多くの兵士が、国民が犠牲となりました。国の為、大切な家族の為にその生命を散らしたのです。そして、それを強いたのは国。つまり、私です。私が皆を死に追いやった。そんな私が、頭を下げ、地を舐めてでも、生命をかけてでも願う事。無力な私が、自分では何もしなかった私が、こんな事を願って良い筈もない。それは分かっています。でも、それでも……」


 いい瞳だ。

 やはり、少しだけでも前言を撤回しておいて良かった。


「皆の為に、勝利を」


 俺は、その場に跪く。


「必ず」


 それは、何の根拠もない誓約。

 それでも守ると、誓ったことに嘘はない。

 守ってやりたいと、確かにそう思ったんだ。

いつも読んでいただきありがとうございます。

突然部屋に現れた女王セラシュ。

自分をお飾りと理解していたセラシュだが、国民を思う気持ちは1人前の様だった。

協力して欲しいという願いを受け入れたヴェイグだったが、状況は決して良くはない。

これからどう対応していくのか……。


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@_gofukuya_

これからも、どうぞ呉服屋をご贔屓に。

呉服屋。

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